第136話 魔法少女 vs『傀儡師』① 【side】

 『三十、二十九、二十八……』



 イヤホン型インカムから、作戦開始までのカウントダウンが聞こえてくる。


 加東聖来カトウセイラ――ゴシックセイラは空き家の隣家の塀に身を隠しながら、ごくりと唾を飲み込んだ。



「……っ、はあ、はあ……」



(大丈夫。あれだけ特訓してきたんだから……絶対勝てるはず)



 そのまま大鎌『タナトス』の柄を握りしめながら、自分に言い聞かせてみる。


 だというのに、口の中はカラカラだ。


 自分の気持ちをあざ笑うかのように、手足がどんどんと冷えていく。震えが止まらない。


 大して身体を動かしていないのに、まるで全力疾走した後のように息が苦しい。


 跳ねるような鼓動のせいで、胸が……痛い。



 だが、尻込みしている余裕はない。


 もう作戦は始まってしまったのだから。



 ゴシックセイラの怪人討伐作戦は、これが初めてではない。


 しかし、その初陣は完全に敗北だった。


 後にあの怪人はとんでもない強さだということを聞かされ、ほとんど新人だった当時の彼女では勝てなくても仕方なかったと、本部の人間にフォローされたが……が敗北は敗北である。


 少なくとも彼女の胸には、苦い記憶とともにそう刻みつけられている。


 でも。



朝来あさごさんだって、能勢のせさんだって、すごく気合入ってる。訓練だってすっごく頑張った。だから私だって……!)



 今回は絶対に負けられない。


 負けたくない。



 (それにしても廣井さん、強かったなぁ……最後まで一本取れなかったし。でも、普段はすごく優しいし、ふとしたとき見るとなんだか隙だらけで……いやいやいや! 作戦中なのに何を考えてるの私は!)



 ゴシックセイラは慌てて首を振り、浮かんでくる思考を打ち消した。


 それよりこのままでは戦闘に支障をきたしてしまう。


 どうやってこの緊張を和らげるべきか。


 ……とそこまで考えたところで、気づいた。



「…………あれ?」



 なぜか身体の強張りが消えていた。


 手足はぽかぽかと温かく、お腹の底から力が漲ってくるのが分かる。


 頭の芯は未だ熱を持っているような感覚だが……思考そのものは霧が晴れたかのようにクリアだ。


 先ほどの体調がウソみたいだった。


 ほとんど最高のコンディションだ。



 なぜ? と考えてその原因に思い当たる。



「…………」



(……いやいやそれはない、それはないよ私!)



 ふと浮びあがってきた誰かの顔を、頭を思い切り振って打ち消す。


 きっと訓練のことを思い出したおかげで、自信を取り戻せたのだ。


 そうに違いない。



(でも、これならいける……!)



 そもそも……だ。


 『傀儡師』が廣井さんより強いだろうか?


 それは絶対にありえない。



「……フフッ!」



 そう思った瞬間。


 込み上げる笑いとともに、胸の中にわずかにわだかまっていた恐怖心が完全に消えた。



『あと十秒。……五、四、三……作戦開始!』


「いきます!」



 彼女はギュッと自分の武器を強く握りしめると、小さく、しかし腹の底から声を出した。


 腹をくくる、とはこのことだろうか。


 言葉に出した瞬間、さらに身体が軽くなり、頭の中もどんどん冴え渡っていくのを感じる。



「すごい……周囲の状況が手に取るように分かる」



 不思議な体験だった。


 まるで自分を少し上から俯瞰しているような、そんな感覚だ。


 そういえば、私たちの行動を『魔導ドローン』が見ているんだったっけ、などと思い出す。



「せあっ!」



 一気に空き家の庭に踊り込み、裂帛の気合とともに一階の閉め切られた雨戸を斬り裂いた。


 内部はリビングになっているようだ。


 妖しげな間接照明に照らされた三人の男が、トランプのようなものを持ちながら唖然とした様子でこちらを眺めている。


 賭博だろうか。


 まあ、こちらには関係ない。



 それと同時に、二階でガシャン! と窓ガラスが砕ける音と、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。


