メロディと共に朽ちゆく時
ハタカイ
I 土の中
「ディズニーランドは永遠に完成しない。 この世界に想像力が残っている限り、成長し続ける。」
1955年、ウォルト・ディズニーはそう語った。もしもそれが本当ならばディズニーランドはもう完成しきったことだろう。
ベッドから起きてクローゼットを開いて服を着替える。顔を洗ってからそのまままっすぐ廊下を渡ってキッチンへ行く。毎朝と同じ動作を手慣れた
「今日の朝ご飯は?」
と目をそらしてあっけなく聞かれた。寝起きはいつものように冷たい。
「ちょうど今できたところだよ。目玉焼きトーストが」
テーブルの中からナイフとフォークに添って二つのお皿と水のコップが出てきた。朝陽が優しく差し込むキッチンで、彼女は静かに朝食を楽しんでいた。特別美味しかったわけでもない朝ご飯を食べ終えたら今度は玄関のハンガーにかかっていたカバンを背負ってカレンダーのページを一枚切り取った。もう夏の8月一日だった、2049年の。そのカレンダーの紙をクチャクチャに丸めて床に捨てたら、自動掃除機が私の足元まで来てゴミ箱に投げ捨ててくれた。
「行ってきます」
だけ言って玄関を出て行った。
少し間を開けて
「行ってらっしゃい」
が聞こえてきた。
車に乗って席に座ると冷たい空気が席から出された。エンジンをかけてナビを設定して車が前へ動き出した。その瞬間、根拠もなくバックミンスター・フラーの
「空の中で飛べる車はない。だが、私たちの思考がそれを可能にする日がくるだろう」
その人がお亡くなりになった66年後の今も飛ぶ車なんて物は実現しないままだ。それどころか、悪化している。一見世界は徐々に改善されているとみられていた2030年だったが
そんなことを考えているうちに30分がたち見飽きた建物が目の前にある。私——
考古学の施設にはいろいろな建物がある。大学、別館、研究所、発掘現場オフィスと遺跡保存団体がある。博物館は数キロメートル離れたところにあった。別館の小さなコンクリートで作られた駐車場に車を自動駐車するとドアが勝手に開き、カバンが自動で肩にかかった。車から降りてコンクリートの地面を踏む。今さっきまで柔らかい車の地面に慣れていたので少しだけ足が重く感じた。そして、研究所の隣にある別館へと向かった。中が見えないように少し曇りがかっている大きな二つのドアを押し開けると、そこには別館があった。別館には資料や研究待ちの古代遺跡や化石が保存される場所だ。コンシェルジュとしての役割も果たしている。
「あの、すみません。ダンプトラックを一台お借りします」
「はい、少々お待ちください」
そう残して別館にいた20代半場の女性が奥のほうにあった小さな扉の中へ入っていった。彼女の名前は
「ダンプトラックのチップです」
「ありがとうございます。また、午後に返します」
「ほかに何か…」
「いえ、これだけです。さようなら」
会釈をして反対方向を振り向くと、別館から出て、ダンプトラックやショベルカーが乱暴に駐車されている空き地まで歩いて向かった。
大学を通り抜けてやっと黄色いダンプトラックの頭が木々の上から顔を出していた。ダンプトラックは発掘用の特別なトラックで土砂や
8時45分17秒…
集合の時間だ。だがいつも10分ぐらい遅れる。
これから19人の集団で現場へ行って発掘作業を始める。集合の場所にはまだ私を含めて5人しかいない。発掘作業もそれほど簡単ではない。まず、発掘計画を立てなければならない。つまり、調査対象となる地域や遺跡に関する詳細な計画を
8時54分39秒…
18人が集まった。残りはあと一人、
「達也のやろう。まだか…」
我々発掘団のリーダー、
「今日も遅いぞ達也、何時だと思ってるんだ!!」
