第4話 引きこもりとお金持ち
「金脈を、掘り当ててしまいましてね」
えへん、と誇らしげに胸を張る依里を前にして、僕は盤面を見ながら考える。
目の前で展開されているのは、8×8のマス目と黒と白の平べったい駒――オセロだ。「なつかしーですね」とクローゼットの下のほうで埃を被っていた箱を依里が見つけ、久しぶりにゲームをすることになった。
昔から依里は僕より計算が早い。計算だけじゃない、何につれても優れている。
「おかげで、もう食うに困らなくなったわけですよ」
真ん中がほとんど埋まりきって、すでに中盤戦といったところ。僕の駒である黒が優勢に見えるが、真ん中のほとんど白の駒で埋まっている。一つでも隙を見せたら逆転されてしまう。
「お前の好きなように生きたらいい、ってパパも言うので」
「ここ」
「じゃあここです」
熟考した末に指した駒は、依里の一手でひっくり返された。
「でですね」、と依里は話を続ける。僕は敗北を確信し、依里との会話に集中することにした。パチ、パチと駒を置く音が決まったリズムで繰り返される。
「やること、なくなっちゃったんですよね」
「学校とかあるだろ」
「もう辞めちゃいました」
「……辞めた?」
カラン、とフローリングの上にオセロの駒が手から滑り落ちて落ちてしまった。拾うことすらも忘れて、依里の次の言葉を待つ。
「ええ、だって別に、もう通う意味もないですし?」
「通う意味もないって……なんでさ。お嬢様学校に通ってたんだろ? 将来的に、たぶんなんかいいことあるだろ」
「なんかいいことあるって、恭弥は相変わらず適当ですねぇ……」
正直、現役高校生の僕だって高校に通う意味なんて分からない。周囲のみんなが行っているから行くだけだ。説得力は欠片もない。
依里は、僕が落とした駒を拾って、僕が次に置きたかった場所に置いた。パチンパチンとひとりでに進めていく。でも、正直僕にとってオセロなんてどうでもいい。
「よーし、最初から話しましょう。まず私、相星依里は海外で一山当てたのです!」
「一山当てたって?」
「ビットコインで荒稼ぎしてきちゃった☆」
「へぇ」
「50億ほど」
「へぇ!?」
さらっと依里は僕の知らない単位を述べる。
「億って言っても、さすがに日本円でですけどね。株のショートから初めて、ちょいちょいとトレーダー紛いなことしてたら、なんかね……思いのほか上手いこといっちゃいまして。あ、安心してください、もうちゃんと利確はちゃんとしていますし、国外の銀行にも預けてますので」
「それって未成年がやってもいいんだっけ?」
「パパの監視下でです。それでも、死ぬまで暮らすには十分すぎるほどのお金も手に入れましたし、もうこれは学校行く必要ないなーって……。別に、社会に出なくても生きていけますし。あんな人の多いところ行っても……」
「なんで? 学校楽しくないの?」
「あんま人好きじゃないんですよねぇー……。高い学費払っていく意味、あんまりわかんにゃいです」
おどけたように言う依里だったが、その目は深い黒に染まっていた。思い返せば、昔から依里は僕とつるんでばかりだった。依里の友達らしい友達を見たことがない。
「意外と学費って高いんですよ? なんでお金払ってそんな苦痛を味わうのかなって。勉強だけなら家でもできるじゃないですか」
「勉強できる奴は勉強できない奴の気持ちがわからないんだよ……」
頭上に?を浮かべる依里を見て、僕は苦笑いを浮かべる。僕はといえば、次の英語のテストで赤点を取ると留年が見えてくるという危機的状況なのだが、勉強道具は学校に置きっぱなしだ。
「で、その浮いた分のお金をほかのところに回そうと思ったわけです。簡単に言えば留学ですね。ざっつぁほーむすてい!」
「へぇ、もしかしてそのホームステイ先って?」
「そう、それが館山家になります。というわけでお世話になります」
「さぞ留学費用が安く浮いただろうに……」
「生活費だけ入れてくれればいいよ、だって! 優しいですね! あ、ちなみに寝るときはさすがに部屋戻るから安心してくださいね! 直通だし」
窓同士でつながっていることを直通とは言わない。
「ちなみに、そこに僕の意思とかが挟まることって?」
「恭弥はあくまでホームステイ先にいる同級生! ああ、もう私は学生じゃないんですけどね」
気づけば、パチという音はすべて止んでいた。その代わりに、真っ白の駒で埋め尽くされた盤面があった。僕の手元に駒はあるが、真っ白に染まってしまった盤面にはもう置き場がない。なるほど、勝つためには外堀から埋めていく必要があるってワケか。完敗だ。
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