第8話

緊張しながら明久くんの顔色を伺う。



約束場所に現れたときのように顔は赤く染まっている。



それってもしかして……。



ごくり。



また唾を飲み込んだときだった。



「僕は、メッセージ交換してほしいと思ってる」



明久くんの言葉にあたしは目を見開いた。



「ほ、本当に? また会ってくれるの?」



「う、うん」



信じられなくて、気分は天にも昇る勢いだ。



あたしは明久くんの気分が変わらないうちにスマホを取り出してメッセージのID交換を行った。



これでいつでも明久くんに連絡を取ることができるんだ。



「それじゃ、また」



そう言って背を向けて歩いていく明久くんを見送り『送ってくれてありがとう』と伝え忘れたことを思い出した。



でもすぐにスマホを見つめて、いつでも連絡ができると思い直す。



あたしは鼻歌気分で自宅へと足を向けたのだった。



一杯になる


それから家に戻って家事をしている間もずっと明久くんの顔が頭の中に浮かんできていた。



はじめてのデートを終えて言えることはすごく緊張したこと。



そして、とても楽しかったことの2つだった。



洗濯物をたたみ終えたところでスマホが震えた。



確認してみると、さっそく明久くんからのメッセージだ。



《明久:今日はありがとう。とても楽しかったよ》



それだけの簡単なメッセージだったけれど、あたしは黄色い悲鳴をかみ殺すことに必死だった。



スマホを握り締めて、今たたんだばかりの洗濯物の中に突っ伏す。



なにこれ。



まるで付き合っている同士のやりとりみたいだ。



両足をバタつかせて嬉しさにもだえる。



琴葉も晃くんと付き合うことになったときこんな感じだったんだろうか?



あれほど不振に感じていたけれど、今は琴葉に感謝しても仕切れない思いだ。



あたしは散々もだえたあと、ようやく起き上がって明久くんに返事をしたのだった。


☆☆☆


翌日の学校で、琴葉が怪訝そうな顔をあたしに向けてきた。



「里奈。ずっとニヤけてるけどどうしたの?」



教科書やノートを机に片付けていたあたしはその声に顔を上げ、両手で自分の頬を包み込んだ。



「え、にやけてる?」



「自覚ないの?」



聞かれてあたしはヘヘッと声を出して笑った。



「本当になに? なんか気味が悪いんだけど」



仲が良いだけあって、琴葉はズケズケとものを言う。



あたしは軽く咳払いをして真剣な表情で琴葉を見た。



「琴葉、ありがとう」



そうして頭を下げるあたしに、琴葉はますます怪訝そうな顔つきをした。



「なんのこと?」



「教えてくれたでしょ。ドライブスルー彼氏のこと」



そう言うと、琴葉の表情は一瞬にして明るくなった。



「もしかして行ったの!?」



「シッ! 声が大きいよ」



慌てて顔を寄せ合うあたしたち。


「行ったんでしょう?」



もう1度、今度は小さな声で聞かれてあたしはうなづいた。



「それで、どうだった?」



「明久くんって人と会ったよ。同じ17歳」



「デートした?」



「した!」



「メッセージ交換は?」



「した!」



あたしの返答に琴葉は今にも悲鳴をあげてしまいそうになり、両手で口を塞いだ。



「それから?」



「その先はまだだけど、真面目で優しい人だよ」



あたしは明久くんの顔を思い出してそう言った。



それほどカッコイイわけじゃないけれど、人間は顔じゃないとちゃんとわかっている。



「付き合うの?」



そう聞かれてあたしは目を見開いた。



「そ、そんなのまだわからないし」



しどろもどろになって返事をしたとき、琴葉はすぐに晃くんと付き合い始めたということを思い出した。



「琴葉も、晃くんとドライブスルー彼氏で知り合ったんだよね?」



「そうだよ」



「それで、すぐにデートして、すぐに付き合うことになったの?」



聞くと、琴葉は頬を赤らめた。



「まぁ、そんな感じだったけど……」



なぜか口ごもってしまった。



「でも、夜中に一体どこでデートしたの? 晃くんのこと詳しく知らないまま付き合おうと思ったのはどうして?」



疑問は次々に浮かんでくる。



「デートは公園だよ。この辺って夜中にはどこも開いてないから行くところなんてないしね。付き合おうと思ったのは、パネルを見たときから一目ぼれしたから」



確かに、ひと目ぼれするくらい晃くんがカッコイイのは理解できる。



でも、公園デートを1回しただけで付き合う流れになるのは、あたしには理解できなかった。



「あたしのことはどうでもいいから。里奈もその人のこと好きなんでしょう?」



え……?



聞かれてあたしは返事に詰まってしまった。



明久くんんことが好きかどうかなんて、まだわからない。



だってこの前あったばかりだ。



初めてのデートで浮かれていて楽しい気分にはなったけれど、それと好きとは違うと思う。



「えっと……」



「もしかして、好きじゃないの?」



「まだわからないよ。1度しかデートしてないし」



あたしは慌ててそう言った。



誰だってそんなにすぐに好きかどうかなんてわからないと思う。



明久くんだってあたしのことをどうおもっているかわからないし。



「それじゃ他の男の子とも出会ってみたらどう?」



突然の提案にあたしは目を丸くして琴葉を見た。



「他の男の子?」



「そうだよ。だってまだ付き合ってないなら、またドライブスルー彼氏を使うのもありだと思うよ?」



「な、なに言ってるの。そんなことできるわけないじゃん!」



咄嗟に琴葉の意見を否定した。



しかし、琴葉は瞬きをして首をかしげている。



「あ、明久くんに失礼じゃん」



「告白されたわけでもないのに?」



そう言われたらそうだけど、でもやっぱり常識的にどうかと思う。



1人の男の子とデートしながら、他の人ともデートするなんて、あたしには考えられないことだった。



「ま、ドライブスルー彼氏に通っていれば運命的な出会いもあるかもしれないし、よく考えたらいいと思うよ?」



運命的な出会いって、もしかして自分たちのことを言っているのだろうか。



パネルで見て一目ぼれをして、1度のデートで交際を決めてしまった琴葉。



運命的といえばそうなのかもしれないけれど、なんだか違う気もする。



またモヤモヤとした気分になったとき、ホームルーム開始を知らせるチャイムがなり始めたのだった。

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