杉原の怒鳴り声が響く。
「すみません」
達也が遠慮がちに言った。
「では、早速現場へ」
私が言うと皆作業用の乗り物に乗りに行った。達也は私と一緒のダンプトラックで移動する。先ほど愛美子からもらったチップをダンプトラックの扉にかざすと
キュルルル ウィィン
と音が鳴ってから扉が開く。熱いので瞬間的に車内が20度になるように設定されていた。
「ちょっと寒すぎないか」
達也が両手を
「だな。ナビを設定し終えたら上げるよ」
ナビを現場の座標に設定して完全自動運転が始まった。静かだった。この電気自動車の ウィィン という小さな音しか聞こえなかった。あまりの静かさに気まずかったので、何でもいいから問いかけた。
「なんか飲む?」
「じゃあコーヒー一杯もらおうかな」
「おっ、いいね。私もそうしよう」
ダンプトラックのナビの隣にある「飲み物」と書かれた赤色の少し膨らんだボタンを押すと、色々と選ぶものがあった。水、ジュース、コーラ、ビール、コーヒー…。5番目にあったコーヒーをクリックすると、さらに選ぶ手段があった。ブラック、アメリカン、エスプレッソ、ミルク、クリーム、アラビカ…。ブラックを二杯選択しようとしたが手を止めた。
「ごめん、俺、牛乳入れないと飲めないんだ」
少し恥ずかしそうに達也が告白した。最終的にブラックコーヒーを一杯、カフェオレを一杯注文した。デジタル式のタイマーが出てきて残り59秒と書かれてある。
チクタクチクタク
これ以外の音は何も聞こえない。
気まずい一分が経ってコーヒーが席の前にある小さなテーブルから出てきた。コーヒーを一口飲んでから達也が口を開いた。
「よくそんな苦いもん飲めるな」
「逆に飲めないほうがおかしいと思うけど…」
「いや、絶対に飲めない」
彼は手でばってんを作って大げさに首を横に振り回した。
「自分が小さかった頃も祖父がコーヒー豆をつぶして豆からコーヒーを作ってくれた日からブラックしか飲めないようになってしまったのかもしれない。祖父もまだ豆から自分で作っての飲み続けてるさ」
「え。まだ生きてるの」
「うん」
「何歳なの」
「102」
「すごいなぁ。平均寿命の93.2歳平気で越えてんじゃん。俺なんて100歳まで生きれる気がしねぇよ」
達也は空を見ながら何かを考えているように見えた。自分がいつ死ぬのかを考えているのだろうか。それともどう死ぬのかを…。考えても仕方がない。そんなことを考えているように見えた達也がなにか滑稽に見えた。山道でガタガタ揺れる車内。窓の外からは木々の間に湖が見えた。
「モクテキチニトウチャクシマシタ」
ナビの声が聞こえて扉が自動で開いた。涼しかった車内と比べれば外は蒸し暑かった。
「早速発掘を始めるぞ‼数日前の会議で言ったように手作業と機械での発掘を開始だ‼」
森全体に響き渡るほどの大声で叫んだ。小鳥たちが木々から焦って逃げていき、もっと遠くにある木に移った。男性の先輩が重い機械を車から引きずり出しているのが見えた。現場で働く人たちは皆男性だった。
「手伝おうか」
「それは助かる。反対側の角をもって持ち上げてくれ。」
顎に汗が数滴、
車には自動で荷物を下ろす機能がついているが、50キログラムが限界だ。この機械は少なくとも75キログラム以上はある。僕たちは今 75-50、つまり、25キロを持ち上げてる。
ドスンッ
重い機械が砂の地面に置かれた。そして、わずかな
「ありがとよ」
疲れながら言う先輩に
「どうも」
と軽くお礼を言った。
達也が皆の分の発掘用の道具も持ってきていたのが見えた。スコップ、バケツ、筆とブラシ、ピッケルや水平尺を重そうに持ってきては地面にドサッと
「達也、たまには気が
先輩がからかう。
「うっせぇ」
