第83話 社畜と塔のダンジョン

 廃神社内に出現した鉄扉を開く。


 扉には鍵は掛かっておらず、ギイィとかすれた音を立ててゆっくりと開いた。



「…………」



 内部は例によって石を組み上げ造った通路になっている。



 もっとも、最初見つけたダンジョンよりも滑らかな造りで、かなり綺麗な様子である。


 廃神社の方がよほど汚れていると感じたくらいだ。


 扉の先は壁で、左右に通路が伸びている。


 そこが今までとの相違点だろうか。


 扉から内部に顔だけを突っ込んでみると、左右ともに先に行くにしたがって通路がゆるく湾曲していることが分かった。


 そのせいで奥まで見通せない。



 まあ、見た感じ魔物の気配はないから大丈夫だろう。



「クロ、行こうか」


「…………」



 巨狼状態を維持したままのクロと一緒に足を踏み入れる。



「……結構寒いな」



 ダンジョン内は埃臭さやかび臭さは感じない。


 代わりにシンと冷えた空気が印象的だった。



 気温は現実世界とあまり変わらないようだ。


 季節柄ジャケットを着こんでいるので、防寒対策は問題なし。


 それよりも、妙に空気が薄いというか……高い山に登った時のような、清涼感と寂寥感を感じる。



 この感じ、このダンジョンは地下ではない……?


 だとすれば、高い山の上にあるお城とかだろうか。


 あとは、ものすごく高い塔?



