第7話 アロナ


――リーゼンの町・宿屋


「はぁ……」


 特訓1日目が終わったわけだが――。


「この体不便すぎだろぉ……」


 コウは、力が抜けたように部屋に備え付けのベッドに倒れこんだ。


「甲冑のせいで、あまりこのベッドも柔らかく感じないし、飲食も手から吸収するから味も感じないし……」


 うつ伏せから仰向けになり、天井を仰ぐ。


「そのうち生活に役立つスキルとかも習得するか? いやそもそもあるのかそんなスキル」


「あるよ!」


「そうかあるのか。だったら今度……ってええ!?」


 窓の方から声が聞こえたので見てみると、そこには――。


「なんだアロナか。驚かせるなよ」


 勝手に窓から侵入してきたアロナがいた。


「これぞシーフの特権だよっ」


「悪事に使うなよ……」


 胸を張ったアロナに、コウは呆れながら注意した。


「それで? 何の用だ?」


「今日どんな特訓してるのかなぁって見に行ったのにいないんだもん」


 アロナは頬を膨らませた。


「そんなに気になるか?」


「だって受けた依頼も教えてくれなかったし!」


 言えないんだよなぁ。


「えーっとな。モンとバンの2人に剣術に役立つスキルを教えてもらってたんだ」


「そうだったんだ。何のスキル?」


「【剣士の心得】と【筋力増強】だ」


「へぇ~。いいんじゃないかな?」


「あっ、そう言えば……」


 何かを思い出したコウは、上体を起こした。


「【アテナの加護】ってスキル知ってるか?」


「えっ! 加護って言ったら習得がかなり難しいスキルだよ!」


 アロナは興奮して聞いてきた。


「やっぱりそうなのか」


「でもなんで加護スキルを?」


「実はな――」


 コウは、この甲冑の形態変化について話した。


「そういうことだったんだ。今回はたまたま習得しようとするスキルと、必要なスキルが同じだったんだ」


「そうそう。だったら【アテナの加護】もと思ってな」


「なるほど~」


「そういうこと。まあ今すぐって訳でもないしな。とりあえずさっきの2つのスキルを覚える」


「そうだね。その様子を見るに、相当キツい特訓してるって伝わってくるし、まずはそっちからだね」


 アロナは、コウの体を見てそう言った。


「そうそう。もう体が全然動かないんだ。俺もう寝るから帰ってくれ」


「え~折角来たのに~。……あっそうだ!」


 アロナはそう言うと、ドアから廊下に飛び出していった。




◇ ◇ ◇




「じゃじゃーん!」


 戻ってきたアロナが手に掲げていたのはタオルと水が入った桶。


「それで何する気だ」


「これで甲冑拭いてあげるよ! おばちゃんに言ったら貸してくれたんだ」


「侵入したのは怒られないんだ」


「ほらほらっ、足から行くよ」


 コウのベッドの前にしゃがみ込み、濡らしたタオルで拭き始めた。


 やはり甲冑だからか、拭かれてる感触がないな。


「こんなに汚れてるじゃん。ベッドも汚くなっちゃうよ?」


 アロナの言う通り、甲冑は土汚れが酷かった。


 何も考えていなかった。

 明日謝っとくか。


「はい足終わり。次背中向けて」


 コウは上体を起こしたまま、アロナに背を向けた。


「一緒に腕とかも拭いていくからね〜」


 アロナは丁寧に、甲冑を拭いていく。


 洗浄スキルとかあったらほしいな~。

 いやその前に寝心地が良くな――。


「ッ……!?」


 突然コウはアロナの手を弾き、ベッドから飛び退いた。


「ハァ、ハァ……」


 ベッドから飛び退いたコウは、甲冑の下からアロナを睨みつけた。


「凄いよコウ!」


 疲労している体を無理やり動かし、息切れをしているコウに対し、アロナは笑顔でこっちを見ていた。


「まさか"殺気"を感知できるなんて!」


「なっ……」


 笑顔でそう言うアロナは、まるで悪魔のようだった。


「あっ、何か勘違いしているみたいだけど、これもスキル習得のためだからね?」


 コウが敵意をむき出しにしているのを感じたアロナは、手を振って誤解を解こうとする。


「スキル……だと?」


「そうそう。殺気や危険を感知する【危機察知】ってスキルだね。気配とかを感知するのは【気配察知】だからまた違うんだけど」


 アロナの奴、まるで今あったことをなかったかのように話してやがる。


「……理由は分かったが、疲れているときにやるのはやめてくれ」


 しかし、今までアロナにしてもらった恩が多すぎるため、疑いはすぐに晴れた。


「いやいや。こういうときだからこそ、スキルを習得しやすいんだよ」


 そういうものなのか。


「まあ今のはちょっと悪戯に近いけどね~。さっ、残りも拭くから座って座って」


 アロナは、ベッドをポンポンと叩いて、座るよう促す。


「……」


 座りたくねぇ。


 コウは、アロナに若干恐怖を抱いてしまった。


「悪いが今日は帰ってくれ。もちろんドアからな」


 コウはドアに近づき、帰るよう促した。


「え~。……まあ流石に私が悪いか」


 アロナはしょぼくれた顔で、コウに向かって歩いてきた。

 両手には、桶とタオルを持っている。


「悪いな。もう疲れて眠いんだ」


「ごめんね。疲れてるときにこんなことして」


 アロナは頭を下げて謝った。


「今後は控えてくれ。でも拭いてくれたのは嬉しかった」


 アロナはドアを開け、廊下に出た。


「じゃあおやすみ。あっ、もし特訓と関係ある依頼があったら受けなよ! 1人2つまで受けることができるから、お金も稼げて特訓もできる。一石二鳥ってやつだよ!」


 アロナはコロッと元気になり、コウにアドバイスをしてくれた。


「お、おお。こんなときまでありがとう。本当にいつも助かってる」


 気まずい状況を作り出したアロナが、自分でこの空気を壊してくれた。

 それも含めて、コウは感謝の言葉を述べた。


「いいっていいって。じゃあもう行くね! おやすみ~」


「ああ、おやすみ」


 互いに就寝の挨拶を済ませると、アロナは廊下を進んでいった。

 それを確認したコウは、ドアを閉め、鍵を閉めた。


「ふぅ……」


 アロナが入ってきた窓を閉め、鍵を閉める。


「最後の最後にドッと疲れたぁ」


 コウは再び、ベッドに横になった。


「……」


 先程の光景を思い出す。


「流石にあの切り替えは異常な気がするけど……」


 これ以上考えると眠れなさそうなので、コウは考えるのをやめた。


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