第8話 特訓2日目
結局全然眠れなかったコウは、次の日の早朝、冒険者ギルドに向かっていた。
「アメグモの依頼とかあったりしないかな」
掲示板に張り出されている依頼の紙を見渡す。
「おっ! あるじゃんあるじゃんっ」
コウはお目当ての依頼の紙を、勢い良く剥がした。
【依頼:マユダマの採集】
依頼主:洋服店「アータコズ」
依頼ランク:D
場所:リーゼンの町近くの森
詳細:アメグモの巣から採れるマユダマを届ける。
数:30個
期限:3日以内
報酬:銅貨80枚
「うん。ちょうど良い」
紙を持って、窓口に向かった。
早朝ということもあって、ギルドの職員も、冒険者も少なかった。
「この依頼を受けたいんだが――」
◇ ◇ ◇
「おっ、来たな」
コウは依頼の紙を能力で甲冑の中にしまい、裏門にやって来た。
どうやら持ち物はある程度収納できる仕組みらしい。
そこには、モンとバンの2人が待っていた。
「疲れはないか?」
モンが心配してきた。
「ないといったら噓だけど、昨日と同じで大丈――」
「いや昨日より激しいんだが」
「……え?」
「まあいいか。時間も無駄にできないし行くぞ」
「ちょ、ちょっと待っ――」
戸惑うコウの首根っこを掴み、モンは昨日の特訓場所へ向かった。
「頑張れよ〜」
バンは欠伸をしながら、2人を見送った。
◇ ◇ ◇
昨日と同じ場所で、2人は向かい合っていた。
「さて、今日中に習得できるか……」
モンは剣を引き抜く
「習得してやるさ」
コウも剣を引き抜き、両手で構える。
昨日同様、実戦形式での特訓。
モンの発言からして、今日は本気でかかってくるに違いない。
「――行くぞっ」
モンから仕掛けてきた。
「来い!」
まず相手が攻撃する前の短い時間の中で、冷静に動きを見極める。
モンは、剣を右肩に担ぐように振り上げた。
【筋力増強】の要領と一緒だ。
どの生物も、動きが全部繋がっている。
足から腰、腰から胴、胴から肩、肩から腕へと、力が伝わっていく。
「フンッ!」
モンが剣を振り下ろしてきた。
一番力が入るところを予測し、その手前で受け止める!
「ハッ!」
ガキンと音を立て、モンの剣を受け止めた。
そしてこのまま押し切る!
コウは押し付けるように剣を振り、モンを間合いの外に押し出す。
「くっ……」
怯んでいる隙に――。
「おおおっ!」
コウは、すかさず斬りかかった。
「ぬっ……!?」
モンはコウの剣を、体勢を崩しながら受け止めた。
なんだこの力は……。
まさかバンの特訓を生かして……。
モンは、剣から伝わるコウの力に驚いていた。
さっきと同じ、力は全部繋がっている。
力強く踏み込み、軸を保ち、体全体で剣を振るイメージだ。
「ぐぅ……」
グググッと、モンの剣は押し込まれていく。
いける。
そう確信したコウがさらに力を入れる。
「ッ……!」
その瞬間、モンは受け流すように姿勢を変え、懐をすり抜けるように拘束を抜け出した。
「なっ!」
コウの剣は空を切り、姿勢が前屈みになる。
拘束を抜けたモンは振り返り、反撃を仕掛けてくる。
「しまった!」
コウは剣で攻撃を受け止めたが、形勢は逆転してしまった。
「惜しかったが、ここからはこっちの番だ」
「クソッ!」
腕だけ力を入れてしまった。
全身で斬るイメージがまだまだだな。
「ハアッ!」
コウは反省しながら、モンを弾き返した。
