第10話

「どうしたの里奈。なんだか急に顔色が悪くなったみたいだけれど」



トイレから戻ってきたあたしに琴葉が心配そうに声をかけてきた。



「ううん、なんでもないよ」



左右に首を振って返事をした。



自分の選んだ人があまりよくない人だった知られるのも嫌だった。



そのまま自分の席に座り、考え込む。



明久くんはストーカー気質な人なのかもしれない。



たった1度のデートじゃそれを見抜くことは難しい。



なによりあたしは男の人になれていないんだ。



そんな状態で本章を見抜くなんて無理だった。



どうしよう。



明久くんには家の近くまで送ってもらっているから、下手をすると家まで来られる可能性もあるのだ。



「里奈?」



考え込んでいるといつの間にか琴葉が目の前に立っていた。



「本当に大丈夫?」



「だ、大丈夫だよ、気にしないで」



あたしは無理矢理笑顔を浮かべた。



そうだ、どうせまたドライブスルー彼氏に行こうと思っていたんだ。



そこで本当に彼氏になる人を見つければいい。



そうすればきっと明久くんは諦めてくれるはずだ。



あたしはそう思い込んだのだった。


☆☆☆


そして、その日の夜12時頃。



少し怖い気持ちを抱えながらもあたしは再びドライブスルー彼氏にやってきていた。



相変わらず周囲には街頭もなくて寒々しさを感じる場所に、その小屋は建っていた。



救いだったのは、今日は満点の星空が出ていることだった。



この辺一体には高い建物がないから、見上げると本当に綺麗な星空を見ることができる。



山に隠れてしまっている部分もあるといえど、それは十分な迫力があった。



しばらく星空を見上げて気持ちを落ち着かせてから、あたしは小屋へと近づいた。



パネルの光は相変わらず場違いに輝いている。



その中に明久くんの姿を探したけれど、どこにも見当たらない。



あたしと出会うことに成功したからだ。



そう考えると少しだけ胸がチクリと痛んだ。



残念だけれど、明久くんと付き合うことはないだろうから、明久くんはいずれまたここに戻ってくるかもしれないんだ。



ほんの少しの罪悪感が生まれたが、あたしは左右に首を振ってそれを打ち消した。



1度のデートで恋人になれる確立のほうが、きっとずっと低いはずだ。



このドライブスルー彼氏というよくわからないものを利用していたら、特にだ。



だからなにも気にする必要はない。



カップルが成立しないことなんて、当たり前みたいにあるはずだから。



それからあたしは気分を変えて、自分好みの男の人を選ぶことにした。



しかし、さずがにアイドル顔負けなカッコイイ人はいない。



「どうしようかな……」



今度はできるだけ慎重に。



顔だけじゃなく、趣味をしっかりと確認して探す。



かっこよくて、できれば社交的なタイプがいいかもしれない。



明久くんとは正反対なタイプだけれど、社交的なほうがしつこくメッセージをするような、陰湿なことはしない気がする。



あたしの、勝手なイメージだけど。



それから更に10分ほど悩んだ結果、あたしはひとりの男の子に決めることができていた。



見た目はもちろんカッコイイ。



アイドルとして活躍していたとしても、引けをとらないような外見だ。



趣味はテニスで、笑っているパネルの顔がすごくさわやかだ。



この人ならきっと、明久くんみたいにはならないはず……!



あたしは思い切ってパネルを押した。



どうか、まともな人でありますように。



そして少し待って出てきたのは長身でカッコイイ男の子だった。



年齢は18歳と書かれていたはずだ。



彼は出てきてすぐににこやかな笑顔を浮かべた。



その笑顔はパネル通りのものだ。



「はじめまして。俺、峰岸隆です」



彼はそう言うと、右手を差し出してきた。



ぼーっと彼の顔に見とれていたあたしは、あわてて手の平野汗を服でぬぐい、彼と握手をした。



「君は?」



「あ、あたしは松原里奈です」



自己紹介をする声がかすかに震えてしまう。



これだけカッコイイ人と面と向かって会話したことなんて1度もない。



緊張ですぐに汗が浮かんできてしまう。



「里奈ちゃんって呼んでもいい?」



「は、はい!」



「俺のことは呼び捨てでいいから」



そう言われても、緊張してとても呼び捨てになんてできそうになかった。



手始めに、隆さんと呼ぶことになった。



相手のほうが1つ年上だし、そっちのほうが緊張しないから。



「デートはどうする?」



「あ、えっと。できれば1日ゆっくりしたいです」



これはここに来るまでに決めていたことだった。



琴葉みたいにその日のうちにデートすることもできるんだろうけれど、やはり昼間ゆっくりと会話をして、見極めたかった。



「わかった。明日は学校だよね? 放課後は開いてる?」



聞かれて、あたしは大きくうなづいた。



たとえ予定があったとしても、隆のためなら空けたと思う。



「じゃあ、明日の放課後デートしよう」



放課後デート!



それは憧れていたデートのひとつだった。



放課後になって手をつないで教室を出るとか、彼氏が他の学校なら待ち合わせをして一緒に遊びにいくとか。



何度も妄想して琴葉と2人で楽しんだことがある。



それが今現実のものになろうとしているのだ。



胸の高鳴りを抑えられなくて、服の上から胸をキュッと握り締めた。



「今日は家まで送って帰るよ。行こう」



「は、はい!」



あたしは無駄に元気よくうなづいた。



これだよこれ!



あたしが望んでいた恋愛は!!

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