第4話
「ずいぶん、俺に協力してくれるのだな」
ドワイトが使っていた部屋にカミルとデネブルはいた。まだ、血は乾ききっておらず、空気に触れた血液特有の生臭さが充満している。
「他殺は珍しいもので。つい、興味に突き動かされてしまいました」
「ふん、自死は当たり前で。他殺は珍しい、か。平和な街だ」
皮肉っぽい言い回しを心掛けて、しかし、装飾の無い言葉が口を出た。
他殺は悪意によって行われるが、自死には少なくとも他者を傷つける意図が含まれにくい。それに、死ぬ方も殺されるほどの恨みを買っていない。穏やかに暮らせる街。良いことではないか。
「なにか目ぼしいものは見つけられましたか?」
興味があると言いつつも、彼女に捜査への積極性はないようで、ドアの付近に立ったまま、カミルと会話するに留まっている。
カミルとしても、素人に場を荒らされる心配がないぶん文句はない。
「さぁな。凶器や大事な遺留品は衛兵たちが持ち帰っているだろうし」
ベッドの上で殺されたのか、シーツは寝相以上に荒れている。ドワイトの最後の歩みを辿るには血が流れ過ぎている。ただ、シーツよりも床に大きな血だまりが出来ているから、ここが彼の死地だったのだろう。
その血だまりのなかに、一本の線を見つける。
「髪の毛だ。それも長い」
「お父上の?」
「誰があいつの息子だ。……ドワイトは禿頭だ。お前も見ていただろ」
「失礼いたしました」
この女はつまらない冗談も言うのか。
「しかし、髪色がわかれば犯人も捜しやすくなるのでは?」
「その通りだ。洗って、確かめてくる」
水洗場で誤って排水口に流してしまわぬよう、注意を払いながら付着した血液を洗い落とせば、淡い藤色が特徴の毛髪が現れた。
他に、部屋で目ぼしいものは見つけられなかった。
最後に、第一発見者でもある宿のフロントマンに毛髪を見せる。しかし、昨晩の宿泊客に女性はいない。ならば、と娼婦の出入りを聞いても、夜中に幾人かの娼婦が訪れたらしいが、誰がどの部屋に入っていったかまでは把握しておらず、藤色の髪を持つ女はいなかったらしい。
一応、娼婦たちの特徴も聞いておく。恐らく衛兵たちも同じ線を辿るだろうが、カミルも情報は仕入れて起きたかった。特に、同じ宿の宿泊客には既にあたっていることだろうし、まだ街の各所に散らばっている娼婦たちへは先回りできる可能性が高いからだ。
昼食の時間が近づいて、カミルはデネブルを誘うと「せっかくのご機会です。是非に」と案外、あっさりと承諾してくれた。
形はどうあれ、捜査の協力への礼ができるのであれば、カミルには快諾の理由はどうでもよかった。
彼女がよく利用すると言うレストランへ入り、着席する。
雨の多い土地ゆえに、作物は育ちにくい。メニューを眺めると主食はパンだが、メインは肉や魚などの食肉系が目立つ。見慣れない名前の料理も多く、訊けばほとんどがチーズの種類であった。
味の想像ができぬので、デネブルに注文は任せた。
彼女はやってきたウェイターにいくつかの料理を注文すると、「お酒は吞まれますか?」とカミルに尋ねた。
「いや、仕事中」と言いかけて、慌てて引っ込める。
デネブルはそんなカミルが黙ると同時に葡萄酒を1本追加した。
「お聞きしたかったのですが」
料理が来るまでの間、赤の葡萄酒で唇を湿らせたデネブルがカミルに尋ねる。
「この街へはどのような目的で? どうやら、ドワイト殿のことを幾分かお詳しいようでしたけれど」
隠し通せるものではないな、と。カミルは観念した。守秘義務は発生しているが、彼女には義務を上回るほどの協力を得ている。
「俺はドワイトを探してこの街までやってきた」
「ほう。それはギルドからのご依頼で」
「そうだ」
【冒険者】は任務斡旋機関である【ギルド】から仕事を請け負う。【ギルド】には魔物の討伐、特定の鉱物や植物の採取、要人警護など様々な仕事が集っているが、特定人物の捜索も珍しくはない。
「ドワイトは奴隷商人だ。それも、かなりの悪質な」
「悪質ではない奴隷商人がおりますでしょうか」
「ここで奴隷の是非について問うつもりはないさ。現に、同じ帝都内でも奴隷を認める都市とそうではない都市は混在している」
世の流れで言えば、奴隷制度にはかなりの逆風が吹いている。表立って奴隷制を推進している都市はまずない。
しかし、それでも、例えば戦線近くの都市は奴隷制を廃していない。これは敵軍の捕虜や作戦進行中に占領した村や町の住民たちの扱いを一時的に奴隷として登録し、──格安だが──給与を払い、正当な労働力として雇用するためだ。
この奴隷たちを軍部から買い取り、各商会や組合に分配するのが奴隷商人の仕事だ。取り扱う身分が違うだけで、行っているのは【ギルド】の斡旋業に近い。現に、奴隷上がりの【冒険者】の数は多い。
「だが、ドワイトがやっているのは人さらいだ。身寄りのない適当なガキをさらって、趣味の悪い金持ちに売りつける。控えめに言っても人間のクズ。──殺されて当然だろうさ」
