II 騒音

明日、俺 ——高橋要たかはしかなめ は山形県に行く、4日間の旅行だ。今の時刻は11時15分。明日は早いのでもう鞄とスーツケースの支度を終えなければならない。旅行の計画は以下だ、明日の朝5じに起きて車に乗って今俺が住んでいる京都から富山県まで運転をする。そしてそこある村で一泊して山形県へ向かう。俺は大の旅行好きだ。よくこういう意味の分からない旅行を行う。特に目的地など無くただただ歩き回ってはストランで各地の名物を食べる。そういう旅行が俺だ。何なら一つの趣味でもある。自分の家から遠い場所を探検している様で、まるで小学生のようにワクワクするのだ。

 スマホ、4日分の服と予備を一着、寒くなるといけないのでジャケット、カメラ、パジャマ、山形県のホテルの予約チケット、保険証、歯ブラシ、歯磨き粉、シャンプー、コンディショナー、ボディーソープ、日焼け止め、薬…

 全部言ったらきりがない。最後に折り畳み傘を鞄のサイドポケットに入れて、パンパンになったカバンを玄関に置いた。さて、そろそろ寝るか。そう思いながら、アラームを明日の4時半にセットしてふかふかの布団に身を任せて飛び込んだ。干したばかりのシーツはポカポカしていた。

 

 ブーブーブーブー うるさいなぁ ピッ

 ブーブーブーブー なんだよ


目が覚めた。いつもと同じ白い天井が見える。時計を見ると4時5分を針がさしていた。窓から見える外はまだ暗かった。寝ている間に一度アラームを切ってしまったようだ。キッチンへ行って俺は軽い朝ご飯を作った。目玉焼きトーストだ。引き出しから小さなフライパンをとって油を振る。そこに先ほど冷蔵庫からとった卵を割ってフライパンに乗せる。ジュワァーという音が静黙せいもくなキッチンの唯一の音だった。ふぁあー。あくびとともに手を伸ばした。目玉焼きができたのを確認すると、トーストに乗せてお皿にのっけた。そして、フォークとナイフをお皿の隣に添えた。俺のキッチンはオープンキッチンだったので、キッチンからリビングルームが見えた。俺のリビングルームは未来感が感じられる殺風景でミニマリストなリビングルームではなかった。色々な国や都道府県のお土産や酒の瓶が飾られてあった。さっきも言った通り、俺は日本中を旅したから、土産も多いに決まっている。リビングルームにある漫画やお菓子の袋が散らかってある汚いテーブルにスペースを開けて、目玉焼きが覚めてしまう前に食べた。特別美味しかったわけでもない朝食を食べ終えたら、顔を洗って歯を磨いて髪の毛を整えたら、今度は玄関に向かった。ハンガーにかかっていたパンパンにものが詰められたカバンとスーツケースを背負い、カレンダーのページを一枚切り取った。もう夏の8月一日だった、2024年の。そのカレンダーの紙をクチャクチャに丸めてバスケ選手のようにゴミ箱を狙って投げたら予想通り入らなかった。やれやれと思いながらクシャクシャに丸められた紙ボールをしゃがんで拾っては、手でごみ箱に捨てた。玄関のカギを開けて外に出た。いつものように戸締りチェックを二回する。空はまだ暗いので、半そで半ズボンの俺は少し寒かった。車内に入って、暖房をつけた。そしてナビを富山県まで設定する。ロック系音楽をラジオから聞きながら夜の運転を楽しむ。これがたまらなかった。

 それから2時間が経過してトイレに行きたくなった。時刻は7時、ちょうど太陽が昇り始めている。東の空が白く光り始めている。近くにあるサービスエリアの駐車場に停まり、トイレに向かった。朝の太陽が気持ちよかった。トイレでやることを済ませた後、サービスエリアにあった「ベーカリー」と書かれた看板がつってあったパン屋に入って小さなチョコレートのクロワッサンを買って車に戻った。

 家から出て5時間ぐらいだろうか。予定より少し目的地に着くのが遅くなってい閉まった。俺の車を富山駅の駐車場に駐車した。太陽はもうとっくの前に昇っていた。腕にある銀色のJaeger-LeCoultreを見ると、針が12時2分を指していた。Jaeger-LeCoultreはスイスの高級時計ブランドで、昨年決心にて20万円で買った腕時計だ。今いる富山駅は、美しいデザインとモダンな施設で知られている。駅舎はガラス張りで、洗練された外観が特徴だ。また、施設内にはショッピングモールや飲食店もあり、快適な時間を過ごせるようになっている。車を降りると20メートル先に路面電車が走っているのが見えた。富山駅の最大の特徴と言えば、新幹線駅に路面電車が乗り入れた点だ。すぐ隣の道路を走って駅の中に入っていった。俺は、駅のガラス張りになった壁に反射した太陽の光のせいで視界が真っ白だった。

