第16話
☆☆☆
フルーツ南で注文していたケーキを受け取り、あたしはトオコちゃんの家にお邪魔していた。
家には誰もいなくて、うちと同じ共働きなのだということがわかった。
「里奈先輩、どれでも好きなケーキを選んでくださいね」
トオコちゃんがお皿とフォークを準備してくれながら言う。
箱の中に入っているのは王道のショートケーキやチーズケーキ。
チョコレートケーキにモンブランに、プリン。
どれもフルーツがふんだんに使われていて迷ってしまう。
「じゃあ、あたしはこれで」
悩んだ挙句王道のショートケーキを選んだ。
トオコちゃんはチーズケーキだ。
残りを冷蔵庫へ入れて、あたしはトオコちゃんの部屋にお邪魔することになった。
トオコちゃんの部屋は綺麗に整理整頓されていて、白で統一された清潔感のある部屋だった。
部屋の真ん中に置かれている白い丸テーブルにケーキをおくと、トオコちゃんは紅茶をいれてきてくれた。
アールグレイのいい香りが漂ってくる。
向き合ってケーキを食べていると、なんだか妙な気分になってきた。
トオコちゃんとの出会いは衝撃的なものだったし、あの時は二度とこの子と話すことはないだろうと思っていた。
それが、こうして2人でケーキを食べているなんて。
「ひとつ質問してもいい?」
ケーキを半分ほど食べたところであたしは口を開いた。
「なんですか?」
トオコちゃんは紅茶を飲んであたしを見る。
「答えたくなければいいんだけど、その、どうしてあたしのことを好きになったのかなって思って」
さすがに質問しにくい内容だったので、途中でどもってしまった。
しかしトオコちゃんは笑わずに真剣な表情であたしを見た。
「あたし、元々は普通に男の人が好きなんです。中学校の頃は彼氏もいました」
トオコちゃんの告白は意外なものだった。
元々女性に興味のある子だと思っていたからだ。
「でも、ある時教室で授業をしているとき、先輩たちが体育の授業を受けているのを見たんです」
「窓から見えたってこと?」
聞くと、トオコちゃんはうなづいた。
確かに、教室の窓からグラウンドが見える教室もある。
トオコちゃんは偶然その姿が見えたんだろう。
「先輩はそのときテニスをしていたんです」
「うん。それで?」
テニスは授業内容に組み込まれているので、別に珍しいことではない。
「その時になんだか引き込まれちゃったんです。里奈先輩がテニスをしている姿に」
思い出すようにして呟くトオコちゃん。
その頬はまたほんのりと色づいている。
「でも、テニスをしていたのはあたしだけじゃなかったでしょう? それに、あたしは上手でもなんでもないし」
むしろ運動は不得意なほうだった。
テニス部の子たちを見て憧れるならわかるけれど。
「うまいとか下手とかじゃないんです。ただ、その時に里奈先輩だけに惹かれた。ただそれだけなんです」
その理由はトオコちゃん自身もわかっていない様子だった。
だけど、人を好きになるっていうことはそういうことなのかもしれない。
もっといい人がいたり、もっと似合う人がいても、どうしても1人の人にしか思いを寄せることができない。
そういう、意味もなく真っ直ぐな気持ちなのだ。
「そっか……」
あたしはケーキを食べ終えて息をついた。
あたしもそんな相手がほしかった。
ドライブスルー彼氏では購入することのできない、特別な存在がほしかったんだ。
「気持ち悪いですよね?」
トオコちゃんがうつむいて聞いてきた。
あたしは慌てて左右に首をふる。
そんなつもりで質問したんじゃない。
人を好きになるということを、もう1度考え直したいと思って質問したんだ。
「そんなことないよ。その、トオコちゃんの気持ちにはこたえられないけれど、それでも気持ち悪いなんてこと、絶対にない」
力強く言うと、トオコちゃんはようやく顔を上げて笑顔を見せてくれたのだった。
☆☆☆
そして翌日。
明久くんからのメールは来ていなかった。
昨日警官から注意が行っているはずだから、さすがに効果があったんだと思う。
安心して学校へ向かうと、青ざめた顔の琴葉が階段でよろめいていた。
慌ててかけよってその体を支える。
「どうしたの琴葉? 体調が悪いの?」
「里奈……」
琴葉はあたしの顔を見た瞬間表情をゆがめて、涙を浮かべた。
「え、ちょっとどうしたの?」
質問するあたしにすがりつく琴葉。
ただ事じゃないことは確かだ。
このまま教室へ向かうことはできず、あたしは琴葉の体を支えて近くの空き教室へと向かった。
ホコリっぽい空き教室のドアを閉めて、代わりに窓を開けた。
少しだけ新鮮な空気が入ってくる。
琴葉を椅子に座らせて、あたしはその隣にしゃがみこんだ。
琴葉がうなだれて涙を流し続けている。
「琴葉、話せるようなら何があったか話して?」
琴葉はコクコクとうなづくけれど、ただ静かに泣くばかりだ。
あたしは琴葉にハンカチを差し出した。
琴葉はそれを握り締めてあたしの顔を見た。
「晃くんのこと?」
「うん……」
確か、昨日もデートだったはずだ。
それがこんなに泣いているということは、うまくいかなかったのだろう。
わかっていても、口には出さなかった。
廊下からホームルームの開始を告げるチャイムが聞こえてくる。
「昨日晃とデートしてたら、知らない女の子が声をかけてきたの」
「うん」
「最初は晃の同級生だと思ってたんだけど、突然晃が焦りだして、その女の子は晃は自分の彼氏だって言うし、もうわけがわからなくなって」
あたしは琴葉の言葉を聞きながら拳を握り締めた。
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