第128話 社畜、極秘会議に参加する

 怪人。


 妖魔のうち、知性を有し人に近い姿を持つ個体を指す。


 通常の妖魔とは比べ物にならない魔力や生命力、そして戦闘力を誇り、他の妖魔と同様に人間を喰らう。


 だが、意外なことに怪人が表立って行動することは、きわめて稀だ。


 これは怪人の絶対数がごく少数のため、人類が本気を出せばあっという間に滅ぼされていることを連中が自覚しているからだと言われている。


 そもそも粗暴だったり残虐だったりする個体はすぐに目立って淘汰されてしまうので、なるべく目立たず狡猾に立ち回る個体が生き残り人知れず数をやしているというわけだ。


 ……現在、日本における行方不明者の数パーセントは怪人による犠牲者だと見られている。



「――とここまでは、皆もよく知っている通りだ」



 人数のわりにやたら広い会議室に野太い声が反響する。


 部屋の一番奥にあるホワイトボードを背景に、五十代半ばとおぼしき角刈りのおっさんが仁王立ちのまま俺たちをぐるりと見回した。


 今回の打ち合わせの主催者である、『現場調整課』課長の郷田ごうださんである。



 『調整課』からは先日妖魔を引き渡した担当者二人が出席している。


 長机の向こう側、俺のちょうど対面に座っている長身のメガネ男子が依田よださん、その隣のちょっとオドオドした様子の女性が小山内おさないさんだ。



 それと会議室の一番奥に座る、金髪で作業服姿の若い女性が一人。


 確か『装備課』の人だったっけか。


 名前は…………さっき交換した名刺を見る。


 そう、三木みきさんだ。



 一方、我が『別室』からの出席者は、俺と桐井課長。


 今日は出勤したあとすぐにオフィスの電話が鳴り、郷田課長に呼び出されここにいる。



「まずは手元の資料を確認してくれ。こいつがまた下級妖魔を使役して自分は甘い汁・・・だけ吸う狡猾なタイプでな。被害は生じているものの今までまったく尻尾がつかめなかったんだが、とある筋から怪人がこの街に潜伏しているらしいとのタレコミがあったというわけだ」



 参加者全員に配布された資料は、十ページ程度。


 表紙には、目立つ赤文字で『機密資料』と印刷されている。


 俺の中の中二魂がズキュンと疼く。



 パラパラとページをめくると、これまでの経緯やら怪人の特徴、それに怪人討伐の各課の役割や段取りなどが書かれていた。


 怪人の名前というかコードネームは『傀儡師マスター・オブ・パペッツ』。


 ご丁寧にルビまで振ってある気合の入れようだが、これはどっちで呼べばいいんだ。


 どう考えても『くぐつし』の方が早いんだが?


 あとで郷田課長に質問しておこう。



 五十路にして中二病真っ盛りとおぼしき郷田課長が続ける。



「先日おたくらが確保した若者たちは、そいつがばら撒いた『蔦の妖魔』の被害者らしい。ほかにも何人か、『蔦の妖魔』に寄生された連中を確認していてな。一週間前にも、別の魔法少女が一名を繁華街の裏路地で確保した。そいつは確か……ぼったくりバーか何かの用心棒バウンサーだったっけか、依田?」


「はっ。そのときは被害者への侵食が浅く比較的容易に確保できましたが、あちらの界隈・・・・・・はかなり汚染されているようです。あとは、数か月前ですが街頭で化粧品サンプルを装って不特定多数にばら撒かれたことがありました。後者はほぼ終息しておりますが、今のところ怪人にいいようにやられています。非常に腹立たしいですが」



 依田さんがメガネをクイッと光らせながら語気を強める。



「うむ」

 


 郷田課長が頷いてから、再びこちらを見た。



「そういうわけで、これ以上被害が大きくなるまえに『傀儡師』を叩く必要がある。一番現場に近いウチが音頭を取るが、我々『調整課』、『装備課』、それから『別室』で連携して事態に対処する必要がある。皆、よろしく頼む」



