第47話 陽花の想い

「うん? 先輩のチャンネルが伸びているのは先輩の力じゃない?」


 雫月の言葉を純粋に疑問に感じる陽花。

 しかし、雫月は首を振った。


「これは、全て陽花さんのおかげなんです」


 今の雫月のチャンネルの伸び方は元を返せば雫月がソウルストーンを落としたことから始まる。

 それを、陽花が拾ったことで雫月がシンクロできるようになった。

 これに関して、雫月は何もしていない。

 つまり、自身の力ではなく、陽花の力によるものだという考えが雫月にはあった。


「もしも、拾ったのが別の人だったら、きっと私は何もできずに、ただただ日々の日課のように配信をしていただけでしょう」


 元々の雫月の配信がそんな感じだったのだ。

 学校のために何かしたい、そう思って始めた配信だったが、完全に伸び悩み、無力感に苛まれていた。


「もしかしたら放送だって辞めていたかもしれませんね……」


 苦笑いをする雫月。

 それは決して来ない未来ではなかった。

 むしろ、今のように大きく跳ねたという結果が来る方が奇跡なのだ。


「それに、その後も色々な面で陽花さんには助けられています」


 例えば、放送における解説役として。

 例えば、風の迷宮の攻略におけるマッドプリンの急成長。

 例えば、鳥楽音の問題の解決。


「それに、放送においても、陽花さんのアドバイスで勝ちに導いてもらったことだってあります」


 様々なボスの特性や攻略に関してのアドバイス。

 また、雫月の実力を把握しての、配信に関するアドバイス。

 至るところに陽花の力が入ってるのだ。


「それに比べて私は……」


 雫月は陽花のアドバイスに従って放送しているだけ。


 雫月の陽花に対する思いは複雑な感情になっている。

 色々な意味での感謝、そして嫉妬……さらに……


「私には何の才能もない……」


 雫月が焦っていた理由、それは……陽花に対する劣等感から来ているものだった。



 陽花に対する感情を発露した雫月はうつむいてしまった。

 急に自身に対する想いを打ち明けられた陽花はそれを黙ってみていたが……


「なるほどね……先輩の考え方はわかったよ」


 その感情を真っ向から受け止めた。


「そうだね、確かに今の先輩の放送が爆発したきっかけは私かもしれない」


「……っ」


 そして、雫月の放送に関する考えも否定しなかった。

 そもそも否定することができないのだ。

 なぜならば陽花が関わるようになってからの伸びというのはそれまでの全てを上回っていたのだから。


 しかし……


「それでも、やっぱりそれは雫月先輩の力だよ」


 陽花は雫月の考え方を否定した。


「ねぇ、先輩。さっき自分に才能がない、なんて言ってたけどそうじゃないんだよ」


 雫月は勘違いをしているのだ。


「そもそも、先輩は陽花がなんで手伝ってると思ってるの?」


「それは……レアなモンスターが欲しいからで……」


「うん、それは理由の中の一つではあるかもね? でも、それだけじゃないんだよ」


 そもそも、雫月は陽花のことを買いかぶりすぎているのだ。


「陽花はね、あんまり他人には興味がないんだよ」


 陽花はクラスでも浮いた存在だ。

 友達がいないわけではない、しかし、それはクラスメイトの優しさの結果であり、陽花自身が欲したものではない。

 もちろん、人間嫌いというわけではない。

 ただ、そこが陽花という人間のある意味で致命的な欠陥だ。


「陽花は、見たことのないレアモンスターと他人が同時に崖から落ちようとしてたら、レアモンスターの方を助ける。そんな人間なんだよ」


 陽花の告白に雫月は言葉を失った。

 陽花がモンスターの事を好きなのは知っていたが、それほどまでにとは思っていなかった。


「でも、陽花さんは私のことを助けてくれて……」


「うん、だからね。先輩を助けるのにはちゃんと理由があるんだ」


「理由?」


 レアなモンスターが手に入るかも、というのは実は後付の設定だ。

 本当の理由は……


「陽花が先輩に興味を持ったのは、モンスターに好かれるからなんだよ」


「モンスターに好かれる?」


 モンスターを好いている陽花とは逆に、雫月はモンスターに好かれている。


「そもそも、シンクロっていうのがどれだけ発現しづらいことかわかる?」


 シンクロという現象が広まっていないことからもその難しさはわかる。


「……でも、陽花さんがいれば」


「それはただのきっかけ、そもそも両者の絆がないとシンクロっていうのは起きないんだよ」


 むしろ、陽花が与えたのはただの最後の一押しで、状態は既に陽花が拾った時には出来上がっていたのだ。


「そんなに簡単にシンクロが起きるなら、ゆかちゃんだってできてるはずなんだよ」


 島村由香里は陽花の幼馴染だ。

 当然、陽花の事情もシンクロの秘密だって知っている。

 しかし、彼女は未だにシンクロには目覚めていない。


「ママだってシンクロに至ったのはもっと長い付き合いのある子だけ」


 陽花の母親である光蓮だって実際、ほとんどのモンスターとシンクロできない。

 できたのは、彼女が冒険者として活動している中でも初期から絆を紡いだモンスターたちだけ。


「それを、先輩はこの短期間に2匹とのシンクロができるようになっている。これははっきり言って異常なこと」


「そんな……」


 陽花のはっきりとした言葉に雫月は思わず言葉を失った。


「わかった? 先輩は今までモンスターにしか興味を持てなかった陽花がここまで興味をいだいた人間なんだよ」


 そもそも、陽花の興味を得られた、それこそが雫月の一番の成功なのだ。

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