第20話

☆☆☆


翌日、学校に到着するとあたしはおずおずと話を切り出した。



「実は、昨日ね」



そう言って昨日ドライブスルー彼氏に行ったことを説明すると琴葉は眉間にシワを寄せた。



「それって全部信用できる話なの?」



「それはわからないけど、でもどうしても気になっちゃって」



「なんや怪しい気がする」



琴葉は指を顎に当てて考え込んだ。



「でも靖くんは人を騙すような人じゃないよ。両親の借金をバイトで返済しようとしてるんだもん。そのためにあれだけ上手だったサッカーもやめちゃったみたいだ

し」



昨日の靖くんの話を思い出すと胸が痛む。



できれば靖くんにはサッカーをしていてもらいたかった。



小学校時代しか知らないけれど、靖くんにはサッカーの才能があると思う。



「そうなんだね。まぁ、あたしよりも里奈のほうがずっとその靖って人のことを理解しているんだから、信用できるならそれでいいともうよ」



琴葉の意見にあたしはホッと胸を撫で下ろした。



またドライブスルー彼氏に行ってしまったことを怒ると思っていたけれど、事情を知ったからかそういうこともなかった。



琴葉に話をしたのは、自分自身後ろめたい気分があったからだ。



昨日約束したばかりのことを破ってしまったから。



でも、こうしてあたしの気持ちを汲んでくれる琴葉に心から感謝したい気分だ。



そうしているタイミングで靖くんからのメッセージが届いた。



《靖:今日の放課後、デートしない?》



その文面にドクンッと心臓が高鳴った。



当時の気持ちが一瞬にしてよみがえってくる。



教室の窓からジッと靖くんの姿を見ていたあの頃。



そのあたしが今、靖くんとデートの約束をしているのだ。



なんだか信じられない思いで一杯だ。



今日の放課後は2人でどこに行こうかな……。



あたしはスマホを握り締めてそう考えたのだった。


☆☆☆


放課後になるまではあっという間だった。



靖くんとのデートを成功させたくて、デートスポットをいろいろと調べていたからだ。



といっても、所詮地元は地元だ。



行く場所は限られているし、学生同士のデートではお金も使えない。



ウインドーショッピングとか、ちょっとした公園でおしゃべりするとか、そういうことしか浮かんでこなかった。



「ごめん、待った?」



懐かしい小学校が見える公園で、靖くんは待っていた。



「今きたところ」



おきまりのやりとりも靖くんとやると新鮮な感じがする。



「懐かしいよな、小学校」



「本当だね。卒業以来来てないもんね」



「俺も。転校したからみんなともあまり接点がなくなっちゃったしなぁ」



「それなら今度同窓会みたいなことをしようよ。仲がよかったメンバーで集まってさ」



「それいいな。久しぶりにみんなに会いたいなぁ」



靖くんとは共通の話題もたくさんあって、あっという間に時間が過ぎ去っていく。



まるであたしたちには離れていた期間なんてなかったかのように感じられるくらい、楽しい時間だ。



「もうこんな時間か」



スマホを取り出して靖くんが目を見開いた。



横から確認してみると、夜の8時を過ぎている。



さすがにこれ以上帰宅が遅くなると怒られてしまう。



だけどまだ帰りたくなくて、靖くんを引き止めたい気持ちでいっぱいだ。



それをグッと押し込めてあたしは笑顔になった。



靖くんとはこの1度きりで終わらせる気はなかった。



これからもデートを重ねていきたいと思っている。



なのに……。



「今日は久しぶりに楽しかったよ、ありがとう」



靖くんが立ち止まってそう言った。



あたしは笑顔のまま左右に首をふる。



「こっちこそ、ありがとう。それで、次なんだけどいつ会う?」



自然と出てきた言葉に自分自身が驚いた。



こんなに積極的になれるとは思っていなかった。



それくらい、手放したくない人なのだと理解した。



しかし靖くんは途端に寂しげな表情になり左右に首を振ったのだ。



「ごめん。もう会うことはできない」



「え?」



あたしは瞬きをして靖くんを見つめる。



「俺、またドライブスルー彼氏に戻るんだ」



なんで?



そうでかかった言葉だけれど、喉に詰まって出てこなかった。



理由は昨日聞いたはずだ。



靖くんはまたあそこでお金持ちの女性を待つのだ。



「嫌だよ。どうして?」



「言っただろ? お金が必要なんだ。今日はいい思い出を作ることができたから、本当に感謝してる」



そんな、最後の言葉みたいに言わないで。



あたしは思わず靖くんの腕を掴んでいた。



「それなら、あたしが手伝うよ。2人分のアルバイト代なら、結構いいお金になるんじゃない?」



あたしは部活にも入っていないし、放課後も土日も頑張って働けばいい。



そうだ。



せっかくから靖くんと同じバイト先に行こう。



そうすればきっと楽しいから。



そんなことを次々と口に出していく。



「ありがとう。その気持ちだけで十分だから」



「そんな……」



「とてもバイト代じゃ無理なんだ。わかってくれる?」



2人分でも無理だということなんだろう。



あたしは目の前が真っ暗になる感覚がした。



このまま靖くんはドライブスルー彼女に戻ってしまうの?



他の女性と関係を結んでお金をもらうようになるの?



そんなの嫌だ。



せっかくもう1度会うことができたんだ。



当時の記憶もよみがえってきて、本当に好きだと思える相手なんだ。



このまま終わりだなんて……。



「じゃあ、あたしがドライブスルー彼女に行く」



自分でも信じられない言葉が出てきていた。



靖くんは唖然としている。



靖くんが他の女性と関係を持つことは耐えられない。



だけど、自分が他の男に抱かれることはまだ我慢できる。



それで靖くんが救われるのなら、頑張れる。



「なに言ってんだよっ!」



途端に靖くんが声を荒げて、あたしの両肩を痛いほどに掴んできた。



その痛みはあたしのためを考えてのことで、嬉しくなった。

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