先輩相手にもかかわらず失礼な口調。私とは真逆の性格だ。一人称は俺、敬語をあまり使わない、そして作業にまじめに取り組まない。達也は私を「真面目過ぎる」と言っているが、「真面目過ぎない」のは彼ではないのか。言われる度にそんな疑問を浮かべる。だが、共通点がないにもかかわらず、仲は良かった。遊びに誘われたこともあるし、もちろん誘ったことだってある。ひとまず嫌われてはいないようだ。
現場での発掘作業が始まった。周りに木がたくさんあるので太陽の陰になってくれていた。ある者はドリルやコア掘削機で地面の深さを検査している。発掘予定が書かれている小型電子パネルを見ながらヨッシャという顔をしながらにやにやしていた。きっと予定の深さと一致したのだ。それから達也はショベルカーに乗り、捜査を開始した。ショベルカーに自動運転は存在するが、不安定で遺跡や遺物を傷つける可能性があるので、いつも手動でやっている。慣れない運転に達也は緊張の顔をしている。ショベルカーのアームとバケットを同時に操作して大量の砂と石と砂利をバケットの中に入れる。そしてそれを私が乗っていたダンプトラックにずっしりと置く。ダンプトラックにもよるがこのダンプトラックの最大容量は20トンだ。私の役割はまだ来ない。ショベルカーやドリルで、ある一定の層まで着いたら手作業で掘り進めるのが私の役目だ。
ゴゴゴゴゴ ウィィン ドスン ドドドドドドドドド
2時間ぐらいこの乱暴な音を聞きながらスマホを見ながら待った。
「では、手作業発掘に移るぞ!!」
杉原の怒鳴り声がまた森中に響いた。ショベルカーなどの機械の音に負けない大声だ。彼は頑固な男だ。ちっとも笑わないし、いつも
ショベルカーに乗っていた達也は自分の作業を終えショベルカーから汗だくで降りて、今度は休憩時間に入った。私は、最初達也が床に置いていたピッケルを一本手に持った。10人ほどで手作業発掘作業に移った。
先輩方がスコップで土を掘り起こして、私ピッケルで硬い地面や岩を削る。それの繰り返しだった。単に私の
カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ カンカンカンカン ゴンゴン ドサッ はぁはぁ ゴン!!
ゴン?
何だろう。ゴンって… 私は杉原みたいに眉間に皺をよせていた。
ヤバいヤバいヤバい 掘り進めても掘り進めても何もだなかったので勢いで地面にあったのが岩か遺跡かを確かめる前にピッケルを振り回してしまった。もし貴重な遺跡だったら、先輩方が目撃したから「この遺物には最初から穴が開いてました」なんていう言い訳を言えない。
彼らが見ている地面のほうを見ると、瞬間的に背中の毛が立った。額の毛穴から汗が出ているのが自分でも感じ取れる。現場の「これ」を凍り付いたまま先輩二人と私が見ている。
ドクン ドクン ドクン ドク ドク ドク ドク ドッ ドッ ドッ ドッn ドッ
心臓の鼓動が早くなる。破れるのかってぐらい早くなる。
瞬きをしてまた地面を見る。ショベルの音が振動となり、発掘現場に響き渡る。砂埃が舞い上がり、出土した遺物が日の光を浴びる瞬間、歴史は息を吹き返す。白い、白い何かだ。そこに黒い線がたくさん絡まってる。それを濃い赤色が染めている。ピッケルの先端にも生暖かい赤い液体がついていた。
骸骨だ。人間の。
「な、なんだよこれは…」
先輩が震えた声で言った。
「発掘中にこんなもの…
初めてだ」
ひとまずリーダーの杉原を呼ぶことにした。先輩と私が杉原の元へ駆けつけていった。後ろを見るともう一人の先輩が独りで骸骨を動かず見ている。いや、死体と呼ぶべきか迷った。死体から目を放すと普通の世界に戻っていた。カンカンカンカンという音が鳴りみんな必死になって頑張っている。1分前の私たちみたいに。
