第19話

「もしかして、松原か?」



名前を呼ばれてパッと笑顔になった。



覚えていてくれたんだ!



「うん」



コクリとうなづくと靖くんは驚いた様子で目を丸くした。



「久しぶりだな! 驚いたよ」



「あたしも……。まさか、靖くんがこんなところにいるなんて」



あたしは靖くんの後方にある小屋へ視線を向けた。



すると靖くんは眉間にシワを寄せて頭をかいた。



「あぁ……」



さっきまでの笑顔が消えて、暗い雰囲気が影を落とす。



「どうしたの?」



「こんな場所で女を待ってるなんて、最低だろ?」



「え?」



そんな風に思ったことは1度もなくて、あたしは驚いてしまった。



靖くんは自嘲気味な笑みを浮かべている。



なにか事情がありそうだ。



「歩きながら、少し話さない?」



「あぁ」



あたしたちは暗い道を歩き始めた。



肌に当たる風が少し冷たい。



「靖くんは彼女を作るためにドライブスルー彼氏にいたんじゃないの?」



靖くんの言い方を思い返すと、単純な理由ではなさそうだった。



「違うよ。俺はその……」



途中で口ごもり、うつむいてしまう。



簡単に説明できることではないようで、あたしは自転車を押しながらゆっくりと歩いた。



無理矢理聞き出すことはできない。



「待っていたんだ」



「え?」



「お金を持っていそうな女の人を」



靖くんの言葉にあたしは瞬きを繰り返した。



「それって……」



「援助交際っていうのかな。女が男を買うほうの。俺、そこそこ見た目もいいって思ってるし、誰か買ってくれるかなって思って」



早口になる靖くんにあたしは返事ができず、思わず立ち止まってしまっていた。



靖くんが援助交際?



どうして?



そんな疑問ばかりが浮かんでくる。



靖くんも同じように足を止めて、今度は悲しげな笑みを浮かべた。



「俺の両親借金があるんだ。しかも相手は闇金で、俺にまで返済の催促が回ってきた。だからさサッカー部をやめてバイトをしていたんだけど、その程度の金じゃどうにもならない金額なんだ。そんなときにドライブスルー彼氏ってものを知って、もしかしたら援助交際をしてくれる人に出会えるんじゃないかって思って……。バカだよな。そんなことに使うなんて」



早口で説明して苦笑いをする靖くんに胸がギュッと締め付けられるように痛んだ。



靖くんの家がそんな風になっているなんて全然知らなかった。



「借金って、いくらあるの?」



「聞いたって意味ないよ。学生にはどうしようもないくらいの大金だから」



靖くんはそう言って星空を見上げた。



きっと、今日もとても綺麗に星が見えていることだろう。



だけどあたしは同じように見上げることはしなかった。



学生ではどうしようもない金額。



といことは数十万や数百万ではないんだろう。



何千万という単位の借金なのかもしれない。



あたしはキュッと唇を引き結んで靖くんを見つめた。



その視線に気がついて、あたしに視線を戻す。



「松原さんは普通に彼氏を探しに来たんだろ? どうして俺を選んだんだ?」



再び歩き始める靖くん。



あたしはその後をついて歩き出した。



「昔、好きだったの」



当時は絶対に言えなかったことが、スラリと口から出ていた。



靖くんが驚いた表情をあたしへ向ける。



「嘘だろ、そんなの全然知らなかった」



「必死で隠してたの。友達にからかわれるのも嫌だったし、靖くんに迷惑をかけるんじゃないかと思って」



「迷惑だなんて、とんでもない」



靖くんは左右に首をふってくれた。



「だから、ドライブスルー彼氏に靖くんがいたことは驚いたけれど、でも嬉しかったの。また会うことができて」



あたしが言うと靖くんは少し迷うそぶりを見せてから、あたしに手を差し出してきた。



あたしは驚いて靖くんを見つめる。



靖くんの頬は月明かりに照らされて、ほんのり赤く染まっているのがわかった。



あたしはおずおずとその手を握り、片手で自転車を押し始めた。



「そんな風に思っていてくれたなんて、嬉しいよ」



静かな夜道に2人の足音だけが聞こえてくる。



他には誰もいない空間。



この時間が永遠に続いていけばいいのにと、本気で思った。



「あの、こんなことを言うのはおこがましいかもしれないんだけど」



あたしはある考えがあって、そう切り出した。



「なに?」



「借金があるなら自己破産するのはどうかな?」



「自己破産?」



「うん。相手は闇金だって言うし、ちゃんと相談すればどうにかなると思う」



それが解決できればもう靖くんはあんな場所で身売りする相手を選ぶ必要はなくなるんだ。



「それは俺も何度も両親と相談したんだけど、無理らしい」



「え?」



「相手が相手だからだろうな。なにかで脅されてるっぽいんだ。だから自己破産はできない」



「そんな……」



そんなひどいことってあるだろうか。



無茶な金利で借金をさせておいて、自己破産もできないなんて。



それじゃ本当に八方塞だ。



「松原さん、よかったらメッセージ交換しない?」



突然そう言われてあたしはとまどった。



メッセージ交換をするのは1度デートをしてからのはずだ。



「でも……」



「俺は松原さんのことを知っているつもりだよ。その上で、メッセージ交換をしたいと思ってる。松原さんは嫌?」



嫌なわけがない。



ずっと憧れていた靖くんとメッセージ交換ができるなんて夢みたいだ。



あたしは「嬉しいよ」と答えてスマホを取り出した。



そしてあたしたちはデートもせずに連絡先を交換したのだった。

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