第21話 引きこもりと世界

「スカウト!? ってかそれ千尋でも知ってる超巨大企業じゃん! 時価総額一兆円以上!」

「はい。トレーダーとしての腕を見込まれて、お誘いが来ていたんですが……」

「いつから来てたの?」

「2か月前ですかね」

「行くって決めたのは?」

「昨日ですね」

 依里の告白は、非常に衝撃的なものだった。千尋を僕の部屋に呼びつけて、三人で緊急会議が始まった。

「変わらなきゃ、ってずっと思ってたんです。でも――私は、変われませんでした」

「何言ってんだよ依里……お前は僕が知ってる依里じゃないよ……」

「ふっふー、私は昔からこんな感じですよ? 時代が追い付いてきただけです」

 モニタには英文で書かれた招待状がある。僕たちが読みやすいように依里は自動翻訳ソフトにかけた。

「迷惑メールじゃないことは確認済みです。アドレスも本物ですし、コンタクト自体は何回かとってます」

「っていうか、ニューヨークじゃなくてシリコンバレーなんだね」

「ええ。顔を合わせて仕事をしたほうがやりやすい、ということでしたので」

「顔を合わせて、って依里は大丈夫なの?」

「大丈夫……とは言い難いです。それでも、挑戦しないと変われませんから」

「急に意識の高いベンチャー企業みたいなこと言うようになったじゃん」

 誇らしげな表情をしながらも、依里は時折不安そうな表情を見せる。

 依里が海外に行くという話を聞いたとき――正直僕は、嫌だった。

 せっかく戻ってきた幼馴染が、またどこかへ行ってしまう。しかも今度こそ、遠い所へ。

「別に、連絡だって取れますし、死んだりするわけじゃありませんよ」

 僕の心を読み取ったのか、依里がフォローを入れる。一体どんな表情を浮かべてしまっていたのだろう。

「それに、すぐ行くわけでもないです。パスポートだって必要ですし。前取ったときは子供用のパスポートなので5年間しか有効期限がなかったんですよ。ちょうど切れちゃったんですよね」

「引きこもりにパスポート取得は難易度高くない?」

「まぁ、正直……」

 今まで何も口をはさんでいなかった千尋の的確な突っ込みに、依里はうなだれる。

「それでも、頑張ってみます」

 僕の気持ちとは裏腹に、依里はどうやら本当にやる気のようだ。

 突然の告白に、僕はどうしていいのかわからないまま依里の話を聞くしかなかった。

 もとより、この選択に介入できる余地はない。依里が決めたことだ。実行に移すだけのお金もある。生活が苦しくなることもないだろう。学校という障壁もない。行けば少なくとも引きこもっているよりも社会経験を積める。いいことづくめだ。

 応援するべきだ。依里が頑張ろうとしているんだ、ここで応援しなければ、幼馴染ではないだろう。理性が思考を捻じ曲げる。

 依里が、僕を見て目をキラキラと光らせる。僕の言葉を待っているんだ。

 だから――僕は、言葉に出す。

「頑張れよな! 応援してるぞ!」

 無理やり張り付けたこの笑顔は、きっと依里にはバレていない。

 ただ嘘をついた、そんな悔恨だけが心の中に深く根を張っていった。

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