第6話 特訓1日目


「ここまで来て、何を教えてくれるんだ?」


 コウとモンの2人は、かなり離れた場所に来ていた。

 その場所は、辺り一面草原で、モンスターの気配も少ない。


「確認するが、その剣で戦うんだよな?」


 モンは、コウの腰の剣を指差した。


「ああ、問題ない」


「お前には、剣士のスタート位置である、【剣士の心得】を習得してもらう」


「【剣士の心得】?」


 【剣士の心得】とは、剣術に長けていて、揺るがぬ心を持つ者に授けれられるスキルである。

 このスキルがあれば、【剣術】系のスキル、技は覚えやすくなる。


「ああ、お前からは何の気迫も感じないからな。剣握ったばかりの素人臭がプンプンする」


「うっ……」


 何も言えねぇ。


「そ、そんなにひどいか?」


「ああ、だからこそ基礎から叩き込む。短い期間ではゆっくりできないから、俺と実践方式で習得してもらうぞ」


「ッ……分かった」


 コウは剣を引き抜き、前に構えた。

 モンも片手剣を引き抜いた。


 リーチは五分。

 とりあえず今は、純粋な剣術だけでやってやる! これが特訓なんだ。


「――うおおおおおおっ!!」


 コウはモンに怯むことなく、突っ込んでいった。




◇ ◇ ◇




「ゼェ、ゼェ、うっ……!」


「バン、交代だ」


 昼ごろになり、裏門に戻ってきた2人だが、コウの方は満身創痍で、あちらこちらから血が流れている。

 立っているのもやっとのようだ。


「お、おいっ。大丈夫なのか?」


 バンはコウに駆け寄る。


「大、丈夫だっ」


 駆け寄るバンを、コウは手で制した。


「俺は、弱すぎるから、悪いんだ」


「で、でもこんなに焦らなくていいんじゃないか? まだレベル5だろ? まだ時間があるし……」


 バンは、なぜそんなに急ぐ必要があるのかと聞いた。


「明確な、理由はない。強いて言えば、この甲冑の謎を、解きたいから」


「謎……」


「ああ、そのためには、多少強引な道を、進むしかない」


「あー! 分かった分かった。お前の信念が強いのはよーく分かった。だがそのまえに治療しなきゃな。ちょっと待ってろ」


 そう言うと、バンは門の近くの小屋に入っていった。


「――なぁ」


 横で黙っていたモンがこうに問いかけた。

 コウは、息が整ってきているので、受け応える姿勢を取る。


「お前の言いたいことは分かった。早く強くなって、甲冑の謎に迫るということ。だが今のお前は、固い意志と言うより、ただ焦っているように見える。何かあるんじゃないのか?」


