第4話 戦乙女
リンネは混乱しながらもレイネから投げ渡されたバスタオル2枚を腰と胸に巻く。そしてはっとして股間に手をやり絶望の表情を浮かべる。
「夢、そうだこれは夢だ、俺の俺が無いなんて夢に決まっている……」
そんなリンネの姿を見てオロオロしていたレイネだったが、はっと気が付き
「おじさん!」
『レイネか、どうだリンネは覚醒が済んだか?』
「おじさんどうしよう、お兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃった!」
『は? あーまあとりあえず落ち着け』
「だからお兄ちゃんがお姉ちゃんにね」
『レイネ、まずは深呼吸だ、いいか息をゆっくり吸ってー、吐いてー』
ゲンタのゆっくりのんびりした声を聞いたことで少し落ち着きを取り戻したレイネは深呼吸を何回か繰り返している。
『どうだ落ち着いたか、落ち着いたならゆっくりでいいから説明してくれ』
「う、うん、落ち着いた、おじさんありがとう」
『それで何があった? リンネは無事なのか?』
「だからお兄ちゃんがお姉ちゃんになっちゃったんだよ、どうしよう」
『ん、あー、あれか覚醒による肉体変化か何かか?』
「多分それだと思う」
『そうか、わかった俺が迎えに行くから出かける準備をして待ってろ。協会で詳しく検査をしたほうが良さそうだからな』
「うん、わかった、おじさんお願い」
『おう、それじゃあまた後でな』
通信を切りレイネは未だにブツブツ言っている兄を確認する。その姿は先程と変わりなく胸部と臀部にタオルが巻かれている。とりあえずなにか着られる服を用意しないといけないことを思い出す。
「お兄ちゃん服探してくるから少し待っててね」
「あ、おう、すまんレイネ頼む、はぁそれにしてもせっかく覚醒出来たのにこれじゃあなー」
「えっと、可愛いと思うよ?」
「かわ、いいのか? 鏡見てくる」
リンネはそう言って部屋を出ていった。混乱しているようにも思えたリンネだが、かわいいといわれて確認したくなる程度には冷静さを取り戻していた。
「えっ、あっ、お兄ちゃん待ってそんな格好であるき回らないで」
慌ててリンネを追いかけ部屋を出るレイネは階段を降りようとしているリンネを呼び止める。
「あ? レイネだって大体似た格好で普段うろついてるだろ」
そう言われてしまえばぐぅの音も出ないレイネだが「それはお兄ちゃんを誘惑するためだよ」なんてもっと言えるわけがない。なんとまあ、ませた子供なのだろうか、だがレギュレーション的にこれ以上はやめてもらいたいものである。
「それは……はぁ、着替え持っていくから脱衣所で待ってて」
「おう、頼むわ」
リンネが階下へ降りていくのを確認してレイネは自らの部屋に入る。
「えっと、未使用の下着と後はこれとこれでいいかな」
レイネはクローゼットの奥に封印されていた自らの黒歴史的な衣服を取り出す。その服はレイネには必要のない大きさのブラジャーと洋服だ。いつかはこのサイズにと思い買ったものだが封印されていたことから察せられるだろう。
そしてそれと同時に買った胸元に余裕がある純白のふんわりとしたワンピースも手に取る。
「くっ、私より先にお兄ちゃんが着ることになるなんて、でもいつかは私も」
そう言ってレイネは自分の胸の部分を触ってみるが、悲しい現実が突きつけられるだけだった。
下着と衣服一式を手にとぼとぼと階下へ降り脱衣所にレイネは入る。顔を上げたレイネの目に飛び込んできたのは、美少女となった兄が全裸でポージングをしている姿だった。
自然と兄の胸元に視線は向かい、もう一度自分の胸元に視線をやるレイネの瞳は涙で濡れていた。
「お兄ちゃんのバカーー」
レイネは手に持っていた衣服をリンネに投げつけ脱衣所から出ていく。
「おいレイネ、いきなりバカってなんだよ」
頭に投げつけられた下着を乗せてレイネを追いかけようとしたが今の自分が全裸だと気が付きとりあえずレイネが用意した服を着ることにする。
「むっ、これはどうやって付けるんだ? そもそもなんで必要なんだ?」
パンツを履いて、ブラを手に持ち困惑するリンネ。ガチャと脱衣所の扉が開く。
「ごめんお兄ちゃんちょっと取り乱しちゃった、ブラとか初めてだよね付け方教えないと……、何やってるのよお兄ちゃん」
脱衣所に入ってきたレイネの目には、パンツだけを履いた銀髪の美少女が猫耳のように頭の上にブラを乗せている姿だった。
「あーすまんレイネ、これどうやって付けるんだ?」
一方リンネはごまかす事もなく平然としている。男がやったらアウト案件なのだが今のリンネは美少女であるから多分セーフなのだろう、むしろ頭に被っているのがパンツじゃないだけまし、までありそうだ。
「はぁ、なんだか疲れちゃった」
それだけ言ってレイネは脱衣所から出ていこうとしたが、すかさずリンネに捕まりブラの付け方を教えることになった。レイネ自身には必要のない知識がフル活用された、美しく見せるための付け方講座であった。
着替えを終えたリンネとレイネはリビングに移動してソファーに隣り合って座る。
「それでお兄ちゃん体調とか変な所無い?」
「この姿が変って言えば変だが、なんだか不思議な感じだな。この姿が本来の俺の姿だったような気がするんだよな」
「そう、なんだ」
レイネはもう一度リンネの容姿を確認してみる。すらりと伸びた長い手足、身長は170cmくらいあるだろうか、肌は汚れを知らない白肌でシミ一つ無い、瞳の色は碧眼になっており、腰ほどまでの長さの銀色に輝く髪をしている。男だった頃の面影は一切ない。
「ん? どうした?」
そんな兄の姿についつい見惚れてしまったレイネは「なんでも無いよ」とごまかす。男であった頃の兄もいいが、これはこれでありなどとレイネは心のなかで思っていたことなど表に出さない。
唐突に廊下からリビングに繋がる扉が開かれる。ずかずかと部屋の中に入ってきたのは叔父の霧影ゲンタである。スーツは着崩されその表情は疲れ切った中年サラリーマンと言ったところだろうか。
「またせたな、レイネと……リンネか」
「おじさん久しぶり」
リンネは振り向き片手を上げる。
「姿形は変わってしまったけど、これがお兄ちゃん」
「そうか……、そういやリンネは
「あっ、すっかり忘れてた」
引きこもってからほとんど家を出ない生活をしていたせいか、リンネはμαを余り使わなくなっていた。使う用途は時間の確認と眼の前にいる叔父と妹からの通信くらいだろうか。
そのためかμαで覚醒後の情報を見られることを失念していたようだ。μαを起動したリンネの視界には自らのバイタルデータが表示されている、最後に見たときよりも筋肉量は凄く下がっているようだ、代わりに脂肪が増えているようだがそれは胸のせいかもしれない。
「えっと、なんだったかな?」
「ステータスチェックだよ」
「おう、そうそうそれだった、ステータスチェック」
リンネの声に反応してμαがデータを表示する、これらの機能は覚醒前にはなかった物だ。氏名年齢から始まり、先ほど映っていた各種バイタルデータが続く。様々なデータが上へ流れていき、最後まで表示された所でスクロールは止まる。
そして最後の一行にはこう記されていた。
・
と。
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