第6話
「まずは、自己紹介をいいかな?」
そう聞かれて、あたしは大きくうなづいた。
もちろん、このまま名前も知らない男の子と立ち話なんてしているわけにもいかないし。
「僕は米田明久(ヨネダ アキヒサ)17歳」
「あ、あたしは松原里奈……です」
あたしは軽く頭を下げて言った。
お互いにすごくぎこちない雰囲気になっているのは仕方がない。
あたしは女子高生活だし、相手も女の子になれているようには見えないし。
「松原さんは何歳ですか?」
質問されて、相手が自分の情報をなにも知らないことを思い出した。
相手の情報は先にパネルを見て知っていたから、つい、自己紹介が簡単なものになってしまった。
あたしは慌てて自分の年齢と、通っている高校を伝えた。
「女子高なんだね。どうりで、清楚な雰囲気だと思った」
明久の言葉にあたしは目を見開いた。
清楚だなんていわれたこと、今まで一度もなかった。
本気で言っているのか、それともあたしを喜ばせるために言っているのはよくわからない。
「えっと、じゃあこれからデートでもする?」
どうすればいいのかわからず、あたしはそう口にしてからしまったと思った。
こんなに真夜中で、しかも田舎でデートする場所なんてどこにもない。
この時間に空いているお店はせいぜい飲み屋とコンビニくらいだ。
どちらにしても、警察に見つかれば補導されてしまう時間だ。
「今日はもう遅いから、明日はどう? 日曜日だから休みでしょう?」
「そ、そうだね。それがいいと思う」
あたしは何度もうなづいた。
ますます、琴葉がどうやってデートをしたのか疑問になってきた。
「メッセージ交換はデートが終わってからになるから、約束場所と時間を忘れないようにしてね」
明久の言葉にあたしは何度もうなづく。
どうやら見た目よりも随分しっかりしている人のようで、安心した。
そしてあたしは始めてであった男の子とデートをする約束を取り付けたのだった。
家に帰ってからも現実感がなくて、ベッドの上でボーっと天井を見上げていた。
今日会ったばかりの人と、明日デートをする。
そんな夢みたいは話ってあるんだろうか?
ためしに自分の頬をつねってみると、ちゃんと痛みを感じた。
ついでにスマホで明日の予定を確認すると、40分ほど前に交わされた約束が入力されている。
その予定を見ていると不思議な気分になってきた。
あたしは本当に明日デートをするのだ。
ついさっき会ったばかりの明久君と。
そして気が合えばメッセージ交換をして、それから付き合うことになる。
「ありえない……」
スマホを胸に抱きしめて呟いた。
とてもじゃないけれどありえない。
明日本当に明久くんは約束場所に来るんだろうか?
メッセージ交換ができないから、すべては口約束だ。
そんなに信用のないものに頼るなんて、心元なさ過ぎる。
あたしはギュッときつく目を閉じた。
なにはともあれ、明日とにかく約束場所へ行ってみよう。
来なければ来ないで忘れてしまえばいい。
もし本当に来たら……その時に考える!
あたしは自分にそう言い聞かせて、無理矢理眠りについたのだった。
☆☆☆
翌朝起きたのは8時頃だった。
いつもは昼前まで眠っているのに、さすがに今日は目が覚めてしまった。
リビングへ降りていくと両親ともまだ出かけていなくて、降りてきたあたしを見て驚いた顔をしていた。
「どうしたの、今日は日曜日よ?」
驚いて声をかけてきたお母さんに曖昧な笑みを浮かべる。
「今日は琴葉と遊びに行くの」
咄嗟の言い訳で出てくるのはやっぱり琴葉の名前だ。
それで両親は納得してくれるから。
「あらそう。あまり遅くならないように帰ってきて、洗濯物を取り込んでおいてね」
「わかってる」
共働きの我が家の家事をするのは、もう当然のことになっていた。
「それじゃ、お母さんは仕事だから行ってきます」
「行ってらっしゃい」
お母さんを見送って、お父さんと2人きりになる。
介護の仕事をしているお父さんは、今日は夜勤なのだ。
お昼まで起きてそこから一眠りをして、夕方頃出勤する。
昼間の勤務から夜勤への切り替えが難しいようで、今はぼんやりとテレビを見ていた。
眠る前だからあまり動きたくないみたいだ。
あたしは朝食を食べて片づけを済ませると自分の部屋へ戻った。
スマホで約束時間を確認する。
今日明久くんと会うのは11時頃からだ。
とりあえずお昼を一緒に食べようということになっている。
まだ時間はたっぷりある。
あたしはクローゼットを大きく開いて、かかっている服を確認した。
なにせ人生ではじめてのデートだ。
どんな服を着ていくべきか悩む時間は必要だった。
「やっぱりスカートがいいのかな? 男の子ってスカート好きそうだし」
呟いて淡いピンク色のスカートを取り出す。
足首まであるロングスカートで、動きやすくて可愛くて重宝している。
でも食事だけならそんな動きやすさを重視する必要はないかもしれない。
もっと可愛くて、女の子っぽい服はなかったっけ?
ワンピース。
ショートパンツ。
ブラウスにカーディガン。
次から次にベッドの上に放り出しては自分の体に当ててみる。
そうしている間にあっという間に1時間が過ぎていた。
「う~ん、わかんない!」
ついに疲れてベッドに体を投げ出した。
まさかここまで服選びに困るなんて思ってもいなかった。
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