第5話

そんな言い訳を心の中でしながら小屋へと近づいた。



琴葉が言っていた通りパネルにはいろいろな男の子顔が表示されていた。



その下には男の子年齢や趣味が書かれている。



パネルの横には利用料金の500円を入れる場所もあった。



「すごい……」



思わず呟いた。



ここでは本当に男の子と出会うことができるんだ。



1度デートをして、それで互いにOKなら付き合うこともできる。



不意に昼間見かけた琴葉と晃くんを思い出した。



2人はすでにカップルっぽい雰囲気を持っていて、とても楽しそうに並んで歩いていた。



あたしも、ここで男の子を買えば彼氏ができる?



もちろん、相手の気持ちもあるからそう簡単にはいかないとわかっている。



だけど琴葉はすぐに彼氏ができたのだ。



それなら、あたしにだって……。



気がつけばあたしはサイフを取り出していた。



心臓は早鐘のようにうっていて、これから自分がなにをしようとしているのか知らしめている。



「あまり男の子に慣れてないから、真面目で優しそうな人……」



呟きながら、500円玉をサイフから取り出した。



あたしはそれをジッと見つめる。



本当にいいの?



こんなところで彼氏を買うなんてバカげてる。



なにがあっても知らないよ?



心の中でもう一人のあたしが忠告をしてくる。



「琴葉だって付き合ってるんだから、あたしだって……」



あたしは忠告を無視して、思い切って500円玉を投入した。



チャリンッと下へ落ちていく音がして、パネルの下部に赤いランプがついた。



これで選ぶことができるようになったということみたいだ。



あたしは改めてパネルの男の子たちを確認した。



あたしと同じ高校生の子もいれば、社外人の人もいる。



年齢層は幅広く、趣味も多種多様だ。



その中からあたしは1人の男の子に目をつけた。



真面目そうで、優しそうな男の子。



年齢はあたしと同じ17歳で、晃くんと同じ高校に通っているらしい。



趣味は読書と少し地味だけれど男慣れしていないあたしには十分に感じられた。



名前はパネルには書かれていない。



彼が出てきてくれたときに自己紹介をするんだっけ。



あたしは琴葉から教わったことを反復しながら、心臓が更に早く打ち始めていることに気がついた。



緊張で手に汗が出てきている。



あたしはいちどズボンで手の平をぬぐって、大きく息を吸い込んだ。



大丈夫。



付き合うことができなくたって、友達になれるかもしれない。



それに、別に悪いことをしてるわけじゃない。



ちゃんとお金を払って、説明どおりのことをしているだけ。



付き合うことができるかもなんて、そんなことまでは考えない。



だからきっと大丈夫……!



あたしは思い切って、パネルのボタンを押したのだった。


☆☆☆


ボタンを押した瞬間、そのパネルの電気がフッと消えた。



同時に表示されていた男の子の写真も消えてしまう。



「え?」



突然薄暗さが増した気がしてあたしは周囲を見回した。



来たときとなんら代わらない景色が広がっているばかりだ。



特になにも起きないし。



どうすればいいのかわからなくて立ち尽くす。



数分してもなにも変化がなく、もしかしてあたし騙された?



と、焦って小屋を見つめる。



ドライブスルー彼氏なんて嘘で、ただお金だけを取られたのかもしれない。



可能性は十分にある。



「ちょっとお金返してよ!」



小屋へ向けて怒鳴ってみてもなんにもならないのに、つい口に出てしまう。



たった500円といえ、あたしにとっては大金だ。



それをこんなな避けない形でとられてしまうなんて、泣いてしまいそうになる。



しかし、返却レバーを押して見てもお金は一向に戻ってくる気配がない。



いよいよ泣きそうになって「なんなのよもう!」と文句を言う。



これから、こんな真っ暗な中ひとりで家まで帰らないといけない。



そう思うと全身から力が抜けていく気分だった。



琴葉はきっとドライブスルー彼氏の都市伝説を知ってここへ来たのだろう。



そして見事に騙された。



だからあたしにも同じような経験をさせてやろうと企んだに違いない。



あたしは唇をかみ締めた。



あたしはまんまと騙されてここに来てしまったんだ。



そう思うと、途端に早く帰らなければと思えてきた。



万が一、こんなところにいるのを誰かに見られたら、恥ずかしくて明日から学校に行くことができなくなってしまう。



さっさと帰ろう。



そう思ってわきに止めていて自転車に近づいて時だった。



ガタンッと小さな音がしてあたしの心臓は飛び跳ねた。



振り返って音がしたほうを確認してみると、小屋のドアが開いているのがわかった。



あたしは目を見開いて暗闇の中ゆっくりと開いていくドアを凝視する。



一体誰が……?



緊張で心臓が張り裂けてしまいそうになったとき、1人の男が小屋から出てきた。



その様子は少しおどおどしていて、あたしに気がついてぎこちなくお辞儀をした。



あたしは唖然としてその男性を見つめた。



その人はついさっきあたしがパネルで選んだ人物で間違いがなかったからだ。



「あ、あの。君が僕を選んでくれたんだよね?」



彼は右手でメガネの位置を直しながら質問してくる。



あたしはしばらく返事もできずにその場に突っ立っていた。



本当に男の子が出てきた……。



「あ、あの?」



更に声をかけられて、ようやく我に返ることができた。



「は、はい、そうです」



思わず背筋がピンッと伸びてしまった。



男の子はようやく笑顔を浮かべて「出てくるのが遅くなってごめんなさい」と、頭を下げた。



「まさか僕を選んでくれる子がいるなんて思ってなくて、ビックリしちゃったんだ」



照れて頭をかいている。



マジマジと見つめて見ても、その人はどこからどう見ても人間だ。



なにかで操られているロボットのようには見えない。

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