「ハァ、ハァ、フゥ……」
落ち着け。
残心だ。
最後まで気を抜かず、集中しろ。
「フッ」
一瞬乱れたが、すぐ持ち直したか。
この調子なら、特訓が終わる頃にはもしかしたら――。
「うおおおっ!」
様子を見ているモンに、コウは攻撃を仕掛けていった。
◇ ◇ ◇
「ん? あら、もう帰って来たのか?」
太陽がまだ昇り切る前に、2人は帰ってきた。
昨日とは打って変わって、モンが疲労しており、コウはピンピンしていた。
「ああ、もう習得しちまったんだよ」
モンが悔しそうにそう言った。
「ああやっぱりダメだっ……え?」
バンは口を開け、ポカンとしている。
「マジ?」
「大マジだ。お前の特訓もあってだろうな」
「ああ、【筋力増強】習得のためのイメージを役立てたんだ」
コウはそう言うと、ステータスを開示した。
【名前】コウ
【性別】男
【職業】冒険者
【装備】
・呪いの甲冑
・鉄の剣
【レベル】8
【スキル】
・剣術の心得
・危機察知:レベル1
【持ち物】
・依頼の紙
「確かに取れてるな……危機察知も覚えたのか。いつの間に?」
バンは、ステータスをまじまじと見て感心していた。
「ま、まあな」
流石にアロナのことは言わない方がいいよな。
思い出すだけで鳥肌が……まあ肌見えないんだけど。
「じゃあ俺は休憩に入る。後は頼んだ」
モンは思ったより疲れているのか、足早に小屋に入っていった。
「じゃあ【筋力増強】の特訓もやりたいとこだが、お前飯はどうしてる?」
「思ったより腹持ちしやすくてな。3日くらいなら何も食わずで動ける」
「マジかよ。相変わらず変な体してやがる。いや甲冑か?」
すでに鞄を持っていたバンは、ゴソゴソと漁りながら笑っていた。
「まあ頑張れってことで、これ食っとけ」
バンがそう言い、鞄から出されたのは、見るからに固そうなパンだった。
「それは?」
「これは【カリッチョパン】って言うんだ。世界中で買えるパンだ」
そのパンは細長かったので、バンが真ん中でちぎった。
いやちぎったというより、割ったと言った方が正しいぐらい、バキッと音が鳴った。
「……食えるのかそれ」
「保存にも向いてるし、唾液ですぐふやけて食べやすい硬さになるから、そのまま口に……ってお前口なくね? どうやって食べるんだ」
コウの甲冑は、穴と呼べるものは目元にしかなかった。
「まあ甲冑の能力で……」
コウはパンを受け取り――。
「"食え"」
コウの手の上にあったパンは消えてしまった。
「……味はするのか?」
「……しない」
まあ咀嚼不要とはこういうことか。
「……行くか。特訓」
「……おう」
哀れみの目で見られたコウは、若干気まずそうに、バンの後ろをついて行った。
◇ ◇ ◇
森に来た2人は、昨日のようにアメグモの巣を探していた。
「よし。この木やってみな」
先にバンが発見したので、コウは駆け寄る。
「今日こそは……」
コウが剣を引き抜いたのを確認したバンは、距離を取る。
「フゥ……」
腹に力の源をイメージしろ。
剣術のときみたいに足からだと、全体に力がみなぎらない。
「力を連結させるイメージで、筋肉の膨張と縮小を最大限……」
コウは剣を構え、静止している。
「アイツ何ぶつぶつ言ってるんだ?」
「――よし」
一瞬コウの体が縮んだかと思うと――。
「【筋力増強】ッ!」
コウの体が膨張した。
力が溢れる!
成功だ!
