第3話
11月14日
昨日の夕方のSNSで、他の棚子さんの本がようやく一冊売れたようだった。私が加入してから一週間経過している。その間で一冊、ということだ。
これは古本屋の常識的にはどうなのか。個人的には少ないように感じる。もし何の後ろ盾もない私が経営していたら、一ヶ月で倒産してしまいそうだ。
姫路の、中心部から離れた網干という立地の、それが現実ということなのか。
私はそれぞれの本の表紙に、付箋でその本に関するコメントを手書きし、全部綺麗にナイロンで梱包している。そういった古本愛が伝わると信じたからだ。
しかし、そういった努力も、今のところ何の効果も生み出せていないようであった。魅力的な店舗があり、酒やパンを求めてくるお客さんもあり、壁一面に古本が並べられていれば、自然と日に数冊は売れていく、という甘い考えは、完全に素人ということだった。
ブレイクスルーのためには、もう一押し、何かアイデアを投入せねば、こりゃ一年間契約をしたが、最後までこんな調子だぞ、という思いを強くした。
店が取材を受けたようなので、徐々に独自性は広まっているかとは思う。テレビ取材とかあれば… …。そんな神風を期待するような後ろ向きな気持ちに襲われるのだった。
人からお金を頂く、というのは、ここまで難しいことだったのか。
私は再び、先日コンビニの本棚に並んでいた、起業向けのハウツー本を手に取った。
【02 今までの仕事の延長線上で考える】とあった。なかなか厳しいことが書かれてある。人脈やノウハウがあっても失敗するのが会社経営である、と。素人同然の人が起業して、借金まみれになって失踪した人も知っています。なんという恐ろしい話だ。畑違いのことをやるより、今やっている仕事の延長ならば、見通しが立てやすい、ということなのだろう。
我が身に置き換えたらどうか。
「呉くん、他の人はノルマを達成しているが、君は数字というものをどう考えているのかね。このままエヘラエヘラして乗り切ればそれで済みそう、みたいに思っているんじゃなかろうね」
「ヒィーッ!」
このようにパワハラ的に追い詰めれば成果が出る、という延長で考えれば、これは単に自分の尻を自分で叩け、ということだけの話だ。
このチャプター2は、自分に置き換えることができなかった。
私は半泣きになりながら次の項目に進んだ。そこには前項よりも、更に過酷なことが書かれていた。
【03 やりたいことがお金になるとは限らない】
「アッヒーッ!」
ビジネス本を読んで奇声を発するとは思ってもみなかった。事業とは、どんな人がお金を払ってくれるのか、どこの誰に売れるのか、をまず考えること。
私は自分の本がどんな層に売れるのか、目を閉じて考えてみた。それはもう、文化的な有閑マダムが嬉しい。胸元の大きく開かれた真紅のドレス。孔雀の羽のような団扇。大きなイヤリング、真っ赤なルージュ、溢れ出るフェロモン。
私は耳元で囁かれる。
「どんな本を私にオススメしてくださるの?」
言われた後、私の耳たぶは甘噛みされる。
「持って帰ってください、どうぞ」
全然なとらん! 商売になっていないではないか。いつも私の思考は、人様にお見せできない妄想が邪魔をする。だから起業家になれないのだ。クールな視点、ドライな感性に己の性格を叩き直さなければ、この先はない。
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