第2話

11月9日


 朝から土砂降りである。これでは今日も客足は見込めそうにない。

 一棚書店を開店させ、私が本棚古本屋の店主になった事は嫁さんに告げた。が、年間費に二万円ほど使った、とはとても言い出せなかった。

 言えば必ず『無駄なお金ばっかり使って』だの『アンタは商売の才能なんて無いから、大人しくサラリーマンしとき』みたいな感じで小馬鹿にするのは目に見えていたからだ。

 今のところ嫁さんの指摘は当たっている。鳴物入りで初めて見た古本屋、オープン2日目で利益ゼロ。

「ほれ、見たことか」

 と勝ち誇ったような嫁さんの顔が浮かぶ。

 なんとしても売り上げに繋げたい。私は社長なのだ。経営悪化に手をこまねいて見ているだけではいけない。現状を打破せねばならない。

 本体の鍛冶六さんの方はどうなのだろう。店の大半は古本である。地下には珍しいお酒、そして定期的にオリジナルパンを販売している。売上の方はどうなのだろう。もっと連動して集客をせねば、売れましたツイートの頻度から察するに、他の棚子さんも、それほど売れている感じではなさそうであった。

 もしかしたら他の棚主さんは裕福な人ばかりで、余裕な感じで棚経営しているのかもしれない。私のように必死のパッチではないのかもしれない。

 昼休みにスマホをチェックしてみたが、やはり私の本棚に動きはなかった。


11月13日


 期待していた土曜日、日曜日。結局私の棚は一冊も売れなかった。他の棚子さんも一冊も売れなかった。

 棚主さんは危機感がないのだろうか。私は呆然とし、愕然とした。週末の休みには、一般客も訪れ、数冊は売れてくれるだろう。という淡い期待があったからだ。

『このままではいけない』

 あれだけムードのある、明治の金物屋さんをリノベした酒屋さんに間借りしているのに、何故、看板である古本が、どの棚からも一冊だって売れないのか。

・オープンしてまだ知名度が低い。

・お酒がメインで、お客さんもお酒目当てにやってくる。

・本棚は見るが魅力的な本がない。

・興味はあるが、価格設定が高い。

・棚のポップに訴求力がない。

 問題を色々と書き出してみた。言うならば私は根っからのサラリーマンで、使われる側。経営者の目線は皆無に等しい。

 コンビニの本棚で、今までは見向きもしなかった、起業家向けの本を一冊購入した。720円もした。起業からこっち、出費ばっかりで、何一つ回収できていない。社長としては現時点で完全に失格である。

 私は藁をも縋る思いでページをめくってみた。

 第一章には、こう書かれてあった。【起業は持っているお金でスタートすること】これはギリギリセーフである。それでもヘソクリの虎の子の二万円が羽を生やして飛んでいってしまった。

 ここから先、ポップや棚の飾り付けをしようと思えば、月の小遣いからの補填となる。

 続けて第一章にはこう書かれていた。商売は水ものである。変化するものが生き残る。と。流れに柔軟に対応する。自分の商売はこうでなければならない。という固定観念は捨て去る。

 一応、古本を私の付箋コメント付きで売る。この先にはオリジナルのコピー誌を売る。当面の目標はこの路線で行こうと思う。

 この週末に勝負を賭けたが、商売人一年生である。危機感は持ちながらも、とりあえずは一ヶ月、推移を見守っていこうと軌道修正することにした。

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