第10話 引きこもりと通販


 館山家にとんでもない量の荷物が届くようになった。

 そのどれもが依里宛ての荷物だという。

 誰がその荷物を受け取ったかという話は聞かない。ただ、大量の段ボールが廃棄されているという事実があるだけだ。


 そして、それと比例するように僕の部屋に荷物が増えていき――。


「このピンク色の花瓶みたいなのはなに?」

「アロマディフューザー」

「じゃあ、この謎の置物は?」

「NAS用のサーバー」

「でっけぇこの丸いのは?」

「バランスボール」

「いろんなもの買いすぎだろ!」

「ひゃー!!!」


 僕が今羅列したのは氷山の一角でしかない。部屋に物が増え始め、どことなくピンク色が増えている気がする。


「だって、恭弥の部屋もの何にもないんだもん! 生活感がない部屋すぎ! ほんとにここで暮らしてるの!? 普段何してるの!? 物がなさすぎる!」

「普段は勉強したり(嘘)、ゲームしたりスマホ見たりしてるかな……」

「もっと、日常を豊かにしないと!」


 そういって依里はおもむろに近くにあった段ボールを引き寄せると、中からプチプチで梱包された丸っこいアイテムを取り出した。土台があり、その上に青い丸がついているこれは……一般名称『地球儀』だ。


「ほら、こういうのとかあったほうがなんかいいでしょ!」

「絶対要らない!」

「でもなんか置いてるだけでおしゃれにならない?」

「使い道ないもの置いててもどうしようもないだろ!」

「壊れたコントローラー置いてるよりいいでしょ!」

「愛着があるからいいんだよ!」


 この話し合いは両者平行線になることが予想されたが――依里のとある言葉により、一旦和解が成立された。


「でも、まだまだ場所はあるんだし、要らないと思ったら捨てればいいんじゃない?」

「ま、それもそうだな」


 足の踏み場がない、というわけではない。それに、依里も言っていたように、今までの部屋があまりにもがらんどう過ぎたというのもある。依里の言うとおりにするのもまた正しいのかもしれない。



「ねぇ、これ見てよ!」

「なんだそれ」


 依里が見せてきたのは、ネットショップのページだった。そこにあったのは……


「室内自転車……?」

「そうそう、家に居ながらにして自転車漕げるんだって」

「それ、普通に自転車じゃダメなのか?」

「だって外は人がいるじゃん! それに車も走ってるし!」

「それを怖がる奴は運動しないのよ」

「でも、ちょっとくらいの運動は必要だと思うの!」

「……確かにな」

「ま、要らなくなったら捨てればいいし!」


 財布の紐がやたら緩いのは、それだけ金銭的に余裕があるからだろう。僕が難色を示さないとわかると、依里は次々とカートの中に入れていく。


 依里が上手いのは、ある程度客観性を取り戻した瞬間に「そういえば、恭弥はこういうのも必要だと思うよね」という言葉で僕の欲しいものや一緒に遊ぶためのグッズ(二人目のコントローラーなど)を買おうとしてくる。そのせいで、どこか言い出しにくい空気が流れ――結局、彼女の思うがままに乗せられてしまっていた。


 僕が学校に行っている間は、依里はすることがないらしい。もっぱらネットに入り浸って暇をつぶすか寝ているかしているらしいが――その結果、さまざまな欲を発散させることが買い物だったのだろう。



