第106話 社畜、弄られる

「はあ……どうにか倒せました……」


「疲れた……なんか日に日に妖魔が強くなってる気がしない!?」


「するする! でも、朝来あさごさんのさっきの技、すごかったですね!」


「……フン! 死ぬほど強化したんだから、と、当然だし!」



 桐井課長と一緒に二人の元に向かうと、加東さんと朝来さんはすでに制服姿に戻り、本堂前の石段に座り込んでいた。


 どうやら共闘したことで多少の連帯意識が生まれたのか、二人でなにやら話し込んでいるようだ。



「お疲れ様。即興のチームプレイだったけど、うまく妖魔を撃破できたね」



 桐井課長と一緒に二人に近づき、ひとまず労ってやる。


 終わってみれば課題が多く見つかった戦闘だった。


 とくにミラクルマキナこと朝来さんは立ち回りを含め改善点がかなり多い。


 だが二人とも大きな怪我もなく敵を撃破できたことは、褒めるに値するだろう。



「あ、廣井さん、桐井さん、お疲れ様です!」


「っ……お疲れ……さまです」



 俺たちに気づき、二人が軽く頭を下げてくる。


 それから加東さんは、はぁ……とため息をついてから、大げさな動作でガックリと肩を落としてみせた。



「でも、できればノーヒントで倒したかったんですけどね……」


「はあ……同感。でも、これまで戦った妖魔にも似たようなのはいたし、今回は気づけなかった私たちがダメダメだったってことだから。……それにしても、自分だけ安全な場所に隠れてこっちを攻撃してくるとか卑怯だわ! もっと正々堂々、正面からぶつかってきなさいよ!」



 朝来さんは死霊術師の戦い方に不満のようだ。


 女子中学生にあるまじきマッチョイズム全開の考え方である意味清々しさも感じるが、相手がそれに応じてくれるとは限らないわけで。


 なるべく搦め手にも対応できる臨機応変さも身に着けるべきだろう。



「はは……。まあ、そういう性質の魔……妖魔だからね。でも、今回の戦いに勝利することでスケルトンの群れを相手にせず術者を倒す方が効率的だと分かったわけだし、決して無駄な戦闘じゃなかったんじゃないかな」


「まあ……それはそうだけど」



 言い返されるかと思ったが、朝来さんは存外素直に頷いた。


 もしかしたら、今回の戦いを通していろいろ思うところがあったのかもしれない。



「ふふ……なかなか様になってますよ、廣井さん」


「課長、せっかくの場面で茶化さないでくださいよ」



 気づけば桐井課長が俺の隣に立ち、ニコニコ……いや、ニヤニヤ顔でこちらを見ている。



「ていうか、廣井さんってぱっと見は普通な感じですけど、よく見ると横顔とかが頼りになる大人って感じでカッコいいですよね♪」


「ちょっ、加東さんまで……」



 なんか桐井課長の弄りに加東さんまで乗っかってきたんだが?


 つーかこの子、以前と違って距離感おかしくないか!?


 元々、大人しそうな見た目に反して人懐こい性格なのはこの前で知っていたが……


 まあ、嫌われているよりはいいけどさ。



「…………?」


 

 と、そこで朝来さんが妙に静かなことに気づく。


 こういうとき、なんとなく彼女はガーッ! と煽ってきそうなイメージだったんだが。


 だが朝来さんはこちらの会話に参加せず、石段に座り込みながら何かをブツブツと呟いていた。



 そして俺の身体能力向上スキルで強化された聴覚は、その内容の一字一句をしっかりと拾ってしまった。



「……でも、単純な力比べじゃなくて相性問題で苦戦する妖魔がいるってのも分かったのは収穫だったかも。……あいつ、いろんな妖魔を使役するっぽいから。もっといろんな妖魔と戦って研究して強くならないと」



 ……あいつ?



 妙に気になる単語だ。


 つい、横目でチラリと彼女を観察してしまう。

 

 当の本人は俺に気づいた様子もなく、俯いたままだ。


 桐井課長と加東さんは俺の反応が存外薄いことですぐに飽きてしまったのか、話題が駅周辺のスイーツについての話題に移っており朝来さんの様子に気づいた様子はない。



 ……そういえば朝来さんはご両親を妖魔の襲撃で亡くしているんだったよな。


 でも、『あいつ』って誰のことだ?


 記録では、ゴブリン兵に襲われたとだけあったが……ゴブリン兵は『いろんな妖魔を使役』したりはしない。


 もしかして、報告にあった以外の妖魔もいたということだろうか。


 たとえば……ゴブリン兵を使役するような、怪人的存在が。



「…………なに?」



 おっとまずい。


 朝来さんを見ていたら目が合ってしまった。


 怪訝な様子で睨まれる。



「いや、少し疲れているみたいだけど大丈夫かなって思って。もしかしてどこか怪我してた?」



 流石に呟き声を盗み聞きしていたこと言うわけにいかず、誤魔化しておく。



「…………っ!? だ、大丈夫だし!」




 ん?


 なぜそこで顔を赤らめるのかなこの子は。


 だがすぐに彼女はプイとそっぽを向き、勢いよく立ち上がった。



「……帰る」



 言って、スタスタとお寺の外へと歩き出す朝来さん。



「あら、もう帰るんですか? もう夕食時を過ぎてますし、せっかくなのでこれから駅前に戻って、みんなでご飯にしようと思っていたんですけど……もちろん奢りですよ」



 と、声をかけたのは桐井課長だ。


 俺と朝来さんがにらみ合っている間に、桐井課長と加東さんで決めていたらしい。


 ちなみに加東さんはご両親にすでに連絡して了解済みとのこと。


 用意が早いことで。



「…………」



 背後から声を掛けられた朝来さんがピタリ、と足を止めた。



「廣井さんは……どうするの?」



 そこでなぜ俺の意見を問うんだこの子は。


 いやまあ、こっちはまだ勤務時間だからな。


 行かない、という選択肢はない。



「どうって……仕事だから、当然参加するよ」


「……じゃあ行く」



 朝来さんが言って、スタスタとこちらに戻ってきた。


 俺とはなぜか視線を合わせてくれなかったけど。



「…………」


「…………」


「あの……桐井課長も加東さんも、その生暖かい視線やめてもらえます?」



 ちなみにその後、駅ビルに入っているレストランで素早く食事をとって、学生二人はすぐに家にお帰り頂いた(朝来さんは親戚の家に住んでいるとのことだった)。


 この市の条例だと、未成年はあまり遅くまで外にいると補導されるからね。

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