第104話 社畜と夜シフト 上

 初回の研修は、二日後の木曜夕方から始めることになった。


 すでに研修開始時刻が普段の定時すぎなのだが、妖魔の出現率が上がるのが夕方から夜にかけてなので仕方がない。


 まあ、今後は研修をやる日は午後出勤になるそうなので問題ないが。


 むしろ普段は朝から夕方までの勤務なので、非日常感があってワクワクする。


 まあ夜勤務が……というより、『午後出勤』というのがワクワクポイントの根幹なわけだが。



「ん、そろそろ時間ですね」



 オフィスの窓から見える景色が夜景に変わった頃。


 桐井課長がオフィスの壁掛け時計を見て、そう呟いた。



 すでに課長からは今回の巡回ルートだとか諸々の段取りを説明されている。


 準備は概ね万端だ。



「さあ、行きましょうか」


「わかりました」



 オフィスをいったん閉め、待ち合わせ場所として指定していたビル1階のロビーへ。


 見れば、すでに朝来あさごさんと加東さんが待機していた。


 しかし二人とも、それぞれ微妙に離れた場所に立っている。


 加東さんはエレベーターの近くで両手に鞄を持ち、あちこちキョロキョロ。


 朝来さんはロビーの出入り口の近くでスマホを弄っている。



 お互い面識がないので仕方ないのだが、事前にコミュニケーションを取っている形跡はなかった。


 というか、互いに一応認識しているものの朝来さんが人を寄せつけないオーラを放っているせいで加東さんが話しかけづらそうにしている……という構図のようだ。



 もっとも、二人とも俺たちの姿を見つけるとすぐに近くまでやってきた。


 加東さんは小走りで、朝来さんはスタスタと。



「あっ、廣井さん、桐井さん、こんばんは。今日はよろしくお願いします!」


「……よろしく……お願いします」


「二人とも、今日はよろしく」


「今日はよろしくお願いしますね。私はオブザーバーなので、基本的に指示は廣井さんが出しますので従ってくださいね」


「はい!」


「了解、です」



 とりあえず四人で挨拶を交わす。



 それにしても意外だな。


 朝来さんはもっと「さっさと始めるわよ!」みたいな偉そうな感じで来ると思ってた。


 微妙に加東さんを意識しつつも距離を置いているこの感じ……案外この子、人見知りのようだ。


 というか、内弁慶な性格なのだろうか?



 一方加東さんは先日の一件で自信を取り戻したのか、ずいぶんと元気そうである。


 以前はいわゆる陰キャっぽい感じだったのだが、今日はしっかり身だしなみもきちんとしていて、どことなく垢ぬけて見える。


 完全にトラウマは克服できているようだ。



 それにしても、なんだか対照的な二人だなと思った。


 共通点は、二人とも学校帰りらしく制服姿なところくらいだろうか。



 ちなみにこのビルには特に魔法少女と関係ない部署だとか関連企業にお勤めの方々もいらっしゃるので、すぐに敷地外に移動した。


 目的のエリア目指して皆で歩きつつ、ざっくりと今回の研修の概要を説明する。



「ええと、まずは指定区域内に到着したら、二人で巡回。妖魔が出現したらまずは二人で連携して対処すること。俺は指導役、桐井課長はオブザーバーだから、妖魔討伐に加勢しない。もちろん危険だと判断した場合は事態に介入するけど、基本的には君たちで連携して事態に対処するように。いいね?」


