第9話
2024年1月20日。長女ちゃんが無事、男の子を出産し、晴れて私はおじいちゃんになった。
執筆とは別のもう一つの活動、シェア型書店、鍛冶六さんの古本活動は、昨年の残業続きだった12月から止まったままになってしまっていた。
頭の隅で気にかけてはいるのだが、なかなか店に出向いて棚の整理をする時間も取れなかった。ましてや長女ちゃんの出産である。ここで私の趣味を優先して一人だけ外出しようものなら、嫁さんのフルスゥイング頭はたきが飛んでくるのは必定であった。
孫の世話をし、家の用事を片付けて、なんとか一時間くらいの自由時間を確保すると、私は法定速度限界までスピードをキープしながら、一路、姫路から網干へと車を走らせるのであった。
そうして棚子活動をするときは頭を社長モードに戻すため、出発前、普段は読まない起業ハウツー本に目を通す。
新しい章には、こう書かれていた。〜最初はストックの商売よりもフローの商売〜
何もせずに毎月収入があるのがストックビシネス、売って利益になるのがフロービジネスなのだそうだ。私の場合にはフローしか当てはまりそうにない。
やはりこれまで通り、手持ちの本にガイドを付けて、強敵ブック○フに対抗する値段付けで挑まねばなるまい。
新たな古本をカゴに入れ、およそ二ヶ月ぶりの鍛治六さんを訪問する。ドアを開けるとチリリンと鈴の鳴るような音が店内に響いた。
奥の方から『はーい』と女性の声が聞こえた。しばらく待っていたが誰も出てこない。
「すいませーん。呉エイジ文庫ですー。棚の補充に来ましたーっ」
そしてまた奥の方から小さい声で『はーい』とだけ返事が。しばらく待っても誰も出てこない。
一体どうなっているのだ。私は店番がいない状態で、先に棚の入れ替えを始め出した。
少しすると声の主が大正レトロな店内の奥から姿を現した。
「初めまして。呉エイジ文庫です。補充に来ました」
「初めまして。月火担当のアルバイト柳内です」
前回のかわのさんは社員だったが、柳内さんはアルバイトらしく、明るくハキハキした綺麗なお嬢さんであった。
「ちょうどトイレに入ってまして〜」
私は内心『若いお嬢さんがおっさんに、そこまで正直に言わんでもええやんっ!』と思いながら笑顔を作った。ものすごくピュアか、生真面目で、あったことをそのまま報告する几帳面な人か、ど天然タイプかの三通りのどれかであろう。
「あっ、我が妻のフリーペーパー、全て出てくれたみたいだ。良かった」
私の棚に電子書籍よりも先行して、一話、手作りの小冊子を作って置いておいたのだ。これがいつまでも残ったまま、というのも地元なのに活動頑張れよ、ということになるが、無事全冊旅立ってくれたようであった。
「私も読みました。無茶苦茶すごい奥さんですね〜」
私は感心した。さすが古書店に勤務するアルバイトさんである。読書家なのであろう。
「そうですか。色々読まれるんですか?」
「いえ、今まで全く読んでなくて」
私は段差がないのに、その場で躓きそうになった。色々とニコニコとしながらかましてくる人である。
「ここで働き出してから、積極的に読書するようになったんですよ〜。これまでの人生損してました。最近はよく読むようになりました」
「なるほどなるほど、そういうことでしたか。あっ、そうだ、新しい棚子さんも増えたんですね」
「そうですよ。ほぼ埋まってきました。この反対面にありますよ」
見れば宮沢りえちゃんの若い頃の写真集が置いてあった。右手がプルプルと震え出し、レジに持って行こうかどうか心の中で葛藤が始まった。
「お前、もうおじいちゃんやど。自覚を持て」
「こんなもん嫁さんに見つかったら、半殺し通り越して本殺しやぞ」
そうだ。絶対に怒られる。ここは一旦キープして、また出直そう。
「次の棚子会議にはぜひ参加しようかと」
「ぜひぜひ〜」
最後まで明るい柳内さんであった。気を抜くといつまでも滞在しそうだったので、家の者に怒られないよう、私は店を後にした。
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