≪アンノウン≫
ものえの
これは、冒険者達による選択の物語である。
プロローグ ケイン~出会い~
大剣を背負った男は、北を目指していた。北にはギルドと呼ばれる組織があった。国籍、種族、前科問わず、この組織に承認されれば依頼に応じて報酬を得る事が出来た。そう、男は“冒険者”となるべく、北へ向かっていたのだった。
「まだ国境警備の櫓すら見えねぇか。今日中に越えておきたいが、・・・そんなときに限って乗合馬車すら通らねえとはな。」
そんな愚痴を零しつつ、男はひたすら北を目指す。すると、後方から馬の駆ける音が近づいて来るではないか。男は好機と思い、振り返り声を上げる。
「おーい、誰でもいい、俺も乗せていってくれないか・・・」
馬は、男に気付く素振りもせず通り過ぎていき、危うく弾き飛ばされそうになった事に男は憤慨する。
「そこのお前、良く前を見て騎乗しやがれ!」
彼の声が届いたのか、馬はその足を止め引き返し戻ってくる。騎乗するのは一人の少女。
「エルフ・・・?」
「アナタ、冒険者?」
「ああ、その予定だが・・・」
男の言葉が終わるのも聞かず、馬に乗るよう促す。
「早く乗って。ゴブリンに集落が襲われそうなの、手伝って。」
「わ、分かった。俺の名はケインだ。」
「私はシアナ。じゃあ行くわよ!」
こうして二人は一路、森の集落へと向かう。
「こんな森に集落が?」
「戦争から避難生活を送る人間が集落を作っているのよ、この辺りに。」
「そうだったのか。」
「悪いけど討伐報酬はギルドから出ないわよ。だから私が出す報酬で我慢してちょうだい。」
「いや、報酬は不要だ。」
「え?」
「逆の立場なら俺も君と同じように報酬を払ってでも仲間を集めたと思う。」
「へぇ。」
「何か変か?」
「見栄を張るほど腕が立たない冒険者は多いから。志が立派なのは良いんだけどさぁ、足手まといにはならないでよね。」
「当然。」
森の中を進み、やがてシアナはゴブリンの足跡を見つける。
「10匹程度か。ただ一つ大きいのがあるな。」
「そっちはアンタに任せるわ。私は小者を狩る。」
「この数を、か?」
「魔法、って知ってる?」
「いや、全く。」
「なら勉強しなさい。」
「なぁ、お前何で故郷を出たんだ?」
「答える義務があるかしら。」
「これから仲間として戦う以上、シアナ、お前の事を少しでも知っておきたい。」
「ヘンな男ね、アンタ。普通はエルフを見たら好奇の目で見るモノよ。」
「俺にとって子供は保護の対象だ。好奇の目で見るものじゃない。」
「・・・それってアタシに色気が無い、って言いたい訳?」
「コメントは差し控える。ゴブリンを追うんだろう?」
「そ、そうよ!余り音を鳴らさず付いて来なさい。」
ケインは苦笑すると、シアナに答える。
「了解、善処しよう。」
森の奥は、例え日中でも日が通らなければ暗さも増す。シアナはエルフらしく、ゴブリンの足跡を見落とす事無く追跡する。
「いたわ、あの先の木蔭に潜んでいる。恐らく夜襲を掛けるつもりね。」
「つまり、例のボスゴブリンに率いられている、って事か。単なるバカじゃないかも知れないな。」
「所詮はゴブリンよ、アンタこそラッキーパンチ喰らって昇天しない事ね。」
鼻息の荒いシアナに思わず、ケインは吹き出し笑う。
「な、何がおかしいのよ。」
「いや、お前が里を出た理由が分かった気がしてさ。」
「なら言ってみなさい!」
「仕事が終わったら、な?」
「フン!」
二人はゆっくりとゴブリン達に近寄る。魔法の効果が届く、ぎりぎりのラインからシアナが眠りの魔法を唱える。
「今よ、ケイン!」
「応!」
シアナの声に併せ、ケインがボスゴブリンに強烈な突きを喰らわせる。
「ちいっ、浅かったか。」
ケインの大剣がその腹に刺さったのを気にも留めず、ボスゴブリンは巨大な棍棒をケインに振り下ろす。
「ケイン、早くそいつやっつけて。ゴブリンが起きちゃうよ~。」
「無茶言うな!お前も手伝え、こっちは大剣取られてるんだ。」
「あ、やっぱり大した腕じゃなかったのかしら?」
(絶対、楽しんでるよな・・・あの女)
ボスゴブリンが叩く、ケインが避ける、この動きが幾度となく続き双方の体力が次第に限界に近づきつつあった。だがしかし、遂にボスゴブリンの手が止まる。
「ハエたたきは終わりか?なら返してもらうぜ、その剣ををよぉ!」
ケインは大剣をボスゴブリンから抜き取ると、体力が尽き首を垂らしたボスゴブリンに対し、止めの一撃をボスゴブリンに叩き込む。
「どうだ、みたか!」
意気揚々とシアナのいた方角を見るケイン。だがその姿は無く、彼女は眠ったゴブリンの止めに勤しんでいた。」
「こっちも終わったよ、ケイン。」
のん気に手を振るシアナに対し、ケインは呆れ返す言葉も無く、嘆息する。
「とんだ初仕事だったぜ、全く。」
ゴブリン達の死骸を埋めた後、二人は馬で再び北方へと向かう。
「こうしてゴブリンの悪事は、冒険者の手によって未然に防がれました、めでたしめでたし、か。」
「報酬要らない、って言ったのケインでしょ?」
「それはいいとして、何で俺が御者やってるの?」
「アタシが前じゃ、ケインにドコ触れるか判んないものね。」
「ドコ触っても感触一緒だろう・・・」
「何か言いましたかぁ?」
「いや、ちょっと飛ばすぞ、って、ハハ。んじゃ、いざ北方のギルドへ!」
かくして、二人は出会い、共に戦い喜びを分かち合う仲間となった。冒険者として。
第一話 黄金の葉
私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部だ。
この世界はいわゆる、剣と魔法が支配する西洋のおとぎ話に似た世界だ。ところで今、君がこの文を読む現実世界には様々な不幸が存在する。そしてその不幸は、大半は目に見えない何か・・『運』と呼ばれる事象による場合が多い。君達の言葉で言うなら【〇〇ガチャ】というヤツだな。しかし、これから語る物語にはこの『運』、特に不運はその人生を大きく変える、目に見える形となって出現する。この『運』を幸運に変え、人々から賞賛される存在を君達はウンザリするほど耳にしただろうが、あえて言おう。『冒険者』と。失礼、冗長が過ぎてしまった。開演の時間だ。始めよう、冒険者達の選択の物語を。
ドワーフは一息付くと、仲間に声をかける。
「この丘を越えれば、目的の村だ。枯れた巨樹が目印だからすぐわかるじゃろう。」
「アンタが一番遅れてるのよ、さっさとその短足動かして追い付きなさいよ!」
蒼い瞳をした、切れ長の目でギームを見下すのは、エルフの女魔法剣士だ。人間の歳に当てはめれば14,5才といったところか。幼くみえるが、侮ってはいけない。長命で知られるエルフは、戦闘の経験もベテランの戦士以上に積んでいる事が多いのだ。
「そう慌てる事もないでしょう、シアナ。予定の会合までにはまだ十分間に合いますから。」
いら立つシアナに、懐中時計を見せてニッコリ微笑む優男。目深にフードを被り、意匠を施された杖を持つところから、彼が魔法使いらしい事が伺える。
「ソルディックのいう通りさ。そもそも途中の駅舎で馬車を返したのシアナじゃん。ホント、ヘンなところでケチなんだから。」
楽しそうに笑いつつ、短剣をジャグリングしながら同行する少年。彼もシアナと同じ年頃に見えるが、こちらの彼は、れっきとした人間だ。
「だぁれがケチですって?!」
少年の言葉に声を荒げるシアナ。しかし少年は動じる事も無く楽し気に笑ってシアナを挑発する。
「そこまで。じゃれ合いの続きは村に着いてから始めるんだな。」
2人の会話に割って入ったのは、ひと際体格のよい、重厚な鎧に身を包んだ男だ。大剣を背負っており、これが主武器なのだろう。彼の、威圧感あふれた静止の言葉にシアナは仕方なく口をつぐむ。
程なくしてギームも合流し、一行は依頼人の待つ村へと向かった。
「これはこれは、一行様。長旅お疲れ様でございました。ささ、こちらへ。」
恭しく出迎えたのは、依頼があった村の長だった。歳の頃は50前後だろうか。やや疲れた表情にも見える。客間に案内されるが、村の規模にしては豪華なのが気掛かりだ。果たして、これを単なるゴブリン退治と考えて良いものか、一行は訝しむ。
「実はこの村の近くに洞窟がありまして。度々ゴブリンのような魔物が棲みついてしまうのです。もし魔物に村を略奪されるような事があれば、我々は生きてはいけません。」
「分かりました、ゴブリンの件は我々で処理をします。ですが、その前に聞かせてもらいたい事が。」
切り出したのは、大剣の男だ。
「先に自己紹介を。俺の名前はケインです。まず一つ。ここにある豪華な装飾品を買う金銭はどこから入手したのです?そしてこのように潤沢な資金があるのであれば、洞窟を岩で封鎖する事も可能だったのでは?」
彼の問いに村長は軽く頷くと、問いに答える。
「疑問の件は至極ごもっともです。ここにある装飾品は、先代の村長が遺した、いわば
村の所有物であって私めの私物ではないのです。ですので当然自由に売買は出来ません。
次に資金ですが、この様な村に潤沢な資金などございません。ですので、皆さんにお支払いする報酬で精一杯なのです。」
「でもさ、ウチらのパーティを指名依頼してきたじゃん?あれは何でさ?」
間髪入れず、口をはさむシアナ。
「それは、皆様のご活躍を噂に聞いておりまして、はい。」
「フーン・・・。」
ジト目で村長を睨みつけるシアナ。
「ハハッ、イイじゃん、ボクらも有名になったって事で。」
笑顔を絶やすことなく、愛嬌を振りまく少年。
「んじゃ、ボクからも質問。この部屋にある覗き穴、四方に4つ、であってる?」
少年の問いかけに、ギョッとした顔をする村長。
「そ、そのような仕掛けなどこの部屋には・・・」
「あ、そ。いいよいいよ、そのリアクションで皆わかっちゃったから。でも気を付けた方がいいよ~。そこのお姉さんに用意した部屋に覗き穴なんてあった日には・・・」
「ちょっとティム!あんた何を・・・」
顔を赤らめ、手をブンブン振るシアナ。
「その貧相な裸体の情報と自らの命を引き換えという何ともお粗末な末路が待ってるからね。」
天を仰ぎ、大きくため息を付く少年改めティム。
と同時に、シアナの目に明確な殺意が宿る。
シアナがティムに飛び掛かろうとする瞬間、ギームの拳がシアナの後頭部を打ち据えた。
「ええ加減にせんか!依頼人の前じゃぞ。」
その間を逃さず、村長はそそくさと席を立つ。
「では、皆さまへの夕餉の準備をさせていただきますので、どうかごゆるりと。」
客間に残された、5人の冒険者達。
「・・・たたた。」
後頭部を擦りつつ、むくりと起き上がるシアナ。
「御託は後からいくらでも聞いてやるわい。で、結局この仕事引き受けるんじゃな?」
ギームは視線をケインに向ける。
「ああ、ゴブリン達は早急に排除すべき事案だ。ただ情報が足りない。」
「ゴブリン達?あいつらなら、この村に近寄る事すら出来ないわよ。」
「どういう事だ?シアナ。」
「≪森の番人≫たるエルフにしか感じない、精霊力ってのがこの世界には存在するのよ。
そして、結界といえる精霊力がこの村を護っている。あの枯れた巨木を中心に、ね。」
「!何と。あの木はまだ完全に枯れてはおらんのか。」
驚愕し、思わず立ち上がるギーム。そしてはっ、と口を塞ぐ。
「大丈夫、怪しい所は全部目張りしておいたから。さすがに、今すぐ怪しい行動はしないよ、あの村長さんは。」
一仕事終えたティムが天井からぶら下がりながらギームを諭す。
「(コホン)話を続けていいかしら。」
得意げに咳払いをし、シアナは話を続ける。
「あの巨木自体、精霊の力を秘めた霊樹だったと思われるわ。そしていつしか霊樹の中は精霊たちの遊び場となった。でも精霊たちより先に木の方が寿命を迎えてしまった。
ほとんどの精霊たちが力を失った霊樹から去って行った。ところが、木が死んでも遊び場を失いたくない精霊がいた。私が知る限り、この波動をもつ精霊は・・・」
「・・・ドリアード、です。」
残しておいた取って置きのおかずを取られたかのように、口をあんぐりと開けるシアナ。
その視線の先には、村に入ってから一度も口を開く事の無かった、ソルディックの姿が
あった。
「まぁ、僕も精霊を召喚する事のある身として、知識自体ありますので。」
はにかみ笑いを浮かべつつ、その場を取り繕うソルディック。
(ケッ、この爽やかイケメンが。)
ソルディックに悪態を突きつつ、シアナが問い詰める。
「じゃあ、何で今まで黙ってたのよ!」
「シアナさんの推測に大方同意していたもので・・・はい(笑)」
ソルディックはその端正な顔立ちの顎に手を当て、物思いにふけるように答える。
「ただ気になる事が。僕に対する視線を感じるんですよ。あの巨木の奥に潜む何かから。シアナさんと僕が知るドリアードとは決定的に何かが違う。そんな感じがするのです。」
「(だから何でいちいちボーズ決めるのよ)じゃあ、今日の夜にでも調べましょうよ。」
「いや、手は出さない。」
ケインが2人の会話を遮り続ける。
「俺達の依頼はゴブリン退治だ。そして報酬を受け取り次第、この村を去る。各人不要な厄介事は起こさないでくれ。」
「でも、厄介事に巻き込まれたら?」
ティムがすかさず口をはさむ。
「『いつも通り』、に決まっておろう!」
ギームが豪快に笑い答える。
皆が一斉に笑うと同時にノックの音がする。
「冒険者の方々、お待たせしました。夕餉の支度が整いましたので、食室へご案内を。」
一行は客室を出て食室へ向かう。
「おおぅ!」
彼らから声が出るのも当然だ。移動時は干し肉や乾パンが主食、よって久しぶりに新鮮で温かい料理にありつける事は、暖かい寝床と同じく彼ら冒険者にとって何よりのリフレッシュなのだ。彼らは席に付くやいなや、早速エール酒とワインについての講釈をギームとシアナが語り出す。一説では、エルフが人間の生活圏に下りてくるのは、ワインの魅力に取りつかれてしまったから、とか何とか。そんな中、祝宴が始まるのだが料理自体はいわば田舎料理に近いながらもとても味が良く、村長曰くある街で食した店のコックを口説き落としてスカウトしたらしい。皆一同に“なるほど”と納得し、酩酊状態になったシアナを男たちが抱えるいつものパターンで用意された寝床に付くのであった。
その夜。
「・・・そろそろかな。」
寝床から飛び起きるティム。そして毛布を包み、寝床に自分の姿に似せた形を作り置くと頬を両手でピシャリと一叩きする。
「さて、お仕事すっかぁ。」
窓から壁に張り付き、仲間の部屋を様子見するティム。
(事前に内部屋拒否して全員窓部屋に指定してくれたケイン、流石リーダーだね。)
そろり、そろりと各部屋の確認をするティム。
(ありゃ、ケインもぐっすり寝てる。食事にも入ってたな、この様子じゃ)
ティムは、宴会の間、一切の食事に手を付けていなかった。体よく、酒を注ぐ側に回って時間を稼いでいたのだった。
鉤爪を使い、屋根の上に上がるティム。そして例の巨木が見える位置で座ると、懐から乾パンを取り出し齧り出す。
(ま、盗賊稼業のボクには、これで十分)
すると、何やら白いフードを全身に羽織った村人が続々と巨木に集まって行くのをティムは見る。
(え?なになに?てか、ここじゃ何言ってるのか分かんないや。危険だけど近づくしかないか~)
ティムは素早く自室に戻ると、シーツを使ってお手製の白いフードを作り、集会の場へ向かう。彼らは口々にこう、祈りの言葉を巨木に捧げる。
『黄金の霊樹よ、我らに黄金の葉を!黄金の霊樹よ、我らに黄金の葉を!』
(黄金の霊樹?黄金の葉??いや、今はこいつらの言動に注視だ)
恐らくは木箱で作られたであろう、白の壇上には村長が立つ。
「喜べ、我が村の民よ!今宵、私は女神が求めし声を聞いた。“わらわの目に叶いし麗しき君との引き換えであれば、女神は黄金の霊樹を再び黄金の葉で満たそう”、と。」
熱狂する村人たち。その最中、ティムはうずくまり思考する。
(あの覗き穴、ひょっとしてドリアードが覗く為の儀式的な穴だった?冒険者を品定めするのに必要、とか。いや、今はそんな事より選ばれたのは誰だったか、って事だよ。
ボ、ボクじゃないよね?)
「その男の名はソルディック=ブルーノーカー。皆も見た通り麗しい美男だ。私の目に狂いはなかった。」
(あーそーゆーことね、スカウトの理由って。)
ホッと、安堵の息をするティム。
「村長万歳!村長万歳!」
喝采の声が闇夜の村に響き渡る。
「静かに。冒険者殿の安息の邪魔だ。後は、ゴブリン討伐後、彼らに霊樹に触れてもらえばよい。後は女神がソルディック殿を楽園へ誘ってくれよう。・・・そういう事だ、ティム君。」
ギョッとして立ち上がるティム。
「カンのいい君の事だ。食事に手を付けていなかった事も知っていたよ。そして私がここで全てを明かした事も理解しただろう。今の君に手立ては無い。私を滅したところで、
また新たな村長が現れるだけだ。むしろ、私は君のその実力を高く評価している。このまま黙って見過ごしてもらえたら、君にも特別に黄金の葉をプレゼントしよう。ゴブリン討伐の報酬とは比較にならない、遊んで暮らせるだけの金額になるはずだ。」
「うっ・・・ボクは、仲間をゼッタイに売るもんかぁ!」
シーツを脱ぎ捨て、その場を走り去るティム。
「村長、追いますか?」
村人の一人が問う。
「その必要は無い。あヤツは最後に我欲に負けた。何も出来ぬよ。」
再び村人達の前に立つ村長。
「これにて前夜祭は終わりだ。明日に備えしっかり休息を取るようにな。」
翌朝。
村長宅で、眠る事無くそのまま一夜を過ごしたティム。
「ボクは・・・どうしたら・・・」
「おい、朝食の時間だぞ。」
見上げると、軽装姿のケインが立っていた。
「夜、何があった?」
「・・・」
「言わなくていい。ここに食事を持ってくる。」
「ゴメン、リーダー。」
「普段からそのくらい素直だと、俺も楽なんだけどな(笑)」
「へへっ。」
~~~
次にティムが気が付いた時、そこはゴブリンの棲むという洞窟の前だった。
「あっれぇぇ?!」
「起きて早々、何大声出してんのよ。はい、アンタの分の朝食。手づかみで食べれるようにわざわざ作り直してくれたんだから、村に戻った時にお礼言っておきなさいよ。」
シアナが不機嫌そうにティムに朝食を渡す。それを猛烈な勢いで食いつくティム。
「それとケインにも。ここまでずっと背負って来てくれたのよ。」
「・・・ありがとう、ケイン。」
「気にするな、仲間の為だ。」
「仲間、ナカマ・・・」
「ど、どうしたのよ急に。敵はもう目の前なのよ?」
「言うよ。昨日の夜の事。全部。戦いの前に迷いは無くしたい。」
ティムは前夜祭の件を包み隠さず、仲間に話した。
「パーティを指名したのは、そういう理由か。」
「過ぎたる欲は身を滅ぼす。霊樹の加護は魔物からの守護に留めておけばよいものを。」
「女神様からのご指名は光栄至極なのですが、現状、僕はこの世界の方が居心地が良く感じております故、辞退の方向で話を進めて頂きたく(笑)」
「いいじゃない、逸話通りなら、帰ってきてもアタシには会えるかもよ?」
「逸話って何?」
ティム、ケイン、ギームが揃ってシアナの方を向く。
「あ、知らないのか。ドライアードの世界に行くと時間の流れが変わってしまうの。向こうの1日がこっちの世界の数百年と同じ、みたいな。」
「ですので、皆さんを含めた家族友人との別れは、まだご遠慮したい訳です。ちなみに僕は彼女に現在も熱烈ロックオンされていますから、『ソルディックは死んだ』は残念ながら通用しませんね。」
全員が黙ってしまった中、沈黙を破ったのはケインだった。
「まずは目の前にある問題から解決する。突入するぞ。」
「あ、リーダー待った待った。」
即座に静止するティム。
「規模は大きくない洞窟のようだし、まずは生木を燃やしていぶり出そう。」
こうしてダンジョンアタック名物、“ダンジョン入口でいぶり出し”が始まった。
① 入口にロープを張り、相手が転ぶように仕掛ける。
② 生木を燃やし、煙が奥に流れるようにする。
③ 耐えきれず出てきた敵が転んだら素早く始末する。
④ 数が増えたら、範囲魔法で一掃しよう。
倒した敵の総数、計10体
「どうやら1家族のようだな。何処からか逃げてきて流れ着いたか。」
兜を外し、汗をぬぐうケイン。
「けどこの数だったらアタシ達に依頼が来て正解だったわ。シロウト集団だったら返り討ちにされていたかも。てか少し休みなさいよ、ケイン。」
一方、汗一つ流す事無く涼やかな表情を浮かべるシアナ。
「・・・! 全員洞窟から離れて!!まだ何かいるよ!」
「ゴブリンの耳はワシが切り取った。いつでも離脱できるぞ。」
ギームが2人に後方へ来るよう手招きをする。
洞窟が視認可能な草むらに伏せ状況を伺う一行。
「出てきた・・・」
シアナが呟く。
「あれ、トロールじゃない?」
呟いたのはティムだ。
「そういう事ですか。何度駆逐してもゴブリンがここを住処にしてきたのは、このトロールが洞窟最奥に陣取っていたからなんですね。ゴブリンにしてみれば言わば“ご神体”といったところだったのでしょうね。」
ソルディックは、冷静に起きた状況を分析しつつ、ケインを見やる。
「どうします?ケイン。」
無言で兜をかぶり直すケイン。
「無論、ここで起きた禍根を絶つ。」
「でしょうねぇ。僕としては退いて欲しかった、が本音ですが。」
嘆息しつつも、臨戦態勢に入るソルディック。
「ならば、我らの戦いに戦神の加護を。」
ギームは呪文を唱えると仲間達全員が一瞬白く輝く。
「ケイン、知ってると思うけど念の為。トロールは、炎以外の攻撃だと徐々に傷口が回復してしまう。だから、貴方の剣に“炎の付呪”を唱えて、後方で支援魔法を使う。攻撃が貴方に集中してしまうけど、何とか耐えて。」
視線はトロールから逸らさず、ケインに助言するシアナ。
「いつもの事だろう?俺は何よりも、お前が傷つくのを見る方が辛い。」
シアナは、静かに“炎の付呪”を唱える。それに伴い、ケインの大剣が見る見るうちに朱色に染まる。
「じゃあ行こうか。」
ケインの言葉に全員が頷く。
「陣形の指示、見落とすなよ!突撃!」
トロールとの一戦が始まった。
名は知ってはいても、実戦での遭遇は初めてだった一行は、敵の想像以上の体力、そしてケインがクリティカルヒットを受けた事で行動不能となり状況が悪化する。その後シアナとギームでトロールを挟み込む事で何とかケインが致命傷を負う事は防ぐも、攻撃力不足が続き、あわやとなったその時、救ったのはティムの繰り出した背後からのクリティカルヒットだった。
「た、倒したぁ!」
倒れたトロールの上で飛び跳ねて喜ぶティム。
「喜ぶにはまだ早いわよ。さっさと油を蒔いて、このデカブツ燃やすのよ。もし復活されたら、今のアタシ達に勝ち目は無いわ。」
彼女自身もトロールの打撃を完全にかわし切れた訳では無く、その打撲痕が激戦の様子を強く表していた。
「ホレ、お前さんにも治癒の魔法じゃ。ケインは状態は峠を越えた。直に目を覚ます。大役実に見事じゃったぞ。」
「こっちこそ感謝よ。ケインはアンタのお陰で助かったんだから。・・・全く、柄にも無いセリフ吐いて変なフラグ立てるから。」
沈み込むシアナに対し、ソルディックが優しく声を掛ける。
「しかし誰を失うことなく、僕達は勝ちました。ここは素直に喜ぶべきことでしょう?」
しかしなお不満な表情を隠さないシアナは不満をソルディックにぶつける。
「アンタ、全力で魔力開放しなかったよね?魔力温存した?」
「この後の事も考えての事です。村には戻らないと報酬は受け取れませんし。この終始感じる視線にも早めにお別れしておきたいところですので。」
「その件なんじゃが。」
2人の会話に割って入るギーム。
「霊樹の件、ワシに任せてくれぬか。泥は全て被る。」
~~~
ケインの回復を待って、村へ帰還する一行。今回は村人総出で、一行を出迎えてくれる。
村人達から感じるその異様な視線は、何やらカルトじみた雰囲気すら一行に感じさせた。
「依頼の件、確認させてよろしいでしょうか、ケイン様。」
村長が前に立ち、ゴブリンの耳見分を求める。
「これでいいですか。計10体。そして今後奴らが棲みつく事は減るでしょう。」
「・・・と、言いますと?」
「洞窟最奥に別の怪物が潜んでいたんですよ。駆け出しの冒険者であれば、まず勝てない相手がね。逆に熟練の冒険者であれば、報酬にならない危険は回避する。そう言った意味では、俺達は中途半端な冒険者だった。」
「・・・」
「村長。知ってたな、洞窟最奥の怪物の事。怪物が居座る限り、慕ってやってきたゴブリンが棲みついて洞窟に再チャージされる。俺達は確かに雇われ者だ。が、他人の金儲けの為の消耗品じゃねぇぞ。その善人ヅラの奥にどれだけ邪悪を飼ってやがんだ、オイ!」
激高するケインに対し、ギームが静かに諭す。
「ケイン、それをこの場で証明する事は出来ん。思い込みで相手を恫喝するのはお前自身の汚点となる、常日頃言っておったはずじゃがな。」
「お恥ずかしながら、その怪物の情報は私めには届いておらず、情報不足であった事に対しては深くお詫びさせていただく所存でございます。」
改めて、村長は一人につき金貨100枚(日本円で約10万円)の報酬を一行に渡す。
「ひゃぁ、思っていた以上の額だよ、コレ。」
思わぬ大金に思わず顔がにやけるティム。
「では、最後のお別れに。霊樹からの皆さまへの祝福を受け取りください。」
村長はティムの方を見ると優しく微笑み、霊樹の方へと促す。
「霊樹に優しく触れてください。」
恐る恐るティムは霊樹に触れる。すると霊樹から樹洞が姿を見せ、心地よい風が吹き彼を包みこむ。ティムが薄目を開けて樹洞を見ると、すでにぽっかり空いていたはずの穴は無く、煌びやかな薄絹を纏う美しき妙齢の女性の姿があった。
「汝に祝福を。」
奏でるような心地の良い声音はティムを含めた周囲の村人達も同様に感嘆させる。そして彼女が去った時、ティムの小さな手のひらでは片手だとやや余るほどの大きさの黄金の葉が1枚残されていた。
「これが黄金の・・葉?」
震える手で葉を掴み、恍惚とした表情で見つめるティム。しかしギームがその葉を取り上げてしまう。
「何するのさ、ギーム!」
「お前さん、葉に魅入られておったぞ。普段のお前ならワシからモノを奪われるなどありえないじゃろう?」
思わずゴクリと息を呑むティム。
「・・・ドリアードの顕現、時間は分かるか?」
小声でソルディックに語りかけるケイン。
「約一分、ってところでしょうか。大魔法で全部焼き払ってしまえば早いのですけどね。」
「あンた、爽やかな笑顔で時々エゲツない事言うわよね。割と本気で考えてない?」
ソルディックの容赦ない言動にやや引き気味につっこむシアナ。
「それはもう、自分の人生が掛かっていますから(笑)でも今はギームの考えを信じてここで見守りましょう。」
~~~
「では、次の方。ギーム殿でよろしかったですかな。」
村長の問いかけにギームが答える。
「うむ。じゃが一つ準備をさせてもらう。」
「準備、ですか。」
ギームが持ち出したのは、勢いよく燃え盛る一本の松明だった。ギームの奇異な行動に
動揺する村人達。
「静まれぇい!」
ギームの一喝が村人を沈黙へ引き戻す。
「お主等も、この葉に魅入られたのであろう。いや、葉がもたらす黄金の富に。」
「当たり前だ!俺達は、この時の為に何年も待ったんだ!」
そうだ、そうだ、という村人の同意の声が場の空気を支配する。
「村長よ、今まで何人の冒険者を女神に差し出した?」
「答える義務はございませんな。黄金の葉をご所望でないのであれば、次の方に順番をお譲りいただけると幸いにございます。」
「なるほど。ならワシの行う事を咎める権利もお主には無いな。」
「さて・・・?」
余裕の表情を見せる村長を尻目に、ギームは高らかに宣言する。
「欲にまみれ、未来ある若人を黄金の葉と引き換えに異界へと送った罪、戦神に代りこのギーム=バルドランが制裁を与えん!しかと見届けよ!」
ギームは、ゆっくりと松明を霊樹へと向ける。
「その様な手段で燃えるようであれば、とうの昔に他の冒険者が行っております。少々お戯れの時間が・・・」
次の言葉を村長は告げる事は出来なかった。今までどのような手段でも傷つく事が無かった霊樹が轟々と燃え盛り始めたのだ。
「何故、なぜ燃える?何をしたドワーフ!」
怒りに震える村長に対し、ギームは答える。
「この松明の火は、戦神の神官が唱える呪文の一つ、“弔いの炎”によって灯されておってな。この炎は主に疫病の蔓延を防ぐために死者のみを速やかに灰にするんじゃ。」
そういうと、ギームは自らの手で松明の火に触れて見せる。
「この巨木は死んでおる。本来は朽ちて大地へ還るべきはずだった。だからワシが灰として還してやったまでじゃ。」
「あ、ああ。女王の、女王の楽園の扉が・・・閉じる。」
茫然自失となり、膝から崩れ落ちる村長。
「この最後の一枚は・・・村人達よ、お主等にくれてやる!」
ギームは黄金の葉を群衆の中に投げ入れる。獲物に襲い掛かるゾンビの如く、黄金の葉に群がる村人達を後にし、ギームは仲間達の元へ戻る。
「お疲れ。報酬も入った事だ、俺達の街に戻ろう。」
ケインがギームの肩を叩き、労をねぎらう。
「まさか燃やしちゃうとはねぇ。でもドライアードの世界と、この世界とのリンク切れちゃったから、今後はゴブリン襲い放題よ、ココ。」
「仕事の案件は増えそうですが、しばらくは引き受ける気はしませんねぇ。でも僕はようやくあの視線から解放されて、ギーム殿には感謝しかありませんよ。」
「うん、ボクも黄金の葉よりソルディックやみんなと一緒の方がずっと良いよ!」
仲間達のギームを想ってのねぎらいの言葉に、ギームは大きく頷く。
「そうじゃな、ワシの選択が間違っていなかった、と今は信じる様にしよう。」
ふと、シアナが意地悪げな顔で皆を見渡す。
「ところで、今日の打ち上げのオゴリ役なんだけど~・・・先の駅舎に一番遅く到着した人って事でヨロシクゥ!」
ただ一人ギョッとするギーム。ケイン、ティム、ソルディックの3名はギームに一礼し、
一同、「ゴチになりまーす!」と足取り軽く駅舎へ向かうのだった。
プロローグ シュロス~再会~
負けた。女一人にガキの集団とはいえ男30人で。最初から最後まで何が起きたか分からなかった。後から知ったけど、あの人はエルフっていう種族らしい。あれからオレは何が何でも強くなりたいと思った。あれから何年経ったか・・あの人と再会した。今度は冒険者として。
ギルドホールの一角。盗賊シュロスは、エルフの魔法剣士シアナと10年越しの再会を果たす。
「今回、参加させていただくシュロスと言います。皆さん、よろしくっす。」
「あんまり見ない顔だな。まぁ仕事しっかりしてくれりゃ、文句はねぇ。よろしくな。」
戦斧を磨くドワーフ戦士は、ぶっきら棒な口調で挨拶を交わす。
「今度の遺跡調査は中々厄介でね。ドワーフ豪族の墳墓までは判明しているが、かなりの数の魔物を墓守として解き放ったようで、私達が露払いを頼まれたのさ。君にも剣を持ってもらうかも知れないが、一つよろしく頼むよ。」
年配の魔術師の男が、丁寧な口調でシュロスと手を交わす。
「戦神の神官であります。皆さんの足を引っ張らぬよう努力するであるます。」
「あ、うん。取りあえず水でも飲んで落ち着こうか。」
緊張の余りろれつが回らない女神官に対し、シュロスは笑顔を絶やさず応対する。
「では最後に、エルフの魔法剣士殿の紹介を。」
魔術師がシアナに目配せする。シアナは無言のままシュロスの前に進み、そのまま仁王立ちする。
「何のつもりだ、少年。」
「何の事でしょう、シアナちゃん。」
「貴様に馴れ馴れしく呼ばれる筋合いは無い。」
「君にはそうかも知れない。でもオレの人生はあの敗北から始まったんだ。」
「それで盗賊稼業か。少年の時と何ら変わらぬではないか。」
「冒険者である以上、仲間の財布は狙わないよ?」
「当たり前だ!」
「こうして再び巡り合えたのも何かの縁。よろしくやろうよ。」
怒り心頭のシアナを横目に、魔術師とドワーフが小声で話す。
「最近丸くなったと聞いていたんだが、俺が聞き違えたか?」
「どうも体調を崩している間に、リーダーに置いて行かれてしまったようでして。その技は皆の知るところでしたから、今回の遺跡調査にお誘いしたところ快く承諾していただいたので私としても胸を撫でおろしていたのですけどね。」
「心配するな、パーティー行動時には皆の連携を崩す真似はしない。」
シアナの言葉に一同は不安を抱えながらも、頷き、決起するのであった。
~~~
遺跡最深部。
「で?」
「はい、何でしょうかシアナちゃん。」
「この最深部で立っているのが、アタシとアンタだけなのよ!」
「いやー、どうしてでしょうねぇ・・・」
シアナの怒りに燃える瞳から、シュロスは笑いながら目を逸らす。
「アンタが解除失敗した罠に、全員引っかかったからでしょうが!」
「まぁまぁ、出口までは見送りましたし、命には別条ないでしょ?」
「そういう問題か!」
「と、その前にお出迎えの様で。」
ドワーフ豪族の霊廟から姿を見せる、長い鼻を持つ、双刀を掲げた直立する異形の怪物。
「何?・・・このバケモノ。」
「シアナちゃんが知らなけりゃ、オレが知る訳無いっしょ。」
「手伝いなさいよ、シュロス。」
「もちろん。」
二人は、互いに挟み込み、怪物の動きを止めようと画策する。
しかし相手もその巨体を生かし、剣と鼻を使い分けシュロス達を圧倒する。
「ちょっとやり過ぎじゃないですかね、ここのドワーフさん。」
「だから趣味が悪いのよ、ドワーフ族は!」
二人の愚痴が増える毎に、徐々に怪物を追い詰め始める。怪物の攻撃パターンを彼らの反応速度が超えた時、シアナの最大火力魔法が炸裂した。
崩れ落ちる怪物を見つめる二人。
「勝ったぁ。」
思わずへたり込むシアナ。
「いや、これからだ。」
シュロスは剣を抜き、その剣先をシアナに向ける。
「シュロス?」
「勝負だ、エルフ。あの時の再戦を申し込む。」
「本気?アンタもアタシもボロボロなのよ?」
「冒険者らしくて丁度いいじゃん。」
「そう、ならもう一度教育してあげるわよ、“拘束”(バインド)!」
シアナが拘束呪文を放つ。しかし呪文はシュロスをすり抜けていく。
「幻影呪文、いつも間に!」
「背後いただき、と。」
シアナの背後から彼女の左肩に手を掛けるシュロス。
「私を殺す気?」
「これで一勝一敗。ガキの頃の思いは果たせた。後は思い出をもらうとするよ。」
そういうとシュロスはシアナの右耳を優しく甘噛みしてみせる。
「?!!!」
シアナが振り向き様に一撃を入れようとしたが、すでにシュロスの影は無かった。
「一緒に組めて楽しかったよ。ドワーフの宝は君のモノだ。また会おう、シアナちゃん。」
「誰が二度と組むかぁ~!この変態野郎~」
シアナの罵声を背にシュロスは一人遺跡を去る。
「意外と悪くないものだ、冒険者ってのも。もう少し続けるか、この名前で。」
第二話 ウロボロス
この世界の大陸には、南と北に諸侯から推戴された王が君臨する王国が存在し、数百年の長きに渡って争いを続けてきた。そして北王は、戦神(いくさがみ)を、一方南王は、豊饒(ほうじょう)の女神を崇め、それに伴い北王側にはドワーフ族が、南王側にはエルフ族が支持を表明した事で対立は激化、混沌とした時代となっていた。最後の勢力激突は2年前の事。結果は北軍が勝利し、最終的に南王領土の一部割譲で条約調印となり戦争は終結、市場にも活気が戻り穏やかな停戦状態が続いていた・・・
北王領域第二の都市ウォルフス。戦時には最前線となる位置に存在するこの都市は二年前の戦争による戦死者を弔う合同慰霊碑が建立されていた。そして、刻印された連名の一つを撫でる一人の男。
「また墓参り?」
そう男に声を掛けたのはエルフの少女。
「半分当たり、だな。」
男は振り返ると笑みを返す。
「お前と出会った時にも話したはずだ。俺はあの戦争で行方不明の妹を探している、と。」
「で、その為に勇猛で名を馳せる南王騎士団を退団した、と。」
「俺の故郷が戦場になる事は容易に想像出来た。だが、俺が持ち場を離れ救援に向かう事を上官は許さなかった。父母の亡骸は、逃げ延びた知人が確認していた。だが、妹クレミアは最後まで怪我人の介護で戦地に残ったままだった。」
振り絞るように語るケイン。
「神官、だったのよね。豊饒の。」
「ああ。そして南王軍は大敗した。結果、俺の故郷は北王領に組み込まれ、居場所を失った俺は冒険者稼業に鞍替えした。妹を探す為に。」
「うんうん、会ってから何度も聞いた話よ。それで、ここで雇ってた情報屋から何か手掛かりは手に入った?」
「いや、なしのつぶて、だ。」
自嘲気味に首を横に振るケイン。
「そんな暗い顔しないで。ケインの気の済むまで、アタシは付き合ってあげるからさ!」
シアナは、えっへん、と自慢げに胸を張る。
「“付きまとう”の間違いじゃないか?」
彼女の励ましに、苦笑交じりで答えるケイン。
「な、何よ、折角人が元気づけてあげてンのにさ!」
「悪い悪い。お前と出会えた事は感謝しているよ。」
「そう思うなら、今日一晩付き合いなさい。」
「?」
「そ、その結構いい値のスパークリングワインが手に入ったから、独りじゃ味気ないな、と思ってさ・・・。」
ここぞとばかりに上目遣いで甘い声を掛けるシアナ。
「いや、そもそも何でお前がここにいるんだ?」
「ほえっ?!」
「おととい、ギルドからお前に単独指名が入ったから、その間フリーにしよう、って話になっただろ?」
「あ、うん。そうだったね。」
視線を逸らし、うわの空で話を聞き流そうとする彼女。
「俺にクレームがギルドから届いていない以上、契約はそのまま履行されているはずだ。言え、代りに誰を送った!」
「あ、あははは・・・」
~~~
「つったくよぉ・・・何でお前なんだよぉ。」
一方その頃、とある酒場で頭を抱える一人の男がいた。年の頃は20代前半といったところか。流れるような金髪をまとめ上げたその出で立ちは、黙っていれば十分美男であるといえよう。
「そう言われましても、シアナさんとの代行契約は成立しておりますし。皆さんの足手まといにならぬよう、微力を尽くします故。」
そう言い、静かに一礼をする優男。
「良いではないですか。実力は私も耳にしております。お会い出来て光栄ですわ、ソルディック殿。」
頭を抱える男の傍に立ち、握手を求める女性。年の頃はおよそ20前といったところか。その物腰から、高い教養を受けた人物である事が伺える。
「ルフィアと申します。どうぞよしなに。」
「では、改めて。ソルディック=ブルーノーカーです。魔術師を生業としております。・・・
ところで、失礼ながら姓をお持ちなのでは?」
ソルディックの問いに、彼女はやや表情を曇らせつつも素直に答える。
「姓は、南王により剥奪されました。その為、今は名しか持たぬ一介の冒険者です。」
「分かりました。個人的な事ですので深くは問わないようにしましょう。」
「そうして頂けるとこちらとしても幸いですわ。」
2人の間に割って入ったのは、彼女と非常に良く似た顔立ちの女性だ。大きく違うのは、彼女より粗野だが、やや大人びた雰囲気を醸したしているところか。
「名はフィリス。姓は無い。元奴隷だ、ルフィアの家のな。彼女には世話になった、だからこうして行動を共にしている。弓には自信がある。以上だ。」
言葉がたどたどしいのは、満足に教育を受けられなかった事もあるのだろう。
「はい、こちらこそ。で、こちらの方が最後ですね。」
「クレミア。姓は覚えていない。豊饒の女神の神官を務めている。よろしく。」
淡々と自己紹介をする少女。だが、人々に慈愛を説く女神の神官としては余りに暗い印象を受ける。
「あー、チキショウ!! これで分かっただろう、シアナちゃんが来ていればオレにとって素敵なハーレムパーティーが完成するところだったんだ。」
「はい、どうせ邪な魂胆だろうから、と僕に話を持ち掛けられまして。」
「で、お前が代役で来た訳か。ちっ、魔術師不在はパーティの弱点だったところだったから追い出す訳にもいかねぇ。」
「では、改めてよろしくお願いいたします。」
爽やかに手を差し出すソルディック。
「なった以上仕方ねえ。オレの名はシュロス。訳あって今はルフィアちゃんの護衛役として同行している。よろしくな。」
渋々と握手を交わすシュロス。
「さて、案件に関して、僕は彼女から情報をもらっていません。改めて詳しくお聞かせいただけますか?ルフィアさん。」
「私が、ですか?」
驚いた様子でソルディックを見るルフィア。
「ええ、むしろ貴女が依頼人なのでしょう?」
ソルディックは微笑み、子に諭すように続ける。
「南王に姓を剥奪された、という件は目線を変えると、大きな失態を犯した貴族への懲罰に値します。例えば、戦で敗れ領地を敵に奪われた、とかね。」
「気づいておられましたか。」
「あくまでも僕の推測です。しかし、旅立つ前に気心の知れない男が同席する事は貴女にとっても不安なはず。ですが僕は冒険者です。北と南の闘争には関与しません。ギルドは常に国家には中立である事が原則ですから。」
「ありがとうございます。その気遣いだけでも貴方の気位の高さを知る事が出来ました。私の出自については日を改めてお話させていただきます。それでよろしいでしょうか。」
「ええ、もちろん。」
「この度の依頼は、父と懇意にしていただいた事もある、豊饒教会の司祭長様から直接承りました。そして任務を遂行した暁には、南王陛下へ姓を名乗る事への赦しを嘆願しよう、と。」
ルフィアは、自分の鞄から1つの巻物を取り出す。
「人相描き、ですか。まだ若い男性のようですね。」
「彼の名はバーグル。自称錬金術師です。」
「自称?」
「元々身体の弱かったこの男は、成長するにつれ薬学に興味を持つようになり、次第に自らの薬も調合をするようになったそうです。やがて病が快方に向かった彼は魔法と薬学による錬成に興味を持つようになりました。そして彼は禁忌を冒しました。静養先であった領内
の住民に自らの調合した薬を滋養薬として配り、住民を魔物に変えてしまったのです。」
沈痛な表情を浮かべ、語るルフィア。
「南王陛下は直ちに軍を動かし、魔物討伐を命じました。魔物達は手強かったのですが、何故か一定の領域内からは出る事をしなかった為、南王軍はバリケードを作り魔物が領域外へ逃げ出すのを食い止める策に変更しました。そして、命知らずの冒険者を雇う事でこの悪夢を食い止める方針に変更しました。・・・バーグルを生け捕る事を条件として。」
「何故です?この様な危険な人物と化した相手に、僕達の方が制約を受けるのですか?」
納得できない表情でルフィアを問い詰めるソルディック。
「彼の姓は伏せておりますが、バーグルは南王家の血を引く身です。数多の庶民の血よりも尊ぶべき存在。どうかご理解ください。」
深々とソルディックに首を垂れるルフィア。
「断ってもいいんだぜ?元々4人で行くことも考えていたんだ。」
横から投げやりな口調でソルディックを突き放すシュロス。
「そう言われますと、ますます断りづらくなりますねぇ。全力は尽くします。しかし、“生け捕り”は選択肢の一つにしてください。死んでしまっては元も子も無いのですからね。」
「ありがとうございます。ソルディック殿。」
ホッと胸を撫でおろし、ようやく笑顔が戻ったルフィア。
シュロスは、ソルディックと肩を付け小言で呟く。
「オイ、何で断らなかった?」
「生け捕るかどうかの選択は、時に生死を分けます。その時に果断な決断が出来る者がいなければ返り討ちの危険を払拭する事は出来ません。貴方は今の自分にそれが出来る自信が無いと知っている。だからシアナさんを誘ったのでしょう?彼女は人間のしがらみには程遠い存在ですからね。僕も自己犠牲にはほど遠い男なので、その点はご心配なく。」
一歩離れ、爽やかに笑みを返すソルディック。
「・・・気持ち悪いヤツだな、オマエ。」
「どうも(笑)そういえば、ルフィアさんは戦士、フィリスさんは狩人、クレミアさんは神官・・・シュロス君の職業は?」
「オレか?オレは盗賊だ。改めてよろしくな、魔術師さん。」
(盗賊、ですか。)
ソルディックは、壁に掛けられた装備群を見て思う。
(その割には、よく使い込まれてますねぇ。)
翌日。
一行は、バーグルの館を目指し足を進める。特に大きなトラブルも無く、南王軍がバリケードで包囲した領域までたどり着く事が出来た。
関所の門番が一行に答える。
「司祭長様からの書面、確かに受け取った。門を通る事を許可する。」
門が開き、一行は魔物の領域内へと進軍する。
「静かだな。」
フィリスが呟く。
「まだ、陽光が差していますからね。今のうちに館に侵入してしまいましょう。」
彼女達は足早に進み、程なく明らかな妖気を放つ館の前に立った。
「さて、どこから入りますか。」
ソルディックが仲間たちを見渡す。
「あ、正面からだろ?」
「正々堂々、正面からですわね。」
「めんどい、正面でいいだろ。」
「正面突破で。」
(あ、全員脳筋思考でした。)
ソルディックは嘆息すると、諦めたように答える。
「じゃあ、一発派手に扉を破壊しますかねぇ。」
「いや、最初は扉を調べて罠の有無の確認だろ?」
(そこはマニュアル通りなんですね・・・)
「わかりました、ではお願いします。」
シュロスは意気揚々と扉に近づき罠を調べる。
「罠は無いが一丁前に鍵掛けてやがるな。よ~し・・・」
シュロスは、ロックピックを取り出すと開錠を試みる。
カチカチ・・・ポキン!、カチカチ・・・ポキン!
