第5話
滞在3日目。
今日こそ、雨が降っている。
次の雨上がりに目標を見つけ出せる。そうデネブルから宣言されたカミルだったが、じっとしているわけにもいかず、昨日と今日は目撃のあった娼婦たちへ聞き込みを行った。
しかし、有効な情報を得ることが出来ず、大人しく衛兵の詰め所に降伏宣言を伝えに行ったのだが……。
結局、どうやって彼女がドワイト殺しとラングを引き連れてくるのかもわからぬまま、カミルはデネブルを頼って【ヤドリギ】へ顔を出した。
雨は本降りだ。いつまでも降り続けているのではないか。そう思えるほどに、外套を叩く雨粒は強い。
「あ、お兄さん! いらっしゃい!」
【ヤドリギ】へ入るやすぐにルーンが駆け寄ってくる。
相変わらず、底抜けに明るい女だ。陰鬱な気分を晴らしてくれるのではないか。話し込みたくなるが、今から大物を捉えに行く、どうしようもない高揚感が彼女から目を逸らす。
「デネブルはいるか」
店内にデネブルを探す。
「ここに」
目立つ彼女だが、見つけ出す必要もなかった。
すでに、入口付近のテーブルで待機していたからだ。
「なんだ。ずっと準備していたのか」
「いえ、そろそろ来る頃かと思いまして。合わせて準備をしていたに過ぎませんわ。お気になさらずに」
待たしたからと言って、謝罪する気にはならない。ルーンと違って、この女は不気味だった。
「それでは行きましょう。ちょうど彼女もラングのもとへ到着するころでしょうから」
言って、デネブルは立ち上がった。店のことは任せる、と近くにいた【給仕】に声をかけて。より近くにいたルーンではなく、別の【給仕】へ頼んだことが疑問といえば疑問ではあったが。それも、彼女の抜けている性格を知っているカミルはすぐに頭の片隅に追いやった。
奴隷商。それも、趣味の悪い好事家どもを専門にやっていると、女などそれこそ数え切れぬほど目にしてきたし、教育と称して何十、何百と犯してきた。そんな生活をしていると、花のように美しい女は花壇に生えている一本一本と同じように見分けがつかなくなるし、星のように輝く女も目を離せば、名前も思い出せなくなる。
それでも、やはり、記憶から離れない女も中には存在する。
幾千の星が夜空にはためくが、月は唯一無二の美しさを発揮する。
名前は、ルア。
あまりの美しさに、攫ったはいいが変態どもに売るのも惜しく、ずっと手元に置いていた女だ。
ルアは身の上の話をしなかった。12で攫い、教育の賜物か14になるころには男を喜ばせる仕草と行為、言葉遣いを身に着け、存分に発揮していたが、こちらが攫われる前のことを聞き出そうとすると口を噤んだ。特に、家族については父と母がいたことのみで、それ以上喋ろうとしなかった。
いくら稀有な美貌を持つと言っても、4年も手元に置いていると飽きはやってくる。ドワイトと一緒にルアへの扱いは身体の保全より次第に刺激を優先させた。
前王朝屈指の拷問官を呼び、わざと自分たちが捕まった演出をし、彼女が知る由もないラングたちの秘密を喋るよう痛みつけたこともあった。
ついに、鞭による蚯蚓腫れが全身を覆い、いよいよ最後の指の一本が折られそうになったころにラングたちが助け出す──これも演出ではあるが──とまるで少女のように泣きながら抱き着いて、感謝を述べたことは思い出すだけで、口元が綻ぶ。
そこらの浮浪者に貸し付けたあとには、よほど乱暴に扱われたのだろう。捨てられるのではないかという恐怖も伴って、さらにラングたちへ媚びるようになった。
その態度に2人はルアへの熱を取り戻したが、それも一時的なもの。
2,3か月もすれば、使うよりも壊す方向にベクトルへ向かっていた。
一生残らぬ火傷、傷。麻薬の投与。
最後は手足を一週間に一本ずつ切断し、傷口に焼き鏝を押し付け無理やり止血し、不自由になった身体に無理難題を押し付けた。
そして、最後。
ついに手足をすべて失い、度重なる麻薬の投与に精神が砕ける寸前になった彼女をギロチンにかけたとき。落とした刃がかつての透き通るような肌とはかけ離れた、鬱血と赤々しい傷跡だらけの首に落ちるその寸前、ルアは初めて誰かの名前を口にしたのだ。
“ルーン”と。
この街。雨上がりに死者と会える街にはほんの気まぐれで訪れた。
数々の恨みを買った自分たちだ。知らぬところで死んだ売り物がどんな姿で化けて出て、どんな恨み言を言うのかと。ドワイトと一緒に笑いあったが、しかし、来訪初日に雨が上がっても何者も現れなかった。あんなに可愛がってあげたルアすらも。
ドワイトとは滞在7日目の出発直前に合流することになっている。それまで、この湿気の多い決して、快適とは言えぬ街でどのように過ごすか。暇つぶしのため、女衒に適当な女を見繕ってもらっていると気になる名前の女がいた。
ルア。この街ではそれなりに人気のある娼婦らしい。
期待はそこまで高くなかった。ルアの美貌には及ばないだろう、と。
それがどうだ!
今、目の前にルアがいるではないか。思い出を懐かしむために同じ名前の女を呼んでみたが、まさにかつてドワイトと一緒に存分に可愛がったルアそのものがいる。
藤の花を溶かし、流しこんだ月光色の髪。
大きく瑠璃色の瞳と際立たせるはっきりとしたまつ毛。
高く、形の良い鼻。
苺を思わせる、発色の良い唇。
ちょうど雨は上がったころだが、幻ではない。
断言できる。
腰に手をまわし、引き寄せれば確かな人肌が伝わる。
胸をつかめば、気持ちの良い弾力が返ってくる。
唇を吸えば、滑らかな口当たり。
舌を差し込めば、絡み合おうと求めてくる。
「よい、よい」と股に手を差し込めば「んっ」とくぐもった声が耳元をくすぐる。
「なに。殺しはしないさ」
この女を買い受けよう。そして、再び飽きるまで遊びつくそう。そのために、今は味見だ。
ラングが女を押し倒すと、顔の横で何かが煌めいた。雲に覆われた、この街に出るはずのない、月光と同じ光が。
「そこまでだ」
光の正体に気づくより先に、ドアを蹴破って突如男が入ってきた。
「なんだ! 邪魔するな! ブッ⁉」
叫ぶラングが壁に叩きつけられる。
殴られた衝撃で折れた奥歯が床に転がると同時、自分と女の間に立った男が名乗る。
「帝都防衛司令官、カミル・シトレー上級大将だ。違法奴隷商ラング・トール。貴様を逮捕する
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