第37話 モンスターの暴走

「はは、くすぐったいんだよ」


「ぴー」


 すっかり仲良くなっている鳥楽音とスパークヒヨコ。

 しかし、ウェアできなくなった理由はわからないままだ。

 というのも……


「なんでウェアさせてくれないのかな?」


「ぴー!」


 鳥楽音がそう聞いても、ヒヨコは鳴いて返すだけ。


「流石の陽花も細かいことまでわからないなぁ」


 陽花はなんとなく、感情を読み取ることはできるが実際にどんな事を話したいのかまではわからない。

 理由が何かわからない以上、説得も難しい。


「この子が人の言葉を話せればいいんですけど……」


 そんなことはできるはずが……


「できなくはないけど……」


「「えっ!?」」


 またしても、陽花がとんでもないことを言い出した。


「ただ……正直、かな~り危険なんだよね」


 モンスターと意思疎通どころか話すことができれば解決となるわけだが、陽花にしては珍しく渋っている。


「陽花さん……一体どういう方法なんですか?」


 珍しい陽花の姿に雫月は恐る恐る尋ねる。


「二人は聞いたことがないかな? 暴走した時に、モンスターが人の言葉を喋ったって」


「聞いたことがありますが……都市伝説のようなものですよね?」


 雫月の言葉に、陽花は首を振った。


「ううん、これは本当の話なの。モンスターが人の身体を支配すると人の言葉を喋ることができるんだよ」


「そんな……まさか」


「陽花はそういう現場に立ち会ったことがあるから間違いないよ」


 陽花の真剣な顔に、嘘をついている様子はない。

 なによりこんなところで嘘なんてつく必要もない。


「……」


 あまりの衝撃に雫月は言葉を失ってしまった。


「……暴走状態になると、モンスターは人の身体を使って完全な力を発揮することができるの。それは時にシンクロ状態よりも更に強い力を発揮することもできる」


 そんなモンスターが好き勝手暴れるとどうなるか。

 極稀に、暴走状態になった人のニュースを聞いたことがあるが、それは毎回かなりな大事になっている。

 解き放たれた猛獣は止まることを知らないのだ。


「流石にそれは……」


 あまりの危険性に雫月は言葉を詰まらせる。

 それが当然の反応だ。

 しかし……


「つまり、この子が僕の身体を使って話を伝える……ってことかな?」


 鳥楽音はそれとは反対の反応をする。


「先輩!?」


 当然、雫月は驚くが、鳥楽音は更に続ける。


「そうすれば、この子が何で悩んでいるかはわかるはずだよね」


「でも先輩! 危ないんですよ!」


 暴走状態になったら周りはもちろんだが、一番危険なのはその本人だ。

 雫月は、暴走状態が終わった後に、目を覚まさなくなったという話や目を覚ましても後遺症が残ったという話を聞いたことがあった。


「うん、でも、覚悟は出来てるかな」


 もちろん、鳥楽音もその話は聞いたことがあった。

 しかし、鳥楽音はそれでもやる気だった。


「どうしてそこまでして……」


「僕はね、雫月ちゃん。ただ、この子の悩みを聞いて解決してあげたいだけなんだよ」


 鳥楽音の思いはそれだけだった。

 今まで苦楽を共にしてきた友達が何で悩んでいるのか知りたい。

 もしも、自分に原因があるのならば反省したい。そんな気持ちだった。


「周りの被害は、最悪陽花と……先輩で抑えられると思う。ただ、鳥楽音先輩は自身がどうなるかは補償できないよ」


 それでもやる? と陽花は鳥楽音に尋ねた。


「もちろん」


 即座に鳥楽音はそう返した。

 その覚悟を目にした雫月にはもはや止めることはできなかった。



「暴走状態を無理やり引き起こすためには、意識を失った状態でウェアする必要があるの」


 言いながら、陽花は薬のビンを取り出した。


「これは即効性の睡眠薬。これを口に含んだままウェアをして、完全にウェアし終わる前に飲み切って」


 そうすると、モンスター自身が目覚めたまま身体に取り込まれることになる。

 この睡眠薬はダンジョン産の素材を使った特別製で飲んで数秒で眠りに落ちる。

 睡眠薬の錠剤を受け取った鳥楽音はしばらくそれを見つめる。


「ぴー?」


 何をするつもりか分からず、ただ首をかしげているスパークヒヨコ。

 その鳴き声を聞いて、鳥楽音はヒヨコを持ち上げて話しかける。


「僕はあなたの悩みを知りたいの。協力してね」


「ぴー」


 言葉が伝わったのか、伝わっていないのかはわからないが、嬉しそうなヒヨコ。

 そして、鳥楽音はヒヨコをソウルストーンに封印し直す。


「準備できたかな」


「……こっちも大丈夫です」


 雫月も万が一の自体に備えてツキヨウをウェアしている。

 万全の体制だ。

 後は、陽花の合図で開始するだけ。


「……さっきはどうなるかわからない……なんて言ったけど、あんまり不安にならないでね」


「えっ?」


「きっとその子は、鳥楽音先輩の身体を大事にしてくれると思うよ」


「そうだね……信じるんだよ」


 鳥楽音は、陽花の言葉を信じた。

 そして、同時に、スパークヒヨコという相棒を信じたのだ。


「それじゃあ……お願い!」


 陽花の合図と共に、鳥楽音は睡眠薬を飲み、同時にウェアを開始する。

 飲んだ途端にフラフラし始める鳥楽音。

 しかし、一度始めたソウルウェアは止まることなく続く。


「……うっ」


 地面に倒れ込む鳥楽音。


「先輩!?」


 慌てて駆け寄ろうとする雫月だったが。


「待って!」


 それを陽花が制した。

 そしてソウルストーンが鳥楽音に取り込まれ、ソウルウェアが完了する。


「……ぅ」


 しばらく動かなかった鳥楽音だったが、ピクリとその指先が動き、そして目を開ける。


「……っ」


 どうなったのか、わからないまま戦闘体制を取る、雫月と陽花。

 鳥楽音は立ち上がり、キョロキョロと周りを見回し……


「おかし!!」


 そう言って、机の上にあったクッキーに飛びついた。


「……はっ?」


 突然の行動に雫月があっけに取られたのは言うまでもない。

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