第32話 社畜、即席パーティーを組む

「いや、しかし……あの場所は聖地であるし……」


「いいじゃねーか、めちゃくちゃ面白そうだろそれ!」



 俺の提案に対して、二人の反応は対照的だった。



 ロルナさんはあまりいい顔をしていない。


 まあ、当然だ。


 彼女は以前『聖女』さんの付き添いであの遺跡に来ていたみたいだからな。


 信心深いかどうかは分からないが、俺も大人になってから神社のやしろの内部を探検しようぜ! と言われたら尻込みすると思う。



 一方フィーダさんは俺の提案にやたら乗り気だった。


 まあ、これはこれで俺にも分かる。


 フィーダさんの瞳に浮かんでいるのは、少年時代に誰もが持っていた熱く燃えたぎる冒険魂だったからだ。


 彼にとって、『聖地』とやらは単純に冒険の対象らしい。



「ぬう……しかし、聖地に赴くのならばまず砦主への報告が必要だ。それに先の戦闘で仕事も止まってしまっているし……」


「許可なら俺も一緒に頭を下げてやるよ。書類仕事は苦手だが、まあ手伝えなくもない。そもそも聖地の内部調査ができるうえ遺物が発見できるかも知れねーんだ。俺はあんまり分からねーが、この砦の懐事情は厳しいんだろ? ならば儲けるチャンスだろ」


「むむむ……しかし……」



 的確に(?)に穴を塞がれていくも、なおも渋るロルナさん。


 彼女はかなり保守的な性格のようだ。


 一方現場担当と思われるフィーダさんは見た目どおりイケイケな性格らしく、ダンジョン探索に行きたくてたまらないといった様子である。



「別にあんたはお留守番でもいいんだぜ? あとで結果報告はしっかりしてやるから、ヒロイ殿と俺の二人で見てきてやるよ。なあ、あんたも野郎同士の方が気楽でいいだろ?」



 フィーダさんが近づいてきて、俺の首にガッ! と腕を回してきた。


 完全に悪友のノリだなこの人。



「むっ……それはズル……いや、二人だけではさすがに危険だ。仕方あるまい。私も同伴しよう」



 結局ロルナさんも一緒に行くことになった。




 ◇




 諸々の準備を整え、三人で遺跡に移動。



「……ここです」



 遺跡広場の片隅まで二人を案内し、俺は足元の石畳を指さした。


 爽やかにそよぐ木々の下、直径1.5メートルほどの魔法陣が淡い光を放っている。



「これは……」


「こんな場所に、魔法陣なんてなかったよな?」



 二人は戸惑うような様子で、魔法陣を凝視している。


 ちなみに二人とも武器や防具をしっかりと整えたフル装備だ。



 このダンジョンの魔物はそれほど強くないから、そこまでしなくても大丈夫だと思うけどな……


 とはいえ危険な場所であることには変わりないし、安全第一で行動するのは当然の話ではある。



「魔法陣がこの場所にある理由は私もよく分からないのですが、ダンジョンの最深部に通じているのは間違いないですよ」


「最深部だと!?」


「なるほど、最深部に通じる転移魔法陣か……ならば隠蔽されていたのも頷けるな」



 俺の説明に、二人がそれぞれ反応を見せた。


 ロルナさんは驚きの声を上げ、一方フィーダさんは納得したようにウンウンと頷きながら、魔法陣を観察している。



「どういうことだ? 兵士長」


「なに、簡単な話だ」



 言ってフィーダさんが魔法陣を指さした。



「この年代の寺院や城系のダンジョンには、たいてい最深部とか最上部から入口付近につながる転移魔法陣が設置されている。まあ、当時の情勢を考えると外敵に襲われた時の緊急脱出が主な用途だろうな」


「なるほど、そういうことか」



 フィーダさんの説明に、ロルナさんが納得したように頷いた。



「兵士長さんはダンジョンにお詳しいんですね?」


「あん? ああ、俺は元々冒険者をやっていたからな」


「そうだったんですか」



 そういえばこの世界って冒険者がいるんだったか。


 たしかにフィーダさんは騎士というよりはワイルドというかそっち側な雰囲気だ。


 もしかして、いろいろ冒険とかしてきたんだろうか?


 彼とは普通に酒とか飲みながらいろいろ話を聞いてみたいところだな。



「お? もしかしてヒロイ殿は冒険者に興味があるのか?」



 と、俺の胸中を察したのかフィーダさんがニヤリと笑った。



「ええ、まあ」


「そうかそうか! まあ見た感じはともかく、あんた商人の割に強えみたいだし冒険者ギルドに登録するのは結構オススメだぜ? 道中、商隊護衛を雇うのも面倒だろ? それにダンジョンから持ち帰った品をそれなりの価格で買い取ってもらえるしな。商業ギルドの他にも売却の選択肢が増えるのは悪くないだろ」


「なるほど、それは前向きに検討したいところですね」



 フィーダさんがやたら早口になったことはともかくとして、確かに魅力的な提案だ。


 ただ、休日に全力で身体を動かすと本業に支障をきたさないか心配ではある。


 ここのところスキルのおかげでかなり体力が増えた実感があるものの、疲労しないわけではないからな。


 ここは要検討としておこう。



 ちなみに彼に『鑑定』を掛けてみたい衝動に駆られたが、さすがに踏みとどまった。


 日本ならばともかく、この世界の人が『鑑定』を使ったことを察知できないという保証がないからな。



 まあ、そもそも論として他人のプライバシーを勝手に覗く行為に俺が抵抗感を覚えているというのもある。


 やっぱり、人間なら話をして情報交換をすべきだろう。



「まあ、ヒロイ殿ならば問題ないだろうが……冒険者は自己責任の世界だ。なるならば覚悟はしておくことだ」


「肝に銘じておきます」



 ロルナさんからもありがたい忠告を頂いたところで、そろそろ魔法陣へ。



「一応、最下層に魔物はいませんが、気を付けてくださいね」


「おう」


「承知した」



 二人が頷くのを確認してから、俺はクロと一緒に転移魔法陣に乗った。



 独特の浮遊感と共に視界が暗転。


 次の瞬間、俺たちは薄暗い祭壇の上に立っていた。


 いきなり明るいところから暗い場所に移動したのに目が利くのは、魔眼のおかげだろうか。


 地味に便利だな、この眼。



「おお、本当に転移したぞ!? 一瞬起動しないから焦ったぜ」


「ここが、遺跡内部か……」



 魔法陣から降りると同時に二人が転移してきた。


 どうやらこの魔法陣、誰かが乗っていると発動しないようになっているようだ。


 安全装置(?)のような術式が組まれているらしい。



 よくよく見ると、魔法陣の記述にそれらしき条件付けの術式が組み込まれているのが分かった。


 エクセルの関数、if構文に似た形式だ。


 なるほど、魔法の術式ってこういう感じなのか。



 …………ちょっと待て。



 というか、魔法陣の術式がちょっとだけ『理解わかる』ようになってるんだが……


 と、ここで思い当たる。


 そういえば俺『ロイク・ソプ魔導言語(基礎)』とかいうスキルを取得していたっけ。



 というか。


 このスキル、取得コストがかなり低かったからあまり期待してなかったけど、実はとんでもなくチートなのでは……!?

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