第12話 後輩の母親

「どうしてこんなことに……」


「先輩どうかしましたか?」


「いえ、なんでもないです……」


 数時間後、雫月は花宮家のダイニングに座っていた。


「もうちょっと待っててねぇ、今お夕飯が出来上がるから」


「は~い」


 陽花と似た顔の女性がキッチンから顔を出す。

 そう、その女性こそ陽花の母親でもあるコウレンこと花宮光蓮(はなみや みつは)だった。

 友人……とすら言えない、これで会うのは2回目となる後輩の食卓にお邪魔している。

 しかも、その家はめちゃくちゃ豪勢で、母親は日本でも有数な冒険者なのだ。


 それもこれも、ツキヨウと戯れていたらいつの間にか光蓮が帰ってきて、あれよあれよという間に食卓に座らせられていたのだ。


 そもそも、これだけのお金持ちの家だったら普通シェフみたいな人がいるんじゃないの?

 なんで光蓮さん自ら作ってるの?


「奥様は自分がいる時はご飯を用意するのは母親の仕事! という考えの持ち主です」


「千晴さん!?」


 心の中で考えていただけなのに後ろに立っている千晴から答えが帰ってきた。

 流石一流のメイドは心が読めるのかと雫月は驚いく。


「はーい、できたわよ!」


「わーい」


「あ、ありがとうございます」


 しばらく借りてきた猫状態で大人しくしていると光蓮が夕食を持ってきた。


「今日のメニューは、レッドオウカンピッグのお肉をとんかつにしてみたわ」


「オウカンピッグ!?」


「わ~い、とんかつだ!」


 オウカンピッグとはBランクエリアに出てくる大きな豚のモンスターの一種で倒せる冒険者は限られている。

 そのため、かなりの高級品なのだが……

 しかも、レッドと付いているため色違い……そこまで雫月の頭が回ることはなかったが市場に出回らないくらいの高級品である。


 しかし、陽花や光蓮は何事もなかったかのように口にする。

 どうやらこれも彼女たちの日常のようだ。


 黙っているわけにもいかず、自分もとんかつに箸を伸ばし、一切れを口の中に放り込む


「おいしっ!」


 今まで食べてきたどんなお肉よりも美味しい。

 お肉はやわらかく、口の中でほぐれる。

 さらに衣のサクサク感で食感もいい。

 溢れる肉汁で口の中が幸せを叫んでいる。


「ふふっ、気に入ってくれて良かったわ」


 そんな雫月の反応に、光蓮も満足だ。

 雫月は、そんな陽花の笑みに少し恥ずかしがりながらも、しかし箸は止まることはなかった。



「ごちそうさまでした」


「はい、おそまつさまでした」


 気がつけば食べ終わってしまっていた。

 陽花と光蓮も食事を終えて、食べ終わった食器は千晴がキッチンへと持っていった。

 洗うのは任せるんだなぁなんて思いながら、後ろ姿を目で追っていると。


「えっと、月桜雫月ちゃんだったかしら?」


「えっ、あ、はい!」


 突然、光蓮から話しかけられた。


「確か一回会ったことあるわよね、学校での授業だったかしら?」


「はい!? 覚えていていただけたんですか!?」


 雫月は光蓮とは一度会ったことがある。

 いや、会ったことがあるというか……

 学校の特別講師としてやってきた光蓮の授業を受けたことがあるのだ。


 今考えれば、有名人が講師として来たのかというと、アカデミーに娘がいるからだろう。

 しかし、そんな一回でまさか自分のことを覚えているとは思わず、雫月は驚いた。


「覚えてるわよー、他の先生からも優秀な子だって聞いてたし」


「いえ、そんな……」


「あ、チャンネルも見てるわよ。ルナルナチャンネルだったかしら? ちゃんと登録もしてるもの」


「えっ!? まさか!?」


 まさか自分の放送まで見られてるなんて、感激どころか嘘みたいだ。


「いつも頑張ってるなぁって……そうそう、昨日のことよね!」


「昨日……そうだ!」


 思い出した。

 そういえば自分は、昨日自分の身に起こったことが何かわからないかと陽花の家まで来たんだった。

 色々とあったせいですっかり忘れていた。


「そうね、その様子だと陽花は何も話していないみたいね」


「???」


 光蓮はちらっと陽花の方をみるが、陽花は何も考えていないようだ。


「あなたの昨日の状況がどういうことなのか、私が説明してあげるわ。けど、その前にお茶でも飲みましょうか」


 言うや否や、千晴がお茶を持ってきて全員の前に置いた。



「あなたの身に昨日起きたこと、それは`シンクロ`と呼ばれる現象よ」


 お茶をすすりながら光蓮は話し始めた。


「`シンクロ`ですか?」


 雫月はそんな現象に聞き覚えはなかった。

 コメントの方ではそんな感じのことを言っている人がいたけれど、一般的な言葉ではないだろう。


「ええ、無理もないわ。一部の特殊な人間だけに起こると言われている現象だもの」


「一部の特殊な人間……えっと、コウレンさんも……」


「光蓮でいいわよ」


「……光蓮さんもできるんですよね? そのシンクロってやつを」


 昨日視聴者が言っていたことを思い返す。

 その時にコウレンという名前が確かに出ていた。

 もっとも雫月自身はコウレンがそういうことができるということはコメントで初めて知ったのだが。


「ええ、できるわ。私もルナちゃんと同じホシイヌの子ね」


 突然のルナちゃん呼びに一瞬ぎくりときた雫月。


「耳が生えたり尻尾が生えたりするんですよね?」


「ええ、その上、あらゆるパラメーターも上昇するわ。それこそ、Cランクの敵なんて相手にならないくらいに」


 雫月は昨日の自分を思い出す。

 出てきたボス、それもイレギュラーボスを一撃で倒しきった。


「どうして私にシンクロが起こったんでしょうか?」


 雫月のその質問に光蓮は陽花のことを見る。


「それは、陽花があなたのパートナーと接したからよ」


 その応えを聞いて雫月は思った。


「やっぱり……」

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