 ひとまず富山駅の周りを歩いてみようと思い歩み始めた。周りには高い高層ビルがそびえたっていた。高いビル、大きなマンション、幅が広いアパート、オフィス… そして、大きな建物の間に古臭い建物がぽつんと建っていた。壁は緑色に錆びていて小さな窓が二つ。真っ白なモダンな建物に挟まれて、すごく目立つ。歴史を感じさせる店構えだった。玄関の上の看板に「1947年から、西町大喜 西町本店」と書かれていた。隣には大きな写真が飾られていた。富山名物の富山ブラックというラーメンの一種だ。ちょうどお腹もすいていたのでそのラーメン店に入ってみることにした。玄関の暖簾のれんをくぐると濃い醤油ラーメンの香りが漂ってきたとともに

 「いらっしゃい」

という元気良い声が聞こえた。俺も会釈を返すとラーメンを作っていた人が万遍まんべんな笑顔を返してくれた。

 何を頼むのかはもう決まっていた。もちろん富山ブラックだ。富山ブラックは、濃い醤油ベースの黒いスープが特徴のラーメンだ。富山地方独特のラーメンであり、濃厚で風味豊かな味わいが人気だそうだ。早速頼もうとしたところ店の人が俺のカウンターまで来た。

 「ご注文はお決まりですか」

とペンと小さなメモ帳を両手に持って聞かれた

 「はい、えー、富山ブラックを一つと、飲み物はお水で」

 「はい、かしこまりました」

店内はカウンターのみで27席あった。そのうちの俺含めて7席が埋まっていた。

 俺が一席開けて座った隣の人もラーメンを食べている。色からしてきっと豚骨ラーメンだろう。こちらまで匂いが漂ってきた。

 「おめしあがれ」

そう言って富山ブラックラーメンと水のボトルとコップを自分のカウンターの机において調理場に入って行った。

 そのラーメンはスープの色が想像以上の黒さで、見た目からインパクトを受けた。麺と具の表面も醤油の色に染まるほど黒かった。不思議だなと思いながらその醤油ラーメンの麺を箸に絡ませて、フーフーと吹いて口に運んだ。旨かった。このしょっぱさが何故かクセになる。

 「これが富山のご当地ラーメンとして知られる「富山ブラック」かぁ」

思わず小声で言ってしまった。富山ブラックを完食してから、席を立って会計を払って暖簾を再び暖簾を潜って外に出た。太陽がまたまぶしかった。

 それから2時間ぐらい富山を散歩して車に戻った。ブルルンという音と共に出発して次は「黒部ダム」まで向かった。黒部ダムでは観光放水が有名だ。特に夏場は、標高1,470mにある黒部ダムは涼しく、人気の避暑スポットでもある。

 ダムにつくと、想像以上に寒かった。夏なのに久々に寒さを覚えた。少し山道を歩くと鼠色の建物が見えてきた、ダムだ。何万トンものコンクリートで作られた巨大な壁。想像をはるか絶する大きさだ。雄大な北アルプスの大自然に抱かれる黒部ダムは、高さ186mと日本一を誇り、世界でも最高クラスなのだ。日は水煙をあげる豪快な放水は時間がないから見れないのが残念だった。一瞬だったがすごくインパクトが強かった黒部ダムに記念写真を撮って車に戻った。

 帰りは数十キロメートル先の交通事故のせいで大渋滞だった。あちこちからクラクションの高い音がピーピー聞こえてきた。やがて、自分も含めて道路の自動車がすべて完全に停止した。そのせいで今日泊まる予定の村に着くのが1時間遅れてしまった。その村は古い村で自然がきれいな村だ。住民は2000人ほどで富山の町はずれにある。今日ここで一泊して明日朝の10時に山形県に向かう。明日のこの村の朝の景色を見るのが楽しみだった。