面白いようにピックが減っていく。
「・・・どりゃぁ!」
痺れを切らしたか、シュロスは扉を蹴り破る。扉の奥の踊り場には複数のインプが目撃された。インプは奇声を上げ、シュロスに襲い掛かってくる。
「はい、いらっしゃいませぇい!」
シュロスは腰に下げた2本の長剣を抜くと、インプ達を瞬く間に切り刻んでいく。
「私達も続きますわよ!」
「りょーかい。」
「承知しました。」
一人取り残されたかのように、立ちすくむソルディック。
(これが彼女達の流儀、なのでしょうね。勢いに吞まれないよう気を付けましょう。)
そしてゆっくりと、彼女達の後を追うのだった。
館の中には“人間”の姿は無く、異界から召喚されたと思われる魔物達の巣窟となっていた。
シュロスの剣捌きは、乱戦に特化した戦法といえた。片方の剣で敵を攻撃を受け止め、もう片方の剣で敵を斬りつける。そして弱った敵をルフィアの剣とフィリスの矢で確実に仕留めていく。
(・・・後は、彼女ですか。)
「クレミアが気になるかい?お兄さん。」
フィリスがソルディックに尋ねる。
「そうですね。僕の知っている豊饒の女神の神官の情報とはだいぶ違いますからね。」
クレミアはただ一人、大型の魔物であるミノタウロスと対峙していた。そして彼女の手には、
その体躯には似つかわしくない、自身の身長をも超える長さの大鎌。
「心配する必要はねぇぜ。彼女は『ハーベスター』だからな。」
粗方の敵を片付けたらしく、シュロスとルフィアも戻ってくる。
「『ハーベスター』?」
「文字通り、『刈り取る者』。女神の慈悲に従い抗う敵を刈り取る神官戦士です。司祭長様が私の護衛として招聘して下さったのです。彼女の戦いから私も多くの戦術を学びました。」
ルフィアが誇らしげに語る。
「そうでしたか。いや僕もまだまだ勉強不足だったようです。」
(それにしても・・・)
ソルディックは眉を顰める。
(あれは、本当に『人』なのでしょうかね。)
ミノタウロスとの闘いは、一方的な形でクレミアの勝利で終わった。
魔物の返り血を浴びても何一つ動じる事も無く、むしろ楽し気な笑みを浮かべ一行の元に戻るクレミア。
「次に進みましょう、ルフィア様。バーグルの用意した宴は、まだ始まったばかりです。」
一行は奥へと進み、バーグルの書斎に入る。
『ウィル・オー・ウィスプ、光の精霊よ。汝我らを照らし安息の時間をもたらさん。』
ソルディックは呪文を唱え、部屋全体に光の結界を張り巡らせる。
「1時間ほどですが、この結界に魔物が寄り付く事はありません。少し休憩を入れましょう。それとこの休憩の後、皆さんに“遅行”の呪文を唱えます。この呪文には毒の効果や空腹感を緩和する効果があります。少なくとも今日1日は、毒に冒されず何も食する事無く全力で戦う事が出来るはずです。」
「へぇ、そりゃ有難い。さすが魔術師ってところか。」
「では、この時間を使って僕の疑問に答えていただいてもよいでしょうか、シュロス君。」
「あん?何を聞きたいんだ。」
「ギルドの職業登録は申告制です。ですから誰がどの職業を名乗ろうとギルドは関与しません。ですが、君の盗賊としての技量はお粗末としか言えない。」
「何が言いてぇ?」
「逆に君の剣技は素晴らしい。どこのパーティに入っても前線で戦う事が出来るしょう。何故、戦士として登録されていないのです?いや、出来ないのでしょう、素性を掴まれてしまえば、君は間違いなく死罪。」
「?!」
「何を言っているのです、彼はそのような野蛮な殿方ではありません!」
ルフィアは、ソルディックの前に立ち発言の撤回を求める。
「彼は死罪になりませんよ。国が変われば法も変わる。事件を起こした犯罪者が他国へ逃亡するのはよくある事です。単に彼は出来の悪い盗賊、それだけです。」
クレミアが冷ややかな声でシュロスのフォローをする。
「確かにコイツは女にだらしない。が、腕は立つ。だから私達は行動を共にする。過去に捉われていたら私は生きてはいけない。」
フィリスの素直な言葉にソルディックは苦笑する。
「負けました、僕の降参です。ただ一つだけ言わせてください。シュロス君、君の正体は【ウロボロス】でしょう?以前、北王領で暴れ回った強盗団の大将がそう呼ばれていました。」
「だとしたら?」
「今、君自身の強固な意志で眠っている【ウロボロス】ですが、このまま死地を戦い続ければいずれ目覚める時が来ます。警告です、剣を捨てるのです。」
「ご忠告どうも。悪いが、オレにもオレの生き方がある。・・先に休ませてもらうぜ。」
シュロスはブランケットに包まると、一人仮眠を取る。
「まだ危険がある最中、お時間を取らせてしまったみたいですね。皆さんも休憩をお取りください。僕の方は大丈夫ですので。」
「あの、ソルディック殿、先程の話は本当なのですか?」
ルフィアは恐る恐るソルディックに尋ねる。
「今は忘れてください。いずれ彼の方から語るはずです。」
「わかりました。では少し休ませていただきます。」
~~~
休憩を終え、一行は書斎の捜索を行う。
「よーし、探索なら任せておけ!まずは、どうせ本棚の奥にレバーが合って、引くと地下への入り口が開くんだろ?オレは良く知ってるんだ。」
早速、書斎の本を取り出し始めるシュロス。
「シュロス君、そのレバー、こちらの本棚にありましたよ。」
「早っ!てか、何でお前の方が簡単に見つけられるんだよ。」
ややケンカ腰にソルディックを怒鳴りつけるシュロス。
「何故と言われましても、魔術には“探知魔法”と呼ばれる捜索用魔法がありますので、はい。」
「改めて魔法の万能ぶりに驚かされますわ。」
「いえいえ。皆さんのフォローが無ければ、戦闘時の魔術師は案山子同然です。僕にはクレミアさんのように肉弾戦をしつつ魔法を唱える事は出来ませんから。」
「・・・おい、レバー引くぞ魔術師。」
「あ、はい。どうぞ。」
ゴゴゴ、という壁を擦る音と共に書庫が動き地下への階段が姿を見せる。
「まだ時間の猶予はありますが、結界を解きます。皆さん、戦闘準備を。」
ソルディックの掛け声に合わせ、全員がそれぞれの武器を取る。
「クレミアさん、例の大鎌はこの通路では使えそうにありませんが、武器はお持ちで?」
「心配ない。アレは召喚魔法のようなものだ。いつでも使える。」
「そうですか。では、ウィスプの光に従って進んでください。道筋を照らしてくれます。」
ウィスプに続き、階段を下りる一行。先には2人並んで進むのがやっとの広さの回廊があった。奥からは再び魔物達の嬌声が聞こえてくる。
狭い通路での戦闘では、シュロスの利点である二刀によるリーチの長さは生かしにくい。
だが、それを補って余りあるモノがあった。クレミアの体術である。
「素晴らしい。まるで彼女の舞に魔物が吸い寄せられるかのようです。」
「・・・そんなイイものじゃネェよ。」
「え?」
全ての魔物をねじ伏せた後、彼女は糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。
「クレミア!」
最初に駆け出したのはルフィアだ。彼女は涙目になりながらクレミアを叱る。
「何故いつも無理をするのです!貴女は私の従僕ではないのですよ。」
「・・・知っています。」
クレミアは呻きながらも、回復魔法を自らに唱える。
「私は、この瞬間がとても楽しいのです。邪悪な魔物をこの手で、脚で、刃で踏みにじる、
この瞬間が。だから貴女も邪魔をしないでください。」
「・・・戦闘狂、という事なのでしょうか?」
ソルディックの呟きにシュロスは答える事無く、一行は先に進む。
~~~
しばらくすると、一行は錬金術の研究室と思われる場所に思われる。普通の研究室と違うのは人が十分に浸れるほどの泉が沸いている事だ。コンコンと湧き出る清水に、思わず唾を飲み込むルフィア。
「まぁ、こんな場所でこのような清らかな水が。」
フラフラと泉に近寄るルフィア。
「落ち着け、ルフィア。」
止めたのはフィリスだ。
「よく考えろ。このダンジョンでは何も口にするな、とソルディックに言われたはずだ。」
「そ、そうでした。」
「どうやら幻影の魔法が掛かっているようですね。・・まやかしよ消え去れ、“解呪”!」
ソルディックが解呪の呪文を唱えると、立ちどころにそれはドロドロに濁った液体に変わった。時々手の様な何かが現れ虚空を掴む仕草をしている。
「どうやら魔物のなりそこない、のようだな、こりゃ。」
「・・・放っておいても害を為すだけだ。魔法で泉ごと浄化する。」
クレミアが浄化魔法を唱えようとすると、シュロスがそれを制する。
「待て、クレミア。こいつに関して、ちょいとオレに預からせてはもらえねぇか?」
「何か使い道でもあるのか?」
「なあに、“盗賊のカン”ってやつよ。」
「・・・いいだろう。だが、もしお前のカンが下らないものなら、即座に消す。」
「ありがとよ、クレミアちゃん。」
一通り探索した後、一行は最下層へと向かう。
~~~
最下層。
地下深くとは思えないアーチ状のホールの床に刻まれた魔法陣。それを前に魔法書を片手に邪悪な魔法語(ルーン)を読み解く、やせ細った一人の男。遂にバーグルを見つけた一行はホールの中へと進む。
「ようやく来たか。主(あるじ)は待ちわびたぞ。早く我の僕達と戦わせよ、とな。」
「バーグル殿、貴方の犯した罪は貴方自身で償う他は無い。お覚悟を!」
「下賤の身で俺に説教か。ならばその罪そのまま返してやろう。出でよ、ヒュドラよ!」
バーグルの声と共に現れる、三つ首の竜に似た魔獣。ヒュドラだ。
「散開!」
ルフィアの掛け声に合わせ、散開するパーティ。
ヒュドラの最大の攻撃手段はその口から吐き出す毒の息だ。幸いにも遅行の呪文のおかげで一行は毒を気にせず戦う事が出来た。しかし、だからといって物理的な噛みつく力が弱い訳では無い。激戦が続く中、シュロス、クレミアがそれぞれ1本づつ首を落とすも、後1本になかなか手が届かずにいた。
「やれやれ、この程度で手こずっていてもらったら困る。まだ次が控えておるというのに。」
「安心してください。次はありませんから。」
「!?」
パーグルの背後に立ち、笑みを浮かべるソルディック。
「な、なぜ?貴様はあそこに立って・・・幻影かっ!」
「自分が設置した罠に対して、何故相手が使ってこない、と考えたのです?」
「ま、魔物の召喚を・・・」
「先制権(イニシアチブ)はこちらにあります。だからこそ潜んでいたのですからね。」
ソルディックは、すでに次の呪文の詠唱を終えていた。
「魔術師の戦いは、如何に正体を悟られないか、に付きます。その意味でもアマチュアです、
“本の悪魔”さん、・・・その身、灰塵に帰せ“塵芥(じんかい)”!」
ソルディックの指から放たれた光線がバーグルの持つ魔法書を穿つ。すると穿孔はたちまちのうちに拡がり魔法書を破壊していく。
「カ、カラダが、オレのカラダが崩れて・・・。」
魔法書が完全に消失すると、バーグルは意識を失いその場へと崩れ落ちる。
「バーグルさん!」
ソルディックはバーグルの肩を抱き、彼の意識を確かめる。
「・・・大丈夫そうですね。皆さん、バーグルさんは無事です。」
ソルディックは一行にバーグルの無事を伝える。
「ありがとうございます、ソルディック殿!」
ルフィア達の方も時同じくしてヒュドラ討伐を完了し、クレミアの治療を受けていた。
かくして一行は、魔術師バーグルの生け捕りを成し得たのであった。
~~~
バーグルはすっかり毒気の抜けた青年となっており、事の詳細を一行に語った。
「始めは薬学の延長で魔術を学びました。次第に錬金学にものめり込むようになり、館の地下に研究所を設けました。」
「さすが王家のお坊ちゃまだ。道楽にも規模が違うな。」
「シュロス、今、彼を茶化す事は私が許しません。」
「へいへい。」
「バーグル殿、続きを。」
ルフィアに諭され、話を続けるバーグル。
「ある日、手に入れた書籍の中に何故か私を強く惹き付ける本がありました。本を手にして
開いてみると、その扉絵には禍々しい悪魔の絵が描かれていました。私が覚えているのはここまでです。栄えある南王の領民である村人を毒殺するなどと・・・そのような惨い事がどうして私に出来ましょうか。」
「どう思う?ソルディック。」
シュロスがソルディックを見やる。
「彼の実力は研究者レベルの魔術師です。無から有を生み出す錬金術の様に魔物を作り出したのは、彼の実力では難しいでしょう。バーグルは“人を魔に導く書”・・・『魔導書』に囚われた被害者、と言ってよいと僕は思います。」
「なら後はルフィアの判断だな。オレはお前の選択に従う。今まで通りに、な?」
軽くウインクをルフィアに投げかけるシュロス。
「似合わない芸はやめろ。私もシュロス同様、貴女に従う。見逃すのならそれでいい。」
シュロスに釘を刺しつつ、フィリスはルフィアを元気づける。
「司祭長様の元へ貴女を無事帰すのが私の使命です。それまでは貴女に従います。」
例の如く、感情を交える事無く淡々と答えるクレミア。
ルフィアは意を決したように、バーグルの手を優しく握る。
「バーグル殿。貴方は罪を犯しました。私は司祭長様の元へ貴方を送らねばなりません。
ですが、罪の赦しを請う為、私は最大限の弁護をします。了承していただけますか?」
「・・・貴女だけでも味方でいてくださることを、私は幸運であったと思います。」
ルフィアはソルディックの方に向くと、懐から幾ばくかの宝石を渡す。
「これは、今回の件に対する私からの報酬です。ソルディック殿のお力が無ければバーグル殿を魔物から救う事は出来なかったでしょう。ありがとうございました。」
丁寧に一礼をするルフィアに対し、ソルディックは笑みを浮かべ優しく返答する。
「いえ、契約はまだ満了していません。皆さんが安全圏に入るまで同行させていただきますよ。僕は南部の旅をもう少し満喫して帰るつもりです。」
「では、一度館に戻って休憩をしてから、帰途の準備を整えましょう。」
ルフィアの声に一同は頷くと、ホールを後にする。
~~~
その夜。
研究室、泉の間。傍らに立つ、鎖帷子に身を包んだ女性、クレミアだ。
その対面に立つのは、双刀の盗賊、シュロス。
「用件を聞かせろ。パーティの方針はルフィアが決めたはず。お前が私に話す事は何も無いはずだ。」
「ああ、今回クレミアに用は無い。あるのはクレミアに憑りついている守護霊様、テメェだ。」
そう呼ばれたクレミアの口角が上がり始める。そしてその美しい顔が酷く歪み、悦に浸る表情を見せる。
「ほう、ワシの存在を知っておるか。如何にもワシが女神の名の元、このクレミアに力を授ける命を賜りし守護霊『ハーベスター』よ。この度の戦い、実に見事な働きであったと女神も喜んでおられるぞ。」
「そりゃどうも。だが生憎オレは豊饒の女神の信徒じゃないんでね。ここに呼んだ理由は
ただ一つ。クレミアを返してもらう。それだけだ。」
「それは聞き入れ得ぬ話じゃな。ワシはまだ、この現世にて徳を積み切ってはおらぬ。故に、この娘の身体を借りて、蔓延る邪悪を刈り取る宿命にあるのだ。」
「うるせー!勝手な事を言ってんじゃねーよ!」
怒気に満ちた声で『ハーベスター』に対しシュロスは言葉を続ける。
「テメェは、一切痛みを感じちゃいねぇだろ?そして、その徳ってヤツを積んだらテメェは彼女を見捨てて勝手に成仏するんだろう?オレは戦場で見てきたぜ、彼女達の死に様をよ。」
「ならばどうするね。ワシの体術の腕前はお前が良く知っておろう?」
「ああ、勝てねぇな。確かに。」
ジリ、ジリ、と間合いを詰める2人。
カララン。シュロスは自らの武器を投げ捨てる。
「何を・・・?」
「こうするんだよ、守護霊様ぁ!」
シュロスは低姿勢のままクレミアにタックルを掛ける。その行先は・・・
「バカ者め!泉に落ちれば貴様も魔物に喰われるぞ!」
「そいつは、どうかなっ!」
ザブン!魔物の泉に落ちた二人。
するとどうだろう、クレミアの背後から徳の高そうな老人の霊が浮かび上がってくるではないか。
「良かったなぁ、オレ達みたいな徳の低い魂よりもそっちの方が美味いってよ。」
「な、ワシが、ワシが喰われるというのかぁ!」
魔物達は老人の霊を喰らいつくすと、浄化され次々に天に昇って行った。
「全く、こんな可愛い娘をよ。ボロボロじゃねぇか。」
シュロスはクレミアの頬を優しく撫でる。
「終わりましたか。僕の手伝いは不要でしたね。」
「ああ、連中には頼めない事だったしな。」
彼らの会話の途中、クレミアが目を覚ます。
シュロスの顔を見ると、キョトンとした顔をした後、満面の笑みでシュロスに抱きつく。
「お、おいどうした急に?」
「お兄ちゃん!やっと会えた、クレミアずっと寂しかったんだよぉ~。」
「は?!」
その様子にソルディックは苦笑しつつ、クレミアに尋ねる。
「クレミアさん。良ければ、そのお兄さんの名前を教えていただけますか?」
「うん、ケインお兄ちゃんだよ!」
「ケ、ケイン?おい、ソルディック、説明しろ、説明!」
クレミアに懐かれ、右往左往するシュロス。
(幼児退行に刷り込み、ですか。さて、戻ってからケイン達にどう説明しましょう。)
第三話 銀の短刀
ウォルフス、鍛冶工房。
数多くのドワーフ達が、その技の粋を真っ赤に燃え上がった鉄に打ち据える。工房に響き渡るその音は、聞く者によっては心地よいハーモニーであり、ただの騒音でもある。
「相変わらず頭に響くなぁ、ここの音は。」
しかめ面の中、工房を進むのは、盗賊の少年ティムだ。
「そうか?ワシには高揚感しか感じぬがな。」
笑いながら、自慢の髭を撫でるのは、戦神のドワーフ神官ギームだ。
「あ、いたいた。おーい、ブロウニー。」
ティムは黙々と仕事に励む一人のドワーフに声を掛ける。
「何だ、ティムか。」
ブロウニーと呼ばれたドワーフは目を細めると笑顔でティムを迎える。
「ワシもいるぞい。」
自慢げに胸を張るギーム。
「・・・知らん顔だな。」
「ほぅ。よほど前回の飲み比べに負けた事が悔しいか、この老いぼれが。」
ビクリ、とブロウニーの眉が吊り上がる。
「何を言うか。通算では俺の方かまだ勝ち越しておる。むしろ、俺に腕相撲で負ける方が、
冒険者として恥ずかしいと思わんのか、このヒヨッコが。」
「おう、なら今からでも始めるか?ジジイ。」
「ちょ、ちょっと待って!ボクはブロウニーにお礼を言いに来ただけなんだからケンカしないでよ。」
ヒートアップする2人の間に入って仲裁するティム。
「おお、スマンな。ワシも装備品引き取りの件、すっかり忘れておったわ。」
「なら、先にそっちに行きなよ。」
不貞腐れた表情でティムは店の売り場の方を指差す。
「うむ、ではまた。酒場で会おう。」
意気揚々と売り場へ向かうギームに対し、
「・・・絶対行かないからね。」
呟くティム。
「で、礼とは何だ?ティム。」
仕事の手を止め、不思議そうにティムの顔を見るブロウニー。
「うん、この短刀。すごく役に立った。」
ティムが見せたのは、鈍く輝く一本の短刀だった。
「随分と血で汚れているな。貸してみろ、研いでやろう。」
「え、いいの?」
「これは、特別な銀で出来ている。ベテランにしか扱えん。」
「・・・いつもありがとう。」
「約束は守っているか?」
「うん。人は傷つけない。強盗はしない。」
「お前の父親は、生真面目な鉱夫だった。酒は飲まない、博打は打たない。何が楽しくて働いてるんだ、って聞けば、『俺には女房と子供達がいる』だからな。」
ティムは、老ドワーフの熟練された手際をただじっと見ている。
「しかし、このミスラル銀の銀脈が発見されてから少しづつ狂っちまった。町は好景気に沸き、多くの鉱夫が出稼ぎに来た。」
カァン。誰かがひと際大きく鉄鎚を叩く音が響き渡る。
「銀脈の利権争いに、誰かが【ウロボロスの強盗団】を雇った。奴らは何もかも略奪し破壊していった。そして最終的に銀脈は国有化され、好景気は終わった。」
研ぎ終わった短刀をティムに渡し、ブロウニーは続ける。
「何度でも言うぞ、ティム。お前の手先の器用さは天性のものだ。そして、盗みを行う高揚感に時には負ける事もあるだろう。だが今のお前は冒険者だ。悪党どもへの罰はギームに任せろ。決して失った家族の恨みを自分で晴らそうとするな、いいな。」
「うん、誓うよ。ボクを育ててくれた恩を仇で返す事はしない。」
ティムの明朗な答えに、ブロウニーは満足そうに微笑む。
「俺は、まだ少し仕事があるんでな。少し遅れるとギームに伝えておいてくれ。」
そういうと、ブロウニーは背を向け、仕事に戻っていった。
ティムはブロウニーの作業場を離れ、ギームの元へと向かう。
(ブロウニーの前では素直に答えたけど、本当のところ、ボクにもよく分かっていないんだ。でも、この間のトロールとの戦いですごく血がたぎるのを感じた。アレにだけは飲まれないようにしなきゃ。ボクはみんなの様に強くはないんだから。)
工房で赤々と燃える炉の炎を見つめつつ、ティムは一人物思いに耽るのだった。
一方、こちらはケインの家。冒険者としては珍しく、彼は自前の家をこの街で購入していた。妹クレミアを保護した後、共に住む為の我が家として。だが現在、そのスペースはシアナが占拠し、彼らを知る者の大半は2人が内縁関係にあるものだ、と考えていた。
「で、その後どうした?」
不機嫌そうに、机を指でトントン叩くケイン。
「ええ、そのままシュロス君に預けました。」
「はぁ?」
目を丸くし、ケインは正面の席に座るソルディックに詰め寄る。
彼は、シアナから委託された案件について、ギルドに無事満了した事を報告後ケインの家に立ち寄ったのだった。
「まぁ、その様な反応をされるのは想像してはおりました。しかし、僕はケインの妹さんと面識はありません。あくまで符号が合致しただけに過ぎないのです。」
「しかし、よりによって何で【ウロボロス】に・・・」
「まずは、落ち着いて僕の話を聞いてください。問題の根は、貴方の想像以上に深いものです。現時点で、幼児退行した彼女を救う手段は僕にはありません。そして精神を癒す魔法を得意とするのは、豊饒の女神の神官達です。仮に彼女をこの場に連れてきたとしても、戦神の神官達では、治療はまず困難です。次に、彼女が『ハーベスター』であった事。元南王騎士団の貴方なら知らない話では無いでしょう?今、彼女は自我の呪縛からの解放と引き換えにその力を失っています。故に彼女を護る剣が必要。シュロス君は、その意味で最適の人材でした。ルフィアさん達が、信頼のおける高位の司祭長を説得し、彼女を回復してもらうまでの間、無防備のままの彼女を傷つけずに護る、これは彼にしか託せない難事だったのです。」
「確かに、アタシの知ってるシュロスなら、その娘に手は出さなそうね。子供には優しいヤツだったもの。」
いつの間にかケインの左側に座り、テーブルの上のナッツをほおばるシアナ。
「しかし、やっと妹が生きているかも知れない手がかりを掴んだのに、何もできねぇのは。」
ケインは歯を食いしばり、うめくように呟く。
「ならどうします?僕は貴方を止める気はありません。が、その前に貴方のパーティとの契約は解除させていただきます。参謀役の進言を聞き入れないリーダーに自分の命は預けられませんからね。」
「!?」
「と、ちょっとソルディック!それは言い過ぎじゃ・・・」
ソルディックに喰ってかかるシアナの背中をケインは軽く叩く。
「いや、コイツの言う通りだ。そもそも、話さなくても良かった事をコイツは俺に話してくれた。その信頼をどう受け止めるかは、俺の度量にかかっている。」
一つ、大きく呼吸をするとケインはソルディックに微笑み答える。
「ありがとう、この話を俺に伝えてくれて。そして次の機会があれば、俺も同行させてくれ。」
「勿論です。やはり僕の信じるリーダーであって良かった。」
険悪な雰囲気は去り、いつもの穏やかな雰囲気が3人を包む。
「そういえばケイン、次の依頼はギルドから来ているの?」
「いや、まだ来ていないが。しかしソルディックの方は戻って来たばかりだからな。数日の休息は必要だろう?」
ケインは、ソルディックの方を見やる。
「そうですね。あれば嬉しいところですが、皆さんの目に叶う依頼があれば僕も同伴しますよ。」
ピンポーン。玄関のチャイムが響き渡る。
「あら、誰かしら。」
「誰かしらじゃねぇ、お前は座ってろ。この間、宗教の勧誘に来た近所のオバちゃん連中と一悶着起こした事、もう忘れたか?」
「あ、あれ?そうだっけ?」
舌を出してその場をごまかそうとするシアナ。
「悪い、ちょっと席を外す。コイツの相手頼むわ。」
ケインはシアナを指差し、ソルディックに依頼する。
(・・・と言われましたが。)
シアナは時々ソルディックを睨みつつ、再びナッツをほおばり始める。
(どうもシアナさんとは、二人きりになると会話が続かないのですよね。)
ソルディックは思案に暮れる。やがてふと思い出したかのように、シアナに声を掛ける。
「シアナさん?」
「・・・何?」
ソルディックは自身の鞄からだいたい両手のひらの大きさ四方の箱を取り出す。
「皆さんへの土産に何が良いかと考えまして。」
ソルディックは、そっと箱のふたを開け、シアナに見せる。
「あっ、桃だ!」
シアナは思わず声を上げて驚く。
「さすがにご存じでしたか。僕も書物では知っていましたが、実物を食したのは初めてで、是非皆さんにも味わって頂こうと思い、ルフィア殿から譲っていただいたのです。」
「でも、何でこんな瑞々しいままなの・・・?」
シアナが桃に触れると、水色の若い女性の姿をした精霊が桃の周辺を泳ぐように周回する様を見る。
「はい、水の精霊を使役して、皆さんが食するまでの期間、腐敗から守ってもらいました。」
突然、シアナはソルディックの胸倉を掴み、怨念のこもった声を放つ。
「あれ、どう見たって高級品よ。他に一体何を食べてきたのよ、答えなさい!」
(ありゃ、ヤブ蛇でしたか・・・)
一方、ケインは玄関の覗き窓から訪問客の姿を伺う。
(・・・見たところ、どこかの貴族の執事、と言った感じか。ギルドも通さず俺に何の用だ?)
