第5話 引きこもりと妹

 さて、館山家の家族構成を紹介しよう。


 まずは、僕――館山恭弥、高校二年生、十六歳。それに、共働きの両親がいる。わりかし放任主義のきらいがあるため、僕は自由にさせてもらっている。


 だけど――館山家に住むのは、それだけじゃない。


「ねぇ、兄ぃ? さっきから一人でうるさいんだけd――」


 ノックもせずに扉を開けて入ってきたコイツは――館山千尋。中学三年生、十四歳。館山恭弥の妹だ。


「え……? 兄ぃが……女を」


 中学三年生という、ツインテールがギリギリ許される年齢のコイツは、世間一般に想像される妹さながらにナマイキな生き物だ。依里を見るなり、「兄ぃに女なんて……ありえない」と小声でつぶやいている。僕に彼女ができる可能性がないと思っていたのか。


 とはいえ、依里は彼女ではない。誤解を解こうと僕は立ち上がろうとするが。


「恭弥くん、の妹さんかな? よろしくお願いしますね」


 正座したままの状態で、依里は笑顔を浮かべる。何から何までパニックになったのか、千尋は「しらないっ! 兄ぃのばかっ!」と叫んで扉を閉めて自分の部屋に駆け込んでいってしまった。


「おい、依里……」

「千尋ちゃん、大きくなってたねー。4年ぶりくらいかな」


 今しがた浮かべていた外向き用の笑顔を崩して、依里はふぃーと寛ぎ始める。


「そうじゃなくて。変な誤解されるだろ」

「そうかもですけど。別にいいんじゃないですか? あ、そうだ――今のうちに」


 いきなり立ち上がったと思ったら、依里はドアの近くまで行ってカギをかけた。


「何してんの?」

「ん~、殴り込み対策?」

「っていうか、そもそも面識あるだろアイツと」

「だからですよ!」


 依里と僕は幼馴染だ。必然的に、その一つ下の妹とも面識はある。だが、依里と千尋は犬猿の仲だった。そのせいもあって、お互い積極的に関わろうとしなかったし、話している姿も喧嘩以外で見たことがない。


 依里がいなくなってからは、その矢印の方向が僕に向いたのか――やたら僕に喧嘩腰で突っかかってくるようになった。思春期の妹を持つと大変だ、と達観できるほど僕も大人ではないので、ほぼ毎日のように喧嘩している。


「たぶん、そろそろやってきますよ――愛しいお兄ちゃんとその恋人が何をしているのか、気になるんじゃないかな?」

「アイツに限ってそれはないだろ」

「わかんないですよ? 紙コップ片手にドアの前で耳を澄ませてるかもしれないですし」


 ガタン、とドアの向こう側で音が聞こえた気がした。気のせいだろう。


「ちょっと、恭弥くん……そんなとこ触らないでっ……」


 依里は僕の口を押えると、唐突に艶のある声でそんなことを言い出した。ドアの向こう側で、回らないドアノブをガチャガチャと回す音が聞こえる。これはもう空耳ではなかった。


「まだ、昼間なのに……」

「兄ぃ!? ちょっ……鍵がかかってるんだけど!!!」


 もはや聞き耳を立てていることを隠しもしなくなったのか、千尋がドアの向こう側で叫びだした。それを聞いて依里がくすくすと笑ってから、施錠を解除した。

 ドアが開いた瞬間、勢いのままに千尋が部屋にスライディングを決める。みっともない姿だった。


「やっほー、千尋ちゃん。相変わらず元気で何よりだよ~」


 依里はうまく千尋を躱し、転んだ千尋を上から見下ろして微笑む。


「あんたは……相星依里っ!」

「うんうん、そうだよ? やー、あのまま放っておいてもよかったんですけどね、最初はちゃんと挨拶しなきゃなって」

「ずっといなかったくせに、なんで今更戻ってきたのさ」

「転勤は親の都合ですって。これからよろしくおねがいしますね?」

「よろしくも何も、ここはアンタの家じゃないから。その窓から帰れっ!」


 僕よろしく、どうやら千尋も何も聞かされていないらしい。


「おばさんったら、サプライズ上手なんだから……」


 そういって、依里はスマホを開いて一つの画像を見せる。それは、母親と依里との会話のスクリーンショットだった。


「えっ、ちょっ……これって!」

「うんうん、今日からよろしくね?」


 転んだ千尋に手を差し伸べるように、依里は握手を求めた。


「誰がよろしくするもんか! べーっだ!」


 当然、悔いの強い千尋が手を取るわけもなく、依里の手をはたいてそのまま出て行ってしまった。


「ありゃりゃ、思春期の妹って大変だね」

「……マジで、大変だな」


 キョトンとした顔で依里は千尋を見送る。ずっと昔からこんな感じだった。

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