 ちょっと耳がキーンとする感覚があるので、現実世界とこちら側で多少の気圧差があるのは間違いなさそうだ。


 もっとも現実世界側から空気が流れ込んでいる感じはしないので、この辺りはおそらく魔法的な効果だろうか。


 ちなみに扉を『鑑定』してみたももの、《扉》としか出てこなかった。


 これは俺の鑑定レベルが低いのか、それとも扉そのものは普通の物体なのか。


 考えても仕方がないので、先に進むことにする。



「……ええと。じゃあ、まずはこっちの通路から行くか」



 通路は左右ともに似たような構造だ。


 とりあえず俺は右から攻めることにした。



「おっ、あれは」



 ちょっと進むと、変化はすぐに訪れた。


 扉から50メートルも進まないうちに、壁面が妙に明るくなった部分を見つけたのだ。


 もちろんこの通路には篝火が掲げられているが、それとは違う。


 もっと明るい光だ。



 ……もしかして。



 魔物に警戒しつつ、小走りで近づいてみる。



「……窓だ!」



 それは、レンガ一つ分程度の小窓だった。


 厳密にいえば、『明かり取り』というやつだろうか。



 覗いてみるが、かなり壁が分厚いせいで視界が限定され、正面のわずかな景色しか見えない。


 だが、明らかに『外』だ。


 このダンジョンが地下構造物でないことは明白だった。



「うーん……何も見えんな」



 もっとも、ごく小さな隙間から見えるのは、灰色一色だ。


 この気温の低さや空気の薄い感じからすると、外は霧とか雲に覆われているからかもしれない。



 何か風景らしきものが見えれば……と期待したのだが、残念だが仕方ない。



「……お!?」



 小窓から離れさらに少し進むと、扉が見えた。


 進行方向に対して左側、つまりこのダンジョンの『内側』に入るための扉だ。


 通路自体は、さらに奥にまで続いている。


 さてどうしたものか。



「とりあえず、この通路の探索を先にやっておくか」



 少し考えたあげく、この扉は後回しにして先に進むことにした。


 もっとも、通路自体はすぐに終着点に到達したのだが。



「やっぱりつながっていたな」



 終着点とは、つまりは俺たちがこのダンジョンに侵入したときに通った扉だ。


 これは右側の壁にあるから分かる。


 開いてみたら廃神社に繋がっていたから間違いない。



 どうやら俺たちがいる場所は、円形建造物の外周通路だったようだ。


 歩いた感じ、長さはおおよそ300メートル程度と思われる。


 となると、このダンジョン――『塔ダンジョン』と仮称する――の直径はざっくり100メートル前後くらいって感じか。


 まあまあ大きめだな。


 もっとも都心の高層ビルとかと比べたら大した規模じゃないかもしれないが。


 とりあえず外周部分の探索が終わったので、いよいよ内部に侵入だ。



 先ほどの内部へと向かう扉まで戻り、軽く深呼吸と屈伸をする。


 それから持参した荷物から、ヘッドライトを取り出して頭部に装備。


 よし、準備完了。



「クロ、いつ戦闘が始まってもいいように心の準備はしておけよ」


「……フスッ」



 『言われるまでもないぞ』みたいな鼻息で返された。


 まあ、俺も別に心配してないが。



 ということで、さっそく内部へGO。



「おお……こういう感じか」



 目の前には広大な空間がひろがっていた。


 正確には、扉の向こう側は巨大な筒状の空間だ。


 想定していた通り、反対側の壁面までは100メートル弱ほど。


 天井までも、およそ100メートル程度。


 下は……暗くてよく見えないが、数百メートルはあると思われる。



 俺の足元は階段の踊り場だ。


 そこから上下に、内部壁面にぐるりとへばりつくように階段が設置されているのが見えた。


 幸いなことに階段の横幅自体は2メートルほどあるうえに鉄製の柵も設置されているので、そうそう滑落することはなさそうだが……



 上に向かう階段は、天井を貫通するように伸びているようだ。


 となれば、あの向こう側が次の階層、ということだろうか。


 ただ、気になるのはその天井や階段部分の裏側に奇妙な黒い塊がたくさんぶら下がっていることだ。


 数は、ざっと30体ほど。


 あれ、多分魔物だよな?


 種別としては、蝙蝠の類だろうか。


 遠目にもかなりの大きさなのが見てとれる。



 ……と思ったら、そのうちの一体が飛び立ちこちらに向かってきた。



『ギイィィ!!!』



 塔内に歪な甲高い鳴き声が反響する。



「うおっ!? でっっか!!」



 遠距離だと魔物のサイズ感が曖昧だったが、近づくにつれその形状と大きさが認識できた。


 この前倒したドラゴンよりは二回りほど小さいが、巨大な蝙蝠の魔物だ。


 もちろんそんなヤツに馬鹿正直に格闘戦を挑むつもりはない。



「……墜ちろッ!!」



 狙いを外さないようギリギリまで引き付けて、『魔眼光』で魔物の『弱点』を撃ち抜いた。



 ――バシュッ!



『ギッ――――』



 ふう、楽勝楽勝。



 俺の足元に墜落してきた蝙蝠の魔物の体格は大型犬くらいはある。


 羽を含めた全幅は、4、5メートルありそうだ。



 とりあえずの『鑑定』してみたところ、名前は『鷲蝙蝠イーグル・バット』とかいうらしい。


 よく見れば足に生えた鉤爪がナイフみたいに鋭かった。


 これに掴まれたり引っかかれたりしたら、さすがに『痛い』じゃすまないだろうな……



 ちなみに他の個体はといえば、さっき襲ってきた個体があっさり撃墜されたことに警戒を強めたのか、その場から動こうとしなかった。


 賢い魔物は嫌いじゃないよ。



 さて、それでは探索再開……と言いたいところだが、またもや分岐である。



 上に行けば、次の階層といったところだろうか。


 ただ……威力偵察役と思しき一体があっさり撃墜されたとはいえ、不用意に近づけばさすがに襲い掛かってくるだろう。


 そうなれば、足場の限られた中での大乱戦になる。


 ここから一体ずつ『魔眼光』で撃墜していくという手もあるが、さすがに大人しくその場で的になってくれるとは思えない。


 まあ、スルーだな。



 それに今回の探索は深夜に行っていることもあり時間が限られている以上、あまり面倒ごとに時間を割きたくないというのが本音だ。


 となると、初心に立ち戻って考える必要があるな。



 つまりは、「妖魔の本体」の捜索だ。


 やつらは基本的に廃墟や暗く空気の淀んだ場所を好むようだ……と、桐井課長がこの前に言っていた気がする。


 となると、俺の目指すべきは『下』だ。

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