第2話 前編-B コリン・ハースという男

 防弾チョッキを身にまとった何人かの男たちが、簡素な木のテーブルに乗せられたコンソールの前に集まり画面を見ていた。 


 コンソールからは、男たちがロシア語で勝利の歓声をあげているのが聞こえてくる。映像の中で白髪の大男が演説をしているが、その場にいる人間で彼の言葉をまともに聞いている者はいないだろう。


 傭兵コリン・ハースはそんなコンソールの画面をぼーっと眺めながら、煙草をふかしていた。支給品で回ってきた銘柄も聞いたことがないまずい煙草だ。


 コリンは中途半端にしか聞き取れないロシア語にイライラして、無造作に吸殻をコンソールに向かって投げ捨てる。


「こっちの支援がなければ何もできなかった連中が……調子に乗るなよ!」


 彼はあふれ出る感情をコントロールできず、声を張り上げて叫んだ。


 武器解放戦線で戦うコリンだが、どの組織にも言えるように戦線も一枚岩ではない。この東欧戦線では、モスクワを奪還し、かつての政治体制を復活させようとする『赤軍同盟』と、EUを解体し各国家ごとの独立を目指す『反EU連合』という二つの勢力が存在している。コリンが所属するのは後者だ。


 開戦直後から、管理軍が駐在するモスクワはこの戦線での最重要目標だった。モスクワが確保されなければ、『反EU連合』はロシア側とEU側の管理軍の両方と戦わなければならず、戦力的に不利な状況に立たされることになる。


 そんな中、モスクワの奪取を目指していた『赤軍同盟』が協力を申し出てきた。連合側は、互いにとって有利な取引だと考え、協力関係を結んだ。


 しかし、実際に戦闘が始まると、赤軍側は多くの武器や兵士の支援を要求し、『反EU連合』に大きな負担を強いた。そして、モスクワを奪還した後、赤軍側は今後の軍事協力に消極的であるとの情報が入ってきている。この事実が公になる前に、管理軍を撃破しなければならない。


 今が大切な時期であるというのに、現在の状況では大規模な攻勢に出ることはできない。


「あまり、気乗りしないがに頼るしか……」


 そう独り言をつぶやいた時だった。後ろから声がかけられる。


「やはり、足のスラスターは現状じゃ直せません。今回の補給でも必要なパーツが届いていませんから」


 声の主は整備士の男だった。名前までは憶えていない。コリンは大きな声でFワードを叫ぶ。怒りと無念さが混じったその声は、キャンプ中に響き渡る。周りにいた男たちは驚いた表情でコリンを見た。


「空から新型が降ってこなけりゃ、こんなことにはならんかったんだ。代替パーツとかで何とかしろ! このボケが!」


 コリンは整備士の男の胸倉をつかんで罵った。整備士の男は銃を出されると思ったのか、コリンの腰を一瞥すると早口で話し始める。


「高機動型の『トルーパー』は用意できませんが、他の高機動型なら先日の補給にありました……そちらではどうでしょうか?」


 コリンはこれまで主に米国製のAF、『トルーパー』に乗ってきた。そのため、他の機体をうまく乗りこなせるか少し疑問があった。だが、鈍足の機体をあてがわれるのはまっぴらごめんだ。背に腹は変えられない。


「一応、見ておこう。案内しろ」


 そう言って胸倉を掴んでいた手を離すと、整備士を顎で促した。整備士の男は兵士がたむろうエリアを抜け、兵器が置かれている人気のない区画まで俺を連れてきた。足音が響く中、廃墟のような場所にたどり着くと、キャンプの端に位置する廃工場へと足を踏み入れた。工場内は真っ暗で、兵器特有の金属臭が充満している。


「暗くて何も見えないじゃねえか!」


 と悪態をつきながら、コリンはポケットからライターを取り出そうとした時だった。ジェネレーターの音とともに明かりがつき、目の前に特異な形状のAFが現れた。


 上半身は通常の人型だが下半身は4本足で、その姿はケンタウロスを思わせる。4脚のため、通常のAFよりかなり横長だった。頭部は一眼レフのような形のメインカメラが特徴的だ。


「『チターノフ』です。高機動カスタムが施されていて、両腕にはマニピュレーターの代わりに60mmアサルトライフルが装着されています」

「こいつはどこから来たんだ?」


 コリンは少し興奮気味に質問した。『チターノフ』とは、ロシアが開発したAFだ。主に使用しているのは赤軍の連中だが、これまでやつらがこちらに武器を要求することがあっても、提供することはなかった。


「そのことですが補給系統が滅茶苦茶でして、どこから来たものかわからないんです」

「そうか……まあいい」


 コリンはニヤリと笑い、機体を軽く2回叩いた。


「こいつならあの新型ともやりあえそうだ。機体の整備、ぬかるなよ」


 整備士に話しかけると、工場の奥にさらに巨大な影が鎮座しているのが目に入った。


「こいつは……」


 そのシルエットを見て、コリンは次の作戦を思いついた。


「これは楽しくなりそうだぜ」


 彼はポケットから煙草を1本取り出すと、火をつけてうまそうにそれを吸った。

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