第五話.喧嘩は良くない
「刃物なんか出してくんな、ばーか」
ぷつっと何かが切れたような音がした後、リザードマンの男は大振りなナイフをテーブルの真ん中に向かって振り下ろした。みしぃっと木の割れるような音を立てて、ナイフの刃が半分くらい埋まってしまった。陶器の皿が割れ、あたりに散乱する。
「きゃあっ」
思わず短い悲鳴をあげる。それでもマヤは動じずに何か言いかけようとしていた。ダメだ、こんなやつに何か言っても。そう思った時には体が動いていた。咄嗟に抱き抱えるようにマヤの頭を胸に抱えて、テーブルから離れた。
「ガァアア!」
大きな声でリザードマンが吠える。その時、シャンパン一杯でダウンしていたキツネが起き上がって言った。
「おいおい俺のサラミ。どうしてくれるんだよ」
彼のふかふかの頭に、サラミが二切れ乗っていた。それを手で取って口に放り込む。リザードマンはテーブルに突き刺さったままのナイフを引っこ抜いた。そのままの勢いでキツネに向かっていった。腰だめにナイフを構えた突進だ。その瞬間、キツネの尻尾がリザードマンの顔をパチンと叩く。視界を奪われたと同時に、リザードマンは足をかけられて床に転がされた。
ドン!
遅れてナイフが床に突き刺さる。
「危ないぞ、そんなモノ持って走ったら。もし転げて自分に刺さったら大変だ」
そう言って再びキツネは元の場所に着席した。彼がこけたグラスを元に戻していると、女将さんが飛んできた。
「なにしてんだい!」
「あーすみません。ちょっと近くでこの人が転んじゃって、気をつけますから」
なあ、と話を振られたリザードマンは、一言謝罪の言葉を残して去っていった。なんだか解決したらしい。荒くれ冒険者の迫力に、まだちょっと震えている。ほっと胸を撫で下ろすと、腕の中でマヤが小さな寝息を立てて眠っていた。まるで子供のような寝顔だ。ついさっきまで、とにかく度数の強い酒を飲んでいたようにはとても見えない。
「片付けて、今日はもう解散しましょうか」
「ふわぁ……」
ルシアがそう提案すると、キツネはあくびを一つ。テーブルの上に再び突っ伏した。
「……」
リザードマンに荒らされたテーブルの上には、散々食い散らかした宴会の跡が残っている。結構な出費になりそうだ。しょうがない。今日は取材の許可も貰えたし、わかった飲み代は私が持とう。颯爽と女将の元へ向かい、ルシアはボスの名前で領収書を切ったのだった。いつもありがとう、ボス。
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