第2話 海の月が送る歌


 潮風舞い込む学び舎で二人はいつものように挨拶する。

「よっクラゲ」

「うん、おはよう亜子ちゃん」

 他愛のない日常がそこにあった。

「そういえば聞きたかったんだけどさ」

「うん? なんだよ」

「この学校って潮風モロに吹き込むけど、髪とか痛んだりしないのかなって」

「あー困ってるやついたな」

 亜子ちゃんはそういうの気にしないタイプなのかな、と思ったら。

「この髪もそのせいだしな」

「えっ」

 赤い髪の正体が判明したのだった。潮風で痛み過ぎたせいで赤く見えているのだと彼女は言う。

 赤い赤い痛みきった髪。それが途端に痛々しく見えた。硝子細工に入ったヒビ割れ、彼女が病弱である証。

「どした~?」

「あ、ごめん、なんでもないよ」

「変なクラゲ」

 自分は彼女に何をしてあげられるだろう、そう考えて、ふと思いついた。

「そうだ、この近くカラオケある?」

「ん~? あるよ、結構近く」

「じゃあ行こう!」

「またなんで」

 私は誇らしげに胸を張ると。

「実は私、合唱部なのです」

「へぇ」

「へぇってここ、驚きポイントなんですけど」

「だって知ってたし」

 あら? 知られてたのか。それは知らなかった。

「聞こえてきたんだ。帰り際、お前の歌ってる声」

 どうやら部室である音楽室から音漏れしていたらしい。

 恥ずかしくなって顔を赤く染める。

「あはは、赤くなってやんの」

「もう、びっくりさせようとした私が恥ずかしいじゃん」

「気にすんなって。じゃあ何、アタシに歌聴かせてくれるってわけか?」

「そうだよ……嫌かな?」

 すると亜子ちゃんは少し俯きながら。

「実はアタシ門限六時なんだ」

「あー……」

 病気のせいだろう。あまり長い事カラオケにはいられないという事だ。

 けど、そんなこと想定の範囲内だ。

「一時間だけでもいいよ。目一杯楽しませてあげる」

 すると彼女は目を丸くしてから、また繊細な笑みを浮かべてくれた。

「ありがとな」

「うん」

 こうして下校途中、カラオケに寄る事が決まった。案内は亜子ちゃん。授業中はずっと何を謳おうか悩んでいた。

 そして授業が終わり下校時間になる。

 あたしは亜子ちゃんの下へと向かうと彼女も立ち上がって二人して教室を出た。廊下を歩いていると。

「そういや部活はいいの」

「今日は休みだよ」

「そ」

 そんな中、私の心中は気が気ではなかった。彼女を喜ばせてあげられるか。それだけが頭の中をひしめいていた。

 亜子ちゃん先導の下、カラオケに向かう。

「ボロッちいところなんだけど、その分、安いから」

「そうなんだ、まあどんなところでもあたしの歌声は変わらないけどね!」

「なんだ、張り切ってんじゃん」

「まあね」

 内心、緊張しっぱなしの私は冷や汗を掻きながらカラオケにたどり着く。

 受付で亜子ちゃんが会員証を出して部屋番号を聞いて私を手招きする。

 それに着いていく。

 そこは奇しくも2-Aだった。

 部屋に入ると亜子ちゃんは荷物を置いてドリンクバーに駆け込んでいった。

 体力を使って大丈夫だろうかと心配になる。

 彼女が戻って来るとケミカルな色のドリンクが出来ていた。

「もう、食べ物で遊んじゃダメだよ」

「これマジ美味いから!」

 私は渋々そのケミカルドリンクを受け取ると一口含む。

 刺激が走ると共に果実のフレーバーが鼻を通り過ぎて行った。

「嘘、おいしい」

「言ったろ?」

「さすが亜子ちゃん」

「照れるだろーが」

 そして私は選曲パネルを手に取ると。

 うんうん悩みながら、一番歌っている曲を選んだ。

 マイクを手に取り、宣言する。

『聴いてください。翼をください』

 合唱曲の定番。


――悲しみのない自由な空へ。

――翼はためかせ行きたい。


 そこまで歌い切ると。

 亜子ちゃんが拍手をくれた。

「すっげーよかった!」

「ありがと」

「いやほんと、お世辞とか抜きで!」

「ふふっ大げさだよ」

 すると次は亜子ちゃんが曲を予約した。

 それはアニメ映画の主題歌などでも有名なバンドの曲だった。

「じゃあ行くぜ、RA〇WI〇Pの有〇論」

 彼女らしい、選曲のような気がしたし。

 彼女を自殺志願者から幸福論者に変えたのは誰だろうと思い、少し嫉妬した。

 拙い歌声で歌い終えた彼女は少し息を荒くしてソファに座る。

「大丈夫?」

「ちょっと疲れちった」

「じゃあ今日は解散かな」

「そだな」

 するとおもむろに立ち上がった亜子ちゃんが私の懐に飛び込んできた。

 私は思わず受け止める。

「クラゲ、私さ、死ぬのが怖い」

「……うん、そうだね」

「だけどさ、こんな体のままなら死んだほうがマシだと思う事もある」

 私は黙って聞いていた。

「でもクラゲの曲聴いてさ、久しぶりにもっと生きていたいって思えた。ありがと」

「……どういたしまして」

 彼女を幸福論者に変えられたのはどうやら自分らしい。

 それを遠まわしに伝えられて。

 私はほんのり顔が赤くなる。

 懐の彼女を抱きしめる。

 その時、気付いたんだ。

――嗚呼、あたし、亜子ちゃんが好きだ。

 いつ壊れるか分からない彼女に。

 私は何が出来るだろう。

 出来ることなら一生一緒にいたい。

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