第5話 人間の村

 俺が魔物を倒して森の中を彷徨っている頃、森の外の世界の近くに村があった。

 村の名前はトランテル村、人族達が少数住んでいる小さな村である。

 トランテル村から南西10km程離れた場所に人族国家リーオグレンドがあり、この国から深く黒い森ダークネイチャー依頼クエストに向かう冒険者達が多く在籍している。

 そんな冒険者達は森に近いトランテル村を拠点とする事が多く、村には冒険者専用の宿屋などの設備がある。

 そんなトランテル村の宿屋から出てきた金髪の女性はゆっくりと太陽を見上げて背伸びをする。


「うーーん! 気持ちの良い朝!」


「ウィルトン……相変わらず朝早いわね」


「もう少し寝ていたいです……」


 ウィルトンは大きな杖を持ち、今日も元気な笑みを皆に見せた。


「だって、私達"銀色の風"パーティ初めてのクエストなのよ! アリウス、クォンも嬉しかったでしょ? 私、楽しみで夜も眠れなかったんだから!」


 "銀色の風"、それが彼女の所属する女性のみで構成されたパーティの名前だ。ウィルトンはそのパーティで聖職者プリーストとして活動している冒険者だった。

 黒髪で女性用の革製鎧レザーアーマーを着た、剣と盾を持つ女性は戦士ファイターアリウス、気怠げそうにナイフホルダーを腰に付ける盗賊シーフクォンもウィルトンと一緒に活動する冒険者達だ。

 ”銀色の風”の今回の目的は深く黒い森での簡単な身辺調査だ。新種の魔物の出現や森の異変についてギルドに報告することが彼らの任務である。

 これは一般の冒険者にとっては簡単な難易度に割り当てられた依頼であり、報酬も安い。しかし、”銀色の風”自体が新しいパーティなのでこう言った簡単な仕事でさえも大変重宝するのだ。

 ウィルトンはストレッチをしながら朝の陽ざしを気持ちよく浴びる。今日は自身の初陣と言う事もあり、2人よりも張り切っていた。

 ウィルトン、アリウス、クォンは準備を終えると宿屋から出た。ウィルトン達の姿を見た村人の1人が3人へと寄って来る。


「おはよう3人とも」


「おはようございます村長さん」


「調子はどうだい? よく眠れたかな?」


「はい! 眠れなくてもすっきりです!!」


「元気が良くて何よりだ。そうだ、みんなに話さないといけないことがあるんだ」


 村長は突然深刻な顔へと変わる。ウィルトンは不思議そうに尋ねた。


「どうしたんですか?」


「今回、君たちは森の中へ身辺調査をしに行くのだろう? 今回は止めたまえ」


 突然村長が今回のクエストの中止を提案してきたのだ。

 それ聞いたウィルトンは一瞬間を開けた後に空気が抜けたような返事をする。


「……へ?」


「それはどうしてだい? 村長?」


 ウィルトンの代わりにアリウスとクォンが前へと出て話を聞く。


「実は、最近森に巨大な魔物の目撃情報が相次いでいるんだ。それはかなりの大きさの魔物らしく、真正面から出会ってしまったら命が無い。だから、我々は改めてリーオグレンドの冒険者組合ギルドに伝達をしたのだよ」


「そんな……じゃあ、今回の身辺調査は無しってことかな?」


「うーーん、そんな危険な魔物が蔓延っているのであれば、私たちの安全面を考えたら、確かに中止にならざるを得ない。それに私たちはまだ駆け出しのF級冒険者だ。F級にそんな危険仕事をやらせる程、冒険者組合奴らも鬼じゃない」


 確かにアリウスの言う通りだ。私たちはまだ冒険者組合に入って間もないF級最低ランクの冒険者だ。でも、この依頼が私たち”銀色の風”にとってどれほど大きいものだったことか。冒険者の数が多くなり、依頼を受けることだって苦労した。だからこそ、今回の身辺調査をどれほど楽しみにしていたことだろう。ウィルトンは悔しさから下唇を噛みしめる。


「わ、私は! 納得いきません!!」


 突然ウィルトンは大きな声を上げた。無論、周りの仲間たちも驚いた様子を見せる。


「ウィ……ウィルトン、気持ちは分かるけど遭遇したら命に係わる魔物かもしれないんだよ? 依頼なんていつでもまた受ければ良いじゃん?」


 クォンの言葉にウィルトンは涙目を向けた。


「この依頼を受けるのにどれほど苦労したか! 私たちは新参の冒険者パーティで、しかも女だけって理由で舐められ続けて……でも、やっと取れた依頼を……こんな形で台無しにしたくない」


 ウィルトンは視線を落とし、涙を流した。

 2人は顔を見合わせた後、少しの無言の時間が続いた。そして、少し目で見合った後にアリウスが頭を掻きながら口を開いた。


「分かったよウィルトン。確かにお前の言う通り、この依頼を受けるまでかなりの時間を有した。正直、私も依頼に出られることを楽しみにしていたんだ。なぁ村長さん、その魔物ってこの村近辺に出現したのか?」


「いや、近辺ではなく森の中域だと話していたな。森の奥へ向かう冒険者団がそう言っていたからな」


「なら、必ず奥へは行かないと言うのを条件に森の身辺調査をさせてはくれないだろうか? それなら迷惑はかけないだろう」


 村長は少し考えた素振りを見せる。ウィルトンは村長の返答を心配そうに待っている。


「……分かった、その条件であるならば森へ立ち入ることを許そう。ただし、少しでも異変があるようならすぐに村へ戻ってきて報告するんだ、良いな?」


 村長の言葉にウィルトンの目に光が戻る。腕を空高くまで上げて喜びの様子を見せた。

 こうしてウィルトン……いや”銀色の風”にとって初めての冒険が決まり、3人は武器を手に持つ。そして、3人は深く黒い森の中へと入って行くのであった。

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