「杉原さん!!ちょっと来てください」
先輩が言う。数メートル離れたここからでも足が震えていたのが見える。私も震えている。
「なんだ。どうかしたんだ」
相変わらず太い杉原の声だ。
「出たんです」
「何が」
「いいから来てください」
杉原が不思議な顔をしていた。だが、その顔がにやりと変わった。きっと「出た」が凄く貴重な遺跡だと誤解しているんだろう。でかい体を左右に揺らせ杉原が例の場所まで駆けつけていた。地面を見た途端、埋まっていた人間の顔を見ては、表情が一瞬にして変わった。それが何なのかを特定するのに時間などいらなかった。
「ウッ」
両手を口に運ぶ杉原がいた。
「なんなんだこれは」
そう言って死体に近づいた。よく近づけるな。そう思った。死体は地面から顔が半分出ている状況だった。顔はぐちゃぐちゃで目玉がない。
「新しいな」
リーダーが言った。多分独り言だったが私は返事してしまった。
「へ?」
「いやだから、死体が死んでからあまり時間がたっていない」
「何言ってるんですか、どう見ても何年も経ってるじゃないか」
思わず敬語で言うのを忘れてしまった。そして杉原の目が一瞬きつくなったが、ほんの一瞬だった。杉原の口が動いた。
「時間がたっていないって、何百年もたっていないことを言っている。ほら、髪の毛が生えているだろ」
なら、時間と言うのではなく100年と言えばいいじゃないか。そう返事しようとしたが、所詮杉原の独り言だったことを思い出して口を閉じた。
「とにかくこの死体を土から出すように頑張ってくれ」
よく言うよ。こんな死体を筆とブラシで土から出せなんて。そう思いながら私と先輩方二人で掘り進めた。途中で達也と後輩方も協力してくれた。私は途中で嘔吐感を覚え、交代で休憩していった。
朝までは日陰だった現場が太陽が昇り木々の影がなくなり炎天下だ。おまけに死体と血の匂いが空気を漂っていた。凄い匂いだ。休憩が終わって、今度は私が掘り進める番だった。筆とブラシで慎重に砂を払う。こう見えても大事なサンプルなのだから少しでも傷つけてはいけない。まぁでも人の事は言えない、最初にピッケルで骸骨に穴をあけたのは自分なのだから。
掘り進めてから30分。体の半分が地上から出ていた。変なポーズをしている。細い骨に立った両手で顔を塞ぐようにして上半身と下半身が腰のあたりで真っ二つに切断されている。一体なにが起こったのだろうか。さらに掘り進めると。金色の何かが土の中から出てきた。
周りの砂を拭う自分がいる。土の中に自分がいる。そう思ったが違う。鏡だった。地面に古い金色の鏡が出てきた。その鏡は、死体のすぐそばにあった。偶然だろうか。偶然にしては死体との距離が近すぎる。
「おっ、古代遺物だ。手袋で持ち上げよう。慎重にな、傷つけちゃ台無しだ。」
先輩がそう言って布製の手袋を手渡してくれた。その手袋を手に
「琉生!!」
気づいたら私は金のことを考えて呆然と立ち尽くしていた。
「お前、目がイってたぞ‼」
「え、あ、すまん」
先輩に注意されていなければ何時間も呆然と立ち尽くしていたことができた気がした。
「とりあえずお前は休憩してろ。死体の匂いが体に影響を与えているかもしれない。あとは俺たちがやっとくから、お前は鏡を瞬間分裂コンクリートに包んでくれ。頼むぜ、琉生、ちゃんとしてくれ、さっきも死体をの骸骨を傷つけて…」
と言って先輩が死体のもとへ戻っていった。やっぱり私が死体に重大な傷をつけたことがバレていた。今日はどうしたんだろう。何もかもうまくいかない気がした。私は、鏡を注意を払って瞬間分解コンクリートに浸した。瞬間分裂コンクリートはある種のコンクリートだ。真空になったバケツほどの大きさの容器に入れられてあり、容器の
