2話 砦の有志と 冒険と


「さっ、行くか? とっとと出発しねぇと詐欺になるぜ」

 リーダー、剣士アイファの合図で『砦の有志』一行は颯爽と荒野に馬を走らせる。ランドに寄る親父達よりレッサルピーク山に早く着く。とっととワイバーンを狩って、現役パーティの力を見せつけてやろうって魂胆だ。俺達現役の冒険者を置いていったことを後悔させてやる。


「あぁ、アイファ。ついでに野盗も捕まえちゃおうよ。途中の大きな橋の近くで網を張ってる奴らがいるってさ」

 ニコルの奴、どっから情報を貰ってるんだか。まぁいい。組織と言わないからには雑魚野盗。山間集落を襲って悠々自適な冬ごもりでも企んでいるのか。


 赤茶けた岩と土だけの荒野は、ちらつく雪に白く染められていく。まだ、深く積もるほどではないだろうが、こんな季節に幼子を冒険に連れ出す父にムカついた。


野盗狩り。

 道中の魔物は知り尽くしていて腕がなるほどに手応えはない。退屈しのぎには絶好の相手。苛立つ心を紛らわせるのにもちょうどいい。俺達は知らずニヤと唇を引く。


■■■■


「リーダー、速度落として。索敵使う奴がいたら不味い」

 先導のニコルが馬を野に放した。俺もまねる。馬は貴重だ。殺られたらもったいない。適度なランクを装って、高価そうな武器に持ち替え、荷物は軽く。そう、高価な収納袋を見せつけて野盗の気を引くんだ。


「んー、ちょっと多い? 7,8・・・見張りに10人程度かな。その先は集落近くに本拠地を作ったっぽい。精鋭6人ってとこ。別班に3人、4人程度のグループ。組織だね。でも、統率はあんま取れてない」

 ニコルの従魔、猛禽のが情報をくれる。寒さに震える季節でも、奴らはよく働く。特に荒野では動きが丸見えだ。街道からそれた茂みや浅い森に潜んでも訓練された鼻には引っかかるものさ。


 魔法使いのキールはポケットに手を突っ込んで、魔道具のリングに魔力を込める。念には念を入れて、二重、三重に魔法を準備する。腰の帯剣も伊達ではない。俺が鍛えてやったから、普通の騎士程度なら十分通用する腕前だ。



 一頭だけ残した馬を引き、橋に差し掛かった。凍てつく川面はもうもうと蒸気を上げ、まるで温泉のようだ。だが、その下は冷たい水の流れ。まだまだ水量豊かで、落ちれば寒さで凍え死ぬ。


 ちょうど橋の中央に来た頃、予想通りの獲物が俺達を挟む。


 呑気を装った俺は鼻歌をやめ、ニヤる頬を必死に張って狼狽えてやる。棒読みだが、死闘を繰り広げようって時に気付く奴はいねぇ。

「わわ、誰だ? そこを、そこをどいてくれ」

「きゃぁ! だれ? 何? 私たち、金目のものなんて持ってないわよん」


 ニコル・・・。どこで覚えたか? 

 タオルで膨らました荷袋を大切そうに抱きかかえ、いかにもな演技。うつむいたオレンジの髪が笑いに耐え切れず、さわと揺れる。女性らしい内股歩きに立てた小指。ほら、野盗が舌なめずりして喜んでいやがる。


「ひひひ、そんなもんは後で調べや分かる。テメェら運がいいな。今日ここで、オレ達にかわいがってもらえてよ」


 ザン!

 ー---ガッ!  

      ーーーートトトト、ボチャン!


 たった一薙ぎ。たった一蹴り。

 加減したのに気を失って川に落ちた野郎どもをキールが残念そうに笑った。

 そして、俺達は素知らぬ顔で歩き続ける。おっと馬はここでいったんお別れだ。こいつは賢い奴だから、口笛さえ吹けばいつだって戻ってくるからな。危なくない場所に避難しろよ。



「おい、俺達の仲間、知らねえか? テメエら、何で橋を越えて来やがる?」

 少しは腕に覚えがあるのか? 

 次に絡んできた盗賊は、服の上からでも鍛えられた筋肉の隆起が分かる。サーベルのような野太い剣は、よく手入れされ、逆さに俺の顔を映している。だが、その程度の男ども。


 物足りないキールがわざと腰を抜かし、おとなしく拘束されやがった。先ほど、出番を失くしたことでお怒りのようだ。穏やかで実は目立ちたがり。詠唱を唱え、発動の準備をするだけでも魔力は減る。失った魔力をどうしてくれんだよというささやかな抵抗かもしれない。

