第3話 放送の変化

「こんにちは、今日は久しぶりにダンジョンに潜っていきます」


 ソウルストーンを陽花から受け取った雫月はそのままの勢いでダンジョンに向かい、放送を開始した。

 自動的に姿を追いかけてくれるダンジョン配信用の特殊なカメラに向かって挨拶をする。


『久しぶりの放送ですね』

『ルナちゃん、ひさしぶりー』


 久しぶりの放送だったけど、見に来てくれた人がいたようだ。

 放送にコメントがついた。おそらく知り合いのものだろうけど。

 雫月は久しぶりの感覚に思わず顔がにやける。


「あ、どうもお久しぶりです。そうですね、ちょっと放送できない事情がありまして。でも大丈夫です。今日からまた放送していきますよ」


 受け答えをしたあとに、雫月はソウルストーンを取り出す。


「それでは」


 ソウルストーンを握りしめて、感じるエネルギーを自分の中に取り込んでいく。

 やがて、ソウルストーンから何も感じなくなり、雫月は目を開けた。


 久しぶりのウェアだけど、うまくいった。

 なんだか、身体も軽く感じる。


「よし、それじゃあ改めて今日はCランクの無属性の迷宮に……」


『!?』

『ちょちょちょっ!』

『頭! 頭大丈夫!?』


 コメントを確認してダンジョンに入ろうとしたところで、なにやらコメント欄の様子がおかしいことに気がついた。

 というか、頭大丈夫とは失礼ではないだろうか?


『なんか! 頭についてる!』


 さらにコメントが来た。

 頭? 不思議に思い、雫月は自分の頭に手を伸ばす。


 さわさわ……


「うん……?」


 頭になにやら不思議な感覚がある。

 やわらかくて、暖かくて、ふさふさで、触るとくすぐったい。

 ……くすぐったい?


「えっ? えっ?」


 頭に何かあるのはまだいい。

 例えば風で飛ばされてきた葉っぱとかがあるのは別に不思議なことではない。

 しかし、くすぐったいのはおかしい。


『ぴこぴこ動いてる!』

『えっ? まじで!? まじで生えてんの!?』

『耳! 犬耳だ!』


 慌てて、自分の鞄から鏡を取り出して確認をする。


「な、な、な……」


 そこに映っていたのは……


「耳が生えてますぅううううう!?」


 雫月の頭にはふわふわの犬の耳が生えていたのだった。



「えっと、これ……私の勘違いとかじゃなくて、生えてますよね?」


 しばらくして落ち着いた雫月は視聴者に問いかけてみる。

 見ると、いつの間にか視聴者が増えている。

 放送を開始してすぐは3人しかいなかったのに、今見たら12人になっていた。


『うん、立派な獣耳が生えてるね』

『見たところ犬っぽい?』

『なんで!? 獣耳なんで!?』

『かわいい! からいいのでは!?』

『ピコピコ動いてるぅうううう!』


 視聴者のコメントを見て、思わずまた耳に手をやった。

 信じられないけれど、間違いなく自分の頭から生えている。

 なんか動くし。


「どうしよう……病院に行ったほうが?」


 何かの病気……ってことはないかもしれないけれど。

 一体どういう状況なのかわからない。


『ルナちゃんの反応からすると、休み期間中に修行したとかじゃないのね』

『修行したら耳が生えるの?』


 いや、単に落としてただけだから、修行していたわけじゃないんだけど……

 と、雫月は気がついた。


「ひょっとしてこの現象に心当たりがあるんですか?」


 もしかして他にも頭から獣耳が生えた人が!?


『確か、プロ探索者のコウレンがダンジョンに潜る時に生えてなかったっけ?』

『あっ! それ聞いたことある!』

『コウレンっていうとガチの探索者やんな』

『日本でもトップの一人だな』


 コウレンの名前は雫月も聞いたことがある。


『なにかのインタビューで、ソウルストーンとシンクロした時に出るとか言ってたような?』

『ソウルストーンとシンクロ?』

『シンクロ率120%! 耳が生えました! ってこと!?』


「それ本当ですか……?」


 コウレンは知っているけれど、流石にこういう状況になったとは聞いたことがない。

 そもそも、プロ探索者自体、放送でもやっていない限りあまり情報ははいってこないのだ。


『コウレンが本気で戦う時は耳が出る。これ本当。見たことある』

『えっ? 見たことある?』

『いや、流石に嘘では?』

『獣耳美人が放送していると聞いて!』

『それ本当に生えてるんですか!?』


 見たことがあるという人まで現れた。

 というか、視聴者数がまた増えてる!?


『本当の話。ちなみに、コウレンはその姿になるとめちゃくちゃ強い』

『耳が生えて強くなる……?』

『さっきのシンクロ云々って話からすると効率が上がるみたいな話かな?』


 そんなことあるの……?

 雫月は試しに、なにかしてみようと思い。


「……っ!」


 ちょっとだけ走ってみた。


『!?』

『はやっ!』

『ウェアしてるとはいえ速すぎひん!?』

『ルナちゃん、ホシイヌをウェアしてるから速めではあるけれど、いつもの倍以上速いぞ!』


 自分でもびっくりした。

 気がついたら目の前に壁があって、思わず、手をついてしまった。

 5メートルくらいは離れてのに、一瞬だった。


『身体能力めっちゃ上がってるやん』

『なるほどなー、シンクロすると身体能力が上がるのかぁ』

『これ新しい発見なのでは!?』

『いや、コウレンがやってるって話じゃん。既出やろ』

『少なくとも生放送に乗ったのは初めてじゃない?』

『それはたぶんそう』


 どうしよう、視聴者の増加が止まらない。

 コメントも次々と流れていく。その中で。


『主は何か心当たりとかないの?』


 そんなコメントを見つけた。


「心当たり……」


 考えられるとしたら、落とした時に何かあったか……

 もしくは、拾った人が何かしたか……


「わかりません」


 しかし、確実ではない以上なにも言えない。


『うーん、残念』

『とりあえず、ダンジョン潜ってみない?』

『おっ! どのくらい強化されてるのか気になる!』

『期待!』


 いや、私は病院に……なんて言葉を雫月は言えなかった。

 何が起こっているのかはわからないけれど、視聴者はいつのも何倍もいる。

 これはチャンスだ!


「それじゃあ、試しに行ってみましょうか」


 うまくやればチャンネル登録者数も増えるかもしれない。

 そんな邪な思いと、


 さっきの移動は凄かった。この状態で敵と戦ったらどうなるんだろう?


 そんな期待と疑問を胸に、雫月は複数ある扉の中から一つのダンジョンの中に入っていった。


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第4話は17時頃投稿予定です

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