 広い空き地に車を駐車して、降りた。まさに森の中だった。周りには高い苔が生えた木々が数えきれないほどたくさん立っている。もう木が邪魔で30メートル先も見えない。すごくきれいな景色だった。日本ではないようだ。雑な山道を少し歩き進めるとともに土地が開けてきた。石の家が見えた。大きな薄い茶色の岩が積み上げられている。そして苔とつるでところどころ緑になっている。日本では珍しい古い岩の家だ。さらに進むと、似たような家がたくさんあった。小さなお店から、家、飲食店もある。だがすべて何百年も前に作られた苔むした岩の建物だ。

 70歳ほどの女性が木の下で立ち尽くしていた。目をこれ以上開けれないほど目を開いてどこかの一点をじっと見ている。近づいても気づいてくれない。何か気まずかった。さらに近づいて4メートルほどの距離まで縮まった。

 「あの、すみません。蒼穹住居がどこにあるかご存じですか?」

女性はハッと我に戻り

 「すんませんかて、なんだったら、その住まい、どこにあるんか、さっぱり分からへんわ」

 「はい?」

 「お前さん、富山の者ではないじゃろ」

 「いいえ、旅行で来ています。京都出身です」

 「やっぱり。つい富山弁でしゃべってしまったよ」

 「あ、いえ、全然」

 俺は初めて富山県を聞いた。いや、存在すら知らなかった。

 「この村は小さくて古臭いけど、優しさと居心地よさはどこにも負けないわい」

 「そうですか。俺、この街の雰囲気と景色が凄く気に入ったよ」

 「そりゃありがとさん」

そう言って場を撤退すると、岩の家に見とれながら、ふとあるものが目に入った。小さな矢印つきの看板だった。その矢印は細くて狭い道を導いていた。その木製の看板に近づくと次が書かれていた。

 

 《蒼穹住居》


 一見見ただけじゃ読めなかった。だがどこかで見たことがる気がする。俺が今日一泊するアパートの名前だ。これを蒼穹住居そうきゅうじゅうきょと読むらしい。その狭い道を俺はわたることにした。大人一人がやっと入れるぐらいの、肩幅より少し大きい道だ。蜘蛛くもの巣がかってそうで入りたくなかったが宿泊するにはどうせ渡らなければならなかった。まだ時刻は4時半だった。その道は思ったよりも長くてたまに出っ張った石があったため、横歩きをしなければならない部分もあった。一体なんでこんなに狭い道を建築したのだろうと思ってしまう。

 その道から出たら今度はお店が何件かあり家も何件か建っている。空は木々に囲まれて周りも同様だ。天井を塞いでいる木から太陽に光が刻まれたかのように入ってくる。まるで、半径100メートルぐらいの木々でできたドームの様だった。店には、銅や鉄でできた手作りのお椀やお守りのような飾り物が売られていた。もう一つの店には、布製のカバンや服が売られている、これも手作りだ。そして、何件かの家がポツポツとあった。どれも石でできた古い建物だ。

そして一番奥に蒼穹住居があった。大きくもないが、小さくもない、二階建ての宿泊所だった。

 中には入ってひとまず荷物を置くことにした。玄関には茶色いチョコ板のような扉があった。その扉をノックしてから金色のドアノブを握って回した。中に入っても誰もいなかった。シーンとした薄暗い部屋が少し不気味だった。玄関にある棚には、和風の色白の女性の人形が飾られていた。髪の毛はおかっぱで、肩に着くかつかないかぐらいの長さだった。靴を脱いで電気をつけようと動いた瞬間、物音がした。壁には古い坊主の女性の絵が飾られていた。ギシギシ、という音が玄関中に響いた。何だと思うと同時に人影が見えた。身長はやや低め。その人影が近づくたびに影がなくなって色がつく。おじさんだ。50歳位ぐらいの。そして、その人も坊主だった。

 「蒼穹住居にいらっしゃいやす」

 きっと蒼穹住居の主だろう。

 「あ、こんばんは」

 「予約してあっけ」

 「はい、しました。二日前宿泊を予約した高橋要です」

 彼は近くの棚にあった古めかしい緑色のノートを取り出しては。要、要、と独り言で俺の名前を探していた。

 「おったおった。お主の部屋は13号や。これがカギやで。何か分からんこととか、困ったことがあったら、なんでもきいてや」

 「はい、失礼します」

 とそういわれて、銀色のシンプルな「13」と書かれたカギをもらった。玄関の前にあった廊下を渡った。廊下は薄暗くて少し不気味で地面がギシギシと唸っていた。茶色い扉が果てない廊下に沢山こびりついていた。左右の扉の上に書かれていた番号を確認しながらその廊下を進んでいった。

