『優しい』

うさだるま

優しい

「優しいね」「君は優しいよ」「アンタ優しいね」「親切だ」「人の事を思い遣ってくれるんだね」「優しい」


「君、優しいね」 …そんな言葉を聞くたびに、僕は違うと叫びたかった。


 


 幼い頃から僕は、何にもできないと罵られて来ました。母には馬鹿でドジでどうしようもない息子と罵声を浴びせられ、父は僕の事を諦めました。

 顔も悪く、身体的特徴を指して笑われたこともありました。

 自他ともに認めるほど、間違いなく、なにもできない人間でした。

 悔しかった。辛かった。

 せめて、せめて外見が醜く汚らわしいのなら、心は清らかであろう。だれかを助けられる人間になろう。と、次第に思うようになっていきました。

 困っている人がいれば積極的に助け、苦しんでいる人がいれば、手を差し出しました。

 そうすれば、少しは報われる気がしたから。

 そうすれば、自分が少しでも綺麗なものになった気がしたから。

 実際、「優しい」という言葉を言われるたび、とても嬉しかった。「何もできなかった僕」から「優しい僕」になれたのだから。

 …だから。調子に乗ってしまっていたのかもしれない。自分が誰かを助けられると。

 ある時、目の前でおばあさんがひったくりに遭った事があった。

 「キャーーー!!!」おばあさんの叫び声が響く。

 周りには僕しかいない。

 ひったくりの男の黒い姿はグングンと離れていき、今にも見えなくなりそうだ。

 僕は直ぐに追いかけた。息があがろうともお構いなしで、黒い背中を目掛けて追っかけていった。

 足が痛い。脇腹も痛くなってきた。こんなに走ったのはいつぶりだろう。なんて弱音を吐きながらも、男を捕まえるんだと覚悟を入れ直し、追っていった。

 しかし、男との距離は離されるばかりであった。

 僕がどんなに走ろうとも、男はそれよりも早く走って行く。

 結局、僕は男を見失ってしまったのだ。

 僕は元の場所に戻り、おばあさんに謝罪をした。

「捕まえられなくて、ごめんなさい。」と。

 おばあさんは悲しそうに「…いいよ、いいよ」と言っていた。

 掌には無力感だけが握られていた。

 

 トボトボ家に帰ると、母がどこからかひったくりを捕まえられなかった話を聞いてきたようで、僕をまた詰る。


「お前は本当に何もできないヤツだ。優しいだけじゃ、結局なにも出来ない。優しくても力がなければ誰も助けられない。分かるか?優しいだけのヤツは何にもしてないのと同じなんだよ。」


 その言葉は僕の深く深くに突き刺さるように感じた。

 僕がなにも出来ないから、優しくても結局何にも出来ないから。

 僕は努力をした。今度は誰かを助けられるように、今度はこんな悔しい思いをしないように、努力を重ねた。

 それから何年も経ち、僕が人を助けられ無くなることもなくなってきた。

 もう悔しい思いをすることも、母に詰られる事も無くなった。

 僕が人を助ける度、皆んな「優しい」と言ってくれる。

「優しい」「優しい」と。

 僕はそれがたまらなく嫌なんだ。

 僕は誰かを助けられるようになった。

 誰かの手に届くようになった。

 だけど言われる言葉はあの時の僕と変わらないんだ。


 何をしても「優しい」。

 まるで付き纏うように「優しい」を浴びせられる。

 贅沢なのも、ないモノねだりなのも分かっている。

 だけど、「優しい」はもういらない。他の言葉が欲しい。

「優しいだけのヤツは何にもできないヤツと同じ」

 そんな言葉がフラッシュバックする。

 やめてくれ。違うんだ。優しいだけの僕じゃないんだ。僕は変わったんだ。


 僕はこの事を誰にも言えなかった。

 誰かに言ってしまうと心配させてしまうかも知れないから。

 もう少しも心は綺麗じゃないのに、まだ足掻くように、人の目を気にしてしまっているのだ。

 これは「優しい」んじゃない。

 ただ「弱い」だけだ。

 でも、何故か、その方が。

 とっても気持ちが楽だった。

 

 

 

 

 

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『優しい』 うさだるま @usagi3hop2step1janp

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