第8話 引きこもりとゲーム(RPG)
部屋にあるものの中で、一番大きいものといえば――32インチのモニターだろう。後ろにあるHDMIケーブルはすべて塞がれている。いつもは夜になると友達からゲームの誘いを受けて通話しながら遊ぶのだが。
「触っていい?」
と依里が興味を示したので、僕は電源をつけて彼女にコントローラーを渡す。
「これがスイッチで、こっちがPS4」
「パソコンは持ってないんです?」
「親からもらったお古のノーパソはあるけど、まったく使ってないや。いる?」
「自分の持ってるから要らないですかね~。あの小さい部屋の半分くらいパソコンとモニタだし、これ以上もらったらケーブルが部屋から溢れちゃいます」
しばらくカーテンを閉め切っていたから依里の部屋がどうなっていたのかを知らなかったが、僕が思う『女子の部屋』でないことは間違いないらしい。
「これがゲーム機か……久しぶりに触るかも!」
「ちょっと遊んでみる?」
一人用の、初心者でも操作がわかりやすいRPGをチョイスして僕はカセットを差し込む。
画面の中では、緩やかな明滅が繰り返される。わかりやすいオープニングムービー、どう動かせばいいのかわかりやすい懇切丁寧なチュートリアル。今では当たり前になったスティック操作に慣れきっていない依里を隣でサポートしながら、プレイヤーキャラを動かしていく。
「なにこれ……私が知ってるゲームじゃないです! 手にもって動かすアレは!? 折りたためるアレは!?」
「今はもうほとんどないかな……ゲームはずっとしてこなかったの?」
「あー……うん、ゲームする、っていうよりは画面見てるほうが多かったかな。新しいゲームとか入ってこないしね」
依里は海外に行っていたということもあり、少しだけ現代日本の環境に遅れているらしい。
「高校に入ってからはやっぱ女子高だから研究研究の毎日ですよ。やたら盛れるカメラに、それを投稿するためのアプリ、それからショートムービーが永遠に流行ってたり……マジやばい!」
「付け焼刃のJKじゃん」
「ぴえん」
「それも今日日おじさん以外誰も使ってないし……」
そんな雑談をしながらも、着実に依里はステージを進めていく。気が付けば始まりの街を抜け、次の街へと進んでいた。
「意外と早いじゃん」
「そーですね。こんだけやることが明確ならブランクのある私でもわかります。恭弥がやりこんでるアクションゲームとかは無理ですけど」
「なんでやりこんでるってわかるのさ」
「壊れたコントローラーが棚の中にあったので。捨てなよ」
「なんかもったいなくてさ……」
高値で買ったものなので、壊れた時に簡単には捨てられない。たとえそれがゴミだとしても……。
画面の色が変わるたびに、依里の目に反射する色も変わる。いつもは一人でゲームをしているだけだった毎日だが、隣に誰かがいるという久しぶりの非日常に少しだけ僕の胸はときめいた。
「ここには、ないものがたくさんありますねぇ……」
それは、次の街にたどり着いたから出た言葉なのだろうか。
それとも、依里が僕の部屋にいた感想なのだろうか。
僕には、彼女の本意がわからない。
「ねぇ、そんなにじっくり見ないでよ……恥ずかしいじゃん」
気づけば、依里と目が合っていた。彼女の目に映るのは、モニターが照らし出す256色が生み出すカラーリングではなく、僕のぽけっとした表情だけだ。
「ごめん」
「いや、いいんだけど……ふつーに、楽しんでたので、ゲーム。また明日、今度は一緒にできるゲーム、教えてよ」
依里はセーブをして、時計を指さす。時間すでに深夜1時を回っていた。
「私はいつでも暇ですから、さ」
それは、僕が学校に行かなくてはいけないということを裏腹に述べていて。
「そろそろ、私も戻りますね」
おやすみ、と依里は述べて――闇夜に吸い込まれるかのように、窓の外へと消えていった。
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