ケインは、静かに扉を開け、男に声を掛ける。
「何の用です?俺にはご立派な貴族に知り合いはいないんだが。」
初老の男は、洗練された一礼をケインに向けた後、こう告げる。
「初めまして、貴殿が冒険者のケイン殿でよろしかったですかな?」
「ああ、俺がここの家主のケインだが。」
「では改めてご挨拶を。私の名はセバステ。今日はケイン殿に主人メイヤー=ローヴェからの手紙をお届けに参上した次第であります。」
「仕事の依頼ならギルドを通してくれ。それに俺と仲間はアンタらのような貴族とは縁遠い連中だ。ヘタに関わると逆に火の粉を被る事になるぜ。」
ケインは半ば脅しともとれる強い言葉を使ってセバステの動向を見る。
「それは問題ございません。主人は商人であり、ケイン殿の所属するギルドのスポンサーの一人でございます。冒険者という職業に何よりも理解あるお方なのです。」
「なら、それこそ何で俺達に・・・」
ケインの言葉を遮るとセバステは懐から黄金色に輝く1枚の葉を取り出しケインに見せる。
「主人からは、この黄金の葉を見せれば事は済む、と伺っております。」
「なっ!!」
セバステは言葉を失ったケインに手紙を渡すと再び一礼し、留めていた馬に軽やかに騎乗する。
「では、書面の期日をお忘れなきよう。お待ちしております、ケイン殿。」
そう言い残すとセバステは馬を走らせケインの元を去って行った。
ケインは書簡を開封し内容を見る。内容は、セバステに黄金の葉を持たせた理由、そしてギルドを介さずに直接依頼したい仕事がある、との事だった。ギルドの仲介手数料がゼロになれば、冒険者にとって報酬が増えるメリットしかない。しかも相手がギルドのスポンサーであればギルド側にも十分面目が立つ。
(気に入らねぇが・・・行くしか選択肢は無さそうだな。)
~~~
後日、ケインは仲間を集いローヴェ邸へと向かう。街の一等地にあるその邸宅は、周囲の貴族達の別宅と比べても比類のない壮麗さを誇っていた。
「さすが大商人のお家。どんな依頼があるのかしらね。」
シアナだけは、一人楽し気に門の前に立つ。彼女には重厚感のある武骨な北の建造物は、艶やかな色彩が特徴な南の建造物と違い興味をそそる対象であった。
彼らが呼び鈴を鳴らすまでも無く静かに門が開くと、セバステが従者を引き連れ出迎える。
「お待ちしておりました、皆さま。荷物は従者達に持たせますので、まずは庭園内をご案内しましょう。」
一行が周囲を見渡すと、剪定された様々な草花で満たされた庭園の姿があった。ウォルフスの街は北王領の中でも南部に位置する為、比較的温暖な気候に恵まれていた。庭園の中では、
多くの青年たちが剪定作業に取り組んでいた。
「彼らはここの従業員かな?」
ギームがセバステで問いかける。
「はい、2年前の戦争で家族、職を失った子供達です。そもそもこの場所は、先の戦争の際、北王騎士団の駐屯基地でありました。停戦協定終結後主人が買い取り、こうした美しい庭園に仕上げたのでございます。」
なるほど、と頷くギーム。
「停戦後、懸念されたのは食糧難による治安の悪化です。北王陛下より任を受けた領主は存在しますが、彼は資産を奪われる事を恐れ、行政を商工会に委譲し早々に本国へ帰還してしまいました。商工会は、戦災孤児となった子供達を保護自立させる事を考え、職と生活場所を与えるよう動きました。」
「酷い話ですね。しかし、北王領での問題は冒険者の僕達にとっては“内政不干渉”のはず。
何故、今その話をされたのです?」
ソルディックは、冷ややかな目でセバステを見やる。
「それは、今から主人がお話になる事でしょう。さぁ、館に着きました。ささ、中へ。」
中に入ると、多くの女中が一行を出迎える。
「シュロスがいたら大喜びだったでしょうねぇ。」
周囲を見渡しながらシアナはボヤく。
セバステに案内され、奥の客間へと通される一行。
そこには、一人の壮年の男性が豪華な椅子に座りパイプをくゆらせる姿があった。
「主人、お客様をお連れしました。」
主人と呼ばれた男は立ち上がると、パイプを女中に預け立ち上がると、両手を上げて歓待する。
「ようこそ、私の館へ。必ず来てくれると思って待っていたよ。」
長テーブルを囲み、メイヤーとケイン達一行が席に座る。
「さて、まず何から話そうか。」
「何からもねぇだろ。まずは、その黄金の葉の意味を教えろ。」
依頼人には比較的丁寧に接するはずのケインが、言葉を荒げてメイヤーに問い詰める。
「ははっ、そうだろうな。私は、この葉で一儲けさせてもらった。そのお礼を兼ねてここへ君達を招いたのさ。」
「一儲けじゃと?」
声を荒げてギームは思わず立ち上がる。
「アンタが立ち上がってもインパクトに欠けるわよ。大人しく座ってなさい。」
その姿を見てシアナが窘める。
「君達もご存知の通り、この葉は貴族層に非常に人気があり、高額での取引がされる逸品。しかし、それは希少性があっての話。あの村長が君達のパーティに指名依頼をかけた事は私の耳にも入ってきていた。そこで私は君達の力量と行動に賭けてみようと思い行動した。私は部下に黄金の葉の買取を命じた。『近いうちに黄金の葉が大量に市場に流出する噂がある。暴落する前に手放して利益確保をしておいた方が良い』という噂を含めてね。そして君達は見事やってのけた。君達があの村にとって黄金の葉は“毒”だと判断し何らかの策を打つだろう、と予見した私の目に狂いはなかった。」
「山師が・・・」
ケインは呻くように呟く。
「誉め言葉、と受け取っておこう。何より、この利益はギルドの活動資金にもなるのだ。私としては共に喜びを分かち合いたいところなのだが、どうかね?」
「俺達とアンタが同じ志を持っているとは思えねぇ。黄金の葉の事は理解した。で、俺達に直接依頼したい案件ってのは何だ?」
「良かろう。なら、本題に入ろうか。【ウロボロス】の強盗団について知っているかな?」
「!?・・・ああ、名前くらいなら。」
「ふむ・・・。彼らは1年ほど前まで南北国境線を中心に、主に隊商を狙い略奪行為を働いていたのだが、内紛が起きた事で弱体化してね。国境線界隈では南北両軍を動かすにはいささか難があったので、ギルドがこの掃討戦の依頼を両国王から請け負った。参加したギーム殿とソルディック殿は、まだ記憶に新しいはず。」
「まあ、そうじゃが。」
「ええ、よく覚えています。」
「それじゃあ、その時にシュロスと会ってたの?」
シアナが思わずソルディックに問いかける。
「いえ、その時にはすでに彼は強盗団を抜けていました。彼の話は、取り押さえた残党達から聞いていたものです。」
「続けてよろしいかな?」
メイヤーは、笑顔で二人に問いかける。
「どうぞ、お続けください。」
「それから1年。街が豊かになれば、汗を流して報酬を得るより他人の財産を奪い取る方を選ぶ者も増えるというもの。現実として、この街もまた南で罪を犯した者どもの受け皿となっていると言わざるを得ない。」
「つまり、強盗団が再結成され始めている、って言いたい訳だ。」
「治安維持は、市井の人々が行政機関に最も求める事案だ。悪い芽は早めに摘むに限る。では次に具体的な話に入ろう。とある貴族の領内で古代遺跡が発見されてな、北王陛下直々の命令で発掘調査が行われておった。が、彼らを何者かが襲った。奴らの足跡は周辺を荒らしまわった後、遺跡へと続いていたそうだ。」
「つまり、調査隊を襲撃した後、遺跡に入り込んだ、と。」
「貴族の方は北王からの潤沢な資金援助で発掘調査を続けていた手前、調査隊全滅という醜態を晒す訳にもいかぬ。そこで、私に泣きついて来た訳だ。」
「なるほど、北の貴族の困りごとをアンタ個人の依頼という形に上書きした訳だ。で、その盗賊団は遺跡を根城にして周辺を荒らしているから退治しろ、と。」
「いや、そうではない。」
「違うのか?」
盗賊団は遺跡に入ったまま、出て来る気配が無いのだそうだ。周辺の村で略奪があったという報告も無い。」
「何だそりゃ。」
「話の途中申し訳ありません。その古代遺跡は、元は王族の墳墓であった可能性は?」
ソルディックは興味ありげに二人の会話に割り込む。
「ああ、現場の出土品からはその可能性は十分高い、との話は受けている。」
「て、事は・・・」
その言葉にケインは顔をしかめる。
「ミイラ取りがミイラに、という事じゃろうな。」
「もう、その遺跡の扉封印しちゃって、王様に『何もありませんでした。』でごまかせばいいんじゃないの?」
「でもシアナさん、未盗掘の古代王族の墳墓ってロマン感じませんか?」
満面の笑みを浮かべ、ソルディックはシアナを見る。
(コイツ、たまぁにバカになるのよね・・・)
「行こうよ、リーダー!」
「ティム?」
ティムは椅子の上に乗ると皆に目線を合わせ、胸を張る。
「ボク達は冒険者だ。危険な場所に眠る未知のお宝を手に入れる、それが仕事だろ?」
ティムは、目を輝かせてケインを真っ直ぐ見つめる。
「・・・そうだな。迷う必要は無い、か。」
「では、引き受けてくれるのかな、ケイン殿。」
「ああ。だがその前に知ってる情報は全部提示してもらうぜ。」
「勿論だとも。君達が発見した埋葬品に関しても、言い値で買い取らせてもらおう。移動手段の手配も、私の方で用意しよう。では、よろしく頼むよ、ケイン殿」
~~~
会合を終え、帰途に就くケインとシアナ。
「久し振りの御馳走だったね。」
「ああ。そういえば、お前が北の料理に文句言わないのも珍しかったな。」
「あの執事さんに細かく説明したら、文句なしの味付けにしてくれたわ。アタシには塩辛いのよ、北の料理は。チーズとワインは認めるんだけど。」
「南王領でも、さらに南の温暖な森林地帯出身だからな、お前は。」
「・・・何か浮かない顔してるわね。仕事引き受けて早まった、って思ってる?」
「いや、それは無い。むしろみんなが前向きに引き受けてくれて嬉しかったくらいだ。」
「じゃあ、その顔は何?」
「北王領の姓を買う気は無いか、とメイヤーから誘われた。」
「え、ケイン婿養子に行く気?!」
「じゃねぇ、って。最後まで聞け。先の戦争で北王領に組み込まれた村の出身の俺には姓が無い。腕っぷしが強かったおかげで、南王騎士団にまで入団する事が出来た。言っても兵卒だけどな。だから姓を持つ、ってのは俺にとっては戦士として一人前になった証みたいな憧れがあったんだ。」
「へぇ、アタシには姓なんて重たいだけだけどなぁ。」
「だが騎士団を退団して、今こうして何者でも無い冒険者として立っている。妹を探す、というお題目を上げてはいるが、正直見つかるとは俺も思っちゃいないんだ。だからこのまま自由に生きていくのも悪くない、そう考えていた。」
「でも、メイヤーからの誘いの話があった事で以前の憧れの感情が戻って来ちゃった、と。」
「姓を持てば、ギルドを抜けても北王領民として暮らしていける。しかし、この事はメイヤーに大きな借りを作る事になる。」
「アタシとしては、今のケインのままでいいと思うけど?」
「お前ならそういうと思ったよ。吐き出してすっきりした。ありがとう、な。」
「おーし、早く帰って嫌な事は全部お土産のチーズとワインのセットで吹っ飛ばそー。」
「早速飲むのかよ、それ。」
「い~のい~の(笑)」
~~~
一方、ティムとギームは2人で共に帰路に就いていた。
「美味しかったね、食事。満腹まで食べたのは久しぶりだよ。」
「そうじゃな。ワシには少々味が薄かったが、まぁ、有意義な食事じゃったかの。」
笑顔を浮かべるティムに対し、ギームは優しい声で問う。
「本当に良かったのか、ティム。あのメイヤーという男の話からも、墳墓を襲撃した盗賊団は、【ウロボロス】の残党の可能性が高い。そして、盗賊団が全滅したとも限らん。まだ墳墓のどこかに潜伏している可能性は十分ある。ワシはブロウニーからお主を預かった身として、たとえ相手が罪人だとしても、これ以上お主の手を血に染めさせる訳にはいかぬ。ワシはお主を全力で止めるぞい。」
「大丈夫だよ、ギーム。確かに【ウロボロス】の話が出た時、ボクの心は揺れた。でもそいつらを八つ裂きにしたところで時間が巻き戻る事は無い。今までも、ボクは多くの人を傷つけた。その度にギームやブロウニー、仲間のみんなに叱られた。ボクには理由が分からなかった。受けた傷は倍にして返すのがボクの流儀だったから。でも今は違う。仲間の言葉を信じる。そして仲間を裏切らない。」
「そうか。信じておるぞ、ティム。ワシらの息子よ。」
「うん。ありがとう、ギーム。」
月明かりが照らす中、二人は笑いながらそれぞれの住処へと返って行った。
出発日当日。
一行は、セバステが手配した馬車に乗り目的地まで向かう。日程は10日ほどを予定していた。一行は馬車に揺られながら、冬支度を始める北の風景を眺めていた。
「もう冬支度か。北はホント早いのね。」
「北は耕作期間が短いですからね。土地も余り肥沃とは言えない関係上、必然的に育つ作物も限られる。厳しい環境なのです。」
「だからと言って、肥沃な農耕地帯を多く所領する南王領の土地を武力で奪っていい道理は無ぇ。」
「それが政治というものじゃ。国が富を得る為の手段として武力を用いる事は、今に始まった事ではない。変えたいのであれば、国の内部から膿を出し切るのが一番の手じゃ。しかし、それは冒険者の仕事ではないの。」
「ああ、その通りだよ全く。」
シアナがケインの身体に身を寄せ囁く。
「ケイン、ティムがまた馬群を見たって。」
出立して5日ほど経った頃から、ティムから定期的にこちらに並走して走る馬群の情報を受けていた。
「この馬車自体、目立つ仕様だからな。野盗に目を付けられるのは想定内だったが、こう着かず離れずを続けられると、違う意味で用心する必要があるな。」
「違う意味?」
「シアナは気にするな。そこはリーダーの役目さ。」
ケインは軽くシアナの肩を叩く。
「うん、じゃあ任せる。」
目的地到着まで、後わずかのところまで差し掛かっていた。
~~~
長い行程を経て、一行は目的の墳墓に到着する。
「結局、野盗共は姿を見せんかったの。これぞ戦神の加護といったところか。」
ギームは旅の疲れも見せず、豪快に笑い飛ばす。
「はい、サボってないでキャンプの準備するわよ。」
さすがに疲れた様子のシアナがギームを窘める。
「さすがのエルフの嬢様も長旅にお疲れの様子じゃな。」
ギームは優越感に浸りながら、シアナを見やる。
「アタシ達エルフは繊細なの。」
「物は言いようじゃな。では始めるとするか。」
一行は墳墓を見下ろせる丘にキャンプを張り、一夜を過ごす事を決める。
天幕内。一行はソルディックから、埋葬された王族の時代背景について語る。
「古時代は王族の死に際し、配下の殉死の風習が強く残っていたようです。つまり、王族を守護する死者の兵が多く存在する可能性がある、という事です。」
ソルディックが用意した、墳墓内の想像図を元に明日の突入に向けての事前打ち合わせを行う一行。シアナとティムは生あくびをしながら聞くもそろそろ限界のようだ。
「そして押さえておきたいのが、死後の楽園への導き手として呪術師、今でいう僕のような魔術師が殉死させられていた、いう事です。」
「じゃあ、アンデッドでも魔法を使うものがいる、って事か。」
「通常は意思を持たないただのスケルトンになるんですけどね。ただ、その呪術師が望んで殉死を選んだ場合、意思を持って亡き主人を護る強力な存在、リッチになる時がある、と文献には記されています。」
「なら、盗賊団が全滅しても不思議じゃねぇ、て事か。イヤな汗が出てきたぜ。」
「ゴメン、ボクおしっこ行ってくる。」
張り詰めた雰囲気の中、ティムは限界を感じてソルディックに告げる。
「はい、どうぞ。僕の話もほぼ終わりましたし、ミーティングはここまでにしましょう。」
「うん、いってくる!」
大急ぎで天幕を飛び出すティム。
「なら、ワシもテントに戻るとするかの。」
「ええ、ゆっくり休んでください。明日はギームさんの力に頼る部分が大きいですから。」
「おお、任せておけ。」
ギームもまた、天幕を去っていく。
「なあソルディック。コイツすっかりおねんね状態なんだけど、置いて行っていいか?」
ケインは、自分の膝元で熟睡するシアナを指差す。
「ダメです。」
「だよな。」
~~~
「ひー、間に合ったぁ。」
恍惚の表情で己を解放するティム。
「そういえば、墳墓って言っても周辺は森なんだよな。」
ティムは丘を駆け下り、墳墓の近くまで立ち寄ってみる事にする。墳墓の周辺に調査隊の死体はすでに無かったが、白い石柱に飛び散った血痕が今なお生々しく残っていた。
「酷い事を・・するよな。」
「お兄ちゃん誰?」
「ひっ?!」
背後からいきなり声を掛けられたティムは思わず飛び上がる。
ゆっくり後ろを振り向くと、そこには年の頃9才前後の可愛らしい少女の姿があった。ただ、その姿は全体的に青白く光っており明らかに人とは違う“何か”である事は明白であった。
「き、君は?」
「私、リリー。パパとママと一緒にはっくつにきたんだよ。」
「あ・・・」
「ねぇ、お兄ちゃんの名前は?」
「ぼ、僕の名はティム。こんな夜にどうしたの?」
「パパとママを探しているの。リリー、お日様がまぶしくて夜にしか探せないんだ。」
彼女の言葉に、ティムの胸が締め付けられる。
「迷子になっちゃったのか。お家は近いのかな。」
「ううん、ずっと遠い。だから毎晩ここでパパとママを探しているの。そうだ!お兄ちゃんも一緒に探して?そうしたら、パパもママも見つかるかも!」
(ダメだ、この子に同情しちゃ。この子はすでに死んでいるんだ。)
リリーは手を差し出して、ティムに微笑む。
「行こ?ティムお兄ちゃん。」
「その手を握るな!ティム!」
ギームの怒声に反射的にリリーと距離を取るティム。
「どうして邪魔をするの、オジサン。」
「少女の姿で目を暗まそうとしてもワシには効かんぞ、ゴーストよ。」
「私はただ、パパとママに会いたいだけなのに、どうして邪魔するの!」
「安心せい、その望みなら神が叶えてくれよう。少女よ、汝の魂に祝福あれ。」
「あ・・・」
少女を白い光が包み込む。天上からたくましい戦神の手が少女を招く。それに伴い浮き上がる少女の霊。そして彼女から垂れ下がる銀色の糸に群がり引きずりおろそうとする無数の亡霊をティムは見る。
「ティム、お主のミスラル・ダガーで、そのシルバーコードを断ち切るんじゃ!それが彼女と亡霊を繋ぎ止める鎖、無垢な子供の思念を利用して仲間を増やす悪霊のやり方じゃ!」
ティムは、ギームの声に応じ短刀を抜きコード目がけ高く飛び上がる。
「うりゃああっ!!」
ティムの放った一閃は、少女と亡霊たちを見事切り離す事に成功した。亡霊たちは恨み声を吐きつつ地の底に沈んでいった。
「はっはっうあっ・・・。」
ティムは荒くなった呼吸を必死に整える。
「間に合って良かった、本当に。」
「リリーは、彼女は救われたんだよね。」
「ああ、彼女の魂は二度と悪霊の駒にされる事無く、無事戦神の元へ昇って行ったぞい。」
「ボクは・・・【ウロボロス】を赦せないかも知れない。ゴメン、約束したのに。」
「お主はまだ若い。そうやって迷い続けるうちに、進むべき道が必ず見つかる。皆そうやって大人になっていくんじゃ。」
ギームはティムを担ぎ上げると、天幕へと足を向ける。
「ち、ちょっと!ボク歩いて戻れるよ。」
「はっはっは、遠慮するな。中々無い機会じゃ、堪能しておけ。」
ギームの気遣いに気恥ずかしさを感じつつ、ティムは思う。
(ほんの少しの出会いだったけど、楽しかったよ、リリー。もし、【ウロボロス】の残党を見つけたら、必ず仇を討つよ。だからリリー、今は安らかにお休み。)
第四話 真紅の魔術師
古代遺跡墳墓へと向かう数日前の事。北王領王都にあるブルーノーカー邸。ソルディックは、書庫から収集した資料を片手に可能な限りの情報を得ようと調査に腐心していた。
「やれやれ、この時代となると門外漢ですし、文字を読み解くのも一苦労ですね。かと言って彼らに協力を頼めば、終わるものも終わりそうにありませんし。」
苦笑交じりに呟くと彼は一旦筆を置き、カップに入れた紅茶に口を付ける。
「こんな時、彼女は僕を助けてくれたでしょうか・・・」
コンコン、と、ドアをノックする音。
「どうぞ。」
ドアを開け入って来たのは、露出の高いドレス姿の女性だ。着こなしは慣れたものであり、以前から『女性』をアピールする職に就いていた事が伺える。これから外出の予定でもあるのか、見事なまでの装飾品で着飾る姿は、美しくはあるが上品さに欠けるというべきだろうか。彼女は焦りの様子を隠せず、ソルディックに話しかける。
「ソルディックさん?この間の見合い話の件、考えていただけたかしら。メルセンヌ家はブルーノーカー家と比べても格式ある家柄ですし、お嬢様もお年頃で貴方の事を随分慕っておられるようで、とても良い縁談だと私は思うの・・・」
女性は鞄から、見合い女性の肖像画を取り出し彼に差し出す。だがソルディックは差し出そうとした肖像画に対し、『パン!』と手でそれを叩き落とす。
「誰が頼みましたか?そもそも、父上が重篤の今、アナタは何処へ行こうとしているのです。
姉二人は、それぞれ格式ある名家に嫁ぎました。それは全て父上の尽力によるもの。一介の情婦であるアナタが出来る事ではない。」
「私は、ブルーノーカー家の正妻であり、義理とはいえ貴方の母親です!家の血脈を護る為、
こうして日々貴方が良縁に結ばれるよう社交界で活動する、母の苦労がわからないのですか?」
まくしたてる様に早口で言葉を返す女性に対し、ソルディックは冷ややかな返答を返す。
「アナタを母親と思った事など終ぞありませんでしたが。僕はすでに自分の食い扶持程度であれば十分に稼いでいます。元々、多少の贅沢をしてもこの家の資産は十分に残っていたはず。父上が倒れた後、それを散々食いつぶしたのはアナタでしょう?見え見えなんですよ、今度は花嫁の持参金をかすめ取ろうというアナタの浅ましい魂胆がね。」
「そ、そんな私は貴方の為に・・・」
「荷物をまとめるなら今のうちに。父上の命は数日も持たないでしょう。当主となる僕はこの家を引き取ります。アナタに分配する遺産は一切ありません。父上にそう、遺言状に書いていただきました。直筆で、ね。」
「貴方、何を・・・」
「僕は魔術師ですよ?意識の無い人間を操るなんて造作も無い事。だから、早々に出て行きなさい。ここに入ってよいのは、僕が認めた者だけです!」
ソルディックの怒気に恐れを生した彼女は逃げる様に部屋を飛び出して行った。
「・・・ふぅ。」
トスン、という音と共に、ソルディックはベッドに仰向けに倒れ、片手を顔に当てながら呟く。
「そう、ここは僕たちだけの遊び場。ヴァネッサ、君ももう何処かに嫁いでいったのかな。
僕は・・・まだ・・・独りだ。」
今より17年前。
北に忠臣、南に賢王が立ち、それぞれ善政を敷いた事で国家間の融和が促進する運びとなった。この政策を受け、南北それぞれの貴族達がこぞって南北間での姻戚関係を進め、この事は文化交流による産業の発展に大きく寄与する事となっていた。
ブルーノーカー邸、玄関前。両親と二人の姉と共に立つ一人の少年がいた。ソルディック=ブルーノーカー、当時10才。彼ら家族は北王領での魔法大系を学ぶ為に越境留学を希望していた貴族の娘を受け入れる為、出迎えていたのだった。緊張を隠す為か、いつものお気に入りの本を開きブツブツと呟くソルディック。
「ソルディック、いい加減に本を閉じなさい。直にお客様がご到着になるんだぞ。」
「許してあげてください。同世代の女の子が来ると聞いて、緊張して本が離せないのです。」
「ならば、なおの事。来るのは場合によってはソルディックの妻になるかも知れぬお方だぞ。」
「ええっ?!」
ソルディックは、思わず声を上げる。
「どうだ、気になっただろう?」
意地悪く笑う父親を見て、顔を赤らめたソルディックは再び本に目を落とす。
すると、豪奢な馬車が彼らの前に止まり、馬車から一人の赤髪の少女が下りてくる。
「ようこそ、長旅お疲れだった事でしょう。私がこの度ヴァネッサ様をお預かりするお役目を賜りました、セシル=ブルーノーカーでございます。爵位は北王領子爵。どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ。」
「その様な固い挨拶は不要だ。むしろ、こちらの方が世話になる身、作法は一通り身に付けてはいるつもりだが、見苦しい点があれば何なりと指摘してもらって構わない。」
「確かに承りました。」
拝礼するブルーノーカー家の中で一人、本を手に直立したままの少年。少女は少年の前に立つと、おもむろに本を取り上げる。
「あっ、それ僕の・・・」
少年の前には自分より頭一つ分ほど身長が高い赤髪の少女が、取り上げられた本を掲げて真剣な眼差しで見下ろしていた。
「客人の出迎えにおいて、本を読むのが北の作法なのかな?少年。」
「ちっ、違います!」
少年は、叱責を受ける恐怖よりも何故か、その少女の持つ生命の輝きともいうべき美しさに見惚れていた。
「少年、名前は?」
「ソルディック=ブルーノーカー、10才。北方魔法幼年学校5年です。」
「正直でよろしい。」
少女は楽し気にクックッ、と顎に手を当てて笑う。
「という事は、来年学院に受験かな?」
「はい、学院に入りいずれは魔法大系の先生になるのが僕の夢です。」
「なるほど、立派な夢だ。そうなると無事入学出来たら私の後輩になるのか。」
「えっ?」
「ヴァネッサ様は南北交換留学生として北方魔法学院に入学されるのだ。いいかソルディック、二度と先程の様な粗相をするなよ。この方は、スカーレット家の御息女、すなわち賢王で知られる南王陛下の姪に当たる方、その様な高貴な身の方が我が家を留学中の滞在先として選んでくださったのだ。この先の事は分かっておるだろう?」
「その様な大人の都合はどうでもいい。長く付き合いたいなら、余り小言は言うな。」
普段は威張り散らしている父親を一言で委縮させてしまう彼女を見て、少年は思わず口を開く。
「あの、ヴァネッサ様はおいくつなんでしょうか?」
「少年、女性に年齢を聞く意味、理解しているのかね?」
ヴァネッサは、意地悪くソルディックに質問を返す。
「いえ、滞在ってどのくらいになるのかちょっと気になって・・・」
「仕方ない、教えてやろう。御年12才だ。」
「じゅうに、って。僕と2つしか違わないの?」
「そして、魔法学院の卒業は最短で8年。私は2年からの編入となるが、少なくとも6年はこの王都で過ごす事になる。」
「6年!」
「私の言った事が分かっただろう。姫君は学生寮に入る事を好まれてはおらぬ。ブルノ―カー家の栄達の為にもくれぐれも失礼の様にな。」
父親の一言に思わずへたり込む少年。
かくして、少年ソルディックと少女ヴァネッサは出会い、6年の時を同じ屋根の下で暮らす事となるのであった。
ソルディックの2人の姉は、母親似の従順で物静かな性格であり勝気なヴァネッサとの相性は当初から余り良いものでは無かった。どちらかといえば、昼は馬を疾駆(はし)らせ狩猟を楽しみ、夜はソルディック家の社交の場に混じり、両国間の経済格差改善についての持論を述べ大人を唸らせるなど、社交的であり且つ文武両道を地で行く彼女の存在は、次第にソルディックの人格形成に大きな影響を与える事となった。6年という歳月は、かつての内向的な少年の面影を消し、社交的で気品に満ちた青年へと大きく変化させたのだった。6年の間に2人の姉は南方の貴族の元へ嫁いで行った。二人の娘を見送った母親は、その寂しさの為か次第に部屋に籠る事が多くなっていった。
ソルディックの自室。
「ソル入るわよ。」
ヴァネッサはいつもの通り、ノックをせず扉を開け中に入る。そしてそのままベッドに腰を掛ける。
「・・・何か言いなさいよ。」
机を向き巻物に筆を走らせる手を止め、ソルディックはヴァネッサに向き直る。
「いつもの事でしょう?それより交換留学生として、一期生でも無い君が初の学士修得とは。その才には驚くばかりですよ。もっと時間があれば博士にも手が届いたかも知れないと思うと残念です。」
「次席だけどね。」
「君に首席での学士修得は出来ませんよ。君も経験した通り、この北王領は女性がこと学問において頂点に立つ事を認めません。主人の後ろに物言わず付き従い、家の一切を取り仕切る、残念ながらこれが北における良き女であり良き妻という硬直した価値観なのです。」
「南王領も同じよ。こっちで女性が最も称賛される事って知ってる?」
「子を産み育てる事、でしょうか?」
「まぁ、正解だけど、満点回答ではないわね。」
「手厳しいですね。では回答をお願いします。」
「子を“より多く”産み、その血を絶やさない事。より丈夫な子を産む事が女性の使命、と南王領の民は考えている。それがすなわち“豊饒を生む”につながるって。」
「間違ってはいませんね。」
「私の考えは違う。才能は平等じゃない。無能な男を王に据えるなら有能な女王が政を司るべきよ。」
「それでは血が絶えてしまいますよ。」
「それは他の連中に任せればいいわ。私は”王家の血を残せ“と強制されるのが嫌。その為に私は私を失いたく・・・ない。」
ソルディックは無言で立ち上がると、ヴァネッサの隣に座る。
「こうやって並ぶと、僕だけ大きくなってしまった感じがしますね。」
以前、少年の頭ほどの差があった身長は、今では完全に逆転していた。
「大丈夫ですよ、僕との結婚という父上の目論見は結局霧散してしまいましたが、南にお帰りになれば新たな出逢いが待っているはすです。君のその不安は6年ぶりの帰国によって王族に戻らなければならないプレッシャーからではないでしょうか。少しはおしとやかな姿を見せれば、君のご家族もきっとお喜びになると思いますよ。」
ソルディックは、普段と違うヴァネッサの様子に戸惑いながらも自分なりのフォローを彼女に試みる。
「本気で、・・・そう思ってる?」
ヴァネッサは至近距離から右アッパーを繰り出し、右隣に座っていたソルディックの左わき腹を強烈に抉る。
「ぐ、おぁ・・」
ソルディックは耐えきれず前のめりに倒れる。四つん這いの状態を辛うじて維持するのが精一杯の中、目の前に立つヴァネッサの足元を見る。
「6年過ごして気づかなかったとは言わせねぇぞ、オイ!何でお前なんだよ、何で最初に好きになった男がお前なんだよ。」
ポタリ、ポタリ、と雫が絨毯を濡らす。
「ヴァネッサ・・・」
「私には文武において才能がある、だがそれは私が“努力の天才”だからだ。だがお前は違う。
お前はただの“天才”だ。私は、その欲して止まなかったお前の“才”が憎い!」
ただ嗚咽するヴァネッサの声がソルディックの頭の中に刻まれていく。
「・・・部屋に帰る。邪魔をしたな。」
一通り泣き止むと、ヴァネッサは踵を返し部屋を去ろうとする。
「待ってください。」
ソルディックはわき腹を抑えるも、笑みを浮かべ立ち上がる。
「何だ、もう一発欲しいのか?」
「それはカンベンしてください。僕からも君へ伝えたい、僕も君の事が好きです。しかしそれは君とは違い恋愛の感情ではありません。」
「そうか、ありがとう。」
「判断が早過ぎます(笑)君に愛を語るには、今は条件が足りないのです。」
「条件?」
「国が乱れても、君を守るだけの力を得る事。」
「乱世になる、と?」
「ええ、近いうちに。」
「私はどうすればいい?」
「ご自身の父上をお助けください。君に群がってくる連中なら君自身で対処できるでしょう?」
「そうだな(笑)」
「僕の条件到達予定は未定です。でも、必ず逢いに向かいます。」
「私の言葉に答えてくれてありがとう。気の迷いが晴れた気がするわ。」
「では、お嬢様に“幸運の魔法”を。」
「それって、物理攻撃の命中精度を上げる魔法では?今ここで?」
困惑するヴァネッサをよそにソルディックは巧みに彼女を壁際に誘導する。
「あれ?まほ・・・」
ヴァネッサが言葉を発する前にソルディックは優しく唇を重ねる。
「失礼、“幸運のおまじない”の間違いでした。」
「お前、女性は苦手だと思っていたのに、学院での浮世話はホントのコトかぁっ!」
「さて、何の事か(笑)」
そしてこれが、二人で過ごした遊び場での最後の日となった。
ヴァネッサは北方魔法学院を卒業後、早々に南王領への帰路に就いた。そして1年後、災厄の序章が幕を開ける。賢王崩御、その知らせは南北の民に衝撃を与えた。およそ10年に渡って各王族が玉座を争う『内乱の10年』の始まりであった。その一方で北王領でも善政を支えた忠臣達が続々と天に召されていった。貴族政は世襲である為、一度腐敗すると汚染は一気に拡散する。北王領側は、南王領の内乱には関与せず逆に物資を巧みに売り付ける事で莫大な富を得る事に成功するのだった。しかし黄金の豊かさは、人々の心を貧しくした。多くの良心ある者が北王に陳情するも、密告による罪無き刑で処刑され財産を奪われた。多くの難民が越境を試みて、矢の雨の中、血の海に沈んだ。そして運と武力を持つ者だけが北王領への侵入に成功する。彼らは集まり群れを成した。強盗団【ウロボロス】の誕生である。一方、北王領王都において、民衆を守る為に立ち上がった冒険者による自警団が結成された。この組織が、幾度かの解体、編成を経て、後のギルドとなる。
ソルディック、22才の冬。すでに南での内乱は6年目に入り、商人達にとっては寝る間も惜しむ日々が続いていた。ヴァネッサが去った後、彼には不幸が続いた。20才の時、重度の鬱病が続いていた母が自殺。父セシルは、妻との関係がすでに冷え切っていた事もあり、妻の死後程なくして若い後妻を娶る。ヴァネッサと同じ歳ではあるが、何の教養も持たず、ただ父親に媚びを売る事だけに長けたこの後妻とソルディックが合うはずも無く、ただ黙々と勉学に勤しむ日々を送っていた。
ここは北方高等魔法学院学長室。
「本気かね?!ソルディック君。」
そう叫んだのは、北方高等魔法学院学長である。
「はい。大学院へは進みません。」
「学費の件であれば、奨学金という手段もあるのだよ?いや、君の御実家には無用な助言かも知れんが。今の君の学力なら間違いなく博士号に手が届く。しかも史上最年少でだ。博士として子供達に教鞭を取るのは君の夢だったはず。考え直してみないか。」
学長の熱心な説得に対し、ソルディックは寂しげに笑いつつ返答する。
「確かに、子供達に魔法大系の奥深さを知ってもらうのは僕の夢でした。しかし、大人達が
その夢を壊した。学長、学院憲章第4章『敵意を持って人に魔法を放つ者は、直ちに学院追放とする』・・・つまり、そういう事です。」
「兵役に志願するというのかね。しかし、温和で知られたはずの君が何故?」
「兵役には志願しません。ですが、もう行く先は決めています。」
「決意は堅いのだね。」
「はい。恨むのであれば、無能な北王陛下をお恨み下さい。」
ガックリと肩を落とす学長を後に、ソルディックは学院を去る。
「さて、では行きますか。」
かくして、ソルディック=ブルーノーカーは、冒険者としての扉を開ける事となる。
そして現在。
南王領王都ファザート。大聖堂にて待つのは4人の冒険者。
「ルフィアちゃん、ホントに大丈夫なんでしょうね?」
大聖堂の荘厳な空間に、シュロスは怯えながらルフィアに尋ねる。
「シュロスお兄ちゃんココ怖いの?」
クレミアが不思議そうな表情でシュロスの顔を覗き込む。
「いや、そんな事はないぞ、少しだけ怖いかもだけど。」
「大丈夫ですよ、今はシュロスさんの罪を裁く場ではありませんから。」
(それって大丈夫っていうんですかね・・・)
シュロスは思わず突っ込みたく気持ちを抑え、言葉を飲み込む。
「怖かったらクレミア、こうしてギューとしてあげるから。」
そういうと、クレミアはシュロスの右腕に抱きついてみせる。
(うん、クレミアちゃん結構胸があるから男としては非常に嬉しいんですけどね。)
「煩悩漏れてるぞ。やっぱりコイツも裁こうぜルフィア。」
フィリスが矢をつがえ、弓を弾く準備を始める。
「フィリスも落ち着いて。もうすぐ司祭長様がいらっしゃるんだから。」
ルフィアは必死にフィリスをなだめ、弓を下ろさせる。
「あ、誰か来た。」
しばらくすると、純白の司祭服に身をまとった壮年の男性、その後ろに真紅のドレスを纏った妙齢の女性が姿を見せる。
「私が司祭長のスザリと申します。先にバーグルの刑につきましてお伝えしましょう。本来であれば極刑であるところ、ルフィア殿の歎願を南王陛下がお聞き入れになり禁固刑に処す事となりました。」
「本当ですか!?」
「はい。そしてもう一つ、ルフィア殿の姓、再び名乗る事を赦す、との事。ラインフォートの姓、お名乗りください。そして来たるべき時に父上の無念を晴らすのです。」
「あ・・・本当に、本当に赦されたのですね。神と南王陛下に感謝します。」
ルフィアは司祭長に跪き、涙ぐむ。
「良かった・・・ルフィア。」
「貴女も名乗ってよいのよ、フィリス。」
「私はいい。」
「ならば、私から貴女に与えます。フィリス=ラインフォート。私と共に歩むのであれば、受け取りなさい。」
「以前のお嬢様が戻ってきたな。・・・仕方ねぇ、喜んで拝命致します。」
「オレはいらんぜ、ルフィアちゃん。」
「はい、分かってます。」
「で、白いオッサンよぉ。イイ話でまとめようとしてんじゃねぇぜ。」
「分かっているとも、若い方。『ハーベスター』の件、実情は教会庁も把握していないのだ。」
「はぁ?」
「“内乱の10年”の際、各地の王族が神聖魔法、秘術魔法、精霊魔法、様々な術式で兵士の強化を考案した。私達は神聖魔法にしか知己が無い。融合された術式には、解読する専門の魔術師の力が必要なのだ。なので今回特別にこの方に助力をお願いした。」
スザリに紹介されて前に姿を見せる、真紅の魔術師。
「でっ・・・でけえ。」
圧倒されるバストサイズにシュロスは思わず本音を吐く。
「ちょっ、も、申し訳ございません、大変失礼な事を。」
平服するルフィアに対し、女は笑い飛ばし質問する。
「で、司祭長に事の成り行きは聞いているが、同行していた魔術師はソルディック=ブルーノーカー、で合っているか?」
「はい、確かにそう名乗られました。とても実直で勇敢な方です。」
「実直で勇敢ねぇ・・・」
女はクレミアの前に立つと優しく語りかける。
「お嬢ちゃん、ちょっと目を見せてもらっていいかい?」
怖がるクレミアをルフィア達に支えてもらい、女はクレミアの瞳をのぞき込む。
「やっぱりね。アンタ達その男に一杯食わされているよ。」
「え?」
「魔術大系を学んだ者ならね、何が混ざっているか『感知』を行えば全貌が見える。当然解呪方法も分かる。ヤツは、こんな外道な魔法を使う連中がいる事を私に伝える為にアンタ達全員を利用したのさ。」
「ゴタクはいい、結局アンタで治せるのかよ?」
「治せる。ただし報酬はもらう。」
「何だよ、その報酬って。」
「『ハーベスター』で女官を兵士に仕立てる組織の殲滅に協力しろ。」
「へっ?」
「いつまで対等に話しているんですか、アナタは!」
珍しくルフィアが力でシュロスを押さえつけ、頭を下げさせる。
「いや、オレ南王領王都まで来たの初めてだし、こんなオッパイのおっきいお姉さん知ってたら忘れる訳ないって!」
「なら、覚えておきなさい。この方は亡き賢王の弟にして現南王陛下の御息女、ヴァネッサ=スカーレット。本物のプリンセスよ。」
「うげ、マジデ??!」
第5話 冒険者の敵
地下墳墓入口。ウィスプの灯りに照らされ、ケイン達5人は階段を下る。
「盗賊たちの気配は無さそうだな。」
先頭を進むケインが仲間達に伝える。
「しかし、珍しい光沢じゃな。ワシらが扱う石とは違う力を感じる。」
ギームが感心しつつ壁面を撫でる。
「これ、大理石よね?南王領で採掘される。何でこんな北の僻地の墓に?」
シアナは驚いたようにソルディックに問いかける。
「シアナさん、故郷で歴史の勉強は?」
「・・・あんま、してない。」
「ギームさんの方は?」
「今よりおよそ1000年前、後の初代北王となる御方に率いられたドワーフ軍がこの地に入植し北王領とし、幾度となく南王領と激しい戦争を行った、といった感じじゃな。」
「その解釈で大体合っています。私達人間族は、南北に分かれる1000年よりも前から農耕文明を築いてきました。この時期は北部も温暖な気候であり、エルフたちが中心となって精霊崇拝による政体が長く続いたそうです。」
「じゃあ、元々北もエルフの土地だった、って事?」
「ただ、このエルフ達は現代のエルフのような固定概念に捉われる事は無く、人間とも穏やかに友好関係を保っていました。これには人間側の文明が未成熟だった部分も大きいのですが。」
「難しい話は苦手での。つまり、ここは南北統一時代のエルフ王族の墓で、南で産出される大理石とやらをわざわざここまで運んで造らせた、でいいか?」
「ちゃんと分かってるじゃない。」
「すみません、説明下手で。ただ勘違いしないで欲しい事が一つ。古代エルフ族およびその人間達が北方を放棄したのはドワーフ族のせいではありません。『カタストロフィ』と呼ばれる、気候変動による寒冷化で精霊の力が弱まり、作物が収穫出来なくなった事が大きな原因です。その後、不死の怪物や魔物達がはびこる北方となった土地を、部族を率いて武力で平定した、のが初代北王の実像だと文献から推測されます。この時代の文献は古語が多くて僕の解釈も多分に入っていますが、そこは、ご愛敬という事で(笑)。」
「ねぇ、何やってるの、部屋に入るよー。」
ティムが足の止まった3人を急かす。
階段を下りて部屋に進む。四方約100フィート(約30m)高さ20フィート(約6m)の大きな広間。正面は次へと続く扉がすでに開かれている。正面の扉の両脇には、両手を胸に重ねて目を閉じる男女のエルフの彫像が立っている。