 

 9 10 11 12 13


 あった。鍵を穴に差し込もうとした。


 嫌な予感がした。


 鍵を一度抜いてから、鍵穴からかすかな冷たい空気が通って手元に当たる。カギを握っていた手から汗が染み出ていることが自分でも感じ取れた。

 「なんだよ、何怖がってるんだよ。ただの部屋じゃないか。なにおびえてるんだよ」

 小声で自分を洗脳しようとする。だが本当に怖いと思っているので効かなかった。一回外に出たかった。だが足が動かなかった。意を決して鍵を鍵穴に再び差し込んで一回半回転させる。

ガチャリという鈍い音がして扉が開いた。心を構えて少しずつ扉を開く。片目で少しだけ開いた扉から中を見た。だが何もなかった。ごく普通な小さな部屋が広まっていただけだった。テーブルと小さなソファ。古いテレビとシンプルなキッチン。地面はたたみだ。奥には白い扉があった。きっとトイレだろう。壁には絵が何点か飾られていて窓が2つある。

 

 なんだ、何もないじゃないか


 部屋に入ってソファの隣に荷物を置いた ——リュックサックとスーツケースを一つずつ。置いたらすぐに白い扉に向かいトイレに入った。そのつぎキッチンに向かい水を飲もうとしたら...

 コンコン

リビングルームの廊下に続く扉から誰かがノックする音が聞こえた。誰だろうと思って扉に向かうと不安感が沸いてきた。誰だ誰だ誰だ。扉についていたのぞき穴から外の様子をうかがった。そこにはこの宿泊所主が立っていた。主だとわかって扉を開けた

 「何か用ですか」

 「これをわたすん忘れてもた。これが蒼穹住居のルールや。くれぐれも守るようにな」

 「あ、はい。読んでおきます」

 渡されたのはプラスチックでカバーされているA4の大きさの紙だった。そこにいくつかのリールが説明されていた。デザインはシンプルで「蒼穹住居のルール」と書かれていて隣に危険マークが付け加えられていた。ルールは次だった。

 ・夜1時から朝の5時までのの出入りは禁止されています

 ・夜は大きな音を立ててはいけません

 ・部屋以外での飲食は禁止されています

 ・隣の部屋の人たちにも親切にしてください

 ・凶器や危ないものを持ち運んではいけません

 ・お支払いは最後に払います

以下の六つがこの施設のルールだった。もしルールを破ってしまったら罰金や追い出されることがあると左下に小さく書かれていた。

 この小さな村を軽く散歩してみようと思い今さっきソファに置いたリュックサックを背負い蒼穹住居を出た。外は相変わらずきれいだった。苔の生えた木に家が包まれて緑と薄茶色い家の色のコントラストがきれいだった。メインの広場に出るために再び細い道を渡らなければならなかった。体を横に向いて横歩きを始めた。細い道の奥に何かが見えた。黒い。近づくたびにそれが何かが明確になる。人だ、誰かが道を反対方向から渡っているのだ。どうする、この道は二人も渡れないほどの狭さだ。誰かが一度戻らなければならないことになる。ひとまず近づこうと思ってその人まで寄り添った。若い女性だ。その人に近づいても彼女は動かない。

 「あのー」

 返事は返ってこないまま狭い道で体を横を向いて地面をじっと見つめながら無言で動かないままだ。

 「大丈夫ですか?」

 そう言って手を彼女の目の前で振ってもびくともしない。このままでは俺たちはこの狭い道を通れなくなってしまう。失礼だとは思ったが、彼女を追い払おうとした。どうせ動かないならいいだろう。そう思い彼女を押そうとしたが体が先に停止した。

 不気味なメロディがどこからか流れてきた。遠くから届いている音でもなく、近くもない。まるで鼓膜の真隣で流れているかのようだった。果たしてこの女性も聞こえているのだろうか。その音楽は、不安感と共に恐怖感を覚えさせられるリズムだった。そのリズムは陰鬱な低音が空気を震わせ冷たく不協和な音階が繰り返し響いた。どの楽器かはわからない。だがすごく高い音だった。赤ん坊が泣いているほどのうるさい音で耳に響いてくる。

 「なんだよこれ、早く止まれよ」

 

 ランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランランやめてランランランランランランランランランンランランランランランランランランランランンランランランランランランランランランランンランランランランランランランランランランあ゛あぁあ゛ンランランランランランランランランランラン

