琥珀と陽花 第3話

 倒れた狐を見て目を丸くした陽花。

 一瞬、そのまま逃げようと思いましたが、それはやめて、おそるおそる狐に近づいてみます。


「えっと……大丈夫……って言葉通じないかな?」


 狐は、陽花の言葉に反応しません。

 それは言葉がわからないという意味ではなく。


「わっ! よく見たら傷だらけ……!」


 先程のタヌキにやられたのでしょうか?

 ところどころに血が滲んでいます。


「かわいそう……」


 思わずそんな言葉が出てしまいました。

 そして陽花は、狐を抱きかかえました。


「うわっ……もふもふ……」


 人間以外の生きている生き物に触れるのはこれが初めてでした。

 あまりの柔らかさと、暖かさに感動すら覚えつつ。

 陽花はダンジョンの中を再び歩きはじめました。



 ダンジョンの中でどのくらいの時間を過ごしたのでしょう。

 ダンジョンの中の天候は基本的に変わりません。

 そのため、時間の感覚がありませんでした。


 陽花としては、もう丸一日ダンジョンの中にいるような感覚さえしています。

 さて、そんな陽花でしたが、狐を抱えたまま歩き、水辺を発見することができました。


「確か、洗ったほうがいいんだった……よね?」


 昔に母親から聞いたうろ覚えの知識では、血だらけのまま放置するよりも洗い流した方がいいということでした。

 その記憶に従って、陽花は狐を少しずつ洗っていきます。


「あ、でも、包帯は流石にない……」


 血は洗い流したものの、傷口からはまた血が流れてきます。

 流石に現地で包帯を調達するのも難しいため、どうしようか悩みます。


「あ、由香里ちゃんから渡されたリュックに何か入っていないかな?」


 家を出る時に、押し付けられたリュックサック。

 陽花は押し付けられて持ってきただけだったので、その中身を知りません。

 しかし、何か入っているかもしれないという期待を込めて、リュックを開けてみます。


「トランプ……?」


 いきなり発見したのが、なぜか遊び道具だったのですが……

 きっと由香里ちゃんが先日読んだ漫画に、トランプを剣の代わりに使っていたのを見て、それを真似しようとしたのでしょう。

 ひとまず、今はそれを使うことはないので、リュックにしまいました。


「えっと……お菓子……は助かるかも……絆創膏は毛が生えてるから無理だし……あ、あった!」


 リュックの奥底に、包帯を見つけることができました。

 それで狐を巻き始めます。


「あ、巻きすぎてミイラみたいになっちゃった……巻き直さないと」


 包帯を巻くなんて初めての体験なので、苦労しましたが、無事に巻き切ることができました。


「元気になるといいんだけど……」


 そうして、陽花は狐を膝の上に乗せて、撫で始めます。

 それから、またさらに時間が経ちました。


「……あっ」


 狐が身じろぎをして、目を開けました。

 狐は何が起こったがわからない様子で、辺りを見て、陽花を見ました。


「……?」


 今更ですが、今膝の上にいるのはただの狐ではなく、モンスター狐です。

 ひょっとしてまずい? そんな事を思ったものの、陽花は再び狐を撫で始めました。


「……大丈夫?」


 優しく狐に話しかけます。

 今度は、狐は何か話しかけられたことを理解しました。


 狐は陽花の顔を見て、自分の身体を見て、また陽花の顔を見ました。

 その狐モンスターは非常に賢かったのです。

 自分の身体に何か白い物が巻かれていることに気が付き、それが自分の血を止めるためのものだと理解しました。

 そして、自分がこの人間に助けられたのだとすぐに理解したのです。


 本来は人間は自分たちと戦う生き物、そう理解していましたので、狐は混乱をしたものの。

 優しく撫でる手から伝わるぬくもり、そして、優しい声に、狐は安心しました。


「……きゅぅ」


 狐は、陽花の膝の上で、小さく鳴きました。

 それは、まるで助けたことを感謝しているかのようでした。


 いや、実際そうだったのでしょう。


「……うん、良かった」


 その気持はしっかりと陽花にも伝わりました。

 狐の頭を撫でると、狐は嬉しそうに目を閉じました。



ぐぅぅ


 その時、どこからとも無く音が聞こえました。

 その音は陽花のお腹から聞こえてきたものです。


「そういえば、お腹減ったなぁ……」


 朝に家で朝食を食べてから何も食べていないことを思い出して、さらにお腹が減ってきます。


「食べ物……あ、お菓子があった」


 先程、包帯を探した時に、リュックにお菓子が入っていたことを思い出して取り出します。

 入っていたのは、由香里ちゃんが最近お気に入りのチョコレートクッキーです。

 箱を開けて、包から取り出して、それを口に運びます。


「……うん、美味しい」


 そして、もう一つと、再び包から取り出して口に運ぼうとした時、


「……ひょっとして君もお腹が減ったの?」


 狐がじっとこちらを見ていることに気が付きました。

 本来、モンスターは食べ物を食べることはありません。

 その必要がないからです。


 しかし、食べる必要がないだけで、食べることはできるのです。

 狐としては、人間が何をしているのか分からず、ただただ見ているだけでしたが、


「ほら、どうぞ。美味しいよ」


 陽花が、狐にお菓子を差し出しました。


「……?」


 不思議そうに差し出されたクッキーを見つめます。


「ほら、お食べ」


 自分も食べ、安全な事をアピール。

 そして、狐も真似をして口に含みました。

 初めての食事という行為、それは狐にとっても新鮮な体験でした。

 すぐさま、クッキーを食べきってしまいました。


「ふふっ、もう一個食べる?」


「きゅっ!」


 そんな様子を見て、陽花は笑いながらもう一個、クッキーを差し出しました。


 本来戦い合う存在であるはずの人間とモンスター。

 しかし、この時は、その関係が崩れ去りました。

 それは、この陽花という優しい少女がいたからこそ起こった、特別な関係だったのです。


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