「ここに埋葬された王族の夫婦かしら。確かに今の私達とは違って、厚手の布をまとっている感じね。」
「当時はまだ薄絹を織る技術は無かったのでしょうね。僕は歴史家ではありませんので、彼らがいつの時代の王族か判りませんが、ここまで広い大理石の間を建造できた事を見ると、興隆期時代の王族の墳墓かも知れません。」
「興隆期っていつ頃の話だ?」
ケインが首を傾げてソルディックに問いかける。
「実際の副葬品にお目にかかる事が出来ればおおよその時代が判明するのでしょうが、文献上はおよそ2500年から1500年前、とされています。」
「ねぇ、この床に何か書いてあるよ。えっとなになに・・・ここに眠るは、聡明にして勇敢なる王家に連なりし者の亡骸なり。多くの者、彼の者に殉じ来たるべき大災厄と戦う決意をせん。しかるに・・」
すらすらと、淀みなく床に刻まれた文を読むティムに対し、ソルディックは即座に呪文を唱えるとティムに向けて放つ。
「解呪(ディスペル)!」
ソルディックの呪文を受け、ティムはガクリ、と崩れ落ちる。
「おい、ティムに何をした。ソルディック!」
ケインは喰いかかるようにソルディックに問い詰める。
「落ち着いてください、ケイン。文字というのは時代が進むごとに変化します。1000年以上前の古代エルフ文字を文献無しで読むことは現代人である僕達に可能な事では無いのです。ケイン、この床に埋葬者について記述する現代文を強盗団が書くと思いますか?」
「じゃあ、あれは?」
「『力の言葉』よ。強力な使役魔法の一つ。一度でも、記された言葉を発したら呪文が完成するまで使役された者は止める事は出来ないの。完成された呪文によって使役された者は死ぬか、運が良くて気絶。」
「危ねぇ呪文だな。・・・疑って悪かったソルディック。」
「いえ、彼女の補足があって僕も助かりました。ただ、気を付けなければいけません。この罠は、並みの盗賊に外す事は出来ません。むしろ、魔術師が控えていると考えた方がいい。
となれば、ここに侵入しているのは強盗団などでは無く、僕達と同じ冒険者。それも殺しに慣れた手練れ、を想定せざるを得ません。」
ソルディックの言葉に、周囲の空気が凍り付く。
「俺は行く。何の罪も無い調査団を全滅させた報いは受けてもらう。参謀の意見は?」
「同意見です、リーダー。償いもですが、盗掘などという殉死した墓守達を侮辱する最低な行為は絶対に阻止しなければなりません。」
「アタシは、ケインが行くなら。今更だけどね。」
「ワシも行くぞ。死者を弔う者が不在では話にならんじゃろ。」
「ボクも行く。いくら強かろうが、こいつらは調査団を襲った強盗だ。絶対に捕まえる!」
全員の意思を確認すると、一行は改めて開かれた扉の奥へ足を進めていく。
一層第一の間。
先程より半分ほどの広さの部屋だが、両壁にパイク(長槍)を抱えた甲冑兵が各5体、計10体が整然と並んでいる。部屋の中央には盗賊団の一味と思われる死体が数名重ねて置かれていた。
「動くよなぁ・・・」
ケインはげんなりした表情で呟く。
「なら、最初に。」
シアナは魔法の詠唱を始めると、その指先に紅き炎が浮き上がる。
「燃えるゴミから処分と行きましょう!」
シアナは指先から発した炎を死体の山に向けると、火炎の魔法を解き放つ。炎は瞬く間に死体を焼き、残ったのは刀剣類とわずかな硬貨のみであった。
「アタシはアンタ達を弔う気は更々無いから、その精霊の業火でいつまでも苦しみ続けなさい。」
ガチャン、ガチャン、いう鋼の擦れる音と共に、甲冑兵が一行たちに近づいてくる。
「わー、やっぱり来た!」
「お前は下がってろ、ギーム付いて来い。」
「承知!」
ケインとギームは互いに背中を預ける形を取り、10体の甲冑兵と対峙する。
「さすがにリーチ差に分があるか。ギームは防御に専念してくれ。」
「ケイン、お前さんはどうする気じゃ。」
「こうする!」
ケインは甲冑兵の動きが鈍重な点を利用し、槍の突きを交わすとその手首を叩き、手首ごとパイクを叩き落とす。
「まずは一つ!」
「バカモン、それでは串刺しになるぞ!」
「・3・2・1!ソルディック、甲冑共が密集してくれだぜ。」
甲冑兵が、密集陣形でケインを串刺しせんとしようとしたその時、上空から緑色をした魔法の光線が降り注ぐ。緑色は甲冑を染め上げると瞬く間に錆化し腐食させていった。
「反撃開始だ、ギームも殴り倒せ!」
もはや身動きもままならない甲冑兵は、ただのくず鉄になるまで二人に解体されていった。
「お疲れ様です。」
「相変わらず魔法ってのはえげつないぜ、全く。」
「単に相性の問題です。効果の無い相手には意味がありませんから。」
ソルディックは、いつもと変わらない涼やかな笑顔でケインに言葉を返す。
「ティム、そこの燃えカスで何やってるの?」
「うん、コイツらにもお金出してもらおうと思って。」
「何の?」
「亡くなった調査隊を讃える慰霊碑を造る為のお金。」
「あ、そうか・・・」
リリーの件は、墳墓突入前にギームから全員に聞かされていた。
「さぁ、次に行こうよリーダー。ボクだって活躍したいんだ。」
「そう急かすなよ、ティム。」
ケインは、ティムとハイタッチを交わすと、次の部屋へと進む。
一層の奥の間は、既に盗掘された後となっていた。何人かの死体はあるが、手にした装備からいずれも盗賊である事が容易に想像できる。
「酷い事をする。静かに眠っていた死者を起こすなどと。」
ギームは散乱した骨を集めると、本人が眠っていたであろう石棺に再び戻し死者を弔う祈りを奉げる。
「へぇ、相手がエルフでも祈りは奉げるんだ。」
「ワシは神官じゃ。どの神の信奉者であれ、黄泉路で迷わぬよう祈るのは至極当然の行い。
安心せい、オマエも死んだらちゃんと送り出してやるわい。」
「・・・褒めてるのにその一言が余計なのよ、アンタは。」
ギームが祈りを終えるのを見守った後、一行はさらに下の階層へと下りていく。
第二層第一の間。
「これは・・・」
ソルディックは、思わず手を口に当てる。
「激戦じゃったようだの。」
夥しい量の血が、この40フィート四方という空間を染め上げていた。そして奥の間への肉の壁と言わんばかりの盗賊たちの死体の山。
「部下を見捨てて奥へと向かったワケじゃな。乗りかかった舟じゃ、どれワシが解放してやろう。」
ギームが肉の壁へ踏み出そうとすると、ソルディックが制止する。
「待ってください、ギームさん。あれは肉の壁なんかではありません。」
「何じゃと?」
「見ててください。」
ソルディックが呪文を唱えると、1匹のネズミが足元に現れる。
「よし、行け。」
ネズミはソルディックの指示に従い、肉の壁へと走り出す。
ネズミが肉の壁に近づいたその時、壁から幾本かの手が伸び、ネズミを取り込む。取り込んだ肉の壁は、状態を維持できなくなったのか、やがて1体の人型に姿を変化させる。その右手は人の顔で出来た球体をしており、苦悶や恍惚など様々な表情浮かべ声を漏らす。
「何、アレ。人なの、化け物なの?」
シアナは嫌悪感に耐えられず、思わず声を漏らす。
「化け物です。人間族が編み出した魔法大系の一つ、死霊術。その術によって生み出された人造生命体、フレッシュ・ゴーレムがその名前です。」
「で、そいつは剣で斬れるのか?」
「斬れます。しかしゴーレムは痛みを感じないので、すぐさまあの球体で殴りかかってくるでしょう。」
「弱点は?炎魔法なら燃えるでしょ?」
「どちらかといえば、弱点の無いトロールに近いです。シアナさんは、召喚魔法を使用してゴーレムの標的を増やして下さい。自分から斬り込まないように。」
「ワシは?」
「回復に専念でお願いします。後、ケインに“戦神の戦斧”の呪文で攻撃力強化を。」
「ソルディックはどうするの?」
「ゴーレムのコアを“探知”します。相手の死霊術師との力比べになるので何とか耐えてください。・・・せめてミスラル銀の武器があれば有効打になったのですが。うかつでした。
ティムは巻き込まれないように後方へ。」
「・・・うん。」
こうしてフレッシュ・ゴーレムとの戦闘が幕を開ける。
ゴーレムの動きは鈍重だが、破壊力は抜群であり、右拳を振り下ろす度に召喚された動物たちは立ちどころに消え去っていく。一方のケインの攻撃は手ごたえを感じるも決定打とはならず、傷も深くなりつつあった。
(相手の“隠蔽”魔法は僕の“探知”魔法とほぼ同格ですか。世界は広いものです。)
ソルディックからの回答に待ち切れず、ティムはケインの元に駆け寄る。
「リーダー、ボクに賭けて!」
「離れてろって、言われたろ!」
ティムはケインを引っ張ると、その耳元でささやく。
「・・・了解!」
再び、ゴーレムに突撃するケイン。が、攻撃を入れる事無くゴーレムの左側に回り込む。
右の拳で殴りかかろうとするゴーレムに対し、ティムのショートボウが玉の顔にある目をを射抜く。
「グウォォォ!」
そのひるんだ隙をケインは逃さなかった。
「貰い受ける!」
ケインの一閃はゴーレムの右手を切り落とす事に成功する。
「これで、どうだぁ!」
落ちた右手の球目がけ、ティムはミスラルダガーを叩きつける。
声にならない声を上げ、右手の顔達はどんどん溶けて消え去っていく。
「お前たちは苦しみながら地獄に行けっ。リリー達の仇だっ!」
ティムはダガーを押し込み、コアを破壊する。ゴーレムは崩れ去り、部屋は再び静寂へと戻った。
「はっはっ・・・」
「大手柄だ、ティム。」
「結局、最後まで探知出来ませんでした。参謀役として恥ずかしいかぎりです。」
「それでも、全員無事で何よりじゃわい。」
「アタシは魔力消費し過ぎで死にそうなんですけどー。」
ぐずるシアナに、ケインが声をかける。
「それなら、一度休むか?」
「そんな事言ってられる場合じゃないわよ。盗賊団のボス達が最奥の霊廟を荒らしたら、トンデモナイ事になるかも知れないってのに。」
「は?お前、この墳墓の事何も知らんって言ってただろ。」
「ええ、昔の事でしたので、すっぱり忘れてましたですわよ。」
「思い出したのであれば、情報を教えていただけませんか?」
「いいけど、ロクな内容じゃないわよ。」
シアナが話したのは、隆盛期末期の時代、この大陸の支配したエルフの女王の話だった。
「エルフという種族は子供が生まれる確率がとても低いのは知ってるわよね。それは古代も同じでこの女王も1人の男子にしか恵まれなかった。この王子は凡庸だけど素直な性格で、時期国王として国を治める事に女王はとても期待していたの。同じエルフ族の姫との結婚も決まり、さあこれからって時に、王子は病で亡くなってしまった。女王は大いに哀しみ、
姫を含めた多くの臣下に殉死を命じ、女王が好んだ大理石での地下墳墓を建設させたの。そして最後に『妾自らが墓守として子守りをしよう。故に王位も何も要らぬ。』と言って、自ら陵墓の扉を閉めた。本来は王の墓であるべきなんだけど、王子は王位に就いた訳じゃなかったからいつの間にか“王族の墳墓”という伝承に変わってしまったのかもね。」
「しかし、お主の話も昔話の一つじゃないのか?」
ギームは疑問の眼差しでシアナを見る。
「墳墓にあった石棺の意匠がその女王が好んで使ってきたものと一致するのよ。それでさっきの話を思い出したの。」
「僕達やドワーフ族が知る以前の話ですからね。シアナさんの話を信じるとするなら、息子の石棺を穢した者を赦す事はないでしょうね。」
「悪いな、シアナ。もう少し力を借りるぜ。」
ケインの言葉にシアナが頷く。
「急ぎましょう、最下層に。」
最下層。王の間。
一行が中に入ると、宙に浮く一人の男が巨大なシルエットをしたエルフの女王が会話をしているところだった。
「魔術師か。知り合いか?」
ケインがソルディックに尋ねる。
「いえ、僕も知りません。が、すごく胸騒ぎがします。」
女王は男に問う。
「本当じゃな。本当に貴様に力を貸せば、息子をわが手に抱くことが出来るのじゃな。」
「ああ、約束しよう。」
「分かった。では如何様にすればよいのじゃ。」
「契約は成立した。喰え、“本の悪魔”よ。」
男が本をかざすと、女王は悲鳴を上げながら本に吸われていった。
「“本の悪魔”だと・・・?」
ソルディックは思わず声を上げる。
全ての工程を終えると、男は王の石棺の前に降り立ち一行を見据える。
年の頃は30代前半だろうか。魔術師にしては凛々しく堂々とした体格の男だ。
「久しぶりだな。貴様の顔はよく覚えている、そうだ。魔術師ソルディック=ブルーノーカー。」
「そうだ・・・?」
ソルディックを除く一行は怪訝な顔をする。
「ああ、今は私がこの悪魔を使役している。“本の悪魔”を、な。」
「何者です、貴方は。」
「私か?私はモルゲス。モルゲス=ヘイドラー。生と死を司るネクロマンサーにして、貴様達、冒険者の敵だ。」
「冒険者の敵?」
「目ざわりなのだ、貴様達が。」
チャリ。ケインが無言で剣を構える。
「そう、ならお互い様ね。“拘束”(バインド)っ!」
シアナが先手を打って捕縛呪文を唱える。しかし呪文はモルゲスをすり抜ける。
「げ、幻影?!」
「生憎と、私は忙しい。今回は、この女王の力で相手してやろう。では諸君、生きていたらまた会おう。」
「チキショウ、姿を見せやがれ!」
ケインは虚空に剣を振り、必死に相手を挑発する。
「ケイン、アレを見るんじゃ!」
ギームが目を見開いて見つめる先では、この墓所に埋まる無数の人骨たちが一ヶ所に集まり形を構築し始めていた。
「またゴーレムか?芸の無い魔術師め。」
「いえ、違います。あれは・・・」
それはやがて、一行に明確な形となって受肉する。
「ど・・・ドラゴンゾンビです。」
第六話 南へ
ズズゥン、音を立てて歩み寄る竜の死骸。全長はおよそ30フィート(9m)首の高さは20フィート(6m)に及ぶ、十分に巨体と呼べる体躯でケイン達一行を見据える。
「この聖堂自体の広さは十分にあるけど、石棺の影に隠れたところで石棺ごとブチ壊すわよ、アイツ。」
「さっきのゴーレムみたいにコアみたいな弱点は無ぇのか、ソルディック!」
「あのドラゴンは、吸収したエルフの女王の魔力を利用して構築されたものと思われます。
つまり、元々墳墓を荒らす盗掘者を罰する為に用意された竜の力を死霊術の力で受肉させた・・・」
「要するに弱点は無ぇ、って事か・・・。」
「先に“遅延”の魔法を皆さんに。次に“加速”の魔法を。僕の手持ちの強化魔法全てを全員に付与しますので、その後散開して下さい。くれぐれも相手の注意を引き付け過ぎないように。ドラゴンブレス(竜の息)だけは何としても回避してください。」
「いつもの落ち着きぶりはどうした?あの魔術師と会ってからどうも冷静さを欠いてはおらんか?」
心配するギームの言葉にソルディックは笑う。
「本当の僕は臆病で落ち着きが無い、ただの軟弱な人間です。それを準備と知識という仮面で隠してきただけなのです。」
「本当にそれだけかの。ワシ等を余り甘く見過ぎてはおらぬか?」
「え?」
ギームはソルディックを一瞥すると、ケインに声を掛ける。
「ケインよ、準備は整った。戦の合図じゃ!」
「おうよ、全員散開!ありったけの力をぶちかませぇ!」
かくして、ドラゴンゾンビとの死闘が幕を開けた。
「おらぁっ!」
ケインの斬撃がドラゴンゾンビの足元を払う。しかし、まさしく龍の鱗のような硬さの怪物の身体には中々有効的な一撃とまで届かず、一進一退の攻防となる。
「“加速”の魔法がなかったら、踏みつぶされて終わりだったな。“高速治癒”の魔法のおかげで多少の傷ならギームの魔法を借りるまでもない。色々引き出しの多い男だぜ、アイツは。」
何かを呟かないと足が止まる、そんな恐怖を踏みつぶす勢いでケインは次の一撃を振るう。
「風の精霊よ、刃となりて敵を切り裂け!」
シアナが風の魔法を唱え、ドラゴンゾンビに傷を与える。が、動きを鈍らせるほどの効果にはほど遠かった。
「まぁ、ゾンビだから期待はしていなかったけど。」
「氷の嵐よ!」
一方では、ソルディックが氷結魔法でドラゴンゾンビの足止めを狙う。しかし一度は凍り付くも、その強力な力で瞬く間に砕いてしまう。
「さすがに甘かったですか。これ以上高位の魔法ではケイン達も巻き込んでしまう。他に手は・・・。」
戦いの最中、ドラゴンゾンビは、大きく口を開けるとシアナにその矛先を向ける。
「いかん、ドラゴンブレスじゃ!シアナ、まともに受けたら死ぬぞ!」
ギームがシアナに逃げるよう叫ぶ。
凄まじい爆音と共に放たれる業火。シアナが陣取っていた場所全体が焼き焦がされ、残されたのは大量の瓦礫の山となった。
「ソルディック、シアナを探せ!あの娘の事じゃ、この程度でくたばるものか。」
「ギームさん、貴方はどうされるのです。」
「策がある。」
「策?」
「ケイン、ティム、聞こえるか?」
「ああ、シアナは無事か?」
「うん、必死だけど聞こえるよ!」
「シアナは心配するな。それよりお主たちにやってもらいたい事がある。ドラゴンゾンビの骨を1つ取り出してワシに渡して欲しいんじゃ。それでこの戦いは終わる。」
「それなら簡単だ。同じ場所を集中で狙っていたからな・・・そりゃぁっ!」
ケインは身体を回転させ、ドラゴンゾンビの左前足のつま先部分を切り落とす。
「ティム、持っていけ!」
「うん!」
ティムは暴れるドラゴンゾンビの攻撃を難なくかわし、つま先をギームに渡す。
「よくやった、ティム。時間が無い、離れて下がっておれ。」
「わ、わかった。」
ギームは、儀式用の簡易祭具を鞄から取り出すと、呪文を唱え始める。
「我らが崇めし戦神よ、民を律し悪を滅する万民の王よ。今ここに悪しき竜が民を脅かせり。・・・」
ドラゴンゾンビは、ギームの詠唱に何かを感じ取ったのか、向きを変えギームに襲い掛かろうとする。
「お前の相手は俺だろうがよぉ、浮気してんじゃねぇぞ!」
ケインは、そうはさせじと傷ついた前足を集中して切り付ける事でドラゴンゾンビの歩行を全力で阻止しようとする。
「・・・故今ここに、戦神の鉄拳が悪しき竜を砕き、民が救われた事を我は讃えん。喰らうが良い、“戦神の鉄拳”!」
ギームは、切り取られたドラゴンゾンビのつま先に自らの拳を振り上げる。するとどうだろう、空中から巨大な鉄拳が姿を現し、一撃でドラゴンゾンビを粉々に粉砕したのだった。
残骸となったドラゴンゾンビの隙間から何とか身体を捻り脱出するケイン。
「おお、生きておったか。」
「危うく圧死するところだったけどな。流石は戦神、やる事が豪快すぎる。」
「お、いかんいかん。ソルディック、シアナの方はどうじゃ?」
「シアナがどうかしたのか。」
「ドラゴンブレスの直撃を受けた。ヤツの事じゃから防御魔法で威力分散はしておるはずじゃが、崩落による物理ダメージは防ぎきれたかどうか分からん。」
「何ぃ!?」
ケインは急ぎ、シアナの居た場所へ駆け寄る。
「ソルディック、シアナは?」
「安心して下さい、命に別状はありません。ただ・・・。」
ソルディックの膝元には、わき腹を抑えうめき声を上げて苦しむシアナの姿があった。
「ドラゴンブレスの衝撃波で飛ばされた際、左わき腹を強打したようで。」
「なら、ワシの出番しゃな。痛みはすぐに引かんかもだが、治癒魔法をかけてやる。」
ギームの治癒魔法の甲斐もあり、やがてシアナは目を開く。
「骨折の痛みはまだ残るじゃろうが、時期に治まる。しばらくは安静にしておけ。」
「え、あのドラゴンゾンビ、どうしたの?」
目を丸くするシアナに、ソルディックが説明する。
「ギームさんのお力で無事討伐完了しました、」
「ワシでは無い、戦神の御力を借りたまでじゃ。」
「その、助けてくれてありがとう。」
「何、当然の・・」
得意げに髭を撫でるギームを突き飛ばし、喜びで涙を溜めたケインが割って入る。
「ケ、ケイン。」
ケインは無言でシアナを抱きしめる。
「良かった。お前を喪わなくて。」
「・・・」
ケインの言葉に頬を染めるシアナ。
「あの化け物が、あれほどの強力な技を持っているとは知らなかった。知っていれば、もっと近くにお前を呼ぶべきだった。」
「・・・!」
「だけど良かった。お前は凄いヤツだ、本当に。」
「ケ、ケイン?その言葉自体はとても嬉しいんですけど。」
ミシっ、と嫌な音がシアナの身体を駆け回る。
「アタシの骨、まだ折れてるの、折れてるんだってばー!」
「どうしますか、あの二人。」
「じゃれ合っているだけじゃ。放っておけ。」
のたうち回るシアナを横目にギームとソルディックは席を外す。
「怖かったか?」
「はい、怖かったです。ギームさんがいなければ、このパーティーは全滅していたでしょう。」
「お主は優秀な魔術師じゃ。が、経験豊富な冒険者とは言えん。特にパーティーの司令塔であるならば、誰よりも冷静でおらねばならん。が、今回のドラゴンゾンビ戦において、お主は特に策を出す訳でも無く戦いに臨んだ。」
「全くもって、その通りです。」
「ワシはあのネクロマンサーとお主にどんな因果があったのかは知らん。が、少なくともヤツはお主のその性格を突いて罠を張り巡らせるはずじゃ。・・・魔術師の戦いは化かし合いが基本、と言っておったな。次は必ず勝つぞい。」
「勿論です。この借りは必ず返します。ギームさんにも。」
「ホホっ。期待しておるぞ。」
「ねぇねぇ、見てこの王冠。たぶん、ここの王様のだよ!」
二人を見つけたティムが、飛び跳ねながら駆け寄る。
「どうやら、あのネクロマンサーは本当に金目当てでは無かったようだの。・・・ふむ、確かに見事な王冠じゃ。」
「どのみち手ぶらでは帰れませんから、僕達も探索しましょう。」
「そうじゃな。おーい、その二人いつまでじゃれ合っておるつもりじゃ。エルフのお宝の取り分が無くなっても知らんぞ!」
ギームの呼び声を聞いて、慌てて集まるケインとシアナ。
こうして無事宝物を回収した一行は、様々な思いの中、ウォルフスの街へ戻るのであった。
~~~
ウォルフスに無事戻った彼らは、休む間も無くメイヤーの館へと向かう。
「しっかし助かった~。墳墓までならまだしも、あのまま街まで歩け、って言われてたら絶望よ、絶望。」
「良く馬が逃げないでいてくれたよ。攻略自体1日程度で済んだのも大きかったけどな。」
「まぁ逃げてたら、ケインを変化魔法で馬に変えて走らせていただろうけど。」
シアナの毒のある言葉に、ケインは思わず嘆息する。
「まだ根に持ってるのか。嬉しさの余り、つい力を入れ過ぎた、って謝っただろう?」
「ええ、感動の再会も激痛で台無しになりましたけどね。」
「はい、痴話喧嘩はそこまでにしてください。メイヤー邸に着きました。いいですか、相手は今回の依頼人なのですから、くれぐれも騒動は起こさないで下さい。」
ソルディックが同席する二人に釘を刺す。
「俺か?」
「他に誰が?」
「努力はする。」
「お願いします(笑)」
そして一行は手に入れた財宝を手に、館へと入っていく。
再びメイヤーと面会する事となった一行。
「これだけの財宝を持ち帰り、私からの依頼を完璧に達成した割には表情が優れませんな。」
メイヤーは、さも不思議と言わんばかりにケインに話しかける。
「ああ、依頼は達成した。だが邪魔が入った。モルゲス=ヘイドラーと名乗った男。奴は俺達“冒険者”の敵と自称した。心当たりはあるか?」
「・・・モルゲスという名に覚えはありませんが、ヘイドラーという家名なら覚えています。」
「教えてもらえるか?」
メイヤーは一瞬、横目でソルディックを見やった後、再び目線をケインに戻す。
「先の戦争以前、南北融和の一環として行われた交換魔法留学生。その一人としてヘイドラー家の者が南へ留学した際、そのまま内乱に巻き込まれ行方不明になった事件があります。」
「魔法留学生?!」
ソルディックは思わず声を上げる。
「続けてよろしいかな?」
「申し訳ありません、どうぞ。」
「ヘイドラー家は、成り上がりの商家でした。家の期待も高かったでしょう。しかし跡継ぎを失って以降、南の内乱に乗じた好景気にも乗る事が出来ずそのまま没落して行きました。」
「今は?」
「私の耳に入らない、という事は離散した、と考えてよいでしょう。姓を持っていても、このように霧散してしまう家系は幾らでもあるものです、ケイン君。」
「引っかかる言い方だな。」
「気に障ったのであれば失礼。私の知る限りでは、情報はこの辺りが限界だ。まだ質問はあるかな?」
「ある。モルゲスが冒険者の敵、と言ったのは、ギルドの敵、とイコールじゃねぇのか、って疑問だ。ギルドへの出資にヘイドラー家も絡んでいた可能性は?没落の原因にギルドが一枚嚙んでいたとしたら、モルゲスにとって、アンタらギルドスポンサーも敵扱いにしてんじゃねぇのか。そうなれば、俺達の失敗はアンタの信用失墜とイコールになる。メイヤーさん、アンタ北王陛下を疑ってるんじゃねぇのか。」
ケインは身じろぎせず、じっとメイヤーを見つめる。
「ケイン君、君の直感は時に自分自身を殺すかも知れませんよ。残念ながら、私は君に答えを提示する事はしません。が、一つだけ教えましょう。私はいつでも北王陛下の忠実な相談役です。」
「分かった。報酬の準備は?」
ケインは立ち上がるとセバステに問いかける。
「はい、ここに。」
セバステは5人分の宝石箱をケインに提示する。
「ケインどこ行く気?食事もあるのに。」
「家に戻る。やっと分かった。この男とつるむのは危険だ、って事がな。」
捨て台詞を残し、一人ケインは館を出ていった。
ケインの家。
「ちょっと、いきなりどうしたのよ?あのオッサンが胡散臭いのは今に始まった事じゃないでしょ。」
「胡散臭い、で済めばな。・・・近いうちに、北王は南進するつもりだ。」
「・・・って、戦争する気?」
「俺を北方騎士団に誘ったのも、自分の手持ちの冒険者への目利きの自信からだろう。」
「で、どうするのよ。荷物をまとめて。」
「南へ戻る。モルゲスの事を調べて、アイツを追う。アイツだけは危険だ。」
「南!?じゃあ、ギルドはどうするのよ!」
「抜ける。だからお前とはここでサヨナラだ。この家はお前にくれてやるよ。」
「・・・本気なのね。」
「ああ、リーダー失格で済まない、と皆に伝えておいてくれ。」
シアナは、一つ大きく呼吸すると、指先に呪文を集中させる。
「お前、なn
「汝、石となれ!」
カチン、と靴ひもを結ぶ姿でケインは石と化した。
「しばらくそのままで頭冷やしていなさい。アタシはゴハン食べて来るから、留守番よろしくね。」
翌日。
石化は解かれたが、縄に縛られた状態で、パーティー全員による尋問が開かれた。
「話は全部シアナから聞いたぞい。」
「酷いよリーダー、ボク達を置いていくなんて。」
「貴方の直感が貴方自身を殺す、メイヤーに完全に見抜かれているじゃないですか。そんな相手を敵にしてまでモルゲスを追い詰められると本気で思っているのですか?」
「アタシはぜーったい逃がさないからね。」
仲間の厳しい叱責に、さすがのケインも頭を下げる。
「本当に済まないとは思っている。だが、アイツがギルドのスポンサーである以上、このままでは自由に動く事は出来ない。それにギルドを抜ける事は、俺が独断で決めた事だ。皆に強制するつもりも無い。」
「・・・分かった、アタシもギルドを抜ける。」
「シアナ!?」
「そもそも魔法の知識なんて欠片も持っていないアンタが南に行ったところで、どうやって調べるつもりなのよ。
「それはまぁ、王都に行けば何とかなるかな、と。」
「アンタねぇ・・・」
「ボクも付いていくよ、リーダー!」
「ティム?」
「ボクは元々、盗賊稼業で生きてきた。だから情報集めにも役に立って見せるよ。」
「済まねぇな、ティム。」
「ケイン君、心苦しいけど僕はギルドを抜ける事は出来ません。ですが、想いは君と同じ。
北王陛下の南進政策を何としても阻止出来るよう努力するつもりです。」
「ワシもソルディックと同じじゃ。ドワーフ族とて平和を望む者が大半じゃ。それを忘れんでくれよ。」
「ああ、もちろんだ。これが最後の別れって訳でも無いんだ。いずれまた会おう。・・・ところで、シアナさん?いい加減、この縄を解いてもいいんじゃないかな。折角の別れのシーンが台無しだ。」
「はいはい。」
シアナはティムと一緒にケインの縄をほどく。
ケインはソルディック、ギームそれぞれと固い握手を交わし再会を誓い合う。
「最後に。今後俺は姓を名乗る。」
「姓、ですか。」
「ああ、妹を探し出す事を諦めた訳じゃ無ぇ。南に行くならむしろ名乗った方が情報収集に好都合だと思ってな。」
「その姓は?」
「ケイン=ラインフォート。俺の故郷、ラインフォート村のケイン、って訳だ。」
「先の戦争で北王領が奪取した領土の村ですね。確かに旧名の村名であれば、情報が手に入る可能性も高くなる、良い案だと思います。」
「名残は尽きねえが・・・」
ケインは集まった仲間の前に手を差し出す。誰からともなく全員が手を重ね合わせていく。
「また会おう!」
「ええ、必ず。」
「勿論じゃとも。」
「みんな、絶対会おう!」
「当然♪」
一方、南王領王都では。
ヴァネッサが解呪の呪文を終え、クレミアが目を覚ますのをシュロス達は息を呑んで見守っていた。
「う・・・うん・」
か細い声を上げ、クレミアは目を覚ます。
「ここは?村のみんなは?」
「クレミアさん、ここは貴女のいた村では無く、南王領王都です。貴女に憑りついた悪霊を払う為、私達がここまで貴女を連れてきたのです。」
ルフィアは出来るだけ簡潔にここまでの経緯を説明する。
「村の、村のみんなは無事だったのでしょうか。」
「クレミアさん、村の名前は憶えているかしら。」
「南王領ラインフォート村です。突然戦火に巻き込まれて、恐ろしい騎馬兵が村人を次々と・・・」
「ラインフォート村?本当ですか!」
「どういう事だ、ルフィア。」
フィリスがルフィアに問いかける。
「彼女は2年前の戦争時に奇襲を受けたラインフォート村の生存者です。そして私の父が犯した最大の失態の犠牲者・・・」
「内乱を生き抜いた事で己の実力を過信した結果、北側の商人の情報を信じてラインフォート村の守りを手薄にした、か。」
ヴァネッサは、特に感情を込める事無く、淡々と呟く。
「父に進言した兵卒は何人もいたそうです。しかし父は聞く耳を持たなかった。」
「村は、村の人は・・・」
何度も訊ねるクレミアに対してルフィアは、静かに首を振る。
「亡くなりました。貴女以外全員。」
ガックリと肩を落とすクレミア。
「辛い事を思い出させてごめんなさい。私はルフィア。ルフィア=ラインフォート。領地は無いけど、貴女の知るラインフォート家の当主よ。」
「えっ、ラインフォート家のお姫様?」
「そんな大層な者では無いわ。ただ、色々あって今はこのヴァネッサ様の下、仕えているの。
クレミア、貴女の協力が必要なの。私達を助けて。」
「わ、私がですか?私は一介の神官で、ルフィア様の御力になれるような・・・」
「クレミアちゃーん、無事目覚めてお兄ちゃん嬉しいよ~!」
満を持して、シュロスがクレミアに抱きつこうと試みる。
が、クレミアは以前の切れ味を思い出したかの如く、シュロスを躱し右ひじ打ちをその腹に叩き込む。
「おぅぅぅぅ・・・」
「誰だ、お前は。私の兄はケイン兄様ただ一人。貴様のような軟弱な男が兄様を二度と騙るな。」
「喜べ、戦闘力は以前のままに戻しておいてやったぞ。」
二人のやり取りを見て、ヴァネッサは満足げにククッ、と笑う。
「ああ、そうだ。奴らの捜索に魔術師が必要だろう。一人腕の立つ者がいる。その者を紹介してやろう。」
「え、姉さん一緒に来てくれないんですか?」
「さっき、時期女王って話したでしょう!何で急にバカになるんですか。」
「ルフィアも釣られて言葉遣いが荒くなっているぞ。アホはうつるから放っておけ。」
冷静にルフィアを窘めるフィリス。
しばらくの間が空き、やがて三つ編みと大きな赤いリボンが特徴的な、少女ほどの身長のズン胴体形の女性が姿を見せる。
「えーっと、これってひょっとして?」
「まぁ、とても可愛らしい。」
「クレミア、ルフィアは決してお前を悪いようにはしない。手伝ってくれ。」
「はい、それは分かります。でも気持ちの整理が・・・」
4人が各々の反応を見せる中、姿を見せたのは一人のドワーフ女性だった。
「初めまして。メルルン、と言います。ヴァネッサ様のご好意で王都で呪術を研究してきました。よろしくお願いします。」
「呪・・・呪術?!」
全員が驚いた表情でヴァネッサを見る。
「ああ、彼女は呪術師・・・シャーマンだ。魔法大系の枠に当てはまらない、その特異な強さはお前たちにとって頼もしい存在になるだろう。」
「喜べ、お前の望んだハーレムパーティーだぞ。」
フィリスが容赦ない言葉でシュロスを切りつける。
「ああ、そうですね、果報者ですよ全く。」
シュロスは全く抑揚の無い声でフィリスに返答をする。
「だが、俺達の旅は始まったばかり。まだ見ぬ美女を求めて、行くぞみんな!」
(ある意味全くブレないな。それがコイツの強みか)
フィリスの嘆息も何のその、新たにドワーフの女呪術師を加えたシュロス達一行は、教会庁の闇を探るべく行動を開始するのであった。
第七話 新たな仲間
南王領第二の都市マーハル。南王領のほぼ中央に位置し、南国の特産品が各地から集まる巨大流通都市だ。人々は戦争が終結し日常が戻った事に喜び大いに賑わっていた。
「はい、避けて避けて。轢かれても知らないよ。」
溢れんばかりの藁を積み、人々の前を猛烈な勢いで馬車が駆け抜けていく。他の路地でも、様々な食料品や日用品が出品され、売り買いの交渉人の声が街の喧騒をより生気に満ちた鮮やかな色に塗りたてる。
「すげぇな、この熱気は。」
買い物客に押されつつ、思わず呟くケイン。
「アンタも元々南の人間でしょ。マーハルの事知らないの?」
シアナは、細身ゆえか誰にぶつかるともなく余裕で人混みを抜けて行く。
「いや、俺、南出身っていっても国境近くの村出身の村人A、みたいなもんだぜ?」
「軍団兵時代はどうだったのよ?」
「駐屯基地暮らしだったからな。大都市とは逆に縁が無い暮らしだった。」
「全くもっての田舎者、ってワケね。取りあえず、部屋取りましょ。スイートでね。」
「・・・・」
「今のは誘ってるんじゃないの、勘違いしないで!」
人通りの少ない場所に移動して話を続ける二人。
「北と南の大きな違い。それは文化そのものにあるわ。北はドワーフ達の精錬技術に始まって、懐中時計の様な精密機械を作る職人も現れたり、文化面で住民のほとんどが南北平均より高い知識層にあるの。結果的に高収入で生活に余裕が出来た事で、逆にお金に増やす事に強い執着を持つ人間も多いわね。」
「ああ、よくわかる。実際、北で手に入れた武具はとんでもなく良い出来だったからな。」
「逆に南は穀倉地帯をほぼ押さえているから、力仕事の単純作業で生活が成り立つ人が多い。それが何代も続いてるから、生まれて死ぬまで村人Aで終わる人がほとんど。そして富は王族たち一部の特権階級に集約される。だから南の中流層は北の下層民とほぼ同格な訳。当然、その分治安も悪くなる。スイート、って言ったのは、この街では多少高くてもその方が安全だからなのよ。」
「お前、思ったより頭回るんだな。」
「今まで何だと思ってたのよ!」
「ねぇねぇ見てみて二人とも。結構稼げたよ。」
不意にティムが両手に硬貨を乗せて二人に見せる。
「さっきから見ないと思ったら、これか。」
「何言ってるのさ、ここがボクの稼ぎ場なのは知ってるでしょ?」
「さすがね。金貨の量が多いわ。これだけの人から一握りの金持ちの財布を狙い撃つなんて凄い才能よ。」
「そりゃそうさ。まだまだ稼いで来れるよ」
「いや、ティム。ここまでにしておけ。」
「えー、何でさ。」
「こっちの盗賊連中の反感を買うのはマズい。まず優先すべきは、ギーム、ソルディックの穴を埋めモルゲスの情報を掴む事だ。」
「でもあの2人の代りなんて簡単に見つかるかなぁ?」
ティムはしょんぼりした表情でケインを見る。
「見つけるのさ。今までもそうだっだろう?」
ケインは二人を見やると、クスっと微笑む。
その夜。
ケインは酒場に出て、情報を集める。流石に大都市ともなると情報が錯綜してしまい、いわゆる与太話に属するものがほとんどであったが、一つ興味深い話があった。街の治安を守り人々から畏敬の念をもって讃えられるダベルフ大司教だが、実情は王都のスザリ司祭長との権力闘争は有名であり、近いうちにどちらかが処断されるのではないか、という話だった。
「処断、ってどういう事だい、オッサン。」
ケインが話の輪に半ば強引に割り込む。
「何でも、教会庁内で禁忌を犯した神官がいるらしくてな。それが誰の差し金か、って事で二つの派閥が裏で闘争してるって噂が立っていたんだが、近いうちに決着が付くだろう、って新情報が出てきた訳よ。」
「何だ、新情報って。」
ケインはエール酒を男に勧め、話を引き延ばす。
「おお、これは助かる。教会庁自体はあの“10年の内乱”で組織自体もガタガタになっちまった。それを今に復興させたのが、ダベルフとスザリという2人の商人だ。この二人はどちらも現南王である王弟派として王を支えた忠臣だ。南王陛下も絶大な信頼をおいておられる。だが、今、南王陛下の御息女であるヴァネッサ様がスザリ司祭長に急速に接近している、という話がマーハルにも飛び込んできてな。南王の系譜は女系容認国家。つまり時期女王となられる方自らが近づいた、という事は、まぁそういう事だ。」
「しかし、一司祭長が大司教と何故権力を二分するまでの力を?」
「あの男は全財産を全て南王陛下に寄進したんすよ。一司祭長としての地位は、あくまでも飾り。実利は王都全域への末端までの影響力と王族に直接助言する事を可能とした権力。
ダベルフは、自分の富を投資して、このマーハルを人口では王都を超える大都市に育てた。
どちらかと言えば建国者に近い。」
「・・・しかしオッサン、やけに国の内情に詳しいな。」
「そう焦るな、北の兄ちゃん。南の訛りは完璧だったが、北の訛りが消し切れていなかったな。」
「!?」
「俺は“草”。噂を流し、ダベルフを疑心暗鬼にするのが役目だ。アンタからは敵としてのニオイを感じない。だから話してやった。酒代にしては十分だったろう?」
「報酬は払う。情報を提供してくれないか。」
「断る。そろそろ憲兵が巡回に来る時間なんでな。縁があれば、また会えるだろうよ。」
男は、席を立つと、そのいかつい体形には似つかわしくない素早さで、混雑する酒場を出て行った。
「チッ、素早いオッサンだ・・・おい、シアナ、ティム、どこに行った?」
一方、シアナは一人教会の屋根に立つ。
「向こうに見えるのが大聖堂か。ホント、人間は巨大建築物が好きよね。しっかし、魔術師かぁ~。アタシも推薦できる強さの人って、正直ソルディックしか知らないのよねぇ。」
煌々と照らす月明かりを眺めつつ、ポツリと呟く。
「あ、いたわ。」
シアナはポーチから手鏡を取り出すと呪文を唱える。手鏡は青白い光を伴って、ある部屋の一角を空間に浮かび上がらせる。しばらく待つと、一人の若いエルフの男性が姿を見せる。
「どうした、急に。」
「いやぁ、ちょっと手詰まってて。魔術師の仲間を探しているの。」
「だが、下界に行きたがるもの好きなエルフ自体、お前しか見ておらんぞ。」
「いるじゃない、目の前に。」
「・・・私の事か?」
「他に誰が?」
「待っていろ。今交渉してくる。」
~しばしの間~
「了承を得た。いつまでに向かえばよい?」
「すぐ来て。くれぐれもエルフ時間で換算しないでね。」
「承知した。」
シアナは通信を切ると、ほっ、と一息を入れる。
「神官の方はそっちで何とかしなさいよ、ケイン。」
一方、ティムの方は。
「こいつですぜ、盛り場で荒らしまわってたガキは。」
しっかり、この街を仕切るストリートキッズに絡まれていた。
「いやだなぁ、ボクが何をしたっていうのさ。」
「ふざけるな!俺達のシマを散々荒らしやがって。おかげで、エモノ連中のガードが固くなってこちとら仕事にならねぇんだぞ!」
キッズ達は口々にティムに罵声を放つ。
「やれやれ、それはキミ達の技量不足、って事実に気が付いているのかい?」
ティムは大きくため息をつき、憐みの目でキッズを見やる。
「いいよ、相手をしてあげる。ただし、武器は一切禁止でね。」
怒りが頂点に達したキッズは、一斉にティムに襲い掛かる。
が、その戦闘力の差は歴然であり、ティムの的確に急所を撃つ体術の前に瞬く間に、囲んでいた輪が崩れていく。
「ち、ちきしょう!」
一人の少年が耐えきれず短刀を抜く。それに合わせるかの様に少年たちは隠し持っていた武器を抜き始める。
「抜いたね。抜いたからには、それ相応の報いは受けてもらうよ。」
ティムの放った言葉の怒気に押され、足が止まったキッズだったが、一人がティムに飛び掛かる。しかし、ティムは軽くいなし、相手の手首をねじ切る。悲鳴に近い泣き声をあげてうずくまるナイフの少年。
「言ったよ、報いは受けてもらう、と。」
「何をしているのです!」
ティムとキッズの間に入ったのは、一人のまだ若い男性の神官だった。
「牧師様!」
キッズは神に懺悔をするかのように牧師に跪く。
「あなた達が行っている事は、ただの暴力です。私はあなた達にその様な教えを説いた覚えはありません。」
「ごめんなさい、ごめんなさい。でも、あの小僧がボク達の仕事を奪ったのです。今日、配分するお金もありません。」
「言っただろ、手前らの実力の無さを棚に上げて、話進めてるんじゃねぇよ。」
「どうやら子供達が君を巻き込んでしまったようですね。申し訳ない事をしました。」
ティムに対し、深々と礼をし謝罪する牧師。
「そんな謝罪なんか、どうでもいい!ボクは、このガキども全員ぶん殴る気でケンカを買った。それとも牧師さん、アンタがそのケンカ買い取ってくれるのかい?」
「それで君の気が済むのであれば。」
牧師はティムに近づき、戦いの構えを取る。
(え・・・この男、戦い慣れている?)