「……」


 まあ、4日以内に、修業を抜かせば2日でボイルベアを倒さなければいけないので、焦っているというのもある。

 だがそれよりも――。


「焦ってなんかない。ただただ楽しいんだよ。強くなっているというこの感覚が」 


「なっ……?」


 コウの発言を聞いたモンは冷や汗をかいた。


「……そういう衝動に身を任せると、破滅への道をたどることになるから気をつけろ。俺は休憩に入る。準備ができたらバンと修業に行ってこい」


 モンはそう言い放つと、一度門の中に入っていってしまった。


「おーい! ってあれ? モンの奴は?」


 ちょうど小屋から、バンが鞄を両手で持って出てきた。


「休憩するって中に入っていったぞ」


「そうか。まあすぐ戻ってくるだろうし、門番は大丈夫だな。ほらっ、これ飲みな」


 ごそごそと鞄を漁ったバンは、1本の小瓶を取り出した。


「これは?」


 コウは受け取り、瓶の中身を外から見てみる。

 中身は緑色の液体で満たされている。


「これは【低級回復ポーション】だ。傷を癒す液体だ。飲んでもいいし、大きな怪我をしたら、直接かけることもある」


「ポーション。そういうものまであるのか……」


 瓶の栓をポンッと外したが、甲冑が邪魔で飲めない。


 ……もしかしてこれも。


「"飲め"」


 コウがそう言うと、緑の液体が、小瓶を残してパッと消えた。


「そんなこともできるのか」


 バンはその様子を見て驚いている。


「――ん?」


 コウの全身が、弱弱よわよわしい緑の光に包まれた。


「傷を見てみな」


 バンに言われたように、傷を見てみる。

 すると、みるみるうちに傷が塞がっていく。


「おおっ、これは凄いな」


 光が治まったコウは、傷の具合を確認する。

 血は止まり、カサブタのようなもので覆われていた。


「まあ低級じゃあこんなもんだな。完全に治そうとして、何本も飲んだりすると、体に拒絶反応が出るから、くれぐれも飲みすぎないように」


 バンは、実践方式で、【ポーション】について教えてくれた。

 おかげで体もだいぶ回復した。


「じゃあ行くか」


 バンは鞄を背負い、橋を渡り始めた。


「ああ、よろしく頼む」


 コウも、バンの後ろをついていった。

 1日目午後の部の始まりだ。




◇ ◇ ◇




「じゃあ俺からは、【筋力増強】のスキルを教えようと思う」


 モンとは違い、森の近くで特訓をすることになった。


 スキル、【筋力増強】は、文字通り全身の筋肉を倍以上増強することができる。

 しかし維持が大変なため、一時的な身体強化という認識である。

 使用後、疲れ果てて動けなくなる可能性がある。


「悪いな。俺からはこれしか教えられねぇ」


「いや、今はどのスキルでもありがたい」


 バンは、下ろした鞄を漁り、今度はオレンジ色の液体が入った小瓶を取り出した。


「体術系のスキルや技はな、頭で覚えるより、感覚で覚えた方が習得しやすいもんだ。だからまずは、【筋力増強ポーション】を飲んでもらって、どんなもんか体験してほしい。もちろん低級だけどな」


 コウはポーションを受け取り栓を開け――。


「飲め」


 一瞬で、小瓶の中の液体が消えてなくなった。


「今度はどんな効果が――」


 次の瞬間、ボゴッとコウの甲冑が盛り上がった。


「へぇ、甲冑も体とリンクして変化するのか。呪いの甲冑と言うだけあるな」


 その様子を見たバンはそう言った。


凄いぞこれは……!

 見て分かる通り、力が溢れてくる。

 これが【筋力増強】……。


「感動してる場合じゃないぞ。効果がキレる前に感覚を少しでも掴むんだ」


 バンに言われ、ハッとしたコウは、様々な部位に力を入れてみて、どのような原理でこの効果が発動するのかを調べ始めた。


 握力、腕力、肩、いやもっと奥の方から力が溢れてきているのを感じる。

 クソッ、初めてということもあるが、低級ポーションだといまいち分からない。


 そうこうしている間に、ポーションの効果が切れ、体がしぼんでいった。


「クソッ、もう少し……あっ?」


 突然コウは膝をついた。


 体が痺れたように動かないッ......!


「ガハハ、それが【筋力増強】の反動だ」


 バンは笑いながら、コウに手を差し伸べた。


「これがデメリットかっ......」


 コウはバンの手を取り立ち上がった。


「コツは掴めたか?」


「少しだけだが......」


「よし、じゃあ休憩したら次のステップに行くぞ」


 バンはそう言うと、森の木を物色し始めた。


「何を......」


 バンは大きな木を1本1本叩いている。

 何をしているのだと、コウが疑問に思っていると――。


「あったあった。こっちに来い」


 何かを見つけたバンは、コウに手招きする。


「この木に何かあるのか?」


 バンの元に寄ると、他と変わりのない木が生えていた。


「叩いたときにな、上に向かって音が響く木は、"アメグモ"の巣だ」


「アメグモ?」


「ああ、木の上の方の中を食い尽くして巣にするモンスターだ。1本の木に十数体潜んでいる。まあランクはEだから、1体1体は弱い」


 アメグモとは、バンが説明したように、木に住み着くモンスターである。

 体は丸っこく、尻から糸を出す。

 6本の足を巧みに使い、糸から繭のような糸玉を作り、そこに卵を産む。

 巣である木が攻撃されると、群れが糸を支えに落っこちてきて攻撃する。

 その様は、まさしく雨が降っているようだ。


「それで? この木をどうするんだ?」


「それはな、こうするんだよっ!」


 バンは、木の根元を思いっきり蹴った。


「え」


「ほら落ちてくるぞ。構えろ~」


 バンは、スッとそこを離れた。

 するともちろん――。


「キシャ―ッ!」


 アメグモの群れが、上から降り注いできた。

 アメグモは、近くにいたコウを標的と捉えた。


「マジかよッ……!」


 急いでコウは剣を引き抜く。

 まだポーションの反動があり、若干剣が震えている。


「レベル上げも兼ねて、まずはソイツら倒してみろ」


 いきなりすぎだろっ。

 だが敵は待ってくれない。


「あーやってやるよもうっ!」


「キシャ―ッ!」


 覚悟を決めて剣を構えると、1体のアメグモが襲い掛かってきた。


 午前を思い出せ。

 あの地獄の特訓を。


「ハッ!」


「ギャッ……」


 落ちてくるアメグモに合わせて剣を振った。

 すると見事にアメグモは真っ二つになった。


「よしっ」


「おぉ、なかなか様になってるじゃねぇか。だが――」


「キシャ―ッ!!」


 余韻を嚙み締める暇もない。

 次々と、アメグモが降り注いでくる。


「クソッ! 次から次へとッ!」


 コウは悪態をつきながらも、アメグモの群れの猛攻に耐える。


「枝先からも降ってくるぞー」


 幹の周りを注視していたコウに、バンはそう言った。


「――グハッ……」


 痛っ!


