第51話 暗雲

「雫月先輩……ですよね?」


 由香里はその姿を見て安心した後、思わず確認してしまった。

 何せ、今の雫月は空中に浮かんでいるのだ。

 雫月の背中からは薄い青色の翼が生えている。

 先日の鳥楽音の時は、炎の翼だったが、雫月のものは青色の鳥の翼だ。


「ええ、あ、ちょっと待っててね」


「へっ?」


 由香里に返事をして、すぐに雫月はまたどこかへ飛んでいった。

 と、思ったらすぐに戻ってきた。

 その腕には鳥楽音を抱えていた。


「後は、ここを閉じるだけね」


 抱えていた鳥楽音を降ろすと、雫月がウェアを解く。

 そして、すぐに別のソウルストーンを取り出してウェアした。

 今度は、全身が岩のようなもので覆われている。

 これは以前、放送でも披露したロックプリンをウェアした時のものだ。


 雫月はそのまま地面に手をついて、


「ロックウォール!」


 隣の小部屋とつながる部分に岩の壁を設置した。


「ふぅ、これでしばらくは安全ね」


 これで隣の部屋から敵が入ってくることはなくなった。

 つまり、安全が確保されたのだった。

 ここまで雫月が到着をしてから2分程度。

 由香里を含めて、教師や生徒達は全員それをぽかんと見つめているしか出来なかった。


「あ、怪我人なんだよ!」


 そんな静寂を破ったのは、鳥楽音だった。

 先程怪我をした男性教員と女性教員に近寄ると、すぐに回復を始めた。


 その一見熱そうに見えて暖かな回復の光を見て、そこにいる全員が助かったこと理解し歓声を上げた。


「はは……流石先輩だなぁ」


 由香里も気が抜けて座り込んだのだった。



「雫月先輩! ありがとうございます!」


「流石雫月先輩です! 憧れます!」


「先輩! あの氷の攻撃は!」


 雫月は生徒たちに囲まれて先程のことを讃えられている。


「皆無事で良かったわ」


 生徒たちの安全を確認できたことで雫月もほっと一息ついている。


「雫月!」


「学園長」


 そんな雫月に駆け寄ってきたのはリオナだ。

 雫月を囲んでいた生徒たちは空気を読んで雫月から離れる。


「本当に雫月だな! 無事で良かった」


「ええ、お互い様です」


 実は密かに雫月のことも心配していたリオナは雫月をぺたぺたと触ってその身を確認する。


「ふぅ……しかし、助かったぞ。本当にギリギリのタイミングだった」


「そう……みたいですね。間に合ってよかったです」


 タイミング的にはあと30秒も遅かったら押し切られていたかもしれない。

 なんとか間に合ったという感じだ。


「それにしても、それがシンクロというやつか」


「あ、ええ。ロックプリンとのシンクロです」


 初めてシンクロした雫月を見たリオナは雫月の身体を見回す。

 放送では見たことがあったが、実際に見るのとでは印象が違う。

 今の雫月は明らかな強者の印象だった。


「先程飛んでいたのも……シンクロというやつか?」


 雫月がやってきた時に翼が生えていた姿は放送では見たことがなかった。

 しかし、何かとシンクロしているというのは間違いないとリオナは考えた。


「ええ、先日封印しました、レーダーコンドルです」


 そう、翼が生えていたのは放送で捕まえたレーダーコンドルとシンクロした姿なのだ。

 封印した時から親交を深め、先日やっとシンクロできるようになったのだ。

 Cランクエリア最強のボスのイレギュラーということもあり、とても強く、さらに飛ぶことでできる。

 本来であればBランクエリアで初めてお披露目する予定だったのだが、急遽シンクロしてここまで飛んできたというわけだ。


 移動速度そのものはホシイヌに負けるが、飛ぶということのメリットは非常に大きい。

 モンスターを全部スルーしての移動でスタンピードの上を飛ぶことができた。

 それでなんとか間に合うことができたというわけだ。


「全く……とんでもないやつだな」


 どこまで強くなるつもりだと、リオナは笑った。

 返すように雫月も笑う。


「治療が終わったんだよ!」


 二人が笑い合っていると、治療を終えた鳥楽音がやってきた。


「まだ気を失っているみたいだけど、治療は済ませたんだよ」


 鳥楽音の回復によって傷ついた者は全員治療された。

 一部ダメージを負ったものは、まだ目覚めていないが時期に目が覚めるだろう。


「二人共。感謝する。二人のおかげで無事に切り抜けられた」


 リオナは二人に向かって頭を下げた。

 もしも、二人がいなかったら確実に死者が出ていたに違いない。


「いやいや、できることをしただけですから」


「私も同じなんだよ」


 誰もがこれで終わりだと思っていた。

 後は入り口が復活するのを待って帰るだけと。


 そう思っていた。


「それにしても、原因は何なんですかね?」


「スタンピードは強力なモンスターが原因の場合が多いんだよ」


「先程の熊のモンスターじゃないのか?」


 3人でスタンピードの元凶について話し合う。

 先程の熊のモンスターも見たことがないモンスターだったが……


「いや、あれにしては弱すぎませんでしたか?」


 雫月としては、あのくらいの魔物でスタンピードが発生するかというと疑問だった。


「あれはルート外の魔物の中でも弱い方な気が……」


「……つまりなんだ? もっと強いモンスターが来る可能性もあるってことか?」


「……一応、厳重に岩で塞ぎましたが」


 雫月が道を塞いだ岩はちょっとやそっとでは壊れない。

 そのはずだが……


ゴンッ!


 突如、何かを打ち付けたような音が部屋の中に響き渡った。

 思わず全員が緊張して塞いでいる岩の方を見る。


ゴンッ! ガンッ! ゴンッ!


 何か固いもので岩を叩くような音。

 つまり、塞いだ岩が何に攻撃されている。


ガガガガガガッ!


 攻撃は途切れることなく続き。


「皆伏せて!」


 雫月の声が響いた瞬間。


ドゴンッ!!!


 岩の壁が破裂した。

 無惨に崩れた岩の壁、その奥には。


「ギギャギャギャ!!」


 見たこともないほど巨大で異質なモンスターが無機質な目でこちらを見ていた。

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