ティムも遅れまいと、男に構えを合わせる。
「君は強いので、手加減は出来そうにありません。では!」
男の体術は、明らかに鍛錬を積んだ凶器だった。
(この人、速いってモンじゃない。一発キレイにもらったら、間違いなく終了だ。)
ティムは持てる限界の速さで、男の攻撃を躱す。いつしか子供たちは観客へと変わり、双方を応援する。
(この少年、想像以上の速さを維持している。間違いなく怪物との実戦を積んだ者の戦い方だ。)
結末は一瞬だった。
男の蹴りに反応したティムがその身の軽さを使い、足に飛び乗り男の顔に一撃を入れたのだった。子供たちは、その光景に思わず絶叫する。
(手ごたえが・・ない。自分で首をねじって衝撃を抑えた?)
ここまでがティムの記憶の最後だった。
男はティムの腹部に触れると呪文を放つ。
「デッドリー・ストライク!(致命打)」
魔法の直撃を受け、ティムの身体は壁に激突する。
「皆さん、この少年に感謝しなさい。もし彼が本気で戦っていたら、あなた達は誰一人生きてはいなかった。さあ傷の手当をします、皆で彼を教会へ運びなさい。」
小一時間ほどだろうか。ティムは教会の一室で目を覚ます。
「あれ、何でボクは寝ているんだろ・・・」
「牧師様、彼が目を覚ましたようです。」
見守り役をしていた若い女性が牧師に声を掛ける。
「起きましたか。」
眼鏡をかけた、先程の男がスープを持ってティムの傍らに腰を下ろす。
「飲みたまえ。身体の中が温まる。」
「あ、はい。」
「飲みながらで構わない。私はエイブラハム=ガロア。神に仕える者だ。」
「ボクはティムと言います。戦っている最中に戦神の聖印が胸から見えましたから、予想はしていました。」
「私が戦神の牧師と知って、なお戦ったというのかね。」
「ボクは北の者です。話を聞いてもらえますか?ガロア牧師。」
ティムは、これまでの経緯をガロアに話した。
「ボク達は強い仲間を探しています。冒険者の敵を名乗るネクロマンサーを追う為に。」
「君は神に仕える身では無い、と思うが。そのネクロマンサーを倒して、君にどんな利益があるというのかね。」
「ボクが信じるのは、ボクを信頼してくれる仲間達の言葉です。その彼が言うのなら、ボクは彼に従います。」
「・・・面白い子だな。だが、私にも生憎と紹介出来そうな神官はいない。」
「そうですか。」
肩を落とすティムにガロアは微笑みながら、スープの皿を片付ける。
「私以外、はね。」
「え?!」
「彼らの心配は気にしなくて良いよ。ああ見えても分別はある子ども達だ。今回は、君の幼い外見から少し調子に乗ってしまった結果、酷い目に遭ってしまったがね。」
「すみません、ボクもやり過ぎました。」
「牧師様、いつもの準備出来ました!」
先程の見守り役の女性がガロアに声を掛ける。
「ああ、いつも済まないねシャル。」
「奥様ですか?」
「ああ、だから私は気兼ねなく悪を裁く旅に出る事が出来る。」
「ボクもこんな心強い事は無いです。よろしくお願いします!」
こうしてティムは幸か不幸か、戦神の牧師エイブラハム=ガロアと出会うのであった。
一方、ケインとシアナ。
酒場にて卓を囲む二人+1名
「で、本当に役に立つのか?この兄ちゃん。」
ケインの指先は、机に突っ伏すエルフの青年の姿。
「なんかねー、久しぶりに里から出てきてみたら、あんまりにも空気が汚れてて気分悪くなったんだって。」
『これも全部ドワーフ達のせいだ。』
「悪ぃ、兄ちゃん。南方語で話してくれないかな。シアナだって、人間の流儀に合わせてるんだ、出来ないワケ無いだろう?」
エルフの青年は立ち上がると大声でまくし立てる。
『空気が泥水の様に濁ってしまったのも、人間共が金に目がくらみ殺し合いに明け暮れるのも、全てあの品性の欠片も無い強欲のドワーフどものせいだ!やはりドワーフ族は滅ぼさねばならぬ!』
「シアナ、訳してくれねぇか。何か物騒な事言っているのは判るんだわ。」
「アハハ・・・。」
すると、カウンター席側から声が。
「おいおい、清流派のエルフ神官様ですかい?観光も結構ですが、そんなに息苦しいならさっさと森にお帰りになった方が身のためですぜ。」
ゲラゲラと笑うカウンター席の客たち。
「おい、清流派、って何だ?」
「ホント、興味の無い話は頭に入れないわね。豊饒の女神の信徒、って言っても大きく二派に分かれているの。一つが清流派。森を慈しみ清貧である事を信条としていて、特に商人やドワーフ族に対して強い敵愾心を持つわ。もう一つが濁流派。人間族では正統派って呼んでる。産めよ育てよ、地に拡がり地に満ちよ、という命を育み、その教えで世界を満たす事を信条としている。南方領で『女神の教え』と言ったら、基本的にこっちで考えればいいわ。」
「要は、人間なんか自然を穢す卑しい生き物だ、みたいな事言ったんだろ、コイツ。」
「そこは理解力高いのね、アンタって。」
「分かった、ブン殴って叩き出す。」
「ちょ、ちょっと待って。腕は確かなのは保障するから!」
「人間を信用しない相手に背中預けられねぇ。」
すると、エルフの男はケイン達の席に戻り、詫びを入れる。
「先ほどは見苦しいところを見せてしまい、大変恥ずかしく思う。ここが人間達の領域である以上、心を入れ替え君達の指示に従おう。許せ。」
「あ、ああ。分かってくれればいいさ。改めて自己紹介しよう。俺はケイン、ケイン=ラインフォート。あるネクロマンサーの情報を知る為にシアナともう一人、ティムってヤツと三人で北から南に来た。」
「私はヘイニーグと申す。魔術が専門だが、剣も使えぬ事は無い。」
「アタシはシアナ。今更語る事無し。以上!」
「いや、あるだろう?」
ケインが冷静に突っ込む。
「ヘイニーグさん、シアナとの関係は?」
「何だ、言って無かったのかシアナ。」
「う、うんまぁ。」
「雰囲気からお兄さんかと思っていますが。さすがに遠く離れた妹は可愛いですものね。」
「・・・」
無言を貫くシアナ。
「いや、シアナの父だ。」
「え?」
「来た目的は、シアナが惚れた男の顔が見たかったのも大きい。」
「いや、俺とシアナは仲間であって、そういった関係では無くて。」
「・・・」
シアナは、二人の会話が進む一方で一人テーブルに突っ伏す。
「なるほど、事情は呑み込めた。もちろん共に戦う覚悟だ。ネクロマンサーなどという外道はドワーフ同様、世に蔓延らせてはならぬ。」
「ヘイニーグさん?」
ケインの思考回路が麻痺しかける寸前のところに、ガロア牧師を連れたティムが戻ってくる。
「あ、あれがケインだよ。ケイン、回復役が出来るすっごく強い牧師さんがボク達に協力してくれるって!」
ケインは小声でシアナに問いかける。
「シアナ、牧師ってどこの宗派?」
「・・・ケインが好意を持ってくれているのは確かだけど、相思相愛って確認した訳じゃないし、今くらいの関係ってどう言うのこういう時(ブツブツ)・・・」
(ダメだ、完全にポンコツ化してるわ。)
「こ、これは大変ありがたく、私が彼らのリーダーを・・・」
ケインは、何とも微妙な丁寧語を使って挨拶するも、ガロアは全く取り合うそぶりを見せずそのままヘイニーグの元へ足を向ける。
『失礼。清流派エルフ部族の方とお見受けしましたが。』
『!人間が、完璧と呼べる美しき清き流れの如き響きで我らの言葉を語るとは。してお主の名は。』
『戦神ドルッガ派の牧師であり撲師、エイブラハム=ガロアと申す者。崇める神は違えど、同じくドワーフ族を仇敵とする者です。』
『おお、私の知らぬ間にその様な目覚めがあったとは、まさに僥倖。』
『私も品性あるエルフ族の方と席を共に出来る事を嬉しく思います。』
「さすがだね牧師様、もう新しい人とも馴染んでいるよ。」
「まさしく、神のめぐり合わせでしょう。君の期待に恥じない戦いを約束するよ。」
戦神を信奉する信徒にも大きく二派が存在していた。ドワーフ族を率いて初代北王と立ったのはドワーフ族長であった、とするドワーヴン派(正統派)一方、実は人間とドワーフ族との混成軍であり、初代北王となったのは、ドルッガという名の人間だったとするドルッガ派(異端派)の2つである。北方領では正統派がほぼ全ての領民に信じられており、異端派は南で流浪する事となる。
こうして新たな仲間を得たケイン達は、死霊術師モルゲスを追う一歩を進めた。次の一歩はどこへ進むのか。それは彼らに知る由もない事であった。
第8話 腹黒な二人
南王領王都ファザート。準備を整えたシュロス一行は、馬車に乗り北へ向かう。
『いいか、先ずはマーハルの街へ向かい、ダベルフ大司教と会え。如何に大司教と言えども、このスカーレット家の印章で封じた書簡を持つ者を通さぬ、は道理に外れる行為。居留守を使うかも知れんが、その意味ではメルルンの占星術が役に立つ。見つけ出し、ハーベスターに連なる裏教会の事実を全部吐かせろ。』
「と、ヴァネッサ様は仰っていましたが。仮にも大司教の地位に立つお方、くれぐれも冷静な対応をお願いします。特にシュロスさん。」
ルフィアは相席するシュロスの方を見やり、冷ややかな視線をシュロスに向ける。
「え、オレ?」
「他に誰がいるんだ。」
フィリスがすかさず斬り込む。
「うう、お兄ちゃんを慰めておくれよクレミアちゃ・・・」
だが助けを求めるシュロスの目の先にあったのは、瞳の光も無くただただ汚物の様な存在としてシュロスを見るクレミアの姿だった。
「全くもって汚らわしい。何故お前が御者を務めぬのだ。」
「いや、それはアイツが自分から買って出てきたから、お願いした訳で、クレミアちゃんも一緒にいたじゃん、その時。」
「慣れ慣れしく呼ぶな。お前が行かないのなら私が外に出る。」
「大丈夫ですよぉ。ワッチは、馬に慣れていますからぁ。」
馬車の中の重苦しい空気を一掃してくれる、朗らかな声が馬車の室内に響き渡る。
「ワッチは、南王領王都よりもっと南に住むドワーフ族なんですぅ。でもぉ、ある時南王様の軍隊がワッチの住む国にやってきて、みんな捕まっちゃたんですぅ。」
「じゃあ、お前奴隷だったのか。」
フィリスが驚いた眼で、馬を巧みに御するメルルンの背中を見る。
「最初はそうでしたぁ。みんな足枷付けられ重い塊を引きずって王都まで歩いたんですぅ。」
「奴隷にされた割には能天気だな、オマエ。しかし、一国っていったい何人連れて来られたんだ?」
「多分100人くらいですぅ。」
「いや、それただの集落じゃねぇか・・・」
話の嚙み合わなさに、思わず頭をかきむしるシュロスを横目に、今度はルフィアがメルルンに問いかける。
「辛いお話をさせてしまって申し訳ありません。良ければ、話の続きをお聞かせ出来ますか?」
「いいですよぉ。道中はながぁいですからぁ。」
メルルンが住んでいた村は、度々洪水による水害に悩まされていた。そういった災害を察知する手段として呪術、または占星術が生まれたのだという。
「ワッチは代々呪術や占星術を学び、国民を指導する家に生まれましたぁ。ワッチの占いは余り当たらなかったけど、皆は褒めてくれたですぅ。」
「・・・占いの腕が微妙、って人探しの役に立つのかコレ。」
シュロスは、思わず本音を吐く。
「あ、でも呪殺は得意ですぅ。」
「あ、さっきの話ノーカンでお願いしまっす、先輩。」
メルルンは特に気にする事無く、笑いながら話を続ける。
「で、王都に着いたんですけどぉ、ワッチはみんなが悲しむ顔に耐えられなくて、南王様に直接お願いしたんですぅ。ワッチは奴隷のままで構わないので、どうか国人を解放してくださいぃ、ってぇ。」
「南王陛下に直接ですか!?」
メルルンの国民を想う心、そしてその武でもって内乱の勝利者となったあの南王に直接嘆願する度胸に、ルフィアは思わず胸が締め付けられる思いに駆られてしまう。
「そうしたらぁ、その時同席していたヴァネッサ様が口添えして下さってぇ、ワッチはヴァネッサ様にお仕えする事になったんですぅ。」
「じゃあ、国民の方は皆国元へ戻れたのですね。」
「いいえ、南王様が南王領の西側にドワーフ族居住地を設置してくれてぇ、今もそこで喜んで住んでますぅ。」
「え、ど、どうしてですか?」
「実は南王様の遠征は、水害の多い地方に住む先住民族の保護だったそうですぅ。でもどうせ話聞かないだろうから、取りあえずこっちで豊かな生活を一度体験させたかった、と後でヴァネッサ様から聞きましたぁ。」
「で、でも先祖伝来の地に未練は無かったのですか。」
「それよりも、身の安全が大事ですぅ。今では皆、南王様に感謝しているですぅ。」
「そんなもんだぜ、ルフィア。土地よりも人を選ぶ。私も彼女と同じ気持ちだ。元奴隷の立場だった者の意見として耳に入れておいてくれ。」
フィリスは軽くルフィアの肩に手を乗せる。その手に自らの手を重ねルフィアは呟く。
「それでも、私は・・・」
「・・・進路が外れている。」
クレミアの呟きに3人が顔を見合わせる。
「おーい、メルルンさんよ。クレミアが進路ずれているって言っているぞ、どうなっているんだ?」
シュロスがメルルンに大声で問いかける。
「大丈夫でぇす。進路は合っていますぅ。そもそも、最初の行先はマーハルでは無いのでぇす。」
『なにぃ!?』
メルルンの爆弾発言に、4人は同時に驚きの声を上げたのだった。
時はさかのぼり、北方領に残りケイン達を見送ったソルディックは、その足で再びメイヤーの下へ向かう。
「今日は、どのような案件かね。君とは懇意にしておきたいので話は聞かせてもらうが、私には待たせている客人が多いのでね。手短に願いたい。」
「はい。まず一つ、ギルドに加入している冒険者達への報酬増額をお願いします。方法はどのような形でも構いません。目的は目下モルゲスの手駒となっている盗賊達を冒険者に仕立て上げる事で、敵の兵力低下と北方領全体の治安強化を狙う事。」
「面白い事を言う。だがギルドの方針はあくまで“内政不干渉”だ。北方領の治安は北方軍に任せるべきだと思うが。」
「都合よく“内政不干渉”を使うのは止めませんか。北方軍は動かないでしょう。北王陛下の南進政策の為に。そして商工会は、今その大遠征の為の軍事物資備蓄の買い占めを一手に担っている。南方領のマーハルは今まさに大盛況との噂もあります。」
「情報通だな。君なら商人としてでも十分、一流になっただろうね。」
「目を逸らさないでください、メイヤー=ローヴェ。」
ソルディックの眼光がひと際鋭く、メイヤーを睨みつける。
「私を恫喝するつもりかね。生憎と、君に私を恐喝出来る材料など無いよ。」
メイヤーは百戦錬磨の商人らしく、動揺をする素振りも無くソルディックと対峙する。
「メイヤーさん、本当は今の時点で利益確定させておきたいのでは無いですか。北王に売ったところで、二束三文で買いたたかれるのは目に見えているでしょう。」
「!?」
ついにメイヤーの顔から余裕の笑顔が消える。そして、まるで相対象のように、ソルディックは邪悪な笑みを浮かべる。
「買いますよ、この僕が。物資全部をこの値段で。」
そう言うとソルディックは、懐から1枚の明細を取り出す。
「ご・・・5000万ゴールドだと?一介の冒険者にどうしてこんな大金が。」
「王都の実家、複数の別荘を全て売却します。ギームさんの口利きで、高官職のドワーフを紹介してもらったところ、すんなり契約となりました。おかげでこちらも節税が出来て大助かりでした(笑)。」
ソルディックは、明細を持ってなお震えるメイヤーの手からひょい、と取り上げる。
「メイヤー=ローヴェ。貴殿がこの取引を望むなら、条件が必要だ。」
「じょ、条件?」
「僕をギルドのスポンサーに加える事。なお、登録名は、モルゲス=ヘイドラー、とする。」
「例のネクロマンサーを登録名に、かね。」
先程の心理戦から解放された安堵感もあり、メイヤーの表情が大いに緩む。
「彼の真の目的は不明ですが、古代エルフの女王を本の悪魔に吸い込ませ、立ち去った事こら強力な触媒を欲している事が伺えます。それもたった一人で。」
「続けてくれたまえ。」
「つまり、より強い何かを蘇らせようとしている。それは『カタストロフィー』に匹敵するかも知れない新たなる大厄災かも知れません。世界のどこかでとんでもない事を企む輩が跋扈する中、地上で戦争を再開する事ほど馬鹿げた話なんてありません。これが、僕達パーティの総意です。なお今回、貴方に「実」を語ったところで僕に勝ち目はありませんでしたから、「利」で勝負させてもらった事はお許しください(笑)」
「いや、私の完敗だ。北王の南進政策が1日でも遅れるよう、協力させてもらうよ。」
「ありがとうございます。それに、冒険者の敵を名乗ったはずが、冒険者の賃上げの救世主として感謝されてしまうのを想像してみてください。」
「確かに、そう考えると間抜けな話になりますな。」
大いに笑うメイヤーを見て、ソルディックは思う。
(ケイン、北王は何とか僕達で止めて見せる。君はモルゲス捜索に合わせて、南王領の実情を知って欲しい。君なら、きっと共に豊かに暮らす道を見つけられる。そしてヴァネッサ・・・もし君がこの戦いの表舞台に立つというのなら、僕は君の敵になるしかない。)
再び時は戻り、シュロス達が旅立って4日後の南王領王都。
「何か御用でございましたか、ヴァネッサ様。」
ヴァネッサの私室に姿を見せたのはスザリ司祭長だった。
「ああ。父上の様子は?」
「それはもう、精力的に人口推計の調査書に目を通しておられました。」
「また不正か。賢王時代と同じ手口が未だに通用すると思う愚か者ばかりだな。」
「王も嘆いておられました。」
「本題に入ろう。この時間に呼んだのは他でもない。ルフィア達の件だ。」
「はい。明日にはマーハルに到着するものと。」
「いや、彼女達はマーハルには行かない。」
「今なんと?」
「彼女達が向かったのは、地方都市ミュッセル。お前の故郷だ。そして、『ハーベスター』
達の本拠地。目的は何だ、裏教会の教皇殿。」
「いつ知ったのです。」
「ずっと怪しいと思っていたさ。だが尻尾を出さない以上、父上に諫言する訳にはいかない。だからお前がクレミアをルフィアに紹介した、という話を聞いた時、動きがある、と踏んでいた。」
「私は、クレミアを紹介した司祭長とは面識がございません。疑うべきは彼の方かと。」
「お前が王都全ての司祭長とは面識が無い、とか本気で私が信じると思ってるのか?」
「いえ、滅相も無く・・・」
「この時点でメルルン、というカードを持っていたのが幸いした。彼女が言うには、人には、様々な色相のオーラがあるんだそうな。で、後日彼女が担ぎ込まれた時、先に物陰からクレミアのオーラを覚えてもらい、同じ色が集まっている箇所を探索魔法で調べてもらった。
彼女と同じ聖霊の色をした人間・・・『ハーベスター』が何故か集まっている場所を、だ。」
「は、はわわ・・」
「聖霊、は単一で全部同じ色になるんだってさ。ハイ、ネタ晴らし終了。」
「しかし、集団のハーベスターには彼女達でも勝てますまい。」
「さてね。で、だ。スザリ、どうせなら表の教皇にならないか?」
「その意図は?」
「言葉通り。ただし、王の下だ。同格でも格上でもない。」
「それはもちろんでありますが、何故私めに?」
「理由は単純。お前は使える。民に心の安寧を説くのはお前に任せる。私は父上が亡くなった後、王位を獲る。」
「しかし、厄介な事がございまして。」
「何だ?」
「『ハーベスター』の術式のほとんどは、実はある魔術師の手によるものでして。その者の所在は今も判らず。」
「その魔術師の名は?」
「モルゲス=ヘイドラー、と名乗る男でした。北方の訛りが強い男でしたので、恐らくは魔法学院の者かと。」
「私もその学院の者だが?」
「こ、これは大変失礼な事を。」
「私の同期では聞かない名だな。ソルなら判りそうだがなぁ。」
ヴァネッサは、何かを忘れる様に頭を強く横に振る。
「いかがなされましたか?」
「私にだって悩みくらいはあるぞ?」
「これは大変失礼を。」
「最後に、ダベルフに暗殺者とか送っていないよな?」
「・・・実は既に何度か『ハーベスター』を屠られておりまして。」
「はぁ?アイツの護衛部隊が何者か、全く知らないの?」
「生憎、荒くれもの共の事はさほど詳しくは無く、はい。」
「完全にガード固めてるわよ、ダベルフ。折角、彼女達に私からの詫び状持たせたのにどうするのよ、これ。」
「して、その護衛部隊とは?」
「大金積んで、騎士団団長クラスを10人くらい引き抜いたのよ。戦争になれば、元の配置に返す条件を付けてね。・・・中でも、第4騎士団団長、アンリ=ロレーンは、その強さも群を抜いて高く、騎士団から賞賛を込めて、聖騎士アンリ、と呼ばれているわ。」
同刻、マーハル大聖堂。
「今日は俺がいただく!」
「いーや、オレの方が先だっ!」
一人の『ハーベスター』に対し、挟撃をかける二人の戦士。
(な、何故じゃ、何故このスピードをあの鎧姿で上回るんじゃ!)