 朝来さんと能勢さんの二人も同じタイミングで突入したらしい。



 ゴシックセイラの最初の役割は、空き家の一階部分にいる寄生型妖魔を掃討することだ。


 それから素早く二階に駆けあがり、他の二人と合流して怪人を討伐する。


 何も問題ない。



『なんだこのゴスロリ女は!?』


『いや、知ってるぞ! コイツは魔法少女だ!』


『誰だろうが問題ねぇ、俺らにはコイツがあるだろ。プチッと叩き潰してやらぁッ!』



 ガタン、と男たちが立ち上がる。


 全員が全員、身体中に禍々しいタトゥーを刻んでいる。


 それらがギュルギュルと蠢きながら実体化し――連中の手足に絡みつき、まるで剥き出しの筋肉組織のように表皮を覆っていく。


 一瞬ののち。


 男たちの姿は、緑色の肉鎧に覆われた異形へと変貌した。



『ギヒィッ! ペチャンコニシテヤルッ!』



 異形の一体が叫びながら襲いかかってくる。



(寄生型の戦闘形態……! だけど……遅い!)



 反応速度が常人の数十倍にまで引き上げられた彼女にとっては、男の攻撃はまるでスローモーションのようだ。



「……まずは一体」



 彼女と交錯した異形が動きを止める。



『ガッ――』



 一瞬遅れて、異形の筋肉組織がバラバラと剥離。


 中から白目を剥いた男が現れ――そのまま力なく崩れ落ちた。



 彼女がわずかコンマ数秒のうちに繰り出した斬撃の数は、数十にも及ぶ。


 魔法少女の中でも抜きんでた敏捷性がなせる技だった。



「すご……」



 ゴシックセイラは感嘆の声を上げつつリビングの明かりに鎌の刃をかざす。


 魔力で構成された刃はまるでガラスのように透明で、リビングの外から見える月の光を受けあおく輝いている。


 妖魔を構成する『魔素』に対してだけ攻撃が通るよう、『装備課』で『魔力の刃』に換装したもらったためだ。



 ゆえに、彼女が『タナトス』で斬りつけた男の身体には傷一つない。


 男が昏倒したのは、妖魔が変化のさいに消費したあとの体内に残ったわずかな魔力を『魔力の刃』で斬り刻まれ、一時的な魔力枯渇状態に陥ったからだ。


 とはいえ、それも時間を置けば回復する。


 死神のような少女に切り刻まれたという、心の傷を除いて……だが。



「これなら……!」



 ゴシックセイラはギュッと『タナトス』の柄を握りしめた。


 これならば、人への殺傷を気にせず寄生型妖魔だけを斬ることができる。


 もちろん刃の魔力をさらに強めれば、さきほどの雨戸のように鉄をあっさり斬り裂くほどの切れ味を発揮できるので問題ない。


 ということで、とりあえず戦いに邪魔になる大型ソファやテーブルなどは細かく斬り刻んで十分なスペースを確保することにした。


 そんな彼女の行為に対して、激高したのは男たちだ。



『テメェ、俺ラノ憩イノ場ヲ!』


『叩キ潰ス!』



 異形の巨体にものを言わせ、二人が大声で喚きながら同時に襲い掛かってくる。


 ……が、これは落ち着いて回避。


 異形どもの攻撃をすり抜けるのと同時に、『タナトス』の魔力刃を幾重にも叩きつけてやった。



『ハ、ハヤ――』


『ミ、見エナ――』



 ズズン、と音と埃をあげ崩れ落ちる異形の男たち。


 そのまま武器を構えながら少し待つが、起き上がってくる様子はない。


 制圧完了だ。



「ふう……ここまではどうにかなった、かな」



 ゴシックセイラが小さく息を吐く。



『こちら本部。一階の制圧を確認した。一息ついているところ悪いが、上の二人が手こずっていてな。すぐに二階に上がってくれ』


「了解」



 そう、本番はここからなのだ。


 彼女は一部始終を観戦していた魔導ドローンをチラリと見やり、それから二階へと素早く駆け上がった。




 ※今さらですが、38話で取得可能だった『念話』は削除しました。

  理由はいろいろあるのですが、まあまあな数のご指摘をいただいていたのと、

  そもそも設定周りでちょっとコンフリクト起こしそうだったので。

  まあ、そのうちレベルを上げたりしたときにポッと出てくるかもですが……

  現状はそんな感じでよろしくお願いします。

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