私はダンプトラックにある瞬間分裂コンクリートが入っているガラスの容器を取り出した。一見見たら
やがて遺体が地面から離れ、巨大な瞬間分裂コンクリートが入っている二つ容器に切断された上半身と下半身に分けられて沈まされた。見るだけでも気味が悪く酸っぱい液体が胃から登ってくるのに、直接手袋で触って持ち上げている達也と先輩方が気の毒だった。空を見ると雲がさび色に染まっていた。夕日の反対側の空はもう黒く染まりかけている。
「今日の発掘作業はこれまでだ!! 本部へ帰宅するぞ。いつも言うが作業はまだ終わっていない。今回の発掘で見つけた遺体と鏡を研究所に持ち帰るまでが仕事だ。」
杉原が言った。そして、私の顔を見て、ウン、と頭を上下に動かして合図をした。遺物が入った瞬間分裂コンクリートを運ぶのは私と達也のダンプトラックだった。今さっきの発言は、私たち二人への杉原からの命令といっても過言ではなかった。
本部へ戻るためにダンプトラックに乗ろうと自動車に近づくと、ダンプトラックから小さな階段が出てきた。トラックのドアが高い位置にあったため助かる機能だった。朝、愛美子からもらったチップを午前の様にドアにかざす。ウィィン。午前同様の音。今日も一日頑張った。そう思いながら柔らかい席に座る。一瞬にして大量の
「色々とすごかったな、今日」
達也がうつむいたまま言った。
「な、死体なんか出てきて。気味が悪かったよ」
本当に気味が悪かった。何度も嘔吐しそうになった。気持ちが悪かった。言わせてもらう、物凄くキモかった。
「俺、思ったんだ」
達也が言う
「もしあの金色の鏡が本物の純金だったら、俺たち、大儲けだぞ。今までの遺物は全部鉄かセラミックか陶器しか出てこなかったから、金色が見えたときはこれは大儲けだなと思ったよ。まっ、でも今改めて考えてみると
同感した。
「私もまったく同じこと思った。でも、100%贋金とは限らないじゃないか」
「そりゃあ俺も贋金でないことを心から思っているぜ? だがな、なんかしっくりこない。」
「なんだそれ」
「なんとなくだ」
「なんとなくね… それはぁ、そのぉ、
「なんだそれ、なんかの技?」
「
「知らねぇよ。なんだよ、急にその諺は。80歳のジジィかお前は」
思わず二人とも吹き出した。夕焼けで茶色く染まった世界で車内にいる30代二人の笑い声が聞こえていた。幸せな時間だった。この何も特別ではない車内の空間が好きだった。この時間が一生続いてほしった。可能ではないと知っていた。時間はいつも進む。何十年、何百年、何千円、何万年たってもチクタクチクタク一秒ずつ進む。休憩などしない。それでも、もっともっと長い間この暖かい空間が続いてほしかった。
本部に到着した二人とも今朝の集合場所でダンプトラックから降りて研究所に戻った。時刻は6時45分だ。トラックから荷物と遺物を研究所まで運んだ。鏡が入った瞬間分解コンクリートの容器は私一人で運んで。二つに分けられた遺体は10人がかりで運ばれた。駐車場から研究所までの距離は300メートルほどだった。10分ぐらいかけて研究所まで到着した。別館と同じく半透明な自動ドアを
「今日はここまでだ。では、明日、朝の7時に研究所で集合だ。」
杉原が言って皆家に帰ろうとするところ、私も鞄を開きスマホを取り出して電源をつけた。そして、「あと30分ぐらいで家に着く」と書いて妻である舞にメールを送った。私も帰ろうとすると杉原が人差し指で「ちょっと来い」と言ってきた。何だろう、せっかく家に帰るところだったのに。そう思いながら杉原の元まで歩み寄った。夕日が沈み、空は黒い。薄暗い白い研究所で杉原と私だけが残った。
「今日大事な