 僕の部屋がスポーツジムばりに器具が揃ってきた頃、リビングで千尋が声をかけてきた。


「ねぇ、兄ぃ……最近、筋肉ついた?」

「ん? よくわかったな。やっぱり時代はマッスルかなって」

「流されやすい兄ぃのことだからそうなのかもしれないけど……冷蔵庫がササミとプロティンでパンパンなんだけど……」

「さすがに僕の部屋に冷蔵庫は搬入できないから、それはここに置かせてもらってるよ」

「冷蔵庫買おうとしてたの……? あの女になんか変なことそそのかれた? なんか……兄ぃらしくない。こんな筋肉ムキムキになろうとしてる兄ぃなんて兄ぃじゃない!」


「妹よ!? どこに行くんだ!?」

「妹よ!? とか兄ぃは言わないもん! そんな言葉づかいじゃなかった! もっとヘナヘナのクソオタクみたいな恰好でヘタレ草食系みたいな言葉遣いだったもん!」

「実の兄に対してそんなこと言っちゃだめだぞ~?」

「昔はそんな余裕のある言葉遣いじゃなかったもん! 兄ぃは筋肉と一緒に変な肯定感を得てる! 最悪!」


 千尋はそう言って階段を駆け上がり――どうやら僕の部屋に向かったようだ。最近は依里がいるから寄り付かなかったみたいだ。


「……なにこれ!!!!!」


 そして、変わりはてた部屋の姿を見て大きく腹筋を震わして声をあげた。



「バッカじゃないの? それに運動すべきは兄ぃじゃなくてそこの女でしょ」

「私も運動してるよ」

「絶対嘘! 太ってるもん! っていうかまともに太陽の光も浴びずに家でゴロゴロしてるだけの穀潰しが太らないわけないじゃん!」

「そんなことありません~! 毎日体重計で測ってます~。プラスマイナス3キロの範囲で推移してます~」

「ふつうは3キロも誤差が出ないのよ!」

「そんなッ……!?」


 はたから見て、依里は太っているようには見えない。どころか、痩せているほうだと思う。それでも、ほんの少しの体重の増加が命取りなのだろうか。自分の脇腹を依里はつまんで、わなわなと震え始めた。


「私も、ちゃんと自転車乗ります……」

「いや、それ捨てなさいよ」

「なんで!?」

「なんでって……どうせ乗らないでしょ。乗ったとしても三日坊主よ……」

「買ったときの恭弥とおんなじこと言ってくる! この鬼! 兄妹!」

「兄妹だけど……」


 少しだけ千尋は嬉しそうにする。その文脈をどう受け取ればいいのか。


「だって、どうせ使わないんだから置いておく意味ないじゃない」

「ええ、初めに恭弥とそう約束しました。そして! ルールを決めたんです――『要らないと思ったときに捨てればいい』と!」

「その結果、『愛着がわいたから捨てられない』んだよね、兄ぃ」

「……へ?」


 素っ頓狂な声を上げたのは、依里。僕は千尋から目を逸らす。おそらく鋭い眼光が僕の目を狙って向けられているに違いない。


「だから毎回ゴミ屋敷化するんでしょ……しょーがない兄ぃなんだから、また掃除するよ」

「……はい」

「恭弥? 恭弥君!? なんでさっきからずっと従ってるんですか!? いつものように千尋ちゃんに対するお得意の人格否定さながらの正論攻撃はないんですか!?」

「僕、そんなにひどいことしてるかなぁ……?」


「兄ぃはそんなことしないし、それに掃除に関してはずっとこうだったのよ。千尋に逆らえないの」

「どうして!?」

「部屋が、汚れたままになるから」


 そんなはずはない、と言えるわけがなかった。

 部屋の惨状は一目瞭然。段ボールのゴミすらも捨てるのを面倒くさがって腹筋用のマットという言い訳を作って処理していなかったくらいだ。



「はい、てきぱき運ぶ!」


 そういうわけで、二か月くらいに一度の千尋による大掃除が始まり――


「ダメなの! これは使うの!」

「こんなバカでかい自転車なんて置かれてるだけで邪魔でしょ!」

「これに乗って健康的な生活をするの!」

「健康的な生活は家に引きこもっているだけじゃできません!」


 高校二年生の相星依里、中学三年生の館山千尋に論破されていた。

 さすにがこれには返す言葉もなかったのか、室内用の自転車はリサイクルショップへと運ばれていった。千尋いわく買値の7割くらいの値が付いたそうだ。



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