「んー、あれじゃダメだな」
バンが遠目からそうボヤいていた。
「ハァ! ってあれ?」
コウは剣を振りかぶったが、バランスを崩してしまい、汚い振り方になってしまった。
もちろん木は斬れずに、衝撃を感知したアメグモの群れが襲いかかってくる。
「マジかよっ!」
ただ力を出すだけじゃダメなのか。
「キシャー!」
反省の前にこっちを対処しないとな。
コウの体は元の大きさに縮んだ。
「まあレベルが上がると思えばいっか」
「キシャー!」
前向きに考えたコウは、襲いかかってくるアメグモの群れを、昨日よりスムーズに倒していった。
◇ ◇ ◇
「ハァ、よしっ、これで、全部だな」
群れを片付け、息も絶え絶えのコウの元に、バンが近づいてきた。
「惜しかったが、あれじゃダメだな」
「なんでだっ」
「まあ落ち着け。反動も倍だからな」
バンは、コウの呼吸を落ち着かせようとした。
「根本的なイメージは合ってる。だが力を出しすぎだ。ムキムキの奴が足速いとは限らないだろ? 偏っちゃダメなんだよ」
バンは例を上げて説明した。
なるほど。
確かに力を出すことにしか集中してなかった。
だとすると――。
「じゃあ俺は次の巣を探すから、少しだけでも休め」
考え込んで声も届かないコウを置いて、バンはアメグモの巣を探しに行った。
「あの様子だと、本当に2日で習得しちまうな」
バンはニヤリと笑った。
◇ ◇ ◇
「今度こそっ」
休憩を取ったコウは、バンが見つけた別の巣の木の前で、神経を研ぎ澄ませていた。
鞘に収めてある剣の柄を握る。
力を溢れさせるというより、力を行き渡らせるイメージか?
「おっ?」
バンは、コウの雰囲気が変わったことを感じ取った。
「スゥ……フゥ……」
行き渡らせる……。
満遍なく均等に……。
「……」
コウの体は控えめに膨らんだように見えた。
ジワジワと、腹から体の末端に向かって、何かが浸透していくのを感じた。
「――フッ」
スパッと音を立て、抜刀した。
「……」
しかし、剣が空ぶったのだろうか。
木には何も変化はない。
「フゥ……」
コウは楽な姿勢になり、ゆっくりと鞘に剣を収めていく。
カチャッと剣を収めた瞬間――。
ゴゴゴゴゴと音が鳴り響き、アメグモの巣の木が倒れ始めた。
「これで【筋力増強】習得完了だ」
コウは確信を持って、この特訓に終わりを告げた。
「あっ、そう言えばマユダマが巣にあるんだっけ」
コウは思い出したように倒れた木に駆け寄り、木の皮を剥がし始めた。
当然アメグモが襲ってきたが、地上に落ちたアメグモは驚異ではなかった。
コウにあっさりと討伐された。
◇ ◇ ◇
「ふぅ、採れた採れた」
コウは抱えきれない量のマユダマを採集していた。
1個が手のひらサイズなので、30〜40個程度だろうか。
「お前……」
バンがコウを凝視する。
「あっ、これは服屋の依頼でな。特訓ついでに採らせてもらった」
「いやそういうことじゃ……」
誰が見ても分かる。
確かにコイツは【筋力増強】を習得した。
だが反動があまりないように見える。
いやそれ以前に、たったの2日で覚えちまった……。
レベル10にも満たないコイツが……。
「さあ特訓も終わったし帰ろう。まだ日が暮れてないし、街でも探索しようかな」
「あ、ああ、そうだな。一応ステータスを見せてもらってもいいか?」
「ああ、いいぞ」
コウはステータスを開示した。
【名前】コウ
【性別】男
【職業】冒険者
【装備】
・呪いの甲冑
・鉄の剣
【レベル】9
【スキル】
・剣術の心得
・筋力増強
・危機察知:レベル1
【持ち物】
・依頼の紙
「確かに習得してるな……」
「ああ、これもアンタのおかげだな」
「ヘヘッ、よせやい。お前が凄すぎるんだよ」
「やっぱり?」
「おっ、早速調子乗ってるなぁ?」
ステータスも確認できたので、2人で談笑しながら門に帰って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます