第9話 擬似的なダンジョン

「ダンジョンの中!?」


 雫月は陽花の言葉に思わず声を上げてしまった。


「先輩、ダンジョンじゃなくて、擬似的なダンジョンだよ」


 陽花は訂正をするけれど、あまりの驚きで雫月の耳には届いていない。


「い、一体どういうことなんです?」


 このダンジョン島にあるダンジョンは一つだけのはず。

 こんなところにあるなんて知られていないはず。


「う~ん、どう説明したらいいかな?」


 陽花はどうやって説明したらいいかと腕を組んで悩む。


「こちらは花宮家が所蔵する擬似的なダンジョンコアによって作れらた空間、通称牧場になります」


「あっ、千晴さん!」


 陽花が悩んでいるところに千晴がやってきた。


「この疑似ダンジョンコアは当家が入手したもので、簡易的なダンジョン空間を生み出すものなのです」


 こちらですと先程陽花が操作した水晶を示す。


「これがダンジョンコア……」


 ダンジョンコアというものが存在することは聞いたことあったがまさかこんなところでお目にかかるとは思ってもみなかった。

 擬似的ではあるものの、そんな物を所有する家があるとは……


「花宮さん……あなたの両親は、一体何者なのですか?」


 雫月は花宮という家を聞いたことがない。

 しかし、只者ではないということはもうわかっていた。


「陽花のパパとママは冒険者をしてるんだよ」


「冒険者?」


 主だった冒険者は記憶にあるけれど、花宮なんて方いただろうか?


「ご主人さまは、冒険者ネームで活動をしています。セイヨウとコウレンという名前はご存知ではないですか?」


「そりゃ、知ってます。日本で初めてSランクエリアに到達したパーティ、そのリーダーとサブリーダーの名前……えっ?」


 冒険者をしているなら誰でも、いや冒険者をしていない子供でも知っている冒険者。

 名実共に、日本でトップクラスの冒険者達と言っていいだろう二人の名前だ。


「ご主人さまの名前は、花宮誠陽(はなみや まさはる)、奥様の名前は花宮光蓮(はなみや みつは)。お察しの通り陽花お嬢様のご両親です」


「……えぇええええええ!!」


 本日二度目、驚きの声が牧場の中に響き渡った。



「落ち着きましたでしょうか?」


「はい……」


 千晴がどこからともなく持ってきた椅子とテーブルでお茶をすること数分、ようやく雫月は落ち着きを取り戻した。

 ちょっとパニックになってしまったので恥ずかしい。


「びっくした……でも納得したわ」


 このお屋敷に、こんな嘘みたいな空間。

 それに花宮という名前に聞き覚えがなかったことも含めて、凄く納得できる理由だった。


「パパとママは若い頃に付けた冒険者名がこんなに広がると思っていなかったみたい」


 もぐもぐと千晴の持ってきたお菓子をつまみながら話す陽花。

 その姿はとてもじゃないれどお嬢様っぽくはない。


 ここまで雫月は驚きっぱなしだ。

 由香里が言っていた「心を強く持ってください」という言葉を思い出した。


「いや、待ってください……」


 確かに驚きはしたけれど、結局のところ何も判明していない。

 陽花の家族が凄いことはわかったけれど、結局陽花自身についてはまだ何も知らないのだ。


「うーん、今日はどの子にしようかなぁ」


 陽花の方を見ると、陽花は何やらソウルストーンをいくつも取り出して選んでいる。


「陽花さん……?」


 この子は一体なにをしようとしているんだろう?

 訓練でもするつもりなのかな?


「あっ、そうだ、先輩。この間の子借りてもいい?」


 訪ねようと思ったら、それよりも先に陽花に話しかけられてしまった。


「この間の子ですか?」


「うん、先輩が落としたソウルストーン!」


 この子はソウルストーンのことを、子と呼んでいるの?

 不思議に思ったものの、言われるがままに陽花に差し出す。


「ありがとう! それじゃあ、ちょっと運動してくるね」


 そう言って、陽花は席を立った。


「あ、先輩は、そこでちょっと待っててね」


「えっ? あ、はい」


 運動って言ってたけど、訓練でもするつもりなんだろうか?

 いや、持っていったのはそもそも雫月のソウルストーンだ。

 本来所有者以外はウェアすることは基本は不可能なはず。

 ましては雫月は知らないが、陽花はソウルウェアとしての才能がない。

 それを知らない雫月は、陽花がどんな訓練をするのかを見守っていたのだが。


「よ~し、それじゃあ、やっていこうかな」


 雫月は着ていた上着を脱ぐと、それを千晴に渡す。

 そして、雫月から受け取ったソウルストーンを握りしめると。


「えりゃっ!」


 それを遠くに放り投げた。


「ちょちょちょっ!!」


 自分のソウルストーンをそんなふうに扱われて思わず雫月は椅子から立ち上がる。

 慌てて陽花に詰め寄ろうと思ったが、千晴に止められてしまった。


「お待ち下さい。危険です」


 抗議をしようと思って千晴を見たものの、真剣な顔をしてそんなことを言われる。


「危険?」


 一体どういうこと?

 放り投げられたソウルストーンが綺麗な孤を抱いて地面に落ちる。

 落ちたソウルストーンが光っている。


「さぁ、出ておいで」


 そんな陽花の言葉と共に、光は大きくなる。


「まぶしっ!」


 雫月は思わず、目をつぶってしまう。

 すぐに目を開いた先にあったのはソウルストーンではなかった。

 ソウルストーンがあったと思われるそこに、一匹の獣がいた。


「わぉおおおおん!!!」


 青色と白の縞々のホシイヌ。

 紛れもなく、ソウルストーンに封印されていたはずのモンスターがそこにいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る