「そーれは、俺達が強いからですねぇ。」
一人の戦士が『ハーベスター』の持つ鎌に強烈な一撃を当て、相手の動きを止める。
「悪霊よ、冥界へ還れ。“解呪”(ディスペル)!」
もう一人の戦士が彼女の顔に除霊の呪文を放ち聖霊という悪霊は冥界の淵へと沈んでいった。
「大丈夫ですか、おじょ・・・」
除霊を行った戦士が、爽やかな笑顔で女性を救い上げようとしたが、その時すでに別の戦士が先ほどまで『ハーベスター』だった女性を抱き抱えていた。
「私・・・頭が・・・何故大聖堂に。」
「きっと神が貴女を救うために、この場所を用意したのでしょう。貴女は救われました。この南王騎士団に。」
「まぁ、本物の騎士様なのですね。」
「ええ、幸い宿も近くにあります。そこまで一緒に行きましょう。」
「ありがどうございます、騎士様」
騎士は、ヒシ、としがみつく女性を優しく撫でると、後続の男連中に、
「じゃ、俺はお先に一抜けな。」
と爽やかな笑顔で去っていった。
「おい、ロジャー!お前、何も手伝ってないだろ、そこ変われ!」
「しゃーねーわ、ラーク。余り者同士仲良くしようや。」
「俺はっ、騎士を夢見て騎士になったのに、何で傭兵稼業ばっかり回ってくるんだよぅ。」
「それ、後ろで控えてる聖騎士様にも言えるか?」
二人の背後には、祭壇前で鎮座する漆黒の甲冑に身を纏った戦士の姿があった。
「ゴメン、ムリ。でもよ、ケント、何で聖騎士様がこんな汚れ仕事受けてるん?」
「何でも最初の『ハーベスター』の娘を両断した際に物足りなかったらしく、面倒になって俺達も招集したらしい。」
「ああ、何でその娘救えなかったんだろう。どうか安らかに。」
「そろそろ手ごたえのある相手が来てくれないと、オレ達の心が休まらないんだよなぁ。」
今日も、聖騎士はただ静かに叩き伏せるに足る敵を待つ。
同時刻。深淵なる、闇の底。
一人の男が巨大な建造物を見上げている。いや、巨大故に建造物と勘違いしてしまったか。
見上げているのは、眠りにつく1体の龍であった。
「まだ、目覚めないか。前回の目覚めから1000年は過ぎようとしている。まだ、人の魂を喰い足りないか。聖霊も、エルフの女王の魂も、悪魔、魔物、まだ喰うのか。」
男は龍に身体を預け座り込む。
「だがそれが愛おしい。愛おしい、とはこういう事なのだな。」
男は両手を上げ、神に願うかのように告白する。
「私は炎が見たい。全てが滅ぶ『カタストロフィー』を見たい。その最後の観客となる事を切に願う。燃え、潰れ、泣き叫び、滅びよ!全ての生きとし生けるもの共よ!しかる後、私は『屍の王』となる。」
男は立ち上がると、再び龍を見やる。
「宵の時。死人どもを扱うには丁度よい狩りの時間だ。私はお前の目覚めの時に立ち合える事を切に願う。今度はより高潔な魂を手に入れてこよう。来たるべき時まで眠れ。厄災の龍、【カラミティ・ドラゴン】よ。」
第九話 プロフェッショナル
さて、今日もこの場を訪れてくれた君にまずは感謝を。前回においてその目的の意図が明かされたモロゾフだが、彼は破滅型の悪役といえよう。それ故に純粋で迷いが無い。他に選択肢を持たないからだ。しかし冒険者達は違う。選択肢を持つが故に、迷い、時に涙する。
では始めよう。冒険者達の物語を。
南王領地方都市ミュッセル。南王領の西方に位置し、さらに西方にはエルフ達の支配領域となっている“女神の森”が拡がっている。森から流れ出す風は、周囲の気候を温暖に保ち、作物も豊かに育てる事で知られ、南王領の穀倉地帯の一角となっていた。しかし都市と言えど、マーハルの10分の1にも遠く及ばない人口5000人ほどの町。ところが、路地は驚くほど整地されており、貴族の別荘もそこらかしこで見受けられ、のどかな雰囲気とは不釣り合いな光景を映し出していた。
ルフィア達が王都を出て4日目の日中、メルルンを先導役に彼女達はこの町を散策する。
「素敵な町ね。復興の手本になるわ。」
ルフィアは目を輝かせ、周囲の建物に目を配る。
「そりゃ、王都の司祭長の出身地ならお布施も沢山入るだろうさ。それでも、乞食すら姿を
見ない、ってのも相当なモンだけどな。」
フィリスは感心しつつ、道端で遊ぶ子供たちに声を掛ける。
「ぼうず、楽しいか?」
「うん、楽しいよ!」
その言葉にフィリスは頷くと、ルフィアに向き直り、告げる。
「私たちも作るぞ。この街に負けない、新しいラインフォート領を。」
「ええ、そのつもりよ。」
「そういや、さっきからどこに向かってるのさ、メルルンちゃん。」
「待ち合わせの酒場ですぅ。時間調整で散歩してたのですぅ。」
「へぇ、誰と?」
「ヴァネッサ様の間者ですぅ。ダベルフ大司教のライバル、スザリ司祭長が南王様を動かし失脚させる様動き始めた、ってデマを流すよう依頼されたのですぅ。」
「・・・気に入らねぇな、やっぱ。」
「何がですぅ?」
「スザリとかいうジジイが現状無罪放免な事が、さ。憑依された女神官ちゃん達は意図せず、人の限界を超えるスピードで戦わされた。それこそ壊れるまで。彼女達の受けた痛みの償いは、元凶を作ったあのジジイに償わせるべきだ。」
「ヴァネッサ様は考えてますよぉ?」
「どーだか。」
「ぼろ雑巾になるまで使い潰す、って言ってましたぁ。」
「やるだろなー、あの姉さんなら。」
「シュロス。」
不意にクレミアが声を掛ける。
「どわっ、な、何でしょう?」
「お前がスザリ司祭長様を憎むのは分かる。しかし、司祭長様は、施術前に必ず全員に確認していた。『全てを北王領への復讐に捧げる、と誓えますか。その手を血に染めるとしても。』と。聖霊が降りるのに若い女性が適任だったのは単に偶然だった、と私は思う。私は無力な自分が悔しかった。お父さん、お母さん、友達、ラインフォート村を焼き、殺し尽くした北王軍を許せなかった。だから志願した。彼女達の大半は先の戦争の犠牲者。シュロス、はっきり言ってあげる。お前は部外者だ。力は貸せても、一度染まった心の闇を晴らす事は出来ない。」
「それでオレが君を諦めるとでも?」
「もう少し分別があると思ったが。だがどうあがこうと、この先にお前が出来るのは、戦う事だけだと思え。」
「オレの考えは全く違うぜ、クレミアちゃん。」
シュロスの真剣な眼差しに、クレミアは諦めたように嘆息する。
「君が戦争の被害者となったのは、まず北王がラインフォート領を欲して軍を進めたからだ。そして当時のラインフォート領主、ルフィアちゃんの父親が戦において無能だった。」
「父上への侮辱は聞き捨てなりませんね。」
ルフィアが二人の会話を聞き、割って入る。
「丁度いい機会だからな、この辺でブチ撒けておこうと思ってね。」
シュロスの言葉にクレミアとルフィアは沈黙で答える。
「以前、ソルディックが、オレの事【ウロボロス】、と呼んだのは覚えてるかい?」
「ええ、でも自称【ウロボロス】は、南王領でも野盗が箔をつける為の方便で使用するでしょう?」
「オレは正真正銘、先代から名を継いだ【ウロボロス】・・・奇襲乱戦裏切り何でもござれの傭兵団【ウロボロス】の元団長なのさ。」
『!?』
シュロスの発言に驚く二人。
「でも、何故今冒険者を?」
「背乗り(はい の)、さ。」
シュロスは乾いた笑いでルフィアの質問に答える。
「背乗り、って?」
「身元を隠す為、シュロスって盗賊を殺して成り済ました。だから、冒険者と名乗る事も簡単だった。ギルドに名前さえ登録してあれば、それで冒険者だからね。だけど、論点はそこじゃない。君の父上を無能、といったのは戦場に駆けつける事が可能な距離に駐屯していた南王第四騎士団からの支援を断った事だ。まぁ、オレみたいな野盗崩れなら自前の軍で勝てる、と踏んだんだろうけどな。」
クレミアの鋭い一撃がシュロスの顔を直撃する。
「お前か!お前が村を・・・」
「最後まで話聞こうぜ、クレミアちゃん?」
クレミアに殴られた事に特に動揺する様子もなく、シュロスは話を続ける。」
「その時のオレの部隊の役目はラインフォート軍を引き付ける事。結局深入りした相手は、北王軍の増援との挟撃に会い壊滅。その勢いで北王軍は南下し、ラインフォート領の全域を手中に収めたってね。」
シュロスは、まるでお手上げかのように両手を上げ、話を続ける。
「それが2年前の話だ。オレ自身は村の虐殺に関わっていないし、ラインフォート領主の首級を上げた訳でも無い。ただ、戦う事への虚しさが強くなって団を抜け、冒険者に鞍替えした。そして今君達に、死んで詫びろ、と言われたら、それでもいい、と思っている。」
ルフィアはシュロスの告白に言葉を失い、震える指先をただじっと見つめる。
「話がそれちまったが、クレミアちゃん。君が幼児退行してお兄ちゃんに甘える姿、あれが君の本当の内面だと思っている。そんな無垢な心を持っていたはずの人々の死体の山をオレは見てきた。その事実に目を背け、選択肢の無い選択を迫ったセセリをオレは許せねぇ。」
「カッコ良く決めたところですけどぉ、セセリじゃなくてスザリ司祭長ですぅ。」
メルルンの言葉に思わず噴き出す、ルフィアとクレミア。
「休憩は終わりですぅ。もうすぐ酒場なのでそこでゆっくりするのですぅ。」
そして一行は、酒場で間者との合流を待つ事になった。
夕刻。人が集まり賑やかさが増してくる。
「何だかすごく落ち着きます。」
ルフィアが笑みを浮かべ、賑わいを眺める。
「おぅ、グラスこっちなのだぁ。」
グラスと呼ばれた厳つい体格の男は、目を細め一行に挨拶する。
「申し訳ありませんが、例の物を確認させてもらえませんか?」
「例の物?」
「ヴァネッサ様から預かった書簡の事だよぉ。」
「ああ、この印章の事か。」
ルフィアは荷物から書簡を取り出し、グラスに見せる。
「確かに、これはスカーレット家の印章。ではお返しします。」
返却された書簡を受け取り、ルフィアは話を切り出す。
「メルルンより、貴殿がマーハルの情報を持っていると聞いた。現在の状況を教えてくれないか。」
「はい、喜んで。」
~~~
「なるほど、ではダベルフ大司教の身の安全は確保されている訳だな。大司教といえども全ての貧民を救済出来るものでは無い。」
「問題は話を聞く耳があるかだな。」
フィリスが呟く。
「その為の書簡でしょう?」
「中身は逮捕状かも知れんぞ?」
「まさか、ヴァネッサ様がそのような強行に・・・。」
ルフィアの擁護に対し、黙り込むグラスとメルルン。
「何で黙るのですかー?」
「いえ、まあやりかねない方ですので。」
「言ってる事と行動が嚙み合わない性格の人は、よく見かけるのですぅ。」
「ううう・・・」
半泣きになるルフィアをなだめるフィリス。
「では、私はこれで。縁があればお会いしましょう。」
「はい、ヴァネッサ様によろしくお伝えください。」
「ご武運を。」
一行は酒場を出ると教会へと向かう。
「いよいよ本番、か。」
「決行は深夜。街の皆さんが寝静まってからです。」
「私の弓じゃ多分当たらない。シュロス、クレミアの力だけが頼りだ。」
「承知。一人でも多くの『ハーベスター』を止めて見せる。」
「大丈夫ですぅ。除霊なので、すぐに終わるのですぅ。」
『・・・え?!』
「ワッチは呪術師でもありますぅ。除霊なら得意中の得意ですぅ。」
メルルンの指定の時間まで待機する一行。
メルルンは荷物から水晶玉を取り出す。
「この球を月明かりが照らせば、終わりですぅ。」
4人は空を見上げる。見事なまでの曇天だ。
「いや、これさすがに無理だろ・・・」
シュロスが呟いた瞬間、月が姿を見せる。
「マジかよ・・・」
「聖霊よ、その魂安らかに眠らん、『魂の休息(ソウルズ レスト)!』」
水晶球が柔らかな輝きを放ち、教会全体を照らす。やがて、以前シュロスが見たあの聖霊が輝きを放ち、安らかな笑顔を浮かべ月明かりに向かって昇って行くのが、4人の目に見えた。
「何て、神々しい光。今まさに聖人達は聖霊となって天に帰られるのですね。」
「こんな私でも、女神様の存在を信じたくなるよ。少なくとも、ルフィアと逢わせてくれたのは、きっと女神様のおかげだ。」
「いや、俺たちがさっきまで滅ぼす気マンマンだった元凶なんですがね、あいつら。」
そんな中、クレミアが一人教会の中へ駆け込んでいく。
「あ、そうですぅ。除霊を受けた人は、呼吸が止まってしまう事もあるので、気道確保をおねがいしますぅ。」
「気道確保・・・!よし、オレも行く!」
何を感じたか、猛烈な勢いでクレミアを追うシュロス。が、クレミアは全体重をかけた回し蹴りをステップを効かせてシュロスに叩き込む。
「貴様の考えなどお見通しだ。彼女達の蘇生なら私の回復術で十分。」
「こんなに強くなって・・・お兄ちゃんはうれし(ガシュ)」
止めの踏み抜きを喰らい、シュロスは倒れた。
「メルルンさん、これからの予定は?」
「はい、今度こそマーハルへ向かいますぅ。」
「分かりました。引き続き、ご同行お願いしますね。」
「もちろんですぅ。」
「あ、月が・・・」
フィリスが呟くと、月が再び雲に隠れていく。
「何か、来るです。」
「メルルンさん?」
「とても恐ろしい誰か。そしてとても怒りの感情に満ちています。早く離れないと危険です。」
「大丈夫か、お前らしくないぞ。」
フィリスがメルルンを落ち着かせようと背中をさする。
「違うのです。本当に、本当に!」
「神官たちの蘇生は完了した。何があった?」
闇夜の一角が捻じれ曲がる。その隙間から姿を見せたのは禍々しい本を持った一人の魔術師だった。
「誰だ、誰が私の狩場を荒らした?」
明らかに怒りのこもった声音で一行に問いかける。
「あの聖霊を除霊したのは、貴様かぁ、ドワーフ!」
「彼らは現世を離れ、女神の身元へ旅立ちました。貴方こそ、彼らを利用して何をするつもりですか!」
メルルンを庇い、ルフィアは毅然とした姿で、魔術師と対峙する。
「ほう。素晴らしい、実に素晴らしい魂の輝きだ。冒険者よ、名を聞こう。」
「私は冒険者ではありません。名は、ルフィア=ラインフォート。南王領ラインフォート領領主にして、南王陛下に忠誠を誓う者です。」
「冒険者では無かったか。なればこその“高潔なる魂”とするならば、納得というもの。」
バシュ!フィリスの矢が、魔術師の身体を貫く。しかし、その身体は幻となって消えていく。
「名乗り上げの最中に邪魔をするとは、部下の教育までは行き届いておらぬようだな、ルフィア嬢。」
「うるせー、魔術師相手に卑怯もへったくれもあるかよ!」
「確かに、その通りだ。」
再び、虚空に姿を見せる魔術師。
「部下を持つなら、死者に限る。この様に。「彷徨う亡者よ、来たれ。『亡者顕現(ビカム アンデッド)』!」
男の詠唱が終わると同時に、浮遊する亡霊がたちまちルフィア達を取り囲む。
「ルフィア以外の者。逃げるなら今だけだ。私はこの町ごと死の町として戴く。そして知るといい、私の名を。私の名はモルゲス=ヘイドラー。死霊術師にして、“全ての冒険者の敵”だ。」
「だとよ。クレミア、フィリス、メルルンを連れて逃げろ。」
「出来る訳が無いだろう、この状況で。」
クレミアが、シュロスに強く反発する。
「除霊が得意なメルルンが恐怖で動けない。解呪出来るのはお前しかいないだろう?」
「あっ・・・うかつだった、すまない。」
「殺しはプロに任せておけって、な?」
「うん。」
「よし、いい子だ。」
クレミアを見送った後、シュロスは再びモルゲスと対峙する。
「待たせてすまねぇな!おい、モルゲス、この中で冒険者を名乗るのはオレしかいない。つまり敵はオレだけって事だ。仲良く殺ろうや?」
「下らぬ。貴様のような盗賊ごとき、この一指しで十分。塵となれぃ『塵灰!』」
しかし、呪文は効果を発する事は無かった。
シュロスの懐から、灰となった耐魔用護符(アミュレット)がこぼれ落ちる。
「耐えた?バカな!」
「じゃあ、次はこっちの番かな?」
シュロスはかかとを軽く鳴らすと高く跳び上がり、そのまま飛翔する。
「何故、盗賊の貴様がここまで飛べる?!」
「大盤振る舞いだ、こいつを喰らいやがれ!」
そう言うと、シュロスは、右に挿した指輪をモルゲスに向ける。
「大魔法の一つ、“大解呪”。指輪よ、ヤツの強化魔法を全て吹っ飛ばせ!」
「あ、あぁぁぁぁぁ!!」
飛行の魔法が解けたモルゲスは真っ逆さまに地上へ落下していく。
そして、その落下位置目がけて、シュロスの剣が突き刺さる。
「ぐけぁぁ!!」
「テメェが何者かは知らねぇけどよ、挑発に乗って最初の一撃をオレに撃ったのは悪手だったな。」
そしてそのまま、容赦なくモルゲスの首を刎ねる。
気か付けば、亡者達の姿は、跡形も無く消え去っていた。
「クレミア、王都に戻れ。この首持って。ひょっとしたら指名手配犯かも知れねぇ。」
「何故私に?」
「蘇生した女神官たちの事も放っておけないだろ?メルルンの状態の事もある。全員を連れて行くにはお前が一番適任だ。」
「そ、そうだね。」
「ん?どうかしたか?」
「何でもない、指示に従う。」
クレミアは、そそくさとシュロスの元を離れ、教会へと向かって行った。
「おーい、フィリス。手伝ってくれ。」
「何をだ?」
「モルゲスの死体と持ち物、全部燃やすから油ビン分けてくれ。」
「こいつ結構高そうなもの持ってそうじゃね?」
「多分、全部呪われた品物。憑りつかれるぞ、きっと。」
「大いに納得。持ってくる。」
こうして、本の悪魔はモルゲスの死体ごとシュロス達に知られる事無く、無事灰となったのであった。
シュロス達三名は、翌朝クレミア達を見送った後、馬を手に入れるべく街中を散策する。
「しかし、不思議だな。」
「何がだ、フィリス。」
「いや、てっきり向こうに行くと思った。お前の望んだハーレムパーティーじゃん。」
「こっちも同じだろう?」
「性別的にはそうだろうが、私とフラグでも立てたいのか?」
「お前は?」
「質問を質問で返すのは卑怯だろ!」
「まぁ、単純に王都の方が危険低いと思っただけさ。」
「盗賊の勘、か。」
「少なくとも、それでオレは生きてきたからな。」
「ルフィア落ち込んでるぞ。励ませよ。」
「あの手の気狂いには関わらない方がいい。彼女の事だ、落ち込んでいる暇は無い事くらい、すぐに気づくさ。」
フィリスは毒づく。
(お前との場数の違いに落ち込んでるんだよ、バカヤロウ)
こうして3人は装備を整えた後、マーハルに向けて進路を東へと進めるのだった。
闇。ただ闇の中。
(私は死んだのか。何故、自我を保っているのだ。)
困惑の中、やがて巨大な瞳が彼を出迎える。
(お前か!お前が私を呼んだのか。死の世界ではお前は目覚めていたのだな。)
瞳が二度三度、動きをみせる。
(そうか、お前は私を欲してくれたのだな。嬉しい、ただ嬉しいぞ。)
彼はふわりと漂いながら大きな口の前に立つ。
(さぁ、存分に食すといい。そしてその瞳で私にも見せてくれ、お前の楽園を)
ガブン!
彼を大きく一呑みした龍は、満足げに再び眠りにつくのであった。
第十話 聖騎士VS元兵卒
さて、今日もこの場を訪れてくれた君に感謝を。前回、魔術師モルゲスがあっけなく退場した事に拍子抜けしたかも知れない。だが、魔術師との勝負とは切り札を先に切られた時点で終わりなのだ。そして物語は終盤へと進んでいく。生き残った彼らの選択は如何に。では始めよう、冒険者達の物語を。
ケイン達が新たな仲間を得て5日。そのリーダーは頭を抱えていた。
「情報収集がこんなに困難だとは、思いもしなかったぜ。」
「少しは思いなさいよ。魔術師の足跡なんて、ソルディックでもなければ簡単に掴める訳ないじゃない。そもそも、何らかのツテはあったんでしょう?」
シアナの厳しい言葉に、ケインは言葉を濁す。
「い、いや、マーハルの街の規模ならギルドくらいあると思っていてさ。」
「この街では、冒険者稼業よりもっといい稼ぎ場があるのよ。」
「なら、そこで情報聞けば・・・」
「用心棒なのよ、商人達の。」
「あ、そうか。・・・ってそれじゃあ、ここの連中、情報の共有とかは?」
「しないわよ。あっても出さない。依頼人の身を守るのが優先だから。」
「クッソ!じゃあ、丸々無駄足って事かよ。」
「そうでも無いでしょ。アタシの父さんやガロア牧師と面識を持てたじゃない。ソルディックやギームにしろ、ケインやティムに見聞を広げさせる為、敢えて引き留めなかったのだと思う。」
「確かに、俺はこの国をもっと知るべきだ。北も南も、ティムより年少の子供が親方に従って働いているが、南からは悲壮感は感じられない。」
「報酬があるからね。北では真面目に働いて報酬を稼ぐ事が出来るのは、職人のドワーフが大半。確かに、落ちこぼれて犯罪に走る子供は、どっちの国も多いけど必要以上に暴力を振るう子供は北の方が多かった。あの子もそう。」
「あの子?」
「シュロスよ。」
「・・・いつの話だ、それ?」
「たぶん、15年くらい前。まだ南北間も自由に行き来が出来た頃ね。当時アタシは国境辺りを一人旅してた。で、恐らくあの子が組織した強盗団に襲われた。」
「シュロスって俺と同じぐらいの歳だろう?」
「その当時が11,2歳前後だとすると、ケインよりは年上かもね。で、アタシは彼らをボコボコにした。それが最初の遭遇。南の内乱時は、アタシは北で過ごした。人間族やドワーフ族の戦争に巻き込まれたくなかったし。そこでギルドを知ったアタシはギルドに加入した。退屈しのぎに、ね。」
「次にヤツに会ったのは?」
「ケインがアタシを置いて依頼受けて出ていった時。だから一年半くらい前になるかな。その時に初めてシュロスと名乗って、アタシと共闘した。彼と組んだのは一つの案件だけだったけど、剣の腕は恐ろしいほど上達していた。盗賊としてパーティーを組んだけど、そっちの意味では全く役に立たなかったけどね。ホント、よく分からないヤツ。」
「ふぅん。」
ケインは目じりを緩め、シアナを見つめる。
「な、何よ。」
「いや、シアナが誰かを“お姉ちゃん”みたいに話すを見るのが新鮮でさ。ティムには近所のオバサンみたいにしかりつけるのに。」
「だぁれがオバサンですってぇ。」
「そういう切れやすいところだと思うが?」
スパァン、と綺麗な右ストレートがケインの顎を直撃する。
「切れやすい女で悪かったわね。」
「相変わらず、良いパンチだ。」
ケインは、苦笑いで顎を擦る。
「ケイン、シアナ、戻ったよ!」
ティムが、ヘイニーグ、ガロア牧師と共に酒場に戻り、5人は合流する。
「何か、新しい情報は掴めましたか?」
ケインの問いに、ヘイニーグは答える。
「臭くて仕方なかったこの空気も、慣れてしまえば気にならぬものだな。特に我らの里では、味付けは塩と香草主体だが、人間族の香辛料文化は実に素晴らしい。いや、今日も美味な食事に出合えた事に満足至極だ。」
「おい、このオッサン本当に役に立つのか?」
「火力は折り紙付きよ。他は期待しないでね。」
「オマエなぁ・・・」
ケインはヘイニーグに丁重に礼を言い、今度はティムに問いかける。
「ティム、今日はどうだった?」
「今日は、ガロア牧師の教会で色々な計算式を教えてもらったよ。数学って面白いね!」
「は?」
「ケインさん、宜しいでしょうか。」
ガロア牧師がケインに話しかける。
「ええ。」
「この数日、モルゲス=ヘイドラーなる魔術師について調査はしましたが、すでに報告した通り、10年の内乱による影響で記録の大半が喪失しており、手を付ける算段がありません。
ですので今日は、ティム君に楽しく教育を受けてもらい学問に興味を持ってもらう事に専念し、彼の未来の選択肢を増やす為の一日とさせて頂きました。」
「ガロア牧師の考えは理解しますが、今はパーティーとしての行動を・・・」
「それにつきましては、一つ提案があります。」
「え?」
「この街の最高権力者に聞きだすのが最も早いかと。」
ガロア牧師はその笑みを崩す事無く、ケインに進言する。
「えぇ・・・。」
「私は行かぬ。濁流派大司祭の醜い作り笑いなぞ見るのもおぞましい。」
「でもお父さん、時の権力者が食べる料理ってちょっと興味ない?」
「ぬ・・・。仕方あるまい、付き合うとしよう。」
(さすが娘。扱い慣れてるなぁ。)
ケインは苦笑しつつ、皆に声を掛ける。
「どうせ昼に行ったところで追い出されるのがオチだ。このまま、深夜に全員で大聖堂にお邪魔させてもらう!」
夜。曇天の中、大聖堂へ向かう5人。
「そういえは、今日は騎士と神官のカップル見なかったわね。」
「そういえば、そうだな。悪い夢から女神官を救い出した騎士様か・・・クレミアも本来なら彼女達のように救われるはずだった。」
「南王騎士団は動かなかったんだったね。そういえば。」
「生存の可能性が限りなく低いのは自覚している。だけど俺は諦めない。絶対に、だ。」
大聖堂。通常であれば多くの人々が豊饒の女神像を前に、祈り讃えるこの大広間も今は人影も無く静まり返っている。
「待て、ケイン。」
ヘイニーグは、大広間へ足を向けるケインを止める。
「何か感じましたか。」
「聖域(サンクチュアリ)結界ですね。この呪文は外敵侵入者に弱体化魔法を付与し、内部の者に警告を発します。そして、厄介にもこの結界は無力化された場合でも警告は内部の者に必ず伝えるのです。」
「おお、ガロア牧師、解説をありがとう。神聖魔法は余り詳しくないのでな。同士がいるのは実に頼もしい。」
「で、この結界、破壊可能なのですかね?ヘイニーグさん。」
ケインの質問にヘイニーグは鼻高々に答える。
「無理じゃな。」
「どういう事だ、オッサン。」
「ガロア牧師も言ったであろう、無力化、と。無力化とは、結界外から誰かが魔力で結界を相殺する事を指す。その様な魔力はシアナには無い。よって私が結界を無力化しよう。なあに、夜が明けるまで程度なら持ち堪えられる。」
「いや、それじゃあヘイニーグさんの守りは・・・」
「私が責任をもってお守りします、ケイン君。」
「ガロア牧師。・・・頼みます。」
「では結界を無力化するぞ。」
ヘイニーグが呪文を詠唱すると、聖堂の入口が大きく揺らめく。
「行って来い、3人よ。」
『はい!』
ケイン、シアナ、ティムの3人は一斉に大広間へと駆け込む。
大聖堂内、大広間。
「静かだね。」
ティムが呟く。
次の瞬間、天井にある太陽を形どった紋様が光を放ち周囲を照らす。
「うぉっ!」
「キャっ!」
「うわっ!」
三人が細目で辺りを見ると、3人の鎧姿の男がいがみ合いを始めていた。
「おい、『ハーベスター』じゃねぇじゃん、どうなってるんだよ、ラーク!」
「オレが知るかよ!しかもよりによって盗賊崩れの冒険者じゃん、全部ケントのせいだ!」
「俺に振るなよ。仕事は仕事だ。キッチリ頼むせ、お二人さん。」
ケインは前に進み、三人に話しかける。
「アンタ達、その意匠、南王騎士団だな。何で大聖堂にいる?」
「ダベルフ大司教の警護さ。騎士団って言っても給金なんてたかが知れているからな、副業さ、副業。」
「そっちこそ、金に困って大聖堂に忍び込んできたクチだろう?」
「アタシ達はダベルフ大司教に直接聞きたい事があってココに来たの。邪魔するのなら南王騎士団だろうが蹴散らすわよ!」
「威勢がいいお嬢さんは好みだぜ。私は南王第二騎士団所属 チャコール=キャスター。及ばずながら、お相手致そう。」
「おい、勝手に名乗り上げるなよ。しゃあねぇ、そこの大男、俺が相手してやる。南王第五騎士団所属 ラーク=ライト。チビだからって舐めると痛い目見るぜ!」
「で、オレはそこのチビか。南王第六騎士団所属、ケント=モーリス。ガキに油断する大人と思わない方がいいぞ。」
「アンタらに名乗る名は無いわ。さっさと終わらせてあげる!」
「・・・(この人達、本当に強い。ボクに止められるのかな。)」
「俺はケイン。ケイン=ラインフォート。元南王第四騎士団所属の兵卒だ。」
双方が武器を抜く。こうして大聖堂での真夜中の死闘が幕を開けた。
ラークはその自慢のスピードを生かして、ケインの死角を突く。
「ちぃっ!さすがに、言うだけの事はあるぜ。」
「どうしたぁ?その大剣は、ブン回すしかできねえのかっ!」
ケインは、大剣の刃先が地面に付くまでに剣を下ろし、左下段の構えでもってラークの攻撃に耐える。
「そこからじゃ届かねえだろ、首元がガラ空きだぜぇ!」
「そうだな!」
右の首元を狙ったラークの一撃は確実にケインに届いてた。しかし、なお早く、ケインの渾身の下段斬りがラークの胴を真っ二つに叩き切っていた。
「アンタは確かに強かったが、相手を嬲り殺す事がカラダに沁みついてたのが敗因だ。おかげで、アンタの間合いを掴めた。じゃあな。」
シアナは精霊を使役し、キャスターの手足を拘束する。
「ぐぅぬぬぬ・・・」
カラン! キャスターの手から剣が転がり落ちる。
「アタシは無駄な殺し合いをするつもりは無いの。大人しく引き下がりなさい。」
「それはこちらも同じこと。聖なる槍よ、敵を貫き勝利を女神に捧げよ。『聖槍突撃(ホーリー・ラッシュ)!』」
「神聖呪文?あぐっ・・・」
シアナの背後から白い光を帯びた槍が彼女の腹部を貫く。
彼女は力なく膝をつくと、その血で聖堂の床を染め上げていく。
「これで立場は逆転だな、エルフの女。飼ってやる気でいたが、貴様は危険だ。処分する。」
キャスターが剣を再び拾い上げる。
「ゴメン、ケイン・・・」
だが、次の瞬間床に崩れ落ちたのはキャスターの方であった。
「ケイン!」
「まだ、生きているか?」
「ちょっと、ヤバイかも・・・」
ケインはシアナの肩を担ぐ。
「一旦引くぞ、ガロア牧師に治療を頼もう。」
「・・・」
しかし、シアナの意識は次第に薄れ、ケインの呼びかけにも応じなくなっていく。
「今更逃げる気か?この子供を見捨てて。」
ケインの前に投げ出されたのは、ボロボロにまで刻まれたティムの身体だった。
「ティム!」
「死んではいない、だが時間の問題だ。」
ケントは、剣を抜くとケインを見据える。
「二人の仇は取らせてもらうぞ、ケインとやら。」
(どうする、俺一人で三人目の騎士団連中を倒せる自信は無い。でもやらなきゃ、二人が死ぬ・・・)
「そうか。ならば、その首貰い受ける!」
ガシャン、ガシャン、と甲冑の音が次第に近づいてくる。
現れたのは、漆黒の鎧に身を包んだ一人の男。
「聖騎士殿・・・」
ケントは振り上げた剣を下ろし、聖騎士に詫びを入れる。
「下がれ、ケント。」
聖騎士はシアナとティムに癒しの魔法を唱える。
「仲間の命はこれで助かるはず。盗みなど考えず、これからは陽の当たる道を進む事だな。」
「何故彼らの命を救うのです?我々は二名も仲間を失ったのです、この者は何としても裁かねばなりません。」
「一介の騎士団員が、この俺に諫言するのか。その二人が散ったのは単に弱かっただけに過ぎん。それまでしてこの者と戦いたいのであれば、まずこの俺を倒せ。」
「・・・二人の亡骸を弔います。」
「ちょっと待てよ、勝手に話進めてるんじゃねぇぞ!」
「君は、俺が誰か知っているはずだが・・・?」
「忘れる訳無ぇ、2年前の戦争で指揮官だったアンタを。」
「聖騎士様、この者は元第四騎士団の兵卒ケイン=ラインフォートと名乗っておりました。」
「アンタの名声なら、ラインフォート領主の命令を無視してでも、ラインフォート領に進軍出来たはず。現に多くの兵士から援軍を願い出た。何故あの時動かなかった!」
「ラインフォート領主には、息子はいなかったはずだが。親族の者かね?」
「ラインフォート村から騎士団に志願した志願兵だ。領主とは縁もゆかりも無ぇ。あの戦争で行方不明になった妹を探す為、敢えてこの姓を名乗らせてもらっている。」
「では聞こう。君の望みは何だ。」
「俺と戦え。勝ったら俺の話を聞いてもらう。負けたら好きにしろ。」
「面白い若者だ。ケントよ、大司教を叩き起こして来い。この者との立会人にさせる。」
「今からですか?」
「嫌なら構わんのだぞ。」
「いえ、今すぐ呼んで参ります。」
「その間に仲間を外に連れて行って構わないか。牧師が待っている。治療を受けさせてやりたい。」
「好きにしたまえ。」
ケインは二人を連れて外へ出る。
「ケイン君、その傷は!」
「俺はいい、二人の治療を頼みます。」
「君はどうする気かね。」
「私用が出来ました。パーティーは解散にします。」
「私用?」
「ええ、“私闘”です。ガロア牧師、くれぐれも二人を頼みます。」
そう言い残し、ケインは聖堂へ足を向ける。
「戻ってきたか。」
「ああ、逃げる理由は無いからな。」
「一つ聞くが、君は強盗目的でこの場所に侵入した訳では無さそうだな。」
「ああ、ある死霊術師の情報を求めてここに来た。モルゲス=ヘイドラーという男だ。」
「聞かぬ名だな。確かにダベルフ大司教なら知っているかもしれんが、それは俺に勝ってから聞くといい。」
やがて、慌てて法衣を身に纏ったと思われる姿で、息を切らして2人の前に立つダベルフ大司教。
「一体、この夜中に何をさせるつもりじゃ。賊の警備は続けておるのじゃろうな。」
「ご心配なく。実はこの試合の立会人になって頂きたい。この者は、俺に土を付けるかもしれない若者です。もし、彼が勝ったら新しい警備兵としてスカウトする事を勧めます。」
「何と、それほどの者か。了承した。事の顛末、最後まで見届けよう、聖騎士殿。」
「御託は済んだか?ならさっさと始めるぜ!」
ケインは重心を落とし、低姿勢で聖騎士に突撃を仕掛ける。だが、その一突きは聖騎士の盾によって防がれてしまう。
「さすがに奇襲で一発、とはいかねぇか。」
「いい踏み込みだ。ではこちらも動かさせてもらおう。」
聖騎士は盾を巧みに使い、息をつく暇も無く、ケインの間合いの内側を取る。
「ちぃっ、その位置じゃ大剣の威力が出ねぇ。」
「そういう事だ。君には天性の強靭さがあるようだな。だが!」
ケインの必死の連撃も聖騎士の盾が悉くはじき返していく。
「上手ぇ・・・盾だけでここまで押し込められるとは、聖騎士の名は伊達じゃ無ぇ、か!」
ケインは聖騎士の盾を蹴り飛ばすと、再び間合いを拡げる。
「盾の圧力からよく逃げた。今の君なら南王騎士団正規兵として十分入団可能だろう。」
「その言葉は、あの戦争の最中に聞きたかったぜ、団長さんよ!」
再び、聖騎士に対し突撃を仕掛けるケイン。その動きに併せ盾を構える聖騎士に対し、直前で聖騎士の右側に軽く跳び、聖騎士の右斜め前に立つと、全身が悲鳴を上げるまで体を伸ばし、大剣を槍の様に突き出す。
「もらったぁ!」
ケインの大剣は聖騎士の右肩当てを直撃し破壊した。
しかし、決定打には至らず、逆に間合いを詰めた聖騎士はケインの喉元に剣の先を突き立てる。
「勝負あり!聖騎士アンリの勝利とする。」
ケインは、ガックリと膝をつき悔しがる。
「ケインよ。確かに俺は最後にお前の喉に剣を突き立てたが、突き刺す力は残っていなかった。この聖騎士を最後まで追い詰めたのだ。誇ってよい。」
「でも負けは負けだ。この戦いで得たものは何も無かった。」
「ダベルフ大司教殿、モルゲス=ヘイドラー、という男をご存じないか?」
「聖騎士殿、何故その名を?」
「知ってるのか、大司教!」
「ケイン君、仲間の方々も呼んできたまえ。」
一行は、ダベルフ大司教、聖騎士アンリの同席の元、モルゲス=ヘイドラーについての情報を得る。
「内乱の10年の時代、私は戦争物資の調達で莫大な財を成しました。スザリ司祭長の方は王都を中心に広く人脈を作って行きました。内乱では実に多くの人材が失われました。北王軍は、その間隙を突いて、2年前の戦争を引き起こしました。『ハーベスター』計画は元々は失った人材に変わる新しい兵器でした。そのプランの草案者の名が、モルゲス=ヘイドラー。ですが、彼の草案は難解で実現は皆無であるという判断が下され、スザリ直下の研究機関でさえ、絵空事と半ば忘れ去られた研究となっておった、と聞いております。生憎と私はこの者とは面識はありません。内乱の最中消息を絶ったとは聞いておりました。ですが、2年前、あの戦争が終わった直後、ヤツが現れ、『ハーベスター』を完成させたのです。私は、女神に背く愚かな行為だと強く非難しました。しかし、スザリが王姫ヴァネッサ様に近づいた事で、私の立場が逆に悪くなっていってしまったのです。そしてついに、『ハーベスター』
の刺客に私は襲われました。元々、聖騎士様に護衛役を依頼していた私は難を逃れましたが、
身の安全を第一に考え、騎士団員を増員し昼夜護衛をお願いしていた次第であります。」
「『ハーベスター』として憑依した聖霊は除霊が可能だ。なら、神聖魔法を多少使える騎士団員でも十分対応可能と考えたまでの事。」
「騎士様と女神官のカップル増加は、それもあったのね。」
すっかり回復したシアナが、感心したように呟く。
「ケイン君、スザリ司祭長をこの大聖堂まで連れてこよう。あの男が今回の首魁だ。騎士団も二名の人員を失う事になった。放置しておく訳には行かぬ。」
「良いのですか?聖騎士様自ら行かれるなんて。」
「スザリの持つ権力は強い。俺以外にヤツを表に引きずり出せるのは、南王陛下だけさ。」
「ありがとうございます。」
「出来れば、復員の件、考えておいてくれたまえ。君ならすぐにでも副団長に推薦しよう。」
「・・・考えておきます。」
「何、騎士団に戻るの?」
「ああ、元々の夢だしな。」
「アタシの夢はどうなるのよ。ケインと一緒に色々な冒険がしたい、って夢。」
「ヤダよ、ボクもまだケインと一緒に旅をしたいよ!」
「私は一度教会に戻ります。旅をする気になれば、いつでもお声をおかけください。」
「私はしばらくガロア牧師の教会に世話になる事に決めた。いつもで話は聞くぞ、若者。」
ケインは彼らの励ましに対し、ただ頷くだけだった。
「ケイン、俺の不在中に代役を頼む。ケントも部隊に戻らせる。俺と同じだけの給金は大司教に約束させた。」
「い、いえてすね。それは聖騎士アンリ様の実力を買っての事で・・・」
「払え。」
「判りました・・・」
「『ハーベスター』は、まだ現れる、と?」
「分からん。が、お前なら対処するだろう?」
聖騎士は立ち上がり、装備を整える。
「ケイン。あの時動かなかったのは、俺の失態だ。だが動いていたら兵卒のお前は死んでいただろう。」
聖騎士の言葉に、思わず涙ぐむケイン。
「貴方という男を知る事が出来て良かった。本当にそう思います。」
聖騎士は微笑み、一行に告げる。
「では後を託す。しばらくは戻れないと思ってくれ。また会おう。」
二日後。
「どうしたの?ボーっとして。」
大聖堂で座り込み、ぼんやりするケインに、シアナが後ろから覗き込む様に尋ねる。
「いや、正直お前が好きだ。」
「はえっ?!」
「だけど南方騎士団に強い憧れを今まで以上に持ってしまった。聖騎士アンリと肩を並べて、敵陣を突破してぇ。」
「でも敵って北王軍よ?ギルドだって動くかも知れないわよ。」
「ああ、ソルディックやギーム、この鎧を安く売ってくれた防具屋のおやっさん。皆好きだ。」
シアナはケインの手をそっと握る。
「また、一緒に旅に出よう?戦争なんて放っておけばいいのよ。アタシは、少しでも長くケインと同じ時間を過ごしたい。」
ケインがシアナを軽く抱き寄せる。
「骨折の時は済まなかったな。」
「今は大丈夫。」
シアナは、ケインに身体を預けようとした時。
「危急の件である。ダベルフ大司教に取り次ぎをお願いしたい!」
「何だぁ?」
ケインは思わず立ち上がり声の方を見る
そしてスルーされたシアナは、勢いよく側頭部を聖堂の床にぶつける事になる。
「何だ、アンタらは。」
「私の名はルフィア=ラインフォート。危急の件に付きダベルフ大司教に取り次ぎを願いたい。ここに、王姫ヴァネッサ=スカーレット様から預かった書簡もある。」
「ルフィア・・・ルフィアお嬢様!」
「私を知ってるのか?」
「俺はラインフォート村に住んでいたケインです。騎士団に入団後はお会いする事はありませんでしたが、幼い頃は何度かお見掛けしました。」
「ラインフォート村のケイン、貴殿がクレミアの兄か!」
「え、クレミアをご存じなのですか。」
「おい、兄さんよ。何か運命の出会いっぽい演出してるけど、オレ達ちょっと急いでるんでね、大司教様に取り次いでもらえないかな?」
シュロスが二人の間に割り込み、小舅っぽい口ぶりでケインを追い払おうとする。
「何よ、急に立って・・・・って、シュロスじゃない!何でアンタがココに居るの。」
「うわっマジでシアナちゃん?!これぞまさしく運命の再会ってヤツ?」
「テメーも人の事言えねーじゃねーか、このバーカ。」
第十一話 冒険者達の選択(前編)
マーハル大聖堂、貴賓室。ヴァネッサからの親書をダベルフ大司教に無事手渡した一行は、ケインら3人と対話する機会を得る事となった。
まずはケインが、これまでの経緯、そしてモルゲス=ヘイドラーと名乗った魔術師を追っている事を彼女達に語る。
「その魔術師なら、オレがやっつけたぜ。死霊術師だろ?」
シュロスは、しれっとモルゲスの討伐完了を語る。
「何?!」
「アンタなら特に驚かないわ。」
「お仕事、終わっちゃったね。」
「で、では私達の経緯について語らせていただきますね。」
ルフィアは同じく、自分達の経緯について語る。
「・・・以上が私達のこれまでの経緯です。」
「ルフィア様は心のお強い方だ。俺は未だ迷ってばかりです。」
ケインは自嘲気味にその心情を吐露する。そんな彼を思ってか、ルフィアは他の仲間にしばらく二人だけにしてもらえないか、と依頼する。その願いを受け、他の一行はそのぞれ部屋を退出していった。
「ケイン、聞いていただけますか。」
「はい。」
「私は、ヴァネッサ様に今回の一件を報告した後、南王陛下に謁見します。そして、ラインフォート領奪還の為の兵を借りる予定です。」
「!?」
「しかし、この想いを共有する者は私の元にいません。領地を略奪され、家族を失った悲しみは、体験した者にしか分かり得ません。」
「・・・その通りです。」
ケインは、ぐっと拳を握りしめる。
「ケイン=ラインフォート。同じ姓を持つ貴方に、私の剣となって欲しい。」
「俺は元冒険者です。北方領にも友人がいます。ラインフォート領も北方風に名称を変え、既に多くの北方民が入植しました。この二年の平和を崩壊させる気ですか。」
「そうです。戦争で奪われたものは、戦争で奪い返す。ただそれだけです。」
「・・・考えさせてください。」
「明日にはマーハルを発ちます。次にマーハルに立ち寄る時は、ラインフォート領攻略戦の総大将としてでしょう。」
ルフィアは、そう言い残して部屋を出る。
「・・・俺は、どうすればいい。」
ケインは部屋の天井を見上げ、ただ呟く。
夕刻、ルフィアは、シュロス、フィリスを呼び、改めてラインフォート領奪還の件について二人に話す。
「なら、オレはお役御免って訳か。」
「強制はしません。殺し合いに嫌気がさして冒険者に鞍替えした貴方に、今更傭兵に戻れと言う権限は、私にはありません。」
「まぁ、でも勝つぜ。間違いなく、今回の主戦力はあの第四騎士団だ。あのケインってヤツに詫び入れたって事は、ルフィアちゃんにも負い目を感じるところは持ってるだろう。」
「シュロス・・・」
「だから邪魔をする。本気の聖騎士様と戦場で戦える日なんて、そうそう無いチャンスだろ?」
「え?」
驚いた表情のルフィアにシュロスは顔を近づけ、警告する。
「君の欠点は、考え方に柔軟性が乏しい事だ。その部分は御父上と全く同じ。机上の軍略なんざ、実戦では何の役に立たなかった、なんて戦いは何度も見てきた。だから警告しておくぜ、前には出るな。あっという間に出来立ての亡者に足元をすくわれるぞ。」
シュロスの助言に、ルフィアは無言で頷く。
「私はシュロスと同行する。ラインフォート姓も返上して、ただのフィリスに戻る。」
「フィリス、貴女まで!?」
「これはルフィア、お前の戦いだろう?私は私の道を行く。北のギルドに興味を持った。」
「あれ、もしかして本当にフラグ立った?」
「ばーか。勘違いするな。」
「二人とも今までありがとう。」
「でも、逃げ出してもいいんだぜ?君は十分不幸を背負ったんだ。」
「じゃあな、ルフィア。こちらこそ礼を言う。ありがとう。」
二人はルフィアに別れの言葉を残し、部屋を去る。ルフィアもまた自室に戻り、明日の準備を始めるのだった。
同時刻、ケインも同様にシアナ、ティム、ヘイニーグ、ガロア牧師の四人を大聖堂の一室に招集する。
「警備の仕事はいいの?ケイン」
シアナがケインに尋ねる。
「昨日も結局『ハーベスター』は現れなかったし、元凶はルフィア様の方で片付けているみたいだから大丈夫だろう?」
「いい加減ねぇ・・・で、全員集めて何の話。」
「俺は明日、ルフィア様と共に王都へ向かう事に決めた。そして、ラインフォート領奪還戦に参戦する。同行したい者があれば、話を聞く。」
「はぁ?どうしたの急に。」
「ほう、奪還戦ですか。ドワーフ共を正しき教えに目覚めさせる良い機会。是非同行させていただきましょう。」
「私は人間族の争いには関与せぬ。もうしばらくマーハルに滞在してから帰らせてもらう。」
「・・・」
黙ったままのティムに対して、ケインは強い口調で言う。
「ティム、ギルドへ戻れ。俺が今から始めるのはただの殺し合いだ。ギームやブロウニーじいさんにお前の無事を知らせろ。」
「それがいいわ、ティム。アタシも付いていってあげる。」
「シアナも?」
「アタシも父さんと同じ。人間族の殺し合いに加担するのはゴメンだわ。」
「シアナ、お前も、なのか?」
シアナの予想をしていなかった反応に、ケインは思わず声を上げる。
「アタシはエルフ族よ。アナタと一緒に過ごせる時間なんてアタシには一瞬なのよ。なのに、何でそんなに死に急ぐの!」
「俺が、そう見えるか?」
「アタシには見えるわ。アンタはあのルフィアって女の為に死ぬ。それが“名誉”なんでしょ、オトコってのは!」
シアナはそう言い残し、部屋を去っていった。
「牧師様、今までありがとうございました。ボクはシアナと一緒にギルドに戻ります。どうか牧師様もお元気で。」
「それがいい。君の故郷は北方領だ。友人を大切にしなさい。そして、マーハルでの経験が君の人生の糧になる事を願うよ。」
ティムはガロア牧師に一礼すると、シアナを追うように部屋を出て行った。
「牧師殿。ここでお別れとは残念だが、これも縁。楽しませてもらった、またこの街には訪れるようにしよう。」
「次にお会いする時は、私の武勇伝を披露しましょう。ご自愛を。」
「期待して待とう。忘れぬうちに、な。」
ヘイニーグは、ケインを見やり、冷ややかに告げる。
「娘も気づいたじゃろう。人間に恋慕する事の無情さを。さらばだ、人間よ。」
ヘイニーグもまた部屋を去り自室へと戻っていった。
「さて、私も自室に戻ります。では、明日。」
ガロア牧師も部屋を去り、一人大部屋に残るケイン。
「そうだな、変わってしまったのは俺だ。だけど、もう決めた事だ、後戻りはしない。」
翌日。
「ルフィア様。」
聖堂で女神への祈りを奉げるルフィアにケインが声を掛ける。
「ケインですか。その同席の方は?」
「戦神の牧師エイブラハム=ガロア。どうぞ、ガロア牧師とお呼びください。」
「丁寧にこちらこそ。ルフィア=ラインフォートです。どうぞよしなに。」
「前から気にはなっていたのですが、豊饒の女神の信徒に対してガロア牧師は丁寧な対応を取られていますが、異教徒同士って敵対関係にあるものじゃないんですか?
