第34話 先輩の事情

 数日後、陽花の家に雫月が一人の女の子を連れてきた。


「どどど……」


 どどど?


「っ、ど、どどうもはじめまして」


 どうやら極度に緊張しているらしい。


「先輩……落ち着いてください」


「い、いやいやでも……でも!」


 雫月がなんとか落ち着かせようとするけれど、女の子が落ち着く様子はない。

 直立不動で玄関前に立っている。


 その身長は、雫月よりも高く、陽花よりもさらに高い。

 雫月からすると若干見上げるくらいの高さになっているのだが。

 その分態度はかなり萎縮していると言って良い。

 その理由は……


「こ、こ、こんな立派なお家に連れてこられるなんて思ってなかったんだよ!!」


 久しぶりにあった友人に、相談したいことがあるとだけ言われて連れてこられたのだ。

 その先にあったとんでもない豪邸を見て萎縮するのは間違いではないと思う。


「いやいや、華鳥先輩の家だって負けないくらいはあるじゃないですか」


 控えめに行って華鳥の家はお金持ちである。

 その家を知っている雫月からすると同じようなものだと思うのだが……


「全然うちより立派なんだよ」


 本人によると全然違うらしい。

 むしろ、その格差がわかってしまうからこそ緊張しているところがあったりする。


「……とりあえず、話が進まないで私の方がご紹介しますね」


 完全に萎縮してしまっている女の子を雫月が紹介することにした。


「こちらは、アカデミーの3年生で私の友人でもある、華鳥鳥楽音(はなどり とらね)さんです」


「は、華鳥でしゅ!」


 噛んだ。


「どうも、1年の花宮陽花だよ! よろしくね鳥楽音先輩」


 しかし、噛んだことをスルーして陽花は優しく鳥楽音を迎え入れたのだった。



「だ、ダンジョン!?」


 そこから先は、いつぞや雫月が初めてここに来た時と同じことを繰り返した。

 擬似的なダンジョンという空間に驚き。


「封印を解く!?」


 陽花がモンスターの封印を解くことに驚き。


「えっ? 花宮さん強すぎなんだよ!?」


 陽花の常軌を逸した遊びに驚いた。

 それを見た雫月は。


「私も最初はこうだったなぁ」


 なんて少し前のことを思い出していた。



「さて、改めてお話をしましょうか」


 陽花も遊びから戻ってきたところで話し合いを始めることにした。


「うん……何か相談したいことがあるんだよね?」


 初対面の陽花に対して驚き疲れた鳥楽音は流石に緊張が和らいでいた。

 もっとも、それだけが理由ではないのだが。


「えっと……」


 雫月は迷っていた。

 そもそもどこから話せばいいのか。

 家や両親のこと? それとも、配信をしていること?


「なんてね、多分だけど、雫月ちゃんは僕をBランクダンジョンのパーティに誘おうとしてるんだよね?」


「えっ? どうしてそれを!?」


 突然切り出された本題に雫月は驚く。

 それに対して、鳥楽音は苦笑いをした。


「いやいや、わかるよ。だって雫月ちゃん有名人だもん」


 この期に及んで雫月は未だに自分の知名度を勘違いしていた。


「ルナルナチャンネル。僕も見てるよ? 最近凄い勢いだもんね」


 確かに、学校で話しかけられることが最近増えたなぁなんて思ってはいたが、その程度でしかなかったのだ。

 まさか、鳥楽音が見ているなんて考えもしなかった。


 逆に鳥楽音としては、むしろ見ないわけがない。

 知りあいであることを除外しても、同じ学校の後輩が自分たちの記録に迫っているのだ。

 しかも、自分たちとは違ってソロで、それもとんでもない能力を持っていることを証明しつつ配信もしている。

 むしろ、学校で知らない人間などほぼいないくらいには雫月の知名度は上がっている。


「それでこの間の配信でCランクダンジョンの攻略が終わったから、メンバーを探してるのかな? って思ったんだよ」


 前回の配信を見ていた鳥楽音としては簡単にそんな推測もついた。


「陽花ちゃんってフラワ~さんだよね? 名前聞いてわかっちゃったんだよ」


「正解! 名字と名前に花が入ってるからフラワ~だよ!」


 雫月の配信で出てくる人物だと気が付き、緊張も和らいだのだ。


「それに思い出したけど、花宮さんってご両親は有名な冒険者さんだよね? 以前お父様にはお会いしたことある気がするんだよ」


「うん、そうだよ~」


 ダンジョン都市の名家としてそこで活動する有名冒険者のことは当然知っている。

 同じパーティに参加して顔合わせもしたことがある。


「そりゃこの家の大きさにも納得したんだよ」


 むしろ、それ以外にこんな家はないと今ならわかる。


「それでどうでしょう……私と一緒にBランクダンジョンに行っていただけませんか?」


 すべてを分かっている様子の鳥楽音に雫月は改めて尋ねた。

 しかし、案の定鳥楽音は困った顔をするだけだ。


「雫月ちゃん、僕が3年生で構成されたパーティを追い出されたのは知ってるのかな?」


「追い出された……んですか? いえ、やめたとは聞きましたが」


 そう、鳥楽音はパーティを追い出されているのだ。

 その理由はもちろん……


「ウェアできなくなった人間をパーティになんておいておけないもん」


 鳥楽音は自虐的な笑みを浮かべてそんなことを言ったのだった。

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