第18話
「里奈、どうしたの? まさかまだ消えてなかった?」
心配した琴葉に言われてあたしは咄嗟にスマホを隠していた。
「大丈夫、ちゃんと消されてたから」
そう返事をしても、笑顔が作れていなかったと思う。
それでも琴葉は気がつかず「そっか、よかった」と微笑む。
「うん」
あたしはうなづき、動揺を悟られないようにうつむいた。
どうして、彼がドライブスルー彼氏にいるの?
そんな気持ちがずっと渦巻いていた。
☆☆☆
彼と出会ったのは小学校3年生の頃だった。
『靖! サッカー行こうぜ!』
休憩時間になると彼は必ず友人からサッカーの誘いを受けて、グラウンドへかけて行った。
なんでも3年生の中では彼が一番運動神経がよくて、サッカーを得意としていたからみたいだ。
あたしは教室から彼がグラウンドでボールを追いかけている姿をジッと目で追いかけていた。
まだ子供だったから、どうして自分がこんなにも彼のことを気にしているのかよくわからなかった。
『里奈ちゃんは靖くんのことが好きなんでしょう?』
ある日友達からそんな風に言われて気がついた。
そっか。
あたしは靖君のことが好きなんだ。
これが好きっていう気持ちなんだ。
理解すると同時にそれがとても恥ずかしいことのように感じられた。
少しむきになって『違うもん』と反発する。
すると友達はおもしろがって『好きなんだ、好きなんだ』と繰り返した。
あたしは自分が『違う』と反発すればするほど、靖くんのことを好きになるのがわかっていた。
意識しようとしなければしないほど、余計に気にしてしまう。
それはあたしにとってはじめての恋だった。
だけどどうすることもできず、気がついたら小学校生活に終わりが見えていた。
結局あたしは3年生の頃から6年生にまるまで、ずっと靖くんに片思いをしていたのだ。
けれどその気持ちは誰にも言わなかった。
恋の相談をするなんて恥ずかしいと思っていたし、3年生の頃と同じように茶化されると思っていた。
そして、靖くんは小学校を卒業すると同時転校して行ってしまったのだ。
当時はどこか遠くに行ってしまったと思っていたけれど、実際は近い場所だったのかもしれない。
中学は別の学区で、高校は女子高を選んでしまったから今まで別々の道を歩いていただけなのだ。
現に靖くんはこの街にあるドライブスルー彼氏を使っている。
あたしはスマホに表示されているドライブスルー彼氏のパネルを見つめて、ゴクリと唾を飲み込んだのだった。
夜になるのを待ち、あたしは再び家を抜け出していた。
もう二度とドライブスルー彼氏は利用しないと琴葉と誓い合った直後にこんなことになるなんて思ってもいなかった。
でも、どうしても気になる。
どうしてあの人がドライブスルー彼氏を使っているのか、それだけは確かめたかった。
はやる気持ちを抑えられずに自転車を立ちこぎして、もうすでになれた小屋へと急ぐ。
小屋が近づいてくると星空を見上げる余裕もなく、自転車を投げ出して駆け出していた。
あの写真がいつ撮影されたものかわからないが、少なくてもあたしが利用したときに彼はいなかった。
だから、その後に撮影されたものだと思う。
もしかしたら、彼はすでにいなくなっているかもしれない。
誰か他の女性に選ばれているかもしれない。
そう考えると古傷が痛むように胸の奥のほうがチクリとした。
もう随分昔の恋心が、彼の写真を見たことでよみがえってくるのを感じる。
あたしは息を切らしてパネルの前に立った。
額に浮かんできた汗を手の甲でぬぐい、それらを確認する。
その時見慣れた彼の顔を見つけて目を見開いた。
「いた……!」
思わず声を上げていた。
17歳。
隣町にある学校名。
そしてサッカーを趣味にしていることが書かれている。
サッカー。
間違いない彼だ。
パネルには名前の記載はないけれど、あたしは彼だと確信した。
よかった、まだ誰にも購入されていなかったみたいだ。
焦り、500円玉を取り落としてしまう。
暗闇の中に落ちた500円玉をどうにか探し出してあたしは小屋の前に立った。
大丈夫。
落ち着け。
今回は彼氏を作る目的で使うわけじゃない。
少し彼と話がしたいだけだ。
自分にそう言い聞かせて深呼吸をする。
そしていよいよ、500円玉を投入した。
パネルに赤い光が点灯する。
それを確認してから、あたしは彼のパネルの前に立った。
緊張で心臓が早鐘を打っている。
彼が出てきたときになんと言おう?
どんな顔をすればいいだろう?
いろいろな考えが浮かんでは消えていく。
こんなところに突っ立っていてまだ誰かに写真を撮られるかもしれないと考えた及んだとき、あたしはようやくパネルをタッチすることができていた。
彼が小屋から出てくるまでの数分間で、あたしは自分の身なりを整えた。
汗をぬぐい、前髪を整えて服装を直す。
そうしていると彼が小屋から出てきてあたしに向けて笑顔を浮かべた。
その笑顔は昔とちっとも変わっていなくて、胸が一杯になっていく。
あたしは彼の笑顔にこたえるように笑顔になった。
「はじめまして。面島靖です」
彼は頭を下げて挨拶をした。
その様子に少し落胆している自分がいた。
小学校の頃の同級生と言っても、彼は転校してしまっているからあたしのことを覚えていないのだ。
「久しぶりだね」
ためしにそういってみると、靖くんは首をかしげてあたしを見つめた。
靖くんにこんなに見つめられたことは初めて、つい視線をそらせてしまった。
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