第10話

 2024年2月23日。鍛冶六さんでイベントが行われた。大阪のシェア型書店、HONBAKOさん主催の【本のバトン】という催しだ。


 既に八回も開催されているらしく、本好きの私としては、是非とも参加してみたいイベントで、家の用事と嫁さんの機嫌を取りながら、なんとか閉会ギリギリの三十分前に駆けつけることができた。


 代表の牧田さんと中道さんの交互に、インタビュアーになった気分で色々お話を伺った。まず本のバトンとはどのようなものかというと、参加者が本を持参し、会場に並べられた本の中から、気に入った本があれば交換できる、という、読書好きにとってはたまらない、夢のようなイベントなのであった。


 私は早速疑問をぶつけた。


「ものすごく本の愛に溢れたイベントだと思うんですけど、この催しのために、大阪から姫路まで、ガソリン代、高速代など必要な経費は出てくると思うんですが、参加した人は本を交換して帰るだけですよね? どうやって費用を捻出しているんですか?」


「売り上げはイベントからは出ないですね。お店のことを知ってもらう、広告のようなものです」


 なんと奇特な方なのだ! 私は話を聞きながら震撼した。このような素敵なイベントを、ほぼ無償で開催する。付き添いで来てらっしゃった棚子さんも、好きだから手伝う、といった空気であった。


「こういうイベントは本好きなら処分したい本を持ってきて、良い本と交換してやろう、みたいな考えの人ではなく、自分の推しを誰かと共有したい、そんな思いで参加されると思うんですよ」


 令和の今の世、なんてピュアな魂をお持ちなのだ、と私は驚かずにはいられなかった。中にはわらしべ長者ではないが、特をしてやろう、という下心を持って参加する人もいるかと思う。私は願わずには、そして祈らずにはいられなかった。なんとか利益の出る仕組みを確立してもらって、こんな純粋に本が好きな方には潤って欲しい、と。


 大阪のHONBAKOさんでは、なんと100以上の棚があるそうで、棚には各々のカラーが出て、棚子さん皆さん、自己表現されているそうである。


 なんという素敵な空間! 書店が閉店するニュースを目にすると寂しい。が、書店が街からどんどん消えていっても、このように本好きの人が集まれば、大きな流れを作れるのだな、ということを目の当たりにした。


 この日、鍛冶六さんには九十名が訪れ、本の交換は285冊にものぼったそうだ。店主のはまださんが、にっこりと微笑みながら近寄って、私に話しかけてくれた。


「呉さん、呉さんの棚からも売れましたよ」


 なんと、そのイベントの余波により、私の呉エイジ文庫からも、本が売れたそうである。本の交換のイベントなのに、わざわざ販売用の棚に目をやって、興味のある本を手に取って頂き、売れてくれた。


 私は嬉しさのあまり、吹き抜けの天井を向きながら目を閉じた。大事だ、やはり集客は大事だ。


 そして集まっている方々、私もそうなのだが、皆さんお金お金してない、という印象を受けた。本が好きだから参加している。楽しんでいる。自己表現している。といった方ばかりであった。


 18時を過ぎ、イベントも終了し、店内に並べられた本を片付ける作業になった。私も誰に言われるわけでもなく、空き段ボールにニコニコしながら本を詰め込むのであった。


 

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