 言って、郷田課長が皆に深々と頭を下げた。



「で、具体的にウチらは何をすればいいんスか?」



 気だるげな声を上げたのは、『装備課』の三木主任だ。


 なんというか、結構な美人さんだがボサボサの金髪と作業服と態度のせいで元ヤンというか元レディースみがハンパない。


 桐井課長のほんわかキャラとは完全に正反対のタイプだな。



「三木主任のとこは、人体から『寄生型』だけを綺麗にひっぺがす装備を開発してほしい。たしか妖魔の幽体にだけダメージを与えるアタッチメント的なのがあったよな。あれの強化版は作れないか?」


「あー、『枯れ尾花』ッスね。りょーかいりょーかい。でも、あれは試作品だから量産無理ッスよ? 武器との相性問題もあるし」


「相性問題は取り付けてみないと分からんがとりあえず四、五個作ってみてくれないか。予算はこっち持ちだからコストはあまり気にしないで大丈夫だ」


「マジッスか!? じゃあ、ついでにインパクトの瞬間に魔力属性の爆風も発生させるようにします? 寄生型とかマジ一瞬で消し飛びますよ」


「いや、オーバーキルする意味ないだろ。あとどう考えても人体に悪影響あるだろ」


「どーせ怪人の取り巻きになるヤツなんかワルばっかッスよ。全然よゆーッスよ」


「ダメに決まってんだろ! マッドサイエンティストか貴様は!」



 郷田課長と三木主任が喧々諤々の打ち合わせに入ってしまい、手持ちぶさたな時間が訪れる。


 そうなると浮かんでくるのが素朴な疑問だ。



「桐井課長、ちょっと怪人について聞きたいことが」


「なんですか?」



 桐井課長も暇だったのか、俺が小声で振った雑談に応じてくれた。


 なぜか椅子をこちら側に寄せてくる。


 べつに内緒話のつもりはないんだが……悪い気はしないのでそのまま会話に入る。



「前から気になってたんですけど、怪人ってかなり危険な連中ですよね。警察はともかくとして、公安とか……自衛隊とかで対処できないんですか?」


「いい質問ですね」



 桐井課長がニッコリとほほ笑んだ。



「警察は法に基づいて『人間』を逮捕したり取り調べをしたりしますが、『怪人』は人間ではありませんからね。もちろん現場レベルで事態に対処することはあるかもしれませんが、そもそも一般のお巡りさんでは何人いても戦力不足です。公安は……対妖魔の実力行使部隊を保有していると聞いたことがありますが、実際に会ったことはありませんね。自衛隊は……街中で銃火器を使用するのがそもそも無理なのでは? もっとも私たちが知らないだけで、対妖魔専門の特殊部隊が存在する可能性はありますけどね」


「なるほど」



 まあ、言う通りではある。


 要するに妖魔も怪人も人間ではないので『害獣駆除』に近いのだろう。


 例えるなら……超頭の良いヒグマのテロリストって感じだろうか。


 正直そこまで来たら警察はもちろん自衛隊が出てきてもおかしくない事態だが、現状では民間の駆除業者……要するに俺たちのような連中が対処すべき領域のようだ。


 まあ、『現場調整課』は公安とは連携してるみたいだけど。



 もっとも今まで生きてきてまったく知らなかったのだから、よほどのことがない限りこのままな気がする。



 ちなみに手元の資料によれば、我が『別室』は対怪人戦闘の基礎を魔法少女に教える役割のようだ。


 桐井課長は魔法少女時代に怪人と戦って毎回ボコボコにしていたそうなので、実際の指導に入る前に俺も教えてもらおうと思う。



 ※この物語は(略

  法律についてはツッコまれてもお答えしかねるので悪しからずご了承ください……!

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