琥珀と陽花 第5話

 陽花は傷ついた琥珀を抱き上げます。


「大丈夫!?」


「……きゅ」


 小さく琥珀からの返事がありましたが、明らかに大丈夫ではありません。


「ぐるる」


「!?」


 迫ってくるタヌキモンスター、陽花は琥珀を抱えたまま後退します。


「……あっ」


 しかし、後ろにあった岩に追い詰められてしまいました。

 完全に万事休すです。

 哀れダンジョンに迷い込んだ陽花はここで力尽き……とはなりませんでした。


 陽花にはとある力があったのです。

 それは、ソウルウェアの力です。


 本来であれば、あと数年は経たないと発現しないと言われている力ですが、陽花はその歳にして知らないうちに力に目覚めていたのです。

 それは、陽花の才能が非凡である証拠でした。

 歴史に名を残してもおかしくないくらいの才能、しかし、陽花はその力の使い方を知りません。


 琥珀のその才能に気がついたのは、琥珀でした。

 傷つき、抱き抱えられて守られる琥珀は、陽花の中に暖かさを感じました。

 その暖かさこそ、陽花の才能そのものです。


「……きゅ」


 本能的な行動でした。

 琥珀は、その暖かさに身を委ねます。


「えっ!?」


 すると、琥珀が急に光り始めました。


「ぐる!?」


 タヌキモンスターも驚いたように、距離を取ります。


 琥珀はそのまま光の粒子になり、陽花の体に吸い込まれていきます。


「な、何!? これ!?」


 陽花は、自分の中に何かが入ってくるのを感じました。

 それはまさしく、琥珀の魂とも言えるものでした。

 全ての粒子が陽花の中に吸収され、光も収まりました。


「……えっと」


 陽花は、自分の身体に違和感を覚えて、頭に手を伸ばします。


「うん!?」


 頭には何かふさふさしたものがありました。

 鏡がないので、陽花自身は確認することもできませんが、陽花の頭には、琥珀の耳が生えていたのです。

 さらに、尻尾も生えています。


 後にシンクロと名付けられる現象、陽花はその時初めてモンスターと一つとなったのです。

 しかし、陽花のシンクロはそれだけではありませんでした。


「(ひかり)」


「!?」


 どこかから自分を呼ぶ声が聞こえます。

 慌てて、周りを見回しても、距離をとってこちらを伺っているタヌキモンスターしかいません。


「(ひかり)」


「この声……私の中から?」


 そう、その声は耳ではなく、陽花に直接語りかけるものでした。


「……ひょっとして琥珀? あなたの声?」


「(きゅっ)」


 その声はまさに合体した、琥珀の声でした。

 陽花の才能が、琥珀の声を聞くことを可能にしたのです。


「(ひかり)」


 琥珀は、陽花の中で陽花の名前を呼びます。

 知っている言葉がそれしかないのです。

 でも、それだけで十分でした。


「……そう、わかったよ」


 陽花はその意志を読み取り、タヌキモンスターに向き直ります。


「ぐるぅ!?」


 タヌキモンスターも我に返ったのか、陽花に威嚇の声をあげます。

 さらに、


「ぐるるっ!!」


 自身のお腹を叩き、音で攻撃をしてきます。


「……見える」


 しかし、その攻撃は陽花には当たりませんでした。

 陽花は、タヌキモンスターの攻撃の一瞬、横にずれることでそれを回避したのです。

 音での攻撃、本来は見ることはできません、しかし、タヌキモンスターの行動を見ることで攻撃の瞬間を見極めました。


 攻撃を回避された、タヌキモンスターは驚きつつも、再び攻撃を仕掛けます。


「ぐるる!」


「ぐるる!」


「ぐるる!」


 今度は3体動時の攻撃です。

 ですが、数を増やしたところで意味はありません。


「……遅い」


 陽花は、タヌキモンスターの攻撃を見切り避けた後に地面を蹴り、タヌキモンスターに肉薄します。

 それは、とてもではないけど、人間の女の子が出せる速度ではありませんでした。


「……やっ!」


「ぐるっ!?」


 タヌキモンスターの腹部を思いっきり蹴り飛ばします。

 その衝撃で、タヌキモンスターは吹き飛びました。

 本来それほど強くないモンスターです。

 その一撃でタヌキモンスターは光と消えました。


「……なるほど、そうすればいいんだね」


 陽花がつぶやきました。

 陽花は手を伸ばし、タヌキモンスターに向けました。


「……」


 陽花は目をつぶり集中します。

 すると、陽花の手から光の粒子が飛び出し始めました。


「ぐるぅ!?」


 その粒子に異様さを覚えたタヌキモンスターは、一目散に逃げ出しました。

 しかし、それは無駄な抵抗でした。


「……フレア……ブラスト」


 陽花が小さな声で唱えた、その瞬間でした。


 陽花の手から強烈な光が発生し、辺りを真っ白に染めました。


 一目散に逃げるタヌキモンスターは、その光に包まれた瞬間焼き尽くされました。

 それだけではありません、その光は周囲100メートルにも及ぶほどの範囲にも及び、圧倒的な光と熱で全てのモンスターを焼き尽くしました。


 光が収束した後、その中心には陽花が立っていました。


「……」


 ぼぉっと、自分の手を見つめます。

 自分で放った攻撃です、当然陽花には何の支障もありません。


 ただ、自分の身に起こったことが夢のようでした。

 ですが、琥珀と通じ合って危機を乗り越えた。

 その事実でかは理解できました。


「……琥珀」


「(ひかり)」


 陽花は、自分の中にいる琥珀に声をかけます。

 琥珀も、陽花の声に応えます。


「……ありがとう」


「(きゅっ)」


 こうして、一人の女の子と一匹のモンスターが出会い、運命は動き始めたのでした。

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