私は何も知らないと言おうとしたが、リーダーに嘘をついたら大きなトラブルに巻き込まれてしまうかもしれない。そう思い、正直に回答した。
「はい、でも意図的にやったわけではありません。うっかり何も考えずに掘っていたら…」
「知っている、全てある先輩に聞かされた。今回は許そう。でももう、次はないぞ」
杉原の目が少し厳しくなった。
「はい、申し訳ありませんでした」
「うむ、わかってくれればそれでいいんだ。もう帰っていいぞ」
そう言って杉原は帰っていった。珍しい、怒られなかった。クビになっても
「はぁはぁ、あの、今朝借りたチップです。お返しするのを忘れていました」
「あっ、私もすっかり忘れていました。」
私は夜でも走って来たから暑かったので、来ていたジャケットを脱いだ
「ずいぶん息が荒いですね、走ってこられたんですか?」
「ハイ、間に合わないかと思って。遅い時間にすみませんでした」
「いえいえ」
愛美子はにっこり笑い、口と目の周りに皺を作った。
「では、私はもう帰ります」
「はい、私もです。さようなら」
そう返事されて会釈をして車まで歩いて行った。空はもう暗かったのに汗をかきながら車に乗り、ナビを家まで設定しては好きな音楽をかけた。夜の高速道路を運転するのは久しぶりだった。何かのミステリー映画のシーンのように思えた。今日は色々あって帰りが遅くなってしまった。舞に「少し遅れる」と送っておいた。
家の車が二台入るか入らないかのスペースの小さな駐車場に車が自動駐車した。車を降りて玄関のドアを妻も持っている合鍵で開ける。
「ただいまー」
「おかえりなさい。今日は遅かったじゃない。ご飯の支度、もうできてるよ」
「おっ、珍しいじゃないか」
少し
「べつに、珍しくなんかないよ」
そう言って妻は台所で手を洗いながら笑っている。私もてを洗いにトイレの洗面所に行った。何者かの例のあの死体を触ってから手を洗っていないのに気付いて、ゾッとした。テーブルウィ」見ると、晩飯はもう既にテーブルに置かれていた。夫婦でテーブルに座ってご飯を食べ始めている。今日の晩御飯はステーキだった
「水、いる?」
「あ、うん、ありがと」
舞が水を自分のコップに注いでくれた。
「今日は色々と散々だったよ」
「仕事でなんかあったの?」
「食事中にもアレだが、死体が出てきた。」
ステーキを切って口に運んだ。肉汁が口の中に沸いて、一瞬でとろけた。この牛も前はあの死体のようにひどい目にあっただろう。
「死体?なんの?」
「人間の」
きっと今舞の背中の毛が立ったに違いないだろう。
「え、なんで。なんで埋まっていたの?現場なんかに」
「それは自分でもまだわからない」
「え、でなんて思ったの?」
「なにが」
「第一のインプレッションは」
「すごいびっくりした、そして気味が悪かった。それはもうぐっちゃぐちゃになったまま出てきて、しかも案外古くなかった。たぶん30年ぐらい前のもので髪の毛や皮膚がまだ残ってた。目玉はなかったからきっと時間で溶けてしまったに違いない」
「発掘中に骨が出てくるのは聞くけど、ミイラ以外死体なんて不思議ね。念のため警察に通報しやよ。もしかしたら殺人事件かもよ」
「いや、その前に研究を行う。これも大事なサンプルかもしれない。もし調査結果と当てはまらなかったら警察に通報すると決めてあるんだ」
「ふぅん、それは興味深いね。探偵みたい」
「いや、探偵ではないね」
そういうとなぜか舞は爆笑し始めた。
「何笑ってるんだ」
そう言ってもも舞は笑い続け返事すらできなかった。その光景がなんだか可笑しくおもえて私もつられて笑い始めた。
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