 キールをたてるために俺も剣を投げ渡し、後ろ手に縛られてやる。おい、マジか? こんな縛り方。外してくれと言っているような物。俺は縄の端を手に、必死で偽装する。


「いやーん、こわーい」

 ・・・お前が怖い。

 そう思ったとき、オレンジの瞳が殺気を帯びた。くねくねと身体をくねらせて全身で喜びを表して、いや、嫌がる素振りをしているが、女性らしさのない凹凸は隠し切れない。

 やややややや、いえ、美しいです。多少物足りなくても、はい。ニコル様。ですが、手柄はキール君に譲っておあげなさい。


 連行先は当然おかしらの元。まだ昼にも達していないのに焚火の前で酒を飲んでいる。このかしらにこの部下か。自然に口角が上がるのに気づき、自制した。


 偉そうになんだかんだとゴタクを並べてくれてはいるが、俺達の本命はワイバーン狩り。そうそう長くコイツ達と遊んじゃいられないことを思い出す。ついでに、いつか見たギルドの人相描きも。

 賞金首なら覚えちゃいるが、なかなか記憶に出てこない。ならば例え賞金首でも安い奴。サッサと殺っちまおうと合図を出そうと動くその前に・・・。


 ドガガガガ

  ー-------ゴウ

       ー-----バリバリバリリ

    


 ピンポイントで落ちた雷撃。渦を巻いて燃える業火。そしてそれらを消し去るような稲光と雷風。

 森の一角にすす黒い煙を打ち立てやがったキールは、己だけシールドを張って涼しい顔をしている。

 かろうじてひょいと逃げ避けた俺達に目をやり、さっさと縄を解くと、焦げたおかしらを足で蹴り飛ばして空いた穴に放り込んだ。


 瞬時に反応できなかった震える部下たちは、ニッコリとオレンジの笑みを向けられて、隠した財産のありかをつらつらと述べて命乞いをしている。まぁ、こっから先は『ほのぼの幼児日記』にふさわしくない展開だから読者様の想像に任せよう。


 とりあえず俺達は一つの目的を果たした。百戦錬磨の俺達の馬は、予定通りに立ち上った黒煙と盗賊撃退の狼煙のろしを目印に戻り、ワイバーンの住む山を目指す旅を再開する。




■■■■



「リーダー、予定と違うけど!」

 珍しくニコルが狼狽えている。レッサルピーク山はどんなに急いでもランドから半日だ。おやじたちは麓のプロスペルの森で野営して明日山頂に挑む予定だと聞いている。なのに・・・。


 頂につながる急な岩場。原生林の荒々しい木々がまばらに立ちはだかる細い道ですれ違った漆黒の猛獣。その背には漆黒の瞳をキラと輝かせたコウタ。そしてにやにやとしたり顔で無精ひげを生やした顎を撫でる暴君ら。


「おんやぁ、アイファちゃんじゃねぇの。おっかしいなぁ? こんなところで会うなんて」

 目的は分かり切っているだろうに、しらを切る奴に、剣を握った手に力が入る。


「ー-んで?」

「はぁ? 何かおっしゃっいましたかぁ?」


 くっそう、煽りやがって。

 すっとぼけた顔を殴り倒してやりたい。だが、そんなことをすりゃ、兄ちゃんの面目が立たない。覚えてやがれ、クソ親父。


「なんでこんな所にいるかって聞いてんだよっ! 早すぎんだろう? どんな手使った?」


 執事のセガさんが申し訳なさそうに説明してくれた。 

 ソラに乗って一直線だと? 

 グランに乗って楽々とだと? 


 しかも、なんだコイツの顔は?! まるで英雄を見てきたかのような輝きに満ちた間抜け面・・・。


「あぁ、アイファ兄さん! ディック様すごいんだよ! グワァって襲い掛かってきたワイバーンの口にね、シュって腕を入れて、 噛まれるってドキドキしたら、シュタァって、 ワイバーンの口が半分になってね。暴れる羽根やしっぽをこうやってひっつかんでブンって・・・」


 んなもん、剣で一振りだろうに。興奮しながら大げさな身振り手振りでワイバーン狩りの様子を再現する幼子を、ニヤニヤ口角を上げて満足そうに見る親父。わざと、わざとゆっくり狩りやがって!


 たいした活躍もできず、俺は消化不良だ。悔しいが今夜は合流して共に夜を明かす。そうだ、さっきの野盗狩りを、面白可笑しく脚色でもして話してやろうか?


 

 パチパチと炎が揺らいで焚き火を囲んだ頃、女二人の馬車が森の入り口に着いた。平伏す親父達に釣られ、俺も最大限に機嫌をとる。



 旅をすれば必ず一度は触れる格言。

「世界で一番敵に回してはいけない人物。それは母ちゃん、彼女、女性モドキ」

ーーーーつまり女だってことだ。


 おっとここらで作者の限界が来たようだ。明日こそ、漆黒の可愛い幼児に、俺達『砦の有志』の活躍を見せつけてやっから、呆れないで読んでくれよな?


 キールとコウタが作った土魔法の簡易小屋に、満更でもない暖かさを感じて、俺達大家族パーティは一夜を明かすことにする。

 コウタの奴は収納袋に入れて持ってきてやった布団を抱きしめて、早々に瞼を閉じた。


 ああ、この屈託のなさ。ふにゃふにゃでやわやわであったかい奴。


 荒んだ心をふわと包み込む幼子に、俺達家族は知らずと目を細めるのだった。




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