「それは大きな間違いです、ケインさん。神は違えど信仰する心は同じ。それに作物が実らなければ私達は飢えて死にます。逆に生存本能が無ければ、生きる意欲を失います。どちらの神の御力が欠けても人間は富み栄える事が出来ない、故に尊重するのです。」
「つまり信仰自体は自由、という訳ですね。」
「ただし、ドワーフ共の宗教は別です。あれは神の存在を自己都合に改ざんした邪教です。
故に、滅ぼさねばならぬのです。」
「あ、はい。(ヤバイ、やぶ蛇つついたかも)」
「そういえば、他の皆さんは?」
ルフィアは、特に臆する事も無く二人の会話に割り込む。
「(た、助かった)彼女達とは別れました。昨日お話した通り、二人は冒険者ですし、もう一人は例の魔術師討伐で雇った助っ人でしたから。」
「ルフィア殿の方こそ、お仲間の方々は。」
「実は、私の方も意見の不一致で、ここで別れる事に・・・。」
「でも、あのシュロスって男、相当の手練れでしょう?良かったのですか。」
「・・・はい、私から切り出した話でしたから。」
ケインはおもむろに、ルフィアの両腕を掴んで自分の方に顔を向けさせる。
「ケ、ケイン?」
「俺も迷いました。でも貴女が迷ってはいけない。指揮官の迷いは兵卒にまで伝染するのです。露払いは俺とガロア牧師で行います。貴女はただ進んでください。父上の汚名を注ぐ為にも。」
「判りました。もう迷いません。」
ルフィアの頬に一筋の涙がこぼれ落ちる。初めて得た、思いを共有する仲間への感謝の涙だった。
一方、シュロスと共に北方領へ向けて馬を走らせるシュロスとフィリス。
「まさか、フィリスがオレと付いてくるとはねぇ。」
「別にお前と一緒にいたい訳じゃない。ただ、ルフィアの悲願に付き合って死ぬのは間違っていると感じたまでだ。」
「そそ、一度きりの人生、楽しまないとな。」
「おーい、シュロス―!」
二人に声を掛けたのはシアナだった。
「シアナちゃん?どうしたのさ。」
二人は馬を止め、シアナ、ティムと合流する。
「パーティー解散したぁ?」
「うん、ケインはあのお嬢様の為に南王騎士団として戦う、ってさ。」
「止めなかったのかい?」
「止めたかった。でも、あのルフィアって娘と談笑しているケインを見てさ、アタシには絶対向けない顔だと思うと、そんな気はしてたんだ。彼は冒険者には戻らない、って。」
「シアナちゃん、一緒にパーティー組もうぜ。」
「えっ?」
「ギルドに戻って、ソルディックの野郎も巻き込む。ヤツの事だ、ケインって奴がいずれ抜けるのは予想していたはずだ。」
「あ、ありがとう、シュロス。」
「それじゃあ、北へ向かいますか。多少魔物の巣窟になっている抜け道があるが、オレとシアナちゃんで十分殲滅出来る規模の敵だ。危険は低い。」
「それより、冒険者3人に南方人一人だから、国境の兵隊に賄賂掴ませた方が早くて安全だと思いますが。」
「その少年の方が理にかなっているな。そもそもいつの情報だ、それ。」
「2年前、かな?」
「情報が古すぎる。国境突破に変更だ。」
こうして新たなパーティーとなった彼らは、一路北方領へ向かうのであった。
ケインとルフィアが出会う前、クレミアは一足先に王都への帰着を済ましていた。
「どうでしょうか、メルルンの状態は。」
「良くないな。神官たちの体調は良好だそうだ。お前の救急看護のおかげだ。ありがとう。」
「シュロスが私を鼓舞してくれたからです。それまではこの力でしか皆の役に立てないと思っていましたから。」
「惚れたか?」
「・・・多分。」
「言うねぇ、この娘は。しかし、メルルンの状態は不安定のまま。ドワーフ族の呪術師の中でも彼女は別格だったから替えが利かない。完全に手づまりだ、チキショウ。」
「ヴァネッサ様、もう一つお願いがあります。スザリ司祭長もご同席の上で。」
別室にて。
「一体何でしょうか、ヴァネッサ様。」
「首実検、だそうだ。指名手配者かも知れないらしいのでな。」
クレミアが箱から首を取り出す。呪文で腐敗を防止しているため、顔の形は整っており、今にも目が開きそうなほどだ。
「ひ、ひぃっ!」
スザリ司祭長は、椅子から滑り落ち、後ずさりして壁際でへたり込む。
「どうした?知っている顔なのか。」
「モ、モルゲス=ヘイドラーでございます!」
「はい、確かにそう名乗っていました。やはり、指名手配犯なのでしょうか。」
「いや、『ハーベスター』の立案者にして生みの親。スザリはこの男の研究を利用して、クレミア達を権力強化の手駒にしようと目論んだ。」
「はい、今はヴァネッサ様に忠誠を誓っております、この通り。」
スザリは、クレミアに土下座でこれまでの非礼を詫びる。
「お顔をお上げください、司祭長様。私はこのような体になった事を恨んではおりません。むしろ、試作品としてルフィア様に引き合わせていただき感謝さえしております。」
「すまぬ、すまぬ。私が傲慢過ぎた。」
「だがこれで『ハーベスター』計画は全て抹消する事が可能になった。クレミア、これは十分報償に値するぞ。」
「ありがとうございます。」
すると、部屋をノックする音。
「何事だ。」
「失礼します、ヴァネッサ様。お客様が是非お目通りを、と。」
「今日は客人が多いな。一体誰だ。」
「はい、聖騎士アンリ様でございます。」
「アンリが?・・・仕方ない、通せ。」
しばらくすると、アンリが部屋に通され、席に付く。
「ヴァネッサ様は、『ハーベスター』なる者をご存じでしょうか。少女の姿でありながら、巨大な鎌を操り、且つ高い技量の体術を繰り出す暗殺者を。」
「ああ、その一件なら解決した。スザリが全部白状したよ。後は私の書状をダベルフ大司教がどう判断したか、だ。」
「結局あの書簡の内容とは何だったのでしょうか?」
「教皇位の復活を南王陛下に進言する代わりに資金調達に協力しろ、ってな。聖職者にとって、最高権威ってのは、喉から手が出るほど欲しいものさ。だが、南王に直接進言出来るのは、それこそ私か、ここにいらっしゃる聖騎士アンリくらいなもの。使うなら両方美味しく使わないと、な。」
「という事は、その資金は軍団の買収に?」
聖騎士の問いに、ヴァネッサは不敵に笑う。
「ああ今のうちに味方に付ける。少なくとも私が玉座を手に入れるまでは餌付けておくさ。」
「では、もう一つ質問を。モルゲス=ヘイドラーなる魔術師をご存じでしょうか。」
「そこの箱に首が入っているぞ。見るか?」
「いえ、私は顔を知らぬ故。つまり何者かが討伐を?」
「ああ、そこの神官の仲間が討伐したそうだ。」
聖騎士は、傍らに傅く少女を見やる。
「畏まる必要は無い。むしろこの様な邪悪な魔術師を討伐してくれた君達に非常に感謝をしている。」
「ありがとうございます。」
「で、アンリはどこでその名を。」
「はい、ケインと名乗る冒険者がこの魔術師の捜索を行っておりまして。その後『ハーベスター』の関係者である事はダベルフ大司教から聞き、こちらに参上した次第です。」
「ケイン?」
クレミアが思わず声を上げる。
「彼はラインフォート村のケイン、と名乗っていた。私の軍団の元兵卒だったらしいな。」
「それは、私の兄です!」
「ほう。」
「彼女は2年前、ラインフォート村で保護された神官の一人です。可能性は高いでしょう。」
スザリ司祭長がか細い声で補足を入れる。
「吉報であると良いな、少女よ。」
聖騎士は立ち上がるとヴァネッサに一礼する。
「では、私は王の元へ。兵の補充の承認をいただきに伺います。」
「分かった。下がれ。」
「はっ。」
アンリが立ち去った後、ヴァネッサは女中を呼びよせる。
「おい、メルルンの容体は?」
「はい、呼吸が荒くとてもお話出来る状態では。」
「そうか。」
ヴァネッサはその豊かな赤髪をかき上げると、スザリに命じる。
「スザリ司祭長、直ちにミュッセルに戻って街の様子に変化が無いか確認をせよ。死霊術師の魔法は土壌に残る場合がある。持てる限りの聖水を持って行け!」
「はい、畏まりました。直ちにミュッセルに向かいます。」
ヴァネッサに一礼をすると、スザリは部屋を退席する。
「よいのですか?彼を行かせて。」
「死霊術の魔法は、時間差で発現する呪文もある。念には念を、だ。」
「ヴァネッサ様も休憩を取られては。」
「忠告通り、そうしよう。これからしばらく寝れなくなるかも知れないからな。」
「何か感じるのですか?」
「ただの予感さ。女のカン。」
夕刻。
「ヴァネッサ様、早馬が到着しました。三人の者が面会を求めております。」
「やはり寝かせてはくれないか・・・名前は?」
「はっ。ルフィア=ラインフォート、ケイン=ラインフォート、エイブラハム=ガロアと名乗っております。」
「クレミア、同席しろ。」
「はい!」
謁見の間。
ヴァネッサの前に傅く、ルフィア達一行。
「・・・以上が報告となります。他2名は使命を終えた事もあり、離脱を選択した事をお許しください。」
「承知した。討伐ご苦労であった。後ろの二名はお前の同行者か?」
「いいえ、同士です。ヴァネッサ様、どうか南王陛下への謁見を取りなして頂けないでしょうか。私は、ラインフォート領奪還戦を王に歎願したいのです。」
「許さぬ。」
「えっ?」
「ラインフォート領は肥沃な穀倉地帯だが、戦略的に見れば絶対に取られてはならない領域では無い。守りを固めるべき地域は他にも多く存在する。騎士団とて無限に存在する兵団ではない。奪い返したところで、荒れ果てた畑で泣き叫ぶ子供たちをまた作るのか?」
「でも南王陛下なら、南王陛下なら分ってくださるはずです!」
「だから謁見を許さぬ、といっている。お前は都合のいい口実に使われるだけだ。」
「どうか、どうか・・・」
「良いではありませんか。ヴァネッサ様。」
謁見に姿を見せたのは聖騎士アンリだった。
「さぁ、立ちなさいルフィア殿。私が殿下との取りなしを致しましょう。」
「どういうつもりだ、アンリ!」
「人は常に戦いを求める生き物です。膨張した騎士団はいずれ破裂します。結果、いずれ内乱が始まるでしょう。南王陛下も北王軍に雪辱戦を望んでおられる。彼女の願いが真摯であれば、南王陛下を動かすやも知れません。その彼女の機会を奪うのは、いささかフェアとはいえませんな、ヴァネッサ様。」
「ちいっ!」
ヴァネッサはアンリの言葉に思わず舌打ちする。
「聖騎士様・・」
ケインは、アンリに声を掛ける。
「ケイン、陛下から了承を得た。今日から君は南王第四騎士団副団長だ。無論拒否するのも君の自由。」
「ええっ!」
「驚くのは早い、ヴァネッサ様の方をよく見たまえ。」
ケインが振り向くと、走り寄ってくる、一人の神官服の少女。
「お兄様!」
「クレ・・ミア、なのか。」
「そうです。ラインフォート村のクレミア。お兄様の妹です。」
戦争から2年。冒険者となって妹クレミアを探し続けた戦士ケインは、ついに妹との再会を果たしたのだった。
ルフィアは、南王始め臣下達も注目する中、必死にラインフォート領奪還戦への出陣を要請した。多くの臣下は2年の平和がもたらした恵みを主張したが、一番の熱意を持って支持を表明した聖騎士アンリの前に、かき消えてしまう程度の主張だった。
結果、歩兵隊4000、弓兵2000、南王第一騎士団2000、南王第四騎士団2000 計1万の兵が招集される事が決まった。
「農作物の刈取りを急がせよ。北方商人に物資を横流しする者は極刑に処せ。総大将はルフィア=ラインフォート、作戦指揮は聖騎士アンリがその任を負うものとする。」
南王の大号令の元、ラインフォート領奪還作戦が正に動き出そうとしていた。
そして一ヶ月が過ぎた。
マーハルから届けられた大量の食糧を始めとした戦争物資が馬車に積み込まれ、歩兵隊、弓兵隊が大行進を始める。
その行軍を王宮から眺める一組の男女。
「お兄様も、もう行かれるのですね。」
「ああ、そうだな。」
「やはり私の同行は許されないのですね。」
「何度も話しただろう?」
「でも、私はシュロスに死んで欲しくない・・・」
「シュロスってあの男か?アレは生粋の戦争屋だぞ。冒険者ですらない、お前とは住む世界が違う人間なんだ。」
「でも・・・」
「俺はもう、家族を失いたくないんだ。少なくとも、この場所ほど安全な場所は無い。頼む、お兄ちゃんの言う事を聞いてくれ。」
「・・・分かった。わがまま言ってごめんなさい。」
ケインはクレミアを抱き寄せ、優しく頭を撫でる。
だが、クレミアの方は何か決意を固めたかのように、その目を伏せるのだった。
「ヴァネッサ様、これ以上はお身体に障ります。どうか自重を・・・」
「うっせ、これが自重出来るかっての。」
ヴァネッサはこの数日酒浸りの日々が続いていた。
反戦側の中心人物として、一度火が付いた戦争に終着点が無い事を王を始めとした臣下達に説いたが、最初からルフィアを戦犯に仕立て上げようと考える臣下達には無意味な論説と化していた。
(そもそも、父上が戦争に積極的なんだ。最初から勝てる筋はなかった。)
「ソルぅ・・・つらいよ、たすけてくれよぅ。」
ヴァネッサは酒瓶を抱え、つい泣き言を漏らす。
「呼びましたか?」
「!?」
エピソード~フィリス~
私は元奴隷だ。父はラインフォート領の領主様、母はその領主様が所有する奴隷。だから私は奴隷として育った。ルフィアと初めて会ったのは、お屋敷で掃除の御奉公をするようになった頃だった。ルフィアと私は髪の色も瞳の色も同じ。大きく違ったのは私の方が痩せていて小柄だった事。逆にルフィアは体格がしっかりして、男の子達のケンカに率先して仲裁に入ったりしてとても正義感の強い子だった。ルフィアは私に色々なモノを恵んでくれた。ドレスやお菓子、髪飾り・・・でもそれが私をいじめの対象にした。ルフィアが何とかしようと大人達に掛け合う度に、いじめは酷くなった。だから私は弓を覚えた。弓なら体格が小さくても戦える。そして次第にルフィアと距離を置くようになった。
私が奴隷で無くなったのは戦争に巻き込まれたからだ。母も戦争で死んだ。領主も死んだみたいだった。そして私はルフィアの従者となった。
なぁ、ルフィア。この戦争でお前が求めていたものは取り戻せるのか?私にはお前の求めていたものは分からないし理解出来ない。でも、今の私は少しだけ幸せだと言えるぞ。だからルフィア、お前も幸せになれ。
第十二話 冒険者達の選択(後編)
時はさかのぼり、北王領王宮謁見の間。メイヤーとの対談を終えた後、ソルディックは、王宮へ向かい、北王との謁見の機会を得る事に成功する。
「南下政策を撤回せよ、だと?」
北王は怒りに満ちた目でソルディックを睨みつける。
「はい。2年前の戦争で北王領は豊かな穀倉地帯を得ました。しかしまだ戦後2年しか経っておらず、民心も完全に落ち着いてはおりません。どうか、今一度ご再考をお願いしたく参上した次第であります。」
北王は怒りで、その蓄えた髭をワナワナと震わせる。
「我らドワーフ族はお前たち人間族と違い、戦いを恐れはせぬ。前国王は暗愚故、南の混乱という好機を無駄に過ごした。お前の様な商人達の言いなりとなってだ。だが今や好機は我らにある。子飼いの北王騎士団にドワーフ兵、そしてギルド兵を加えれば前回以上の版図を拡げる事が出来よう。」
「2年前の侵攻は不意打ちでしょう。それに相手も精強を誇る南王騎士団ではありませんでした。付け加えますと、先の内乱に終止符を打った現南王は無能などではありません。現にこの2年で人口比は大きく拡がっています。理由をご存じですか。南王は豊穣の神官達を南王領全域に派遣し、優先して疫病対策に重点をおいて清潔な水の確保を行った事で、子供達の死亡率を劇的に改善させたからです。一方、北王である貴方は何の指示をしましたか?疫病の罹患率は北と南で差はありません。ドワーフ族は元来病気に強い種族です。それを人間族は軟弱だ、と何ら策を打たなかったのは誰なのでしょうか。」
「貴様、この北王を愚弄するか!」
「事実を述べたまでです。北王騎士団、ドワーフ兵団は北王を支持するでしょう。ですが、ギルドは“内政不干渉”の鉄則に基づき、この度の南下政策には参戦を拒否します。」
「何じゃと?メイヤーがその様な事を許すはずが・・・まさか?!」
「はい、南下政策で使用する兵糧をある商人が買い占めました。そしてその多額の出資により、出資者上位5名からなる商工会の常任理事に就任が決まったそうです。」
「あ、あ・・・」
「上位出資者5人の最下位に王家ゆかりの商家が入っていたのは以前から知っていました。しかし少々出資をケチり過ぎましたね。口数の多いケチほど嫌われる者はいませんよ。」
「貴様、この国を乗っ取る気か!」
「その様なつもりは毛頭ありません。単に陛下の南下政策を諫める為に参上したまでです。」
「この者を捉えよ!不敬罪、不敬罪じゃ!」
「ほぅ、捉えられますか?この魔術師を。」
謁見の間の警備兵の足が恐怖で竦む。
「ご安心ください、僕も北方領の民です。不毛な戦いを善しとはしません。では、これにて失礼させていただきます。今日の件、くれぐれもお忘れないよう。」
ソルディックは北王に一礼し、踵を返すと謁見の間を去る。
「少なくともこれで北王は自ら兵を進める事はしないはず。次は、工房か。」
ウォルフス、鍛冶工房。
「おお、よく来たなソルディックよ。」
出迎えたのはギームだった。
「ギームさんもお元気そうで。」
「こっちでも噂になっておるぞ、北王陛下を恫喝した魔術師の話。」
「脅しはしていませんよ。ただ事実を伝えただけです。」
「やり方がだんだんケインに似てきたの、全く。」
「それより、ブロウニーさんは?」
「ああ、奥じゃ。」
奥の炉では、黙々と仕事に打ち込むブロウニーの姿があった。
「ブロウニーさん、仕事の依頼でお伺いしました。」
「何の仕事だ?」
「これです。」
ソルディックは懐から書面を二通取り出し、ブロウニーに見せる。
「コイツ、お前さんが使うのか?」
「まさか(笑)」
「まあいい。素材の調達は?」
「そちらは抜かりなく。」
「分かった、ギームの仲介だからな。引き受けよう。」
「よろしくお願いします。」
それからの数日、ソルディックは南側の情報を詳細に把握すべく、隊商の商人達と会話を重ねるが、有益な情報を得る事が出来ずにいた。彼は実家を売却後、ギルド会館を拠点に置いた。ギルドメンバーの増員に向けて手を打つ為である。死霊術師モルゲスの出方が不明な今、
考えうる手は全て先行する。ただ、南王が北に野心を向けない事、ソルディックの不安はその一点だった。だが、ある日を境に事態が急変する。ケイン達が旅立って20日ほど経過したこの日、シアナ達が戻ってきたのだ。
「・・・」
帰還メンバーに混ざり、頭を抱えて卓を囲むソルディック。
「まさかこの様な形で再会するとは、僕も想定外でした。」
「想定外はお互い様さ。取りあえず、フィリスをギルドに加えてやってくれ。お前の権限なら容易いものだろう?」
「ソルディック、ギルドに加えてくれ。南王軍相手でも全力で戦う。」
「フィリスさん、ギルドには“内政不干渉”の鉄則があります。ですので、南王軍とは戦いません。」
「ないせいふかんしょう?」
「王国の政治には関わらない、という事です。」
「じゃあ、ルフィア達には関わらないのか?」
「そんな訳ないでしょう、南王軍にはケインがいるのよ!」
語気を荒げ、シアナが立ち上がる。
「それは僕も十分理解しています。しかし、戦場で本当にかつての仲間に刃を向けられますか?・・・それが可能なのはシュロス君だけです。」
「ま、そういう事だ。せっかく悪い魔術師倒したってのに、災難続きだな、ソルディック。」
「問題が全部なおざりのままよりは、まだ良い、と考える事にします。とにかく、現状ギルドはこの戦争には関与しません。ですが、このギルド会館で過ごす限り、身の安全は僕が責任を持って保障します。」
「フィリス、入っておけ。お前の為だ。」
シュロスはフィリスの肩を押す。
「・・・わかった、入る。」
「ソルディックは、どっちが勝つと思ってるの?」
シアナの問いにソルディックは答える。
「南王軍に勝ち目は無いでしょうね。ラインフォート領を焦土にしても勝つ気概が、北方軍にはあります。残念ながら、ルフィア殿にそこまでの無慈悲さは持てないでしょう。」
「だが、戦争には時にして、一人で戦局を一変させるヤツが出現する。『英雄』ってのがな。聖騎士アンリ。果たして北方軍に勝てるヤツいるのかね?」
「何にせよ、このウォルフスにまで危害が及ぶ事はありません。今日は、ここでゆっくり暖を取りくつろいで下さい。当面の住居はギルドスポンサーである、モルゲス=ヘイドラー氏の御厚意にて後日手配されますのでご心配無く。」
『はぁ?!』
四人の驚愕の声に、いつもの涼し気な笑みで返すソルディックであった。
ソルディックは四人と別れた後、ギルド会館の自室へと戻り、山積みとなった書類の山に辟易する。
(色々、手を出し過ぎましたかね。本来はモルゲスをあぶり出す売名の策略だったのですが。)
嘆息し、ソルディックは羽ペンに魔法をかける。すると羽ペンは自ら書類を取り書類にサインを始める。
「よろしく頼むよ、羽ペン君。・・・ヴァネッサ、やはり君は戦いを選択したのか?」
物思いに耽るソルディック。すると、どこからか声がするのを感じる。
『・・・さん。・・ディックさぁん。』
(テレパス(精神感応)?いや、何か違う。)
『ヴァネ・・様を、たす・・・い。』
(冥界からの声?声の主は死の淵にいるのか。)
ソルディックは、右手で顔を撫でると、笑みを浮かべる。
「どのみち、彼女の名を出されては飛ぶしか無いでしょう。」
ソルディックはベッドに仰向けに寝ると、呪文を唱える。
「幽体離脱(アストラル・プロジェクション)!」
ソルディックは幽体となって、声の主を探る。
(僕がソルディック=ブルーノーカーだ。僕を呼んだのは誰だ?)
(ここですぅ。ワッチが呼んだですぅ。)
声の先には一人のドワーフの女性が浮いていた。
(君はドワーフ族?)
(自己紹介は後ですぅ。あっちを見るのですぅ。)
ドワーフの指先は、途方も無く巨大な龍を指していた。ソルディックは思わず息を呑み、ドワーフに尋ねる。
(あれは何ですか!文献にもこれほど巨大な龍の逸話は見た覚えがありません。)
(ある訳ないですぅ。あれは天変地異『カタストロフィー』が具現化した存在、厄災龍【カラミティ・ドラゴン】なのですぅ。)
(厄災龍?!)
(では、早く逃げるですぅ。今、厄災龍に睨まれたら魂ごと取り込まれて終わりですぅ。)
二人は急いで厄災龍の視界が及ばない場所へと逃げる。
(危ないところだったですぅ。ここなら自己紹介できるのですぅ)
(僕の紹介は不要かな。)
(はい。ワッチはメルルン。ヴァネッサ様にお仕えする呪術師ですぅ。)
こうしてメルルンは今までのいきさつをソルディックに語る。
(モルゲスの唱えた恐怖呪文は、彼の真の目的を投影したのですぅ。それが、厄災龍を目覚めさせる事だったのですぅ。モルゲスは、死の間を扱う術、死霊術を研究するうちに厄災龍にたどり着いたのですぅ。)
(しかし、モルゲスは死んだ今となっては厄災龍を目覚めさせる・・・いや、もう目覚めているのか!)
(そうですぅ。恐らく南の内乱で沢山の人が死んだ時にその魂を喰らって目覚めていたんですぅ。でもたぶん動く気にならなかったのですぅ。)
(しかし、2年前の戦争でも災害は起きなかった。)
(今度は違いますぅ。厄災龍をその気にさせる魂を喰らったのですぅ。)
(モルゲスの魂か!なら戦争は何としても止めなければ。)
(ダメですぅ。戦争で亡くなった人の魂を求めて、今度は厄災龍が地上に顔を出しますぅ。その覚醒前の時を狙って厄災龍を再びアビスへ叩き落とせば、『カタストロフィー』は、今後1000年起きる事は無くなりますぅ。)
ソルディックは、メルルンの容赦無い意見に言葉を失う。しかし、拳を握りしめ再びメルルンに問いかける。
(メルルンさん、厄災龍の出現のタイミングを占う事は可能ですか?)
(はい、1000年の未来のためにもやりますですぅ。)
(メルルンさん、君の身体は今どこに?)