「はい!」


「……了解」



 ちなみに今夜の巡回エリアは本社ビルの最寄り駅の反対側にある下町エリアだ。


 本社側は再開発により発展しており道も広く整然としているが、こちら側は昭和の匂いが色濃く残る景観で道も狭く、入り組んだ路地が多い。


 それだけではなく駅から離れるにつれ寺社や墓地なども点在している。


 おまけに廃屋や潰れた店舗などがそのまま放置されていたりと、妖魔が潜むにはもってこいのエリアだった。



「……こっち側、全然人がいないですね。それにすごく静かです」



 駅から商店街を貫く寂れた通りを歩きながら、加東さんが周囲を見渡しながらそう呟いた。


 確かに駅のこっち側に入ったとたん、駅前の喧騒がウソみたいに消え去った。


 大きな駅ビルが防音壁の役割を果たしているせいだろう。


 そのせいでまるで『遮音結界』を張ったかと勘違いしそうになるが、ちらほら帰宅途中と思しきサラリーマンなどが歩いていることで、ここがまだ『現実』であると分かる。



 とはいえ、このままではその辺をただブラブラ散歩するだけになってしまう。


 通りに人がいないタイミングを見計らって、二人に声をかける。



「じゃあ、そろそろ始めようか」


「はい!」


「了解」



 二人が頷き、魔法少女姿に変身した。


 それと同時に、キンと一瞬耳鳴りがして、今度こそ周囲から音が消失した。


 二人のマスコットたちが遮音結界を展開したのだ。



「結界の範囲はそれぞれのマスコットを中心に100メートル程度だから、あまり離れて行動しないように。それと妖魔を発見しても俺たちが駆けつけるまで一旦待機すること。知っていると思うけど……妖魔は出現してすぐは『位相』が不安定だから、ある程度の時間が経過しないと一般人に干渉することはできない。……特に朝来さんは先走らないよう気を付けて行動してくれ。これは『連携』の訓練だからね」



 事前に桐井課長と打ち合わせした通りの段取りと説明を二人に伝える。



「分かりました」


「……そんなの分かってるし」



 加東さん――ゴシックセイラは元気よく返事したが、朝来さん――ミラクルマキナがむっとした口調で返してきた。


 とはいえ、それ以上反抗的な態度を見せる様子もない。


 まあ、昨日の今日でいきなりフレンドリーに接してこられても逆に怖いので、今のところはこれでいい気がする。



 ただ……ここまで来る間、朝来さんと加東さんが一言も喋っていないのが少々心配だ。


 一応この研修は二人で連携して妖魔に対処するのが目的だが、大丈夫だろうか?


 と思ったのだが。



「朝来さん、初めてだけど今日はよろしくね」


「……よろしく」



 加東さん改めゴシックセイラがミラクルマキナに手を差し出す。


 そんな彼女の手を、ミラクルマキナがそっぽを向きつつも軽く握る。


 とりあえず、ゴシックセイラと連携して事態に対処する意思はあるようだ。


 内心ホッと胸をなでおろす。



「それじゃ、巡回を始めようか」


「はい!」


「了解」



 短い返事のあとすぐ、二人がバッと飛び上がった。


 ゴシックセイラは近くの民家の屋根の上、ミラクルマキナはそれより少し高い位置……電柱の先に立ち、あちこちを見回している。



「……いた!」



 鋭い声は、ミラクルマキナからだ。



「どっち!?」


「あのお寺のところ! その横の墓地に強い魔力を感じるわ!」



 ゴシックセイラが即座に応じ、ミラクルマキナが指を差してその先を示す。


 俺たちのいる路地からは、お寺の正確な位置は分からない。


 急いでスマホの地図アプリを開き、場所を確認。


 なるほど、『雲楽寺』か。


 確かにこのお寺の隣には結構広めの霊園が広がっている。


 まとまった数の妖魔が出現するにはもってこいの場所だ。


 直線距離はおよそ300メートルほどだから、走っていけば大して遅れず到着できるだろう。



「よし、二人とも先に行ってくれ。俺たちもすぐに向かう」


「了解!」


「了解!」



 二人が鋭く返事をしてから、お寺を目指して夜の空を駆けて行った。


 さて、俺も急いで現場に向かうとするか。




 ※このお話に出てくる地名や場所・組織・団体等はすべてフィクションです。

  仮に同じ名前があったとしても一切関係ありませんのでご了承ください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る