 背中に強い衝撃を喰らい、体勢を崩してしまう。

 コウは背中を見ると、アメグモが張り付いて、鋭い牙で噛みついてきていた。


「痛たたたたっ!」


 痛がりながら、背中のアメグモを引き離して倒す。


 全方位気にしないといけないのか。


「キシャ―ッ!」


 落ち着け。

 これも特訓だ。

 常に思考を研ぎ澄ませろ。

 

「よしっ!」


 気を引き締めたコウは、アメグモの群れに立ち向かっていった。


 ――そこからはあっという間だった。

 日が暮れるまで、アメグモの巣を張った木を見つけては剣で斬りかかる。

 この瞬間、【筋力増強】をイメージする。

 斬ったときの衝撃で、襲ってくるアメグモを倒す。

 その繰り返し。

 尚、木を剣で斬れ倒せれば、今日の特訓は終わる。

 もちろん一振りで。


「畜生……次こそ斬ってやるっ」


「そろそろ日が暮れるから、この木がラストだ。気合い入れろよ~」


 バンは、アメグモの巣になっている木を見つけた。


「ハァ、ハァ、おうっ!」


 コウは重い体を叩き起し、剣を振りかぶった。




◇ ◇ ◇




「――斬れなかっ、た……」


 特訓が終わり門に戻ってきた途端、コウは倒れてしまった。


「斬れなかったが、最後はかなり良かった。3分の1は斬ってたな」


 バンはコウを励ました。


「まあ大変だろうが、これをこなさないと、2日でスキル獲得なんてできないぞ」


 モンが駆け寄り、そう声をかけた。


「明日もか……」


 立ち上がる気力もない。


「まあまあ、1つ良いこともあるかもだぞ」


 バンがそう言ったのに対し、コウは顔を上げた。


「楽しみ?」


「ステータス、見てみろよ」


 ステータス……。


「ステータス!」


 コウはガバッと体を起こした。


 そういえば、かなりの数のアメグモを倒したはず。


 体の疲労を忘れる程に興奮しているコウは、ステータスと念じてみる。


【名前】コウ

【性別】男

【職業】冒険者

【装備】

 ・呪いの甲冑(★)

 ・鉄の剣

【レベル】8

【スキル】なし


 レベルが5から8に上がってるぞ。

 他に変化は……ん?


 コウは、甲冑の文字の横に★マークがあるのが気になった。


 呪いの甲冑……。


【呪いの甲冑】

【詳細】

・脱ぐことができない呪いの甲冑。

・咀嚼や排泄を不要にすることができる。

・甲冑の中の本体が、甲冑ごと傷をつけられた場合、本体の傷が治れば甲冑も修復する。

【スキル】

形態変化メタモルフォーゼ

 必要な素材をこの甲冑に吸収させ、装備している本人がスキルを覚えることによって、甲冑が変化する。

・本体のレベルが上がっていくと、形態変化できる種類も増えていく。

【形態変化】

 【モード:士魂スペリア

  『必要レベル』:8/10

  『必要素材』

   ・決意のペンダント

  『必要スキル』

   ・剣士の心得(未取得)

   ・筋力増強(未取得)

   ・アテナの加護(未取得)


 マジか……!

 初めての【形態変化】だ!

 しかも必要なスキルは、今習得中のスキルがほとんどだ。


 コウは嬉しさのあまり、拳に力を込める。


 だが、この【アテナの加護】ってなんだ?

 

「知ってるスキルの中に、【アテナの加護】ってあるか?」


 コウは2人にそう聞いた。


「そのアテナって、"アテナ様"のことだろ?」


 バンはそう答えた。


「様々な神がいるが、アテナ様は戦いの女神と伝承されてきたな」


 モンも、思い出すようにそう答えた。

 この世界には神が存在するらしい。

 スキルが強ければ強い程、神と密接な関係になると言われているそうだ。


 厳しくないか?


「加護を授かるにはどうすればいい?」


「う~ん。俺たちはあんま頼ることがなかったからな~」


 バンは腕を組んで思い出している。


「一般的な方法は祈ることだが、戦いの女神となると……」


 モンも考え込んでしまう。


 そう簡単には習得できないか……。


「あっ。そういえば近くに神殿がなかったか」


 バンはひらめいたようにそう言った。


「それは噂だろ? 町の人々で探したが、全然見つからなかったろ」


 モンは否定した。


「そうだよなぁ……」


 神殿か。

 暇があれば俺も探してみるか。


「ぐっ……よしっ」


 コウは、剣を杖代わりにして立ち上がった。


「ありがとう。おいおい調べてみる。また明日、よろしく頼む」


 コウはのっそのっそと、門をくぐっていった。


「おうっ。気を付けて帰れよ」


「ちゃんと来いよ」


 2人はコウを見送ると、小屋に入っていった。

 もう少し経ったら、閉門しなければいけないからだ。


「ハァ、明日も、頑張るか」


 振り返り、その様子を確認したコウは、スキル習得のために、宿に帰る道中も、色々考えながら歩いていった。

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