第16話 力試し

「なるほど! あやつが褒めていたのも納得じゃ!」


 雫月がホシイヌと一体化したのを見て、女性も驚きの声を上げる。


「儂もそこまでの境地にたどり着いたのは初めて見るのじゃ!」


 女性が驚いている間にも、雫月は自身の準備を整える。

 久しぶりの形態だけど、調子はバッチリだ。


「……行きますよ」


「かかってくるのじゃ!」


 一瞬、女性の視界から雫月の姿が消えた。

 そして、女性の背後に現れて、勢いのまま突進する。


「ぐっ……」


 ギリギリのところで、突進をガードした女性はすぐさま雫月を掴みにかかったが。


「見えてます!」


 雫月のスピードには及ばず取り逃してしまった。

 また、雫月は女性の背後に回り込んで、蹴りを放った。

 身体をまるごと使ったムーンサルトだ。


 今度こそ防御に失敗した女性は、そのままマグマに叩き落された。


『やっぱ強い!!』

『わぁああああ! 速すぎ! 全然見えないよ!』

『流石にこれは勝ったでしょ!』

『いや、あの人、マグマに落ちたけど、大丈夫?』


 視聴者は雫月の勝利を確信したが、雫月はそうは思っていなかった。


「手応えが薄い……」


 確かに、攻撃は成功した。

 しかし、その割には攻撃した感覚が薄かった。


「ふふっ、儂が攻撃を受けるなどいつぶりかの?」


 マグマに落ちたはずの女性は何事もなかったかのように、マグマから飛び上がってきた。

 ダメージを受けた様子はまるでなく笑っている。

 実は、雫月の攻撃を受ける直前に身体を逸し、勢いを殺していたのだ。


「これは儂も、ちと、本気を出さねばならんかの?」


 女性も雫月を認めたのか、真剣な表情になる。

 先程と同じような殺気が雫月に向かって放たれる。


「……負けません」


 今度は雫月も気圧されることなく、真剣な表情で女性に向き合う。


「……」


「……」


 一瞬の静寂。

 その後、二人は同時に動き出した。


「やっ!」


 攻撃に移ったのは、やはり雫月の方が速かった。

 その速さを活かした、正面からの突進だ。


「今度は見えておるぞ」


 しかし、女性は雫月の動きを見切っていた。

 突進をかわし、雫月を背後からちょんと押す。

 急にかわされた上に、勢いを足された雫月はそのまま、マグマへ落ちる。


「ルナちゃん!?」


 思わず、鳥楽音も悲鳴を上げるが、雫月は空中で反転して、再度女性へと突進をする。

 脅威の運動能力だった。


「ははっ! いいぞいいぞ! 素晴らしい速さじゃ!」


 女性も雫月の動きを楽しんでいるようだ。


「しかし、速さだけでは儂は倒せんぞ!」


 女性はもう完璧に雫月の動きを読み切っている。

 突進をさっとかわし、その瞬間に腕を掴んでそのまま投げ飛ばす。


「きゃっ!」


 投げ飛ばされた雫月は、なんとか身体を整えて地面に降り立ち、すぐさま女性の方を向き直る。


「えっ?」


 そして驚いた。


「ふふっ、飛べるのはお主だけの特権ではないのでな」


 そこには、翼もないのに浮いている女性の姿があった。

 楽しそうに雫月の方を見ている。


「さて、次の一撃で最後にするかの」


 そう言うと、女性は両手を上げた。


「ふふっ、儂の最強技を見せてやるぞ!」


 女性の両手から炎の球が出てきて、頭上に浮かぶ。

 次々と炎の球がそれに合流していき、段々と色が変わっていく。

 幾重にも、重なった炎の球。

 それは、小さな太陽のようだ。


「……避けるのじゃぞ。失敗すると……死ぬぞ?」


 女性は雫月にそう言うと、両手を振り下ろす。

 小さな太陽が雫月に向かって放たれた。


「……!」


 火への耐性はあるはずだが、それでも雫月は身震いするほどの嫌な気配を感じた。

 それは、まるで死が迫っているようで……


「ウォオオオオオオン!」


 全力で回避行動を取る雫月。

 攻撃の範囲がわからない、けれど、移動しようとしても、嫌な気配は消えない。

 それもそのはず、小さな太陽は雫月の背後を追跡している。

 岩壁に隠れても、小さな太陽は岩壁を貫通して追いかけてくる。

 岩には小さな穴が開いている。

 とてもではないが、当たったらただでは済まない。


「ははっ! その球は敵を滅ぼすまで追いかけるのじゃ!」


 女性はもう既に観戦モードに入っている。

 雫月がどうやって回避するのかをただただ、見守っているばかりだ。


 逃げ惑う雫月。

 女性の言うことが確かであれば、小さな太陽は自分を滅ぼすまで消滅しないのだ。

 いったいどうすれば……


「……!?」


 雫月は、ふと、思いついた。

 そのまま走り、マグマの縁に立つ。


「ルナちゃん!?」


 鳥楽音が慌てて叫ぶが、雫月はそのままマグマへと飛び込んだ。

 少し遅れて、小さな太陽も雫月を追ってマグマの中へと入る。


「……」


 唖然としたまま見ているしかない鳥楽音。

 思わず両手をぎゅっと握っていた。


ゴォオオオオオン!!


 突如、マグマの中から轟音が響いた。

 同時に、マグマの表面が大きく揺れてマグマが巻き上がる。

 それはまるで噴火のようだ。


「きゃっ!」


 鳥楽音もそのマグマがかかってしまった。

 耐性があるものの、大事には至らなかったが、相当な爆発だった。


「……」


 静寂。雫月はいったいどうなったのか?

 ひょっとして今の爆発でやられてしまったのではないか。

 そんな不安を感じたその時。


「ぷはぁっ!」


 マグマの中から、雫月が飛び出してきた。


「ルナちゃん!」


 雫月が生きていたことに安堵した鳥楽音は、慌てて、雫月に駆け寄る。


「大丈夫! 今回復かけるからね!」


「い、いえ、それは大丈夫です」


 鳥楽音はその言葉を聞かずに、雫月に回復をかける。


『いやぁ、危なかったなぁ』

『マグマに飛び込んでどうするかと思ってたら、追跡してきた攻撃を他のモンスターにぶつけるとは』

『なるほど、敵にぶつかるまで消えないってのは、別にルナちゃんに関わらずなにかの生物にぶつかるまで消えないってことだったか』

『あぶねぇええええええ』

『いや、でも、流石にあの爆発はびっくりしたよ』


 一部始終を見ていた視聴者も安堵した。


「うむ! お見事じゃ!」


 女性は拍手をしながら雫月たちの前に降り立った。


「あなた! まだ!?」


 思わず、雫月をかばうように鳥楽音が立ちふさがったが、女性は首を振った。


「いいや、儂はもう戦うつもりはないのじゃ。お主の力はもうわかったからの」


 ニカっと笑い、雫月に背を向けた。


「それでは、また会うのじゃ!」


 そう言うと、女性はそのまま去っていった。


「……」


 雫月と鳥楽音は、女性の姿を見送るしかなかった。


「いったい……何だったのかな?」


「わかりません……でも……」


 女性は、雫月の力を測るために戦っていた。

 そうでなければ、雫月のことを倒すことなど造作もなかっただろう。


 謎の女性。

 彼女の正体はいったい何なのか。

 それを知っているのは一人。


「フラワ~さん、あとでちゃんとお話は聞かせてもらいますからね」


 カメラに向かってそう言いつつ、雫月はようやく一息をついたのだった。



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