第11話

☆☆☆


それから自宅に戻ってきてからも、心臓の音は早かった。



よくやく出会えた。



そんな気がしている。



家の近くまで送ってくれた隆さんは最後に『気をつけて帰ってね』と、声をかけてくれた。



家はもう目の前だというのに、そう言う風に心配してくれるのがすごく嬉しかった。



なんだか、女の子として扱ってくれているのがすごく伝わってくるのだ。



普段は女子高生活をしているから、女の子として扱ってくれる人はいない。



だから、余計に嬉しかった。



そしてあまり眠れないまま朝が来ていた。



目の下にクマができているんじゃないかと思って不安になったが、どうにかセーフだ。



初めてのデートの日に目の下にクマができているなんてありえないもの。



それからいつもどおり学校へ向かうものの、気分がよくてどうしても鼻歌を歌ってしまう。



自分で気をつけようと思っても、気がついたら歌っているのだからどうしようもない。



「今日はやけにご機嫌だね?」



そんなあたしを琴葉がほっておくわけがなかった。



「わかる?」



あたしはニヤつきながら琴葉に聞く。



「わかるもなにも、気持ち悪いよ?」



琴葉か顔をしかめて言ってきた。



こういう容赦のない発言をする琴葉だけれど、きっと彼氏の晃くんの前ではしおらしいのだろう。



そう思うと、また笑みが浮かんできた。



「実はね、昨日また行ってきたの」



その発言に琴葉はすぐになんのことか理解したようで、顔をパッと輝かせた。



好奇心に満ちた目であたしを見ている。



「ドライブスルー彼氏?」



小声になって聞かれ、あたしは何度もうなづいた。



「それで? その様子はかなりいい人を見つけたの?」



「その通りだよ!」



あたしは興奮を抑えながら答えた。



隆さんの顔を思い出すと今でも鼓動は早くなる。



そんな人と今日の放課後デートするだなんて、今でも信じられない気分でいる。



「今度はどんな人?」



「大岡高校の3年生だよ。峰岸隆さんって言うの」



「大岡高校ってカッコイイ生徒が多いって言うよね」



「らしいね! 3年生だからこれから受験で忙しくなるみたいなんだけど、そんなときに支えてくれる彼女を探してたみたい」



「へぇ。受験生なのにドライブスルー彼氏を利用しているなんて余裕なんだなぁと思ったけど、そういうことか」



琴葉は納得したように何度もうなづいた。



受験や就職戦争の中でだって、息抜きは必要だ。



周りがライバルだらけになってしまう時期に、心休まる存在がいればそれだけで随分と違ってくるはずだ。



隆さんはそんな出会いを求めているんだと思う。



あたしが琴葉に今日がデートの日だと伝えると、琴葉は張り切った様子でカバンからポーチを取り出して戻ってきた。



「よし! それならとびきり可愛くしないとね!」



そう言って、ポーチの中からヘアゴムやヘアピンを取り出す。



「あたしにまかせて!」



☆☆☆


琴葉がアレンジしてくれた髪型は編みこみだった。



丁寧に編みこまれた髪型は、同じ女子高の生徒たちには好評判で「あたしもやってほしい!」という生徒が沢山いたくらいだ。



琴葉のおかげで自信が持てたあたしは、放課後緊張しながら教室を出た。



隆さんと会うまであと20分くらいだ。



ここから約束場所のコンビニまで8分。



もうすぐデートだと思うと、明久くんの時には感じなかった強い緊張感があった。



隆さんは自分が選んだもっとも理想的な男の人だし、年上ということもある。



これで緊張しないほうがどうかしている。



そう思いながら校門を抜けたときだった。



「里奈先輩!」



途端に呼び止められてあたしは足をとめた。



振り返ると、1年生の赤いリボンをつけた生徒が校門前に立っていた。



その子の頬は赤く染まっていて、手には可愛い便箋の手紙が握られている。



しかし、見たことのない顔だった。



「なに?」



「あ、あの! あたし、里奈先輩のことが好きなんです!」



人目もはばからず大きな声でそう言い、両手で手紙を持って差し出してくる。



あたしは驚きのあまり咄嗟には反応できなかった。



行きかう生徒たちが何事かとこちらを見ていることで、ようやく我に返った。



「な、なに言ってるの?」



慌てて後輩の肩を掴み、顔を上げさせる。



その顔は涙が浮かんできていた。



「なにかの勘違いじゃない? だって、あたしは女で――」



「関係ないです!」



後輩の一言に絶句してしまった。



その目は潤んでいるものの、すごく真剣だったから。



「性別なんて関係ないです!」



そう言われるとは思っていなかった。



返事に困ってなにも言えずにいると、その後輩はあたしに手紙を押し付けるようにして走って帰ってしまった。



手紙を確認してみると、相手の名前はトオコちゃんというのだとわかった。



あたしはしばらくその場に立ち尽くしていたが、約束時間が迫っていることに気がついて慌てて駆け出したのだった。

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