(南王様の王宮ですぅ。ヴァネッサ様の部屋のすぐ近くですぅ。)
(なら、君の部屋で再び会おう。ありがとう、君の言葉は僕の救いになった。)
(厄災龍に見つかる前に会えて本当によかったですぅ。また会うのですぅ。)
ベッドから起きたソルディックは、滴るほどの汗を全身に感じる。先ほどの話が夢では無かった、と事実として受け止めた彼は、汗を拭きとり肌着を着替え出立の準備を整える。
「ヴァネッサ、遅くなりましたが、今日が約束の時のようです。『瞬間転移(テレポーテーション)!』」
そして現在。
南王領王都王宮、ヴァネッサの部屋。
「何でお前がここにいるんだぁ!、ソルディック!」
「ワッチが呼んだのでぇすぅ。」
メルルンがソルディックの後ろから、ひょっこりと姿を見せる。
「メルルンが起きてる?」
「どうしてもお伝えする事があったので、死の淵を彷徨っていましたぁ。ヴァネッサ様には心配かけたのでぇす。」
こうして二人は、今までのいきさつをヴァネッサに細かく説明をする。
「これからが僕の意見です。厄災龍が出現した時点でこの戦争の勝者は消えます。そして、もし厄災龍に勝利したのであれば、ラインフォート領はギルドが接収し南北どちらにも属さないギルド直轄領を宣言します。代表はルフィア=ラインフォート。君は、南王にこの承認を呑ませてください。それが出来なければ、争いは繰り返され厄災龍は再び目覚める事になります。人々が1000年の安息を得る最大の好機、出来なければ君に女王を目指す資格はありません。」
「あの時の少年が、大きくなったものだな。」
「当然です。あれから17年ですから。」
「私はお前が欲しい。」
「僕も君の全てが欲しい。でも今ではありません。」
ヴァネッサはふらつきながら立ち上がると、ソルディックに身体を寄せる。
ソルディックが苦笑しつつ、ヴァネッサに話す。
「僕は構いませんが、メルルンが顔を真っ赤にしてこちらを見てますが如何なされます?」
「!?」
「ほえぇ、これが大人の恋なのですねぇ。」
「いや違う、それは違うぞメルルン!」
~~~
「それでは、彼女をお借りします。厄災龍のサーチ役に必要ですので。」
「ヴァネッサ様、いってきますぅ。」
再びテレポートを使い、二人はヴァネッサの元を去っていった。
一人残された彼女は、再び酒に手を伸ばそうとしたが、手を止め宮女を呼ぶ。
「お呼びでしょうか。」
「湯浴みの用意を。酒を抜く。」
「承知しました。」
宮女が去るのを見て、ヴァネッサは呟く。
「ソル、メルルン、ありがとう。私が止められなかったルフィアをどうか救ってやってくれ。」
南王軍北進の情報は、北王領にも届く事となり、北王は直ちに志願兵を招集、計6000からなるドワーフ族、人間族混成兵団が結成された。
「ねぇ、どうしてさ!」
ティムは、鎧姿に身を固めたブロウニーを必死に説得する。
「言ったはずだ。俺は北方領民だ。だから、王の招集に応じる。」
「ソルディックから聞いたんだ、今度の戦争では沢山の人が死ぬって。兵士なんて他にいくらでもいるじゃん、戦いたい連中が戦えばいいんだよ。」
「その通りだ。だから俺は戦う。元気でな。」
ティムの背中を叩くと、ドワーフの職人は大斧を担ぎティムの元を去る。
「どうして、どうしていなくなるのさ。ケインも、ブロウニーも。」
「それが選択なんじゃ。彼らなりのな。」
「ギーム・・・」
「お主にも、いつか選択すべき時が来る。じゃが今はその時では無い。それだけの事じゃ。」
「ブロウニー、還ってくるよね。」
「神が望めば、な。」
ソルディックが帰還してから、ギルドは騒然となった。無理もない、相手は未知のドラゴンなのだ。だが、彼らの目には滾る炎があった。そう、破格の報酬である。
「この度の討伐に対し、モルゲス殿は君達に破格の討伐報酬を約束した。彼が約束を守る男である事は、これまでの君達への報酬が証明しているだろう。死を恐れるな、共に勝利を手に入れよう!」
歓声に沸く冒険者達を目にフィリスが呟く。
「まぁ、いけしゃあしゃあと言葉を吐くわ、あの男。」
「まぁ、実際人数減ってくれないと、報酬額払えないかもだしね。」
「その前に払う気あるかもわかんねぇからな、アイツ。」
既に戦勝気分で飲み騒ぐ冒険者達を眺めるシュロスにシアナが話しかける。
「ねぇ、何か隠してる?」
「え?い、いや何も隠してませんけど。」
「何か、凄く満足そうな顔してたからさ。」
「ははっ、そうかも知れねぇや。でも、もっと色々な場所をシアナちゃんやフィリスと冒険出来たらより楽しめた人生だったと思うぜ。」
「どういう意味、それ。」
「厄災龍の討伐はアンタに任せたって事、シアナちゃん。」
「何言いだすのよ、アンタも主戦力でしょうが!」
「俺はしょせん傭兵稼業の殺し屋。オレにはオレなりの獲物があるのさ。」
「誰?総大将ルフィアの事?」
「聖騎士アンリ。」
「えっ!」
「じゃあな、シアナちゃん。フィリスによろしく。」
シュロスはそう言い残すと、ギルドを後に去っていった。
「シュロス、行ったか。」
「フィリス?」
「最後にお礼、言いたかった。ここに一緒に連れてきてくれた事。シアナやティム、新しい友達も出来た。放っておいても良かったのに最後まで一緒にいてくれた。でも、私にはアイツのやりたい事を止める理由が無い・・・」
フィリスは大粒の涙を浮かべて泣きじゃくる。そんなフィリスをシアナは抱きとめ優しく慰める。
「ホント、勝手なオトコばかり。必ず戻って来なさいよ、シュロス。」
翌日、北王領旧ラインフォート領。
「よーし、テスト始めぃ!」
岩を吊り下げた、巨大な支柱に似た機械が動き始める。
柱はそのまま岩を持ち上げると、はるか遠くまで放り投げる。
「これで全ての投石機テスト完了じゃ。皆ご苦労じゃった。」
ドワーフの技術者たちは満足そうに頷く。
「そういえば、向こうのチームはどうなっておるんじゃ?」
「あっちの方はもうとっくに終わっておったぞ、ほれ。」
「おお、これが例の速射型クロスボウか!」
「この二つの新兵器があれば騎馬部隊なぞ恐るるに足らず、じゃ!」
一方、南王軍宿営地。
ケインは大本営に進むとルフィアの駐在する天幕に入る。
「失礼します。ルフィア様。」
「お入りなさい、ケイン。」
「団長アンリより報告が。明日の日中にはラインフォート領に入る予定。十分に英気を養われますように、との事です。」
「ありがとう。その鎧、だいぶ着こなせるようになりましたね。」
「はい、もう十分に戦場で動く事が出来るかと。」
「大剣は、どうして辞めたのですか。」
「団長に、長剣と盾での指南を受けています。混戦では大剣は不向き、との教えを受けまして、大剣は捨てました。」
「不思議なものね。」
「何がでしょう?」
「私にも貴方にも、共に戦う仲間がいた。それなのに、私も貴方も誰一人としていない。」
「またその話ですか。」
「私には見えない。ラインフォート領を取り戻し、領主となったその先が。共に戦った仲間達からの祝福も無い私は、どこへ進めば良いのか。」
「ここに集まった一万の兵は無視ですか?皆、南王陛下の為、貴女の為に明日命を懸けて戦うのですよ。」
「それは貴方の本心ですか?違いませんか。」
「・・・違ったらどうだってんだ、お嬢様。」
「ケイン?」
豹変するケインに、ルフィアは恐怖に襲われる。
「アンタはいいさ、そうやって愚痴を零せば。だが俺は明日戦地で戦う。もう妹を抱きしめる事も出来ないかも知れない。好きだった相棒と剣を交えるかも知れない。それでもこれは俺が、俺自身で決めた選択だ!アンタは殺させない。絶対に守り通してやる。」
ケインは踵を返し、天幕を去る。
「違う、違うのケイン。私は貴方を責めるつもりは・・・ただ、貴方の本心に触れたかった。」
明日、ついに南王軍はラインフォート領に進軍する。
南王軍10000に対し北王軍8000
数の南王軍か、技術の北王軍か。
南王軍第四騎士団陣営。
「功を焦るなよ、ケイン。まず生き残る事を考えよ。」
「はい、団長。」
一方、北王軍志願歩兵部隊
「お、兄ちゃん、アンタも騎士様目当てかい?剣や兜だけでも高く売れそうだものなぁ。」
「ええ、ホントいい金になりそうっすね。あ、オレ、シュロスってんでヨロシクっす。」
戦いの火ぶたが、今切られる。
厄災龍は、ただ静かに彼らの死を待つ。
最終話 願い
その日の昼下がり、南北両軍が激突した。戦場での中核となる歩兵の質は、南軍が練度の低い民兵が大半であるに対し、北軍は練度の高いドワーフ正規兵が主戦力であった。その上、北軍の新兵器である速射型クロスボウが威力を発揮し、南軍の弓兵よりも遥かに早い装填力と高威力で南軍歩兵をなぎ倒していく。ともすれば南軍の戦列が崩れ、早々に決着が付いた可能性が高かった序盤戦において、南軍を踏みとどめたのは一人の牧師であった。
「さあ、掛かって来なさい、異端者ども。戦場で散る事で、その犯した罪の大きさを償うのです!」
ガロア牧師の体術はドワーフ兵を悉く薙ぎ払っていく。そして、速射型クロスボウでさえも、「矢が、勝手に逸れたじゃと!」
「あれは、対遠隔防御魔法か?!これでは矢弾の無駄打ちになってしまう。」
たった一人の男が北王軍の進軍を止める。
「俺が相手をする。」
そう言うと、一人のドワーフが前に出る。
「誰であろうと同じ事。貴方も戦神の元でその罪を償うのです。」
「なら、俺が死んだら祈りの一つでも奉げてくれや。俺の名はブロウニー=ブラン。元戦士の鍛冶職人だ。」
ブロウニーは大斧を構え、牧師に突進する。
「その速さで突っ込んだところで、当たりなどしませんよ。」
「そうかな?」
(相手の動きは右からの振り下ろし。ならばそのまま相手の右に回り込み、デッドリーストライクを・・)
しかし、ブロウニーの大斧は振り下ろされる事は無く、牧師を追尾する形で、ブロウニーの左拳が牧師の左わき腹を捉える。
「ぐはっ!」
「終わりだ、牧師様。」
ブロウニーは大斧を持ち直し、牧師の右わき腹を両断せんと水平に振り抜く。
しかし、牧師はバックステップで回避、その勢いで味方陣営にまで転がり込んでしまう。
「やるな、アンタ。俺の拳で悶絶しなかったのは、人間族では初めてかもな。」
味方の兵士に起こされながら牧師は答える。
「いえ、十分悶絶しています。確かにアナタは戦士だ。私が名乗らないは失礼と言えましょう。私の名はエイブラハム=ガロア。アナタを戦神の御許へ導く者。次は仕留めます。」
「そうかい。じゃあ再開といこうや!」
再びブロウニーがガロアに突進する。そして大きく振りかぶり、ガロアに向かって斬りかかる。しかし、ガロアは反撃しない。
「どうした、反撃しないのか?!」
「ええ、する必要はありません。アナタは老練の戦士。故に持久力に限界がある。いくらドワーフといえど。だから、私は・・・」
ブロウニーの手が止まった瞬間、ガロアの反撃が始まる。
「見て御覧なさい、周囲の兵士が我々の闘いに熱狂している。つまり、この闘いは、ただの戦場での一幕などでは無い、南北両軍の士気を決する闘いなのです!」
「なら、俺が負けなけりゃいい話だな。」
ブロウニーは、諦めたように大斧を投げ捨てる。
「殴り合いで私と勝負するつもりですか?なぶり殺しになるだけですよ。」
「いいから来い、小僧。」
「分かりました。では。」
ガロアは、徹底したアウトボクシングでブロウニーの体力を奪う。
いつしか両軍分け隔て無く歓声が沸き上がっていた。
(まさか、私の方が体力を削られるとは・・・)
ガロアの強烈な右浴びせ蹴りがブロウニーを打つ。が、ドワーフは怯むことなく前に進み、左フックをガロアの右わき腹を狙い打つ。
「あばらの一本や二本、安いものです!」
相打ち覚悟で、ガロアは左手の呪文を発動させる。
「デッドリーストライク!」
呪文の直撃を受けたブロウニーは大きく宙を舞う。
「終わりです。ブロウニー=ブラン。」
ガロアはわき腹を押さえつつ、ブロウニーの死を弔う。
「行け・・・魔斧よ。」
次の瞬間、ガロアの死角から襲い掛かるブロウニーの大斧。
その威力は、ガロアの身体を両断するに十分過ぎるほどだった。
「先に行って待っててくれや、牧師様よ。」
そう呟き、戦士は息絶えた。
ガロアとブロウニーの死闘は、両陣営にも届いていた。
南王軍大本営。
聖騎士アンリは、騎士団の進軍許可をルフィアに要請する。
「現在、南王軍は劣勢の状況下にあります。騎士団を左右両面から挟撃させ一気に北王軍を瓦解させます。」
「承認した。貴公も出陣するのか。」
「いえ、私はルフィア殿をお守りします。第四騎士団はケインに指揮を任せます。」
「良いのですか?貴公の古参兵から不満が出るのでは。」
「私の意見に不満を漏らす者であれば、この戦いに参加しないでしょう。ご安心を。」
「そうですか・・・」
「貴女は名目上であれ、南王軍総大将です。くれぐれもお忘れなく。」
一方、北王軍。
「親方ぁ、騎士団が動き始めましたぜ!」
浮遊する魔術師が、ドワーフの職人衆に声を飛ばす。
「よおし、投石機の準備始めろぉ!仲間を巻き込むんじゃねぇぞ。両翼を狙って、アチアチの鉄火弾をお見舞いしてやれ!」
さらに一方、ギルド軍は小高い丘から両陣営が激突する様子を北王騎士団と共に静観する姿勢を取っていた。
「しかし、北王騎士団そのものを買収とはのう。北王陛下の威光も堕ちたものじゃ。」
ギームは首を振って大きく嘆く。
「騎馬を使えるのは人間だけですからね。寝返るなら全員になります。現北王のドワーフ族偏重の優遇策には我々も不満の限界に来ていました。この戦いで勝っても我々が得る物はありませんから、モルゲス殿からお誘いを頂いた時はむしろ感謝したほどです。」
北王騎士団長は、切実に内情を吐露する。
「ですが、お話した通り僕達の目的は厄災龍撃退にあります。全員が生き残れるとは思わないでください。」
「もちろんです。給金の分は働きますよ。」
すると、どこからともなく、馬のいななく声がする。現れたのは騎乗したシアナだった。
「ソルディック、ごめん。やっぱりもう一度ケインと話したい。」
「貴女の事ですから、止めても行くのでしょう。僕の本心も同じです。応援します。」
「ワシも思いは同じじゃ、行って来い。」
「ありがとう、行ってくる!」
そう言い残し、シアナは戦場へと向かっていった。
ガロア牧師とブロウニーの死闘が終焉を迎えると、戦局は再び動き出す。先に北王軍の両脇を南王騎士団が突き、北王軍は窮地に追いやられる。
(騎兵が動いたって事は、本陣は手薄。アンリならルフィアが暗殺されるのを嫌って本陣を動かないはずだ。)
シュロスは混乱する戦場をかいくぐり、主を失った空馬を見つける。
「それじゃあ一気に本陣に・・・」
手綱を引き馬を進めようとしたその時、それは落ちてきた。
轟音と共に吹き飛ばされる騎士団の兵たち。投石機からの煌々と燃える鉄塊が地上で次々に炸裂し、騎士団の統制は瞬く間に崩れ去っていった。
「全員持ち場を離れるな、散開したら敵の思うツボだぞ!」
ケインはただ一人、味方を鼓舞し孤軍奮闘を続ける。
「劣勢の中、一人ご苦労な事だね、騎士様。」
「シュロス、か。やはり、ギルドの仲間も加わっているのか。」
「いいや。ギルドは加わっていない。オレは単独で狩りに来ただけさ。」
「狩り?」
「が、その前に準備運動をさせてもらいましょうかね、ケイン殿。」
シュロスは馬を走らせ、ケインに突撃を掛ける。
ケインは盾を取り、シュロスの突撃に対応の構えをする。
「戦場は、そんなゴッコ遊びじゃないでしょう?ってな。」
シュロスは馬から滑り落ちる寸前まで体全体を傾け、ケインの馬の前足を切り落とす。
馬は痛みで大きく反り返り、ケインを地面に叩き落とす。
「がふっ!」
シュロスは、同じく馬から降りケインの元に歩み寄る。右手で長剣を抜き、かかとを鳴らすと同時に一気にケインの前まで踏み込む。
「くっ!」
ケインは、シュロスの攻撃に備え、盾を構え反撃の体勢を取る。しかしシュロスはケインの想像を遥かに超えた跳躍でケインの背後を取る。背面を取られたケインは身体を捻り反撃しようとするも、今度はシュロスの水面蹴りがケインの足元を救う。ケインは思わずよろけ腰砕けになる、その瞬間を逃さずシュロスの長剣が左下腹部を貫いた。
(コイツ、鎧の隙間を狙って・・・)
「オイ、まだくたばるなよ。勝負は始まったばかりだろう?」
ケインは盾を構えると、じっと防御の姿勢で呼吸を整える。
「黙ったままかい?じゃあ、オレから聞かせてもらうわ。姫様に仕える騎士の気分から目が覚めたかい?」
「どういう・・・意味だ。」
「言葉どおりさ!窮屈に感じただろ?、この騎士団がよぉ!」
シュロスは、右の長剣でケインの盾に連撃を浴びせ続ける。
「貴様に何が分かる、故郷を失ったこの俺の悔しさが!」
ケインの長剣がシュロスの左わき腹を狙う。が、その攻撃は、シュロスの左の長剣に受け止められてしまう。
「二刀か!」
「誘いに乗ってくれてありがとよぅ!」
シュロスの弾きに大きくバランスを失ったケインに、再びシュロスの剣が突き刺さる。
「すぐには死ねないぜ。急所の多くはその鎧で守られているからな。」
「・・・なぶり殺す気か、俺を。」
「違うな。オレは傭兵だ。お前みたいな弱い連中から搾取する側。」
ケインの振り払う長剣がシュロスの顔面をかすめる。
「届かない!?」
「届くと思ったか?それがお前という人間の限界なんだよ。」
「殺すなら一思いに殺せ!」
「まだ分からねぇようだな。」
シュロスの、バネを利かせた蹴りがケインの下腹部を直撃する。
「直に厄災龍とかいうバケモノがここに出現するらしい。ギルドはその為にこの近くに待機している。」
「それが俺に関係あるのか。」
「参謀のソルディックからの通達なんだよ。“大剣のケイン”を見た者は攻撃をせず、本部に報告せよ、と。ヤツはそのバケモノ退治にお前の力が必要と思っている。ティムってガキも、ギームとかいうドワーフも、バカみたいにお前を信じて待っている。当然、あの人も。」
「シアナの事か・・・ゴフッ、ゴフッ。」
ケインは、剣を杖代わりに何とか立ち上がると盾を捨て剣を構える。
「それを伝える為だけに、この戦場に紛れ込んだのか、貴様は。」
「ご冗談を。これはあの人への義理立てさ。」
「義理立て?」
「喋り過ぎたな、さぁ続きを始めようか。」
シュロスが再びケインに斬りかかろうとしたその時、一本の矢が二人の間をかすめ飛ぶ。
「止まりなさい、二人とも!」
声の主は、騎乗し弓をつがえるシアナだった。
「シュロス!アンタ一体何の・・・」
「それよりも彼氏の方を見てやった方がいいぜ。相当量の血を失って普通なら虫の息だ。」
「!?」
「その鎧も外した方がいい。そろそろ高値の付く騎士団の装備品目当てに南北の歩兵どもが群がってくる時間だ。」
「シュロス、アンタはどうするの。」
「狩りが、まだ終わってない。」
「冗談でしょ?!厄災龍を討伐しなければ何もかも終わりなのよ。」
「それは、ケインの役目だ。オレじゃねぇよ。」
「それじゃあ、アンタの役目って何だっていうの!」
シュロスは空馬になっていた馬に飛び乗ると笑って答える。
「ケインに伝えてくれ。ルフィアの事はオレに任せろ、って。」
「え?」
「じゃあな、シアナ。最後に会えて嬉しかったぜ!」
「待ちなさい、シュロース!!」
シアナの声に未練を見せる事無く、シュロスの馬は南軍大本営へと駆けていった。
投石機の投石が止む頃には、もはや両軍入り乱れての大混戦となっていた。
騎士の装備品に群がる歩兵たちは、もはや南北関係なく奪い合いを始める。中には速射式クロスボウを奪って南王騎士を打ち落とす南王兵まで現れる始末。
そんな中、シアナがギルド本営までケインを連れて戻った。
「ギーム、回復、回復魔法をお願い!」
「分かっておる、ケインの生命力を信じろ。」
ギームはケインに回復魔法を唱え、傷の治療を行う。
「恐ろしい男じゃの、シュロスとやら。後少し刃の位置がずれていたら致命傷になっておったぞい。」
「そうだよ、だってアイツは【ウロボロス】だもの。」
フィリスの言葉に周囲がざわめく。
「彼が自分からそう言ったのですか?」
ソルディックの問いかけにフィリスは静かに頷く。
「多分、シュロスはルフィアを助けたいのだと思う。多分、ルフィアは罪悪感で押しつぶされている。自分の命令で沢山の人が死んだ現実に。だからシュロスが行った。戦争の現実を一番身近に知る彼だから。」
フィリスはケインに寄り添うシアナに告げる。
「だからシアナが落ち込む必要は無い。アイツは死なない。そういうヤツ。」
「・・・ありがとう、フィリス。」
シアナはフィリスの励ましに笑顔で返し、互いに微笑みあう。するとその二人の間隙を縫うように、メルルンが大慌てでソルディックに走り寄り警告する。
「ソルディックさぁん、来ますぅ、来るのですぅ。」
「メルルン、残り時間は?」
「分かりませぇん、でも急いだ方がいいでぇす。」
「各員、戦場へ向かう用意を。魔術師、神官は可能な限りの強化魔法の配布を始めてください!」
「俺は・・・生きているのか。」
ケインは目覚めると上体を起こし、うわ言の様に言葉を吐き出す。
「すみませんが、早速お仕事です。ケイン。」
「お帰り、の一言も無ぇのかよ。」
「その代わりに先に報酬を渡しますよ。」
ソルディックがケインに見せたのは、鈍く銀色に輝く大剣と鎧だった。
「ブロウニーさんに依頼して製作して頂いた、ミスラル銀製の大剣と重装鎧です。
感覚は以前の鋼鉄製装備と同じになるよう調整していただいています。」
「すげぇ・・・」
ケインは、その出来栄えに感嘆の声を漏らし、装備を始める。
「討伐対象は、厄災龍【カラミティ・ドラゴン】。その巨体から、地上に這い上がるまで一定の時間を要するはずです。もし這い出し、飛び立たれた場合、僕達の敗北となります。」
「つまり、這い上がる前に仕留めろ、ってか。面白ぇ。」
ケインは大剣を大きく振り下ろす。次第に秘められていた彼の闘志が前面に現れた事を示すかのようにケインの口角が大きく上げる。
「心配は無用でしたかね。」
「何の事だ?」
「いえ。全てが無事に終わったら、分かりますよ。」
「了解。」
突如、大陸全土を巨大な地震が襲う。震源地は・・・
「来ましたぁ!厄災龍【カラミティ・ドラゴン】ですぅ!」
大きな地割れが南北両軍の激突する地点出現し、兵士たちを飲み込んでいく。
その暗い地の底から這い出る巨大な龍の顔。
「ギルド軍、北方騎士団、全軍突撃です!」
ソルディックの号令に併せ、鬨の声を上げ、厄災龍に突撃する軍団兵たち。今、1000年の安息を賭けた戦いが始まろうとしていた。
時はさかのぼり、シュロスは南軍大本営を駆け抜ける。
「侵入者だ!取り押さえろ!」
「おい、総大将。隠れてないで出て来いよ。シュロス様が挨拶に来てやったぜ。」
兵士たちを振り回し、とうとうシュロスは本陣までの到達を決める。そして天幕から姿を見せる、鎧姿のルフィアと聖騎士アンリ。
「何故貴方がここまで。」
「最初は見捨てるつもりだったさ。でも、その男の実体を知らずに処分されるのは忍びなくてね。」
「お下がりください、ルフィア様。この様な男のたわ事など聞く必要ありません。だろう?傭兵【ウロボロス】」
「久しぶりだなぁ、聖騎士様よぉ。」
「シュロス、何を知っているのです?」
「いいか、コイツは聖騎士でも何でもない、根っからの『戦争屋』なんだよ。二年前の戦争時、ラインフォート領領主の援軍にコイツの軍団は行くことが出来た、でも行かなかった。被害が拡大してから遅参した。その理由は、北方領の勝利が新たな大乱の呼び水になる事を計算していたのさ。ガキの頃から傭兵やって来たんだ、コイツの戦い方は勉強したさ。それで、だ。お嬢ちゃんには分からないだろうが、今日の戦場は南軍の動きが鈍い。おまけに新参のケインを自軍の副将にして出撃させた。なぁ、実は本気で勝つ気無いだろう?聖騎士様。」
「それは本当ですか?アンリ。」
「勝つ気が無い、とは失敬な。現に兵士は勇敢に戦っている。騎士の装備品を売り大金を得る為に。今回の戦いで勝利したならば、次なる戦いを民衆は求めるでしょう。仮に敗北したならば、北王は聖騎士アンリを破った事に気を良くし、次なる領土に手を出すでしょう。負の連鎖とはそういうものです、ルフィア嬢。一度の敗戦で失うものは貴女と私では天と地ほどの開きがある、それだけお伝えしておきましょう。」
聖騎士アンリの容赦ない言葉に、ルフィアは思わず膝を折る。
「しかし、目の前の勝利には全力で戦いますのでご安心を。」
「言っておくが、ルフィアを人質にするゲスな手段はオレには効かないぜ。」
「貴様如きに、姑息な手段をこの私が何故使う?では始めよう。」
聖騎士は一歩踏み出すと、長剣と小盾を部下から受け取る。
(さすがに威圧感がハンパ無いぜ。さて、どう踏み込む?)
本陣の兵士たちも息を呑んで見つめる中、先に動いたのはアンリの方だった。
シュロスの右に回込み、小盾でシュロスの右側面を殴りつける。
「がふ・・!」
怯んだシュロスの頭上目がけ、アンリの長剣が振り下ろされる。
鮮血が飛び散るも、シュロスは紙一重でこの攻撃を躱す。
「よく躱した。」
(危うく一撃で終わるところだった。なら次はこっちが行かせてもらう!)
シュロスは、両刀を構えたままじっと相手を伺う。
「・・・そこだ。」
聖騎士の剣が何もない空間を斬る。すると再び鮮血が舞い、苦痛に悶えるシュロスが姿を現す。
(何故、何故オレの場所が分かった?探知魔法でも唱えていやがるのか。)
「その強化魔法、全て消し飛ばしてやる。“大解呪“の魔法喰らいやがれぇ!」
シュロスが指輪を構え、解呪魔法を解き放つ。
「・・・カウンターキャンセル発動。」
アンリも同様の構えを見せる。同じ大解呪がぶつかり合い、そして無と消え去った。
「これが貴様の切り札か。」
「消された?・・だと。」
「その指輪がこの世界に一つしか無い、とでも思っていたのか。おめでたい男だ。」
(くそっ、インヴィジブル(透明化)発動!)
今度はその場で姿を消し、アンリの背後を取る。
(もらった!)
「無駄だ。」
アンリは、今度は背後から飛び込んだシュロスに小盾でカウンターを易々と当ててみせる。
(何でだ、何で全部読まれる!)
「俺が聖騎士と呼ばれるか判ったか。豊饒の女神より授かった、この“真実の目”がある限り、貴様のまやかしは全て無に帰すのだ。」
「わざわざ種明かしどうも・・・」
「この絶望的状況で、なお眼は死んでおらず、か。よかろう、望み通り最後まで全力でもって叩きのめす。」
シュロスも半ば諦めかけたその時、大地が揺れた。
「うおおっ!」
「厄災龍か?!」
シュロスは踵を鳴らし、空中に跳び上がる。
「ルフィア、掴まれぇ」
「シュロス!」
シュロスは鎧姿のルフィアを抱える。
大本営は地が裂け聖騎士アンリを含めほとんどの者が地の底へと落ちていった。
「さすがの聖騎士アンリも飛行アイテムは持っていなかったか。」
「シュロス、私・・・」
「今は何も言いなさんな。オレは今の君を責めやしない・・・」
シュロスの眼前にあるもの、それは厄災龍が大きく口を開ける姿だった。
(ど、ドラゴンブレス。あれを喰らったら終わりだ。彼女を抱えたままじゃ逃げる手段がオレには無い・・・いや、そうでもないか)
「シュロス?」
シュロスはルフィアに微笑み、天に指輪を掲げる。
「豊饒の女神よ、我願う、ルフィア=ラインフォートを厄災龍の息から護りたまえ!」
次の瞬間、厄災龍が放つ獄炎の息が二人を飲み込んだ。
再びギルド軍、いやもはや南北混成軍と呼ぶべきだろうこの一団は、厄災龍との死闘を繰り広げていた。最初のドラゴンブレスは両軍に壊滅的な被害をもたらした。次のドラゴンブレスを喰らえばもはや止める戦力は皆無となる。
「うぉぉぉっ!」
ケインはひたすら前足を叩き、厄災龍からの攻撃を誘う。
「最大火力の魔力はまだ温存するように。支援魔法を優先で。矢弾への魔力付与も忘れずに行ってください。通常の矢弾では厄災龍にダメージは通りません。」
ソルディックは陣頭指揮を執り、各部隊への命令を行う。
「ソルディックさぁん。見えましたぁ。勝利の運気がぁ。」
「本当ですか!教えて下さい、メルルン。」
「はぁい。まず、厄災龍の眉間に強い力をたたみ込むでぇす。たぶん、ケインさんが適任でぇす。厄災龍がケインさんに耐えかねて顎で潰しにかかりますぅ。その時がチャンスですぅ。
眉間は厄災龍に痛みを与えますぅ。正しく言うと吸われた魂の叫びなのですがぁ。このタイミングで厄災龍が竜の息を吐く為大きく口を開きますぅ。ここに全火力の魔法を叩き込むですぅ。火力で勝てば厄災龍は再び奈落へと落ちますぅ。」
「失敗の場合は、全滅ですね。」
「だから運気ですぅ。」
「教えてくれて感謝しますよ、メルルン。君は僕達の勝利の女神になるドワーフです。だから、最期まで見届けてください。彼ら南北軍、そして冒険者達の戦いを。」
「必ず見届けて、ヴァネッサ様にお伝えするですぅ。」
ソルディックはテレパスを唱え、ケインに念を送る。
(コイツの眉間にか?)
(そうです。全力で叩き込んでください。直に顎の叩きつけ攻撃が来ます。)
(わか・・・)
途中で交信を遮断し、大きく息を付く。
「慣れない呪文はさすがに疲れますね。先に僕の方から、ケインに先鞭を付けました。さすがに全域へのテレパスは僕には無理なのでメルルン、どうかお願いします。」
「はぁいなのです。」
メルルンの交信が戦闘区域の戦士達全員に伝わる。
北方軍投石機部隊。
「親方ぁ、投石機の鉄火弾もあの野郎にぶつけましょうぜ!」
「バカヤロウ、あの大砲がこっち向いてきたら俺達も終わりだろうが!」
「確かにそうでした、スミマセン。」
南方軍残存部隊。
「ヴァネッサ様の呪術師か?なら信じるしかねぇな、この際」
「明日になればどうせ敵同士になるんだ、今は仲間でいいだろう?」
「明日があればねぇ・・・」
北方軍残存部隊
「何かドワーフ達が盛り上がってるわね。」
シアナが不満げに呟く。
「割と隠れアイドルっぽいみたいだよ。不思議ちゃん系のエキセントリックな感じが良いんだってさ。」
ティムが本人も良く分かっていないような解説をシアナに言う。
「ワシは余りタイプでは無いな。どうも話が噛み合わん。」
「誰もオジサンのタイプは聞いていない。彼女の言葉は信じるに値する。」
「誰がオジサンじゃい。ワシはまだまだ若いんじゃ!」
「新しいツッコミ役が増えて本当は嬉しい癖に。アタシもこれでお役御免で嬉しい限りよ。」
死地の中、わずかだがフィリスの周りに笑いの輪が広がる。
(絶対に勝つ。シュロス、お前は勝ったか?勝ったと信じてるぞ、みんな)
厄災龍がその首を大きく持ち上げた。ケインの居る場所目がけ、自身の前足など無いかのように叩きつける。
「生きておるか、ケイン。」
「ああ、何とか。」
「最後の回復魔法じゃ。後は気合で凌げ。」
「相変わらず、無茶を言う。」
「ケイン、“飛行”の呪文!厄災龍と一緒に落下なんてしないでよ。」
「ああ、俺に任せておけ。」
「!?」
ケインは踵を返すと厄災龍に向かって走り出す。
「何かあったか、急に顔を赤らめて。」
「分からない。けど、ケインがすごく大人に見えた気がした。」
「なら、きちんと伝えるべきじゃな。お互いに。」
「うん、絶対に勝つ!」
厄災龍の眉間にまで到達すると、ケインは飛行を使い距離を取る。
「俺が到達するまで起きてくるなよ、厄災龍!」
ケインは、ミスラル銀の大剣を構えると、加速を付け厄災龍の眉間にその大剣を突き立てる。
「これで、どうだぁっ!」
「グオオォォォン!!」
これまでの戦いで上げた事の無い、悲鳴ともとれる音が周囲に轟き渡る。
「やったか!」
「ダメ、まだ口が開かない!」
厄災龍は、何とかケインを振り落とそうとする。その動きに大剣の柄は離すまいとケインは懸命にこらえる。
(チキショウ、足場が無けりゃこれ以上差し込めねぇ。ここまで来たっていうのに、諦めてたまるかよ!)
皆が、厄災龍の動向を見守る。半ば諦めの空気が流れたその時、厄災龍はその動きを止める。
「ボクにだってミスラル銀の武器はある!一振りでも多く叩き込んでやるんだ。」
ケインが付けた傷口に叩き込んだ、ミスラル銀の短刀での連撃。厄災龍を止めたのはティムの捨て身に近い攻撃だった。
「厄災龍の口が開きます!ワッチの合図で一斉に撃ち込んで下さい!」
メルルンから全員にテレパスが飛ぶ。
「・・3・・2・・1!今です!!」
ギームがその手に金色の槍を召喚する。
「アビスへ還れ、厄災龍。戦神の槍(サンダースピア)!」
シアナがその最大魔力で精霊の力を指先に集める。
「四大精霊よ、今一つになりて不浄なる全ての存在を消し去らんとせよ。エレメンタル・ストライク(精霊の一撃)!」
魔術師部隊、神官部隊も持てる魔力全てをその口の中へを撃ち込む。
が、徐々に口の中が光輝き始める。
「この野郎、さっさと諦めやがれぇ!」
ケインが渾身の力で大剣を根本近くまで押し込むも、なお未だ厄災龍は、もがきあがく。
「まだ耐えますか。さすがは、というところ。しかし使役する貴方の魂力には限界があります。これで終わりです、モルゲス=ヘイドラー。厄災龍と共にアビスへ行きなさい。」
ソルディックは、呪文を唱える。しかし、その詠唱を聞く者は、誰もいなかった。ある一人を除いては。呪文を一斉掃射した後に討伐軍が見たのは、力を失い崩れ落ちていく厄災龍の姿、そして断末魔の鳴き声であった。一瞬の静寂の後、周囲は大歓声に沸きあがる。しかし、再び巨大な地震が起き、皆を恐怖させる。そして地割れは元の姿へと戻っていく。
「ケイン、ケイン!」
狂ったように無くわめくシアナを皆が引き留める。
「聞こえてるよ、あんまり喚くな。」
裂け目が閉じる直前、飛び出すケインの姿を皆が確認し、ホッと胸を撫でおろす。
「だったら返事くらいしなさいよバカぁ!」
「手ぶらで帰るのも何だし、と思ってよ。」
ドサっと地面に落とされたのは厄災龍の鱗だった。
「鱗・・・?」
「いや、ドラゴンの鱗って言ったらレアアイテムの定番だしさ。高く売れるかな、と。」
「厄災の塊じゃぞ、誰が買うんじゃこんな物。」
「あぁ、メルルンなら買うかも。あの子呪術師だし。」
フィリスが適当な事を言うと、周囲が笑いに包まれる。
「あンた、そのせいで遅れたんでしょ。間に合わなかったらどうする気だったのよ。」
「間に合うさ。」
「何、その自信。」
「お前が待ってる。」
「!?」
「さーて、後は若い者に任せて祝勝会の準備でのするかのう。」
「いや、ボク達の方がケインより若いよ?」
「野暮な事は言うな。さ、行くぞ。」
一方、ソルディックとメルルン。
「初めて見ましたぁ。時間呪縛(タイムストップ)の呪文を使える人ぉ。」
「さすがに気付きましたか。タネ明かしも何も、単純にその呪縛時間に最大火力の攻撃魔法を置いただけです。(笑)」
「ヴァネッサ様に伝えておきますぅ。あの人にケンカ売ってはダメですぅってぇ。」
「いや、僕も同行するよ。君の力を借りた分、今度は僕が彼女にも協力する番だ。」
「北の人たちは大丈夫ですかぁ?」
「しばらくは往復だね(笑)。」
「じゃあ、よろしくお願いしますですぅ。」
「それとも、祝勝会に参加するかな?」
「遠慮しておくですぅ。目立つのは、まだ恥ずかしい年頃なのですぅ。」
「(ドワーフの年頃って何歳だったかな・・・)それならテレポートを唱えるよ。さ、お嬢さん、お手を。」
「はい、ですぅ。」
こうして二人はヴァネッサの元へとテレポートする。
時は遡り、南王領王都王宮。
クレミアは、ルフィアの私室のベッドメイキングを行っていた。
(ルフィア様がいつ戻ってもいいように、ここだけはいつも清潔にしておかないと。)
本来であれば、神官である以上それなりのお勤めがあるのだが、ヴァネッサの計らいで王宮内の出入りが許されており比較的自由行動を取る事が出来た。
「クレミアさ~ん、ヘルプお願い~。」
「あ、今行きます。」
クレミアがルフィアの部屋を出ようとした直後、強烈な地震が王都を揺らす。クレミアは咄嗟に棚から避難し難を逃れる。
「皆さん、無事ですか!」
「棚の食器が落ちたけど平気よ。クレミアさんは大丈夫?」
「私も無事で・・・?」
ルフィアのベッドの上で輝く人の姿。やがてそれは、鎧をまとった、ベッドの主へと姿を変えていく。
「ルフィア様?!どうしてここに。」
「ルフィア様?クレミアさん、ホント大丈夫?」
宮女の心配の声もよそに、クレミアはルフィアのそばに駆け寄る。
「ルフィア様、お怪我はありませんか?」
「シュロスが・・・」
「シュロスと会われたのですか?」
「シュロスが、私を助けてくれた。“願いの指輪”の力で。」
「彼は、彼はどうなったのです?」
「シュロスは、女神に私の名前しか告げなかった。だから・・・」
「選択したのは彼です。なら、彼の分までルフィア様が生きるしかありません。戦争の勝敗はいずれ分かります。どちらとなったにせよ、私はルフィア様の味方です。」
クレミアの力強い言葉に、泣き崩れるルフィア。その姿は、今までの様な毅然とした凛々しさは消え、ただ一人の少女としてクレミアには映るのだった。
厄災龍戦以降、北方領の力は地に落ちた。そしてわずか1年で南王軍によって制圧され、北方領は滅び、初の統一王朝が誕生する。旧ラインフォート領は、ソルディックの暗躍もあり晴れてギルド直轄領となり、自由都市ラインフォートが誕生する運びとなった。しかし、市長として推薦されたルフィア=ラインフォートはこれを辞退、ラインフォートの姓も国王に返上する。彼女は自らが引き起こした戦いで亡くなった兵士を弔う為として、神官の道を選ぶ。こうしてルフィアもまた、クレミアらと共に祈る事で、自らの心の平穏を得たのだった。
自由都市ラインフォート
わっせ、わっせ、と大勢の人の手で引き上げられる大空を指差す、一人の男性の彫像。
「あれ、誰だ?」
フィリスが呟く。
「ホント、誰だろうね。」
ティムも同様に呟く。
「何だ、お主等あの方を知らんのか。あの方はじゃの・・・」
髭をピクピクと引きつかせ、ギームが自慢げに語る。
「冒険者の英雄、モルゲス=ヘイドラー氏です。この方がいなければ、冒険者の結束は無かった、と後世の歴史家は書き記すでしょうね(笑)。」
「んなっ!」
「私の記憶と全然違う・・・」
「ボクの記憶も違う・・・」
「そうやってもったいぶってるからソルディックに取られるのよ。」
「貴様も言えた口じゃなかろうが!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。」
ソルディックは二人の諍いを止めようとするも、逆に睨まれてしまい思わず苦笑する。
「で、結局この銅像は何なのさ?」
「単純に偶像ですよ。あの戦いの。100年、200年先には僕達はこの地にいません。ギームにしても分かりません。シアナは恐らく語らないでしょう。でも偶像は残ります。石碑に名が刻まれた冒険者達を奮い立たせた勇気ある人として。僕は今を生きるので手一杯です。」
ソルディックの言葉にフィリスとティムは不思議そうな顔をする。
「そうだ、ボクも慰霊碑作らなきゃ。リリーのも、ガロア牧師様のも、ブロウニーのも。」
「たくさん亡くしたんだな、ティム。」
「やっと口に出す事が出来た。ボクだけが忘れない、じゃダメなんだきっと。」
「おおぃ、お前らメシの準備出来たぞ~」
皆が振り返るとエプロン姿のケインがギルド新会館から手を振っているのが見える。
「メシだ、メシだ~!」
シアナ達は急いでギルド新会館へと走っていく。
「だいぶ、様になってきましたね、ギルドマスター。」
「誰のせいだと思ってるんだよ。」
「誰のせいでしょうね。」
「相変わらず皮肉の通じないヤロウだ・・・」
「妹さんは呼び寄せないのですか?」
「ああ、彼女は彼女なりに役目を見つけた。ルフィア嬢の事も見てくれている。それ以上、俺から求めるものは無いよ。」
「彼女には、“お兄様が寂しがっていた”と伝えておきましょう(笑)。」
「サラっと図星を指しやがって・・・でもよ、やっと名乗れて嬉しいぜ。」
「ほう?」
「今まではどちらかと言えば冒険者は、ならず者と同じ扱いだった。けどこうして皆が各地に飛び回って活躍してくれた事で、冒険者は違う意味の言葉になった。英雄とは違う、でも困っている人を見捨てず果敢に助けてくれる身近な人、のような。」
「僕も同じ気持ちです、ギルドマスター=ケイン。」
「だから今は胸を張って言える。“冒険者ギルドへようこそ!”ってな。」
「どーしてこーなっちまったんだろうなぁ。」
鬱蒼とした森の中。
「頭の中の記憶じゃあ、女神様がオマケで助けてくれたっぽいけどよぉ。」
男は周辺を見渡す。取りあえずは食料になるモノ。
「装備は残った。火は手持ちの装備でしばらくは熾せる。」
再び大きく嘆息すると、立ち上がり日の差す方へ目指す。
「お、割とすぐ抜けるじゃん。」
森を抜けると見渡す限りの草原が男を出迎える。
「生き永らえたなら、選択するしかねぇだろ女神様。ああ生きるやるさ、“冒険者”として。」
長い時間お付き合いいただいて心から感謝をしよう。これにて彼等の物語は閉幕である。詳細は伝聞につき多少脚色を交えている事はご容赦願いたい。・・・どうやら私の目的地に着いたようだ。と、この語り口は疲れるなぁ。最後に本当のボクの自己紹介だけ終えて幕引きにするよ。ボクの名はクロード、通称“大剣のクロード”。父は人間で、母はエルフ。いわゆるハーフエルフって人種さ。ボクの物語はいつか他の≪アンノウン≫が語る、と思うよきっと。それじゃあ、いつかどこかで!
≪アンノウン≫ ものえの @bono_63
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