 「うるせぇ!」

ランランランランランランランランランンランランランランランランランランランランやめてよ

 「早く止まれよ‼」

ランンランランランランランランランランランランンランランランランランランランランランランンランランンランラやめてっンランランランランランランランンランランランランランランランランランランンランラン

 俺は女性をぶん殴ってこの細い道を抜け出そうと必死だった。もう何が何でもいいからこのみちをぬけだしたかった。

 ランランランランランランランランンランランランランランランランランランランやめてンランランランランランランランラあ゛あぁあ゛ンランランンランランランランランランランランランランンランラン

 細い細い道を抜け出してやっとメロディが止まった。気づいたら私の体は汗でぬれていた。そして拳には血がかすかについていた。やべっ、俺、人殴ってしまったんだ。下手したら殺してしまったかもしれない。もし殺してしまったのなら、あの死体をどこかへ移動しないと。これは普通に犯罪だぞ。マジで捕まるかもしれない。俺の足は震えていた。ひとまず細い道から遠ざかろうと思い、メインの広場に向かった。

 メインの広場の中心には大きな木が一本立っていた。幹が太くて枝分かれが多くて身長10メートルぐらいの高さの木だった。その周りにお店や家がたくさん建っていた。その木は、夕凪に照らされて、葉っぱの隙間からギラギラと万華鏡のように光っていた。そのギラギラの光が地面にうつり、地面にちりばめられた葉っぱの様だった。そろそろ太陽が沈む。そして世界半分が黒くなる。もちろん世界のもう半分は明るくなる。

 木の近くにあった小さなお店に入ってみた。

 「おっ、おおきに。みんな手打ちやねんで。」

 白いだらしないひげが生えている70代前半ほどのしわくちゃの男性が奥にあるドアから出てきた。とはきっと手作りの事だろう。お店は小さなや台のようなものだった。その小さな台には、金色のピアスや首輪、ブレスレットから飾り物まできれいに並べられて売られていた。値段はどこにも書いてなかった。記念に何か買ってみようか。

 「あの、このブレスレットはいくらですか?」

 きれいなブレスレットだった。無数の細い金色の針金で不思議な形となって絡み合い、一見シンプルだが近くで見ると繊細な細工が美しいブレスレットだった。

 「それのねばんは千三百円じゃ」

手作りだから仕方がないが少し高かった。あきらめよう、他の店がいっぱいあるさ。店を出ようとした寸前、鏡が目に入った。その鏡はデザインが古いながらも優雅で、彫りの深い黄金色の枠線わくせんや美しく装飾された飾りが、時代を超えて美しさを放っている。鏡の表面はきれいな反射を保っていて、光がたくみに反射され、綺麗に店全体の様子を映していた。

 「この鏡は…」

 「1700円や、手間のかかった作品やさかいな」

 「買います」

 即答だった。どうやら私はその鏡に一目惚してしまったようだ。店のおじさんはにこりと微笑んで 

 「えらい気に入ったっちゃろうな」

 と喜んで言った。1700円を現金で支払った。そして、鏡を簡単な梱包に包んで手渡してくれた。そして、ずっと前から聞きたかったことを聞く。

 「話の話題を離れるけど、さっき、曲が流れているのを聞きましたか?」

 「曲?そりゃメロディーのことか?」

 「あ、はい。それです、変なメロディーのことです」

 「それがどうかしてたか?」

 どうかしたって… この人は変だと思わないのか?

 「だから、なんで突然村中にメロディーが…」

 「はっはっは、おぬし、なに言っとん。それっちゃ何百年も前から続いとる。普通の事じゃい」

 なぜこんな平気でいられる。この変な現象のことを彼は普通だと思っているのか。いや、村の全員がそう思い込んでいるに違いない。

 「これは普通じゃありませんよ。信じてください。おかしいですよ」

 少し強めに言ってしまった 

 「ははははは。病院ならこの村にはないちゃ」

 そういう軽い冗談で俺をからかい、もう遅いから帰りな、と言って店から追い出された。外へ出ると、辺りはシンとした静けさが満ち、 ひぐらしの鳴声だけがこの世界の時の流れを知らせてくれる。まるで死んでしまった様な空間がとても奇異なものに 感じられ、 何故か無性に不安になる。

 もっといろいろなお店に入りたかったが、完全に暗くなる前に帰りたかった。鏡をリュックサックに慎重に入れて蒼穹住居への道を向かった。

 


 

 

  



 

 

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