まだ、わずかしかアルコールを摂取していないのに、舌がよく回る。グラスに残るワインが部屋で見た血と重なって、慌てて飲み下す。
「次は白がいいな」
「では、そのように。まだお料理も来る前です。ゆっくりお楽しみくださいませ」
デネブルがウェイターを呼んで、注文を追加する。
「して、“冒険者”様のお仕事は失敗になってしまったのでしょうか」
「いや、まだだ」
トマトのカプレーゼなるものが運ばれてくる。ここでも赤か、と苦笑を禁じ得ないが、料理に罪はない。ありがたく口に入れる。
「半分失敗で、もう半分はまだ終わっていない。今回の俺の任務はドワイトと、仲間のラングという男を見つけることだ」
「ほう。しかし、そのラングなる者がこの街に来ているとは限りませんでしょう?」
「あいつらは常に2人で行動している。ドワイトがいたんだ。必ず、ラングも街のどこかにいる」
メインとなるチキンのチーズ掛けがテーブルに乗る。ナイフで切り分け、一口食せば、肉の甘みとチーズの濃厚な脂肪が舌を征服する。確かにこの料理は赤の葡萄酒が合うはずだ。
「だが、ドワイトが殺されたとあれば、探すのも困難になるな。こうなっては、ラングはどこかへ引き籠るはずだ」
すべての宿屋を虱潰しに探索する方法もなくはないが、いつかラングに感づかれて追い詰めるどころか、悪人の生存本能が発揮して、残り香すらごと消し去って逃げおおせるかもしれない。ドワイトとラングの手腕は認めたくないが、一級品。どこに誰を売り飛ばしたのか、2人と買い手、それに奴隷自身しか知りえない。ゆえに、今まで多くの人間がこの奴隷商グループを捕まえらえられずにいた。
「この街に入れば、通常7日は出られないのであったな」
「ええ。死者と再会すれば、冥界と繋がりやすい状態となってしまいます。ゆえに、その身を現世に定着させるためには冥界に近い場所にいながら、しかし現世に留まる力を身につけなければいけません」
ただし、とデネブルは続ける。
「これは建前。実際は、旅人を多く受け入れるがゆえ、その流動性をコントロールするためでございます。でなければ、今回のような犯罪者が身を紛らわせるのに適した地となってしまう」
この街では7日毎に余所者の出入りが行われる。カミルとドワイト、それにラングは同じ回に入場している。
「先を急ぐ冒険者にとっては煩わしい規則だ。しかし、今はありがたい。7日しかないとはいえ、少なくともその間はこの地に留まっているのだから」
カミルが街に入って今日で2日目。今日と合わせてあと6日以内にラングを見つけ出さなければいけない。その方法を如何様にするか。
それに、ほぼ間違いなくドワイト殺しはラングも標的に定めているはずだ。カミルのように、ドワイトに恨みを持つ者は同等の恨みをラングに抱いているはずなのだから。
どうにかして、ドワイト殺しより前にラングを見つけ出さなければ。
「“冒険者”様のご心配は尤も。しかし、そう焦る必要はございません」
「なんだと?」
思わず、言葉に険が滲む。カミルがこの件にどれだけの念を込めているか、彼女に話はしていないがそれを差し引いても、彼の神経を逆撫でるには十分であった。相手がデネブルでなかったら、怒鳴りあげていたかもしれない。
「失礼。されど、ご安心を。私にはドワイト殺しに心当たりがございます」
「なに⁉」
今度は声量を抑えることはできなかった。思わず、手に持っていたグラスをテーブルに叩きつける。
「ならば、こんなところで悠長に食事をしている場合ではないだろう! 早く俺にそいつのもとへ案内しろ!」
店中が静まり、視線がカミルに集まる。
半ば興奮状態のカミルと違い、落ち着いたままのデネブルもしかし、集まる視線を意に介さない。
「どうぞ、お気を静めくださいな。ここで目立っては、せっかく掴んだ尻尾も切り落とされてしまいますわ」
「……悪かった」
デネブルの言うことは尤もだ。カミルは最初に注がれていた水を飲みほし、頭を冷やす。彼は多少酔っていたところで、すぐに冷静さを取り戻せる美点を備えていた。
「私も無神経な発言、お詫び申し上げます。ですが、ここはどうか私にお任せください。必ず、次の雨上がりにはドワイト殺しとラングなる人物、同時にあなた様へ引き出してみせましょう」
この後は、お互いに食事を進めながら、適当な世間話をするのみであった。
最後、開店準備のために【ヤドリギ】に行こうとするデネブルが
「1つお尋ねします。ドワイト殿は柑橘を好まれますか?」
「……? いや、特別好きとも嫌いとも。そんな情報はないが。 しかし、部屋にはそのような果実はなかったように思う」
「ありがとうございます。どうぞ、今夜中雨は降りませぬ。ゆっくりなさってください。そして、お店に来て下されば、私も嬉しいですわ」
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