第23話 引きこもりと引っ越し
「取れましたよパスポート! これで今後五年間市役所に行かなくて済みますね!」
「なんか嫌なことでもあったの……?」
「特にはありませんでしたよ。強いて言えば皆疲れていて誰にも興味がなさそうな表情をしていましたね。学校みたいなエネルギッシュさがなくてよかったです」
「そうなんだ……よかったね」
「はい! 無事パスポートを取得できましたし、あとは荷造りだけです!」
依里は新しいパスポートを見せてくる。『AIBOSHI YORI』と書かれた身分証明のページに、どこにも旅立っていないことを示す真っ白な査証欄が続いていた。
「とはいっても、ほとんど荷物は置いていっちゃいますけどね……要らないものがあれば捨ててください。そんなこと言わなくても千尋ちゃんが全部捨てていっちゃうとは思いますけど……」
「それで……この段ボールの山は?」
「私の荷物を入れる用の段ボールです」
「この部屋に荷物は?」
「ありませんけど?」
「この段ボールに何を入れるの?」
「…………(笑)」
「何も考えずに引っ越しすんな!」
「だって一人で引っ越しなんて初めてなんですよ! 引っ越しって言ったら段ボール必要だと思うじゃないですか!」
開くと勝手に四角形になる段ボールが10箱分、なぜか館山家充てに届いた。相星家には今依里のお父さんがいるらしいが、その話をすると依里は露骨に嫌な顔をする。
「とりあえず、モニタから入れるか……」
「それくらい向こうで買えばいいじゃないですか」
「じゃあそこにつないでるパソコン」
「データはクラウドに上がってるので大丈夫です。インターネットは世界を繋ぎますからね」
「服とか?」
「確かに、海外の服は大きいですからね……それでは、失礼して」
僕の部屋のタンスを漁り始めた依里の首根っこを掴んで椅子に座らせる。
「勝手に人の服を持ってくな」
「いいじゃないですか恭弥のけち! 最近ずっとこの中の服しか着てないんですよ!?」
「なんで自分の家から服持ってこないんだよ! 外出るときはちゃんと自分の服着てるじゃん!」
「そりゃ、相星さん家の女の子が男物のダボついた服を着て外歩いてたら変な噂立つからですよ! そこはきちんとしてます!」
なんでそこまで考えられるのにうちでの振る舞いは考えられないのだろうか。もしかして依里は僕のことを草食動物かなにかと勘違いしている……?
「1枚だけ! 1枚だけでいいですから!!!!」
「なんで1枚いけると思ったんだ……まぁ1枚くらいならいいけど。1枚で何するの?」
「マネキンに服着せて独り暮らしの寂しさを緩和させます」
「それでいいの……?」
それでいいのなら依里はこの家に来る必要がなかったのではとすら思ってしまう。一人部屋で過ごすときの心寂しさはあるが、それだけで紛らわせるものだろうか……。
「ないよりはマシでしょう」
依里はタンスから適当に一枚。僕が最近お気に入りの服を一枚引っ張り出して段ボール箱に入れた。まだまだ段ボールには入るが、依里は段ボールのふたを閉めようとする。
「もっとなんか他にもあるだろ!」
「よく考えたら大体のものって現地で変えるじゃないですか。アメリカにもアマゾンってあるんですよ?」
「知ってるよ! なんならそっちが本拠地だよ!」
「私、英語が読めるのでどうにかなるんですよね」
「この間の依里の英語の点数……32点」
「私、英語翻訳ソフトを持ってるんでどうにかなるんですよね」
「無理があるよ!」
依里は、確かに変わろうとしている。でもそれは、物心ついた子供が「一人暮らしがしたい!」と言っているようにしか見えなくて。
一つだけ厄介なのは、依里はそれができるだけのお金と、それから背景を持っている。
「大丈夫ですよ、海外っていうほどハードル高くないですし」
「……帰国子女がそういうのなら間違いないか」
「病気とかにならない限りは大丈夫です!」
「俄然心配になってきた」
「スカウトしてくれた会社の人とかもいますしね。心配しなくても大丈夫ですよ。なんですか? 私が海外にいた3年間の間、恭弥は私のこと心配してくれてたんですか?」
「そりゃ……何も言わずに突然消えたら心配するさ」
僕の言葉が意外だったのか、依里は目を丸くして驚く。
「それは、申し訳ないことをしました。だから今回は、ちゃんと言おうと思うんです」
まるで母親のような優しい瞳のまま、依里は